110 / 240
その目を凝らして 2
しおりを挟む【皇太子殿下、リリィベル様がおいでです。】
執務室の扉の外から従者の声が聞こえた。
「あぁ、通してくれ。」
テオドールは笑みを浮かべてそう言った。
扉が開かれるとリリィベルは嬉しそうな笑顔で入ってきた。
「テオっ‥‥」
「リリィ!」
ちょうど正午になる所だった。
入ってきたリリィベルを抱きしめ迎えた。
「準備は済んだのだな?」
「はいっ」
リリィベルは両手にマントを持ってやってきた。
「お、それが言っていたマントだな?」
「はい。見て頂けますか?」
手渡すと、テオドールは嬉しそうにマントを広げた。
帝国の紋様。そして両端には鈴蘭の刺繍と、ピアスの刺繍が施されていた。
「腕がいいなリリィ。」
「本当ですか?」
「あぁ、すごく綺麗だ。正に俺の為のマントだな。」
「はい!その背を私も守れる様に願いを込めました。」
「そうか、ありがとう。このマントに傷一つつけないぞ」
「ふふっもちろんです。あなたの盾に私はなります。」
そう言って笑ったリリィベルの言葉にテオドールはしばし言葉に詰まった。
「‥‥お前の盾になるのは俺だ。リリィ?」
「‥‥盾には‥‥なってほしくありません‥‥」
リリィベルは、小さく呟いた。
テオドールは、これまでの数々の様子を思い返して口を開いた。
「‥‥ならば‥‥俺達は背を合わせて共に守り生きていこうか?俺の妃は逞しい心の持ち主だから‥」
「ふふっ‥‥はい‥‥私もあなたをお守りしたくて‥
このマントの刺繍をしました‥‥。
どんな事からも‥‥あなたをお守りしたいのです‥」
「ありがとう‥‥リリィ‥‥」
リリィベルの言葉には重さがあった。
これ以上は、交わせない。どんどんとリリィベルの思いが頑なになってしまう前に‥‥。
「暇かも知れないが、ここにいてくれるか?」
「はい、もちろんです。」
ソファーにリリィベルを座らせてテオドールは机に向かった。
「・・・・・・・・。」
リリィベルは静かにその姿を見ていた。
真剣な顔で、書類に目を通し、時にはパラパラと本をめくる。
滑らかに羽ペンでサインをする姿をひたすらに・・・。
それだけでリリィベルは満たされていた。
けれど、テオドールはチラリとリリィベルに目を向けた。
「ふっ・・・俺の顔に穴をあける気か?」
「気になりますか?」
「ふっ熱い視線が来て、仕事を放棄したくなるな。」
そう言って、テオドールは書類をいくつか持ち出して、リリィベルの隣に座った。
「なにか持ってきたものはないのか?」
「あ、とくには・・・。」
「俺の執務が終わるまで、ずっとそうしてるのか?」
「いけませんか?」
「いいや、構わない。ほら、おいで。」
そう言って自分の肩を叩いた。
それは頭を預けろというサインだった。
リリィベルは満面の笑みを浮かべて、頭をテオドールの肩に乗せた。
「明日早めに出発するが、体調は問題ないか?」
「あっ・・はいっ・・・・。」
リリィベルは咄嗟に胸を押さえた。
「そうか、なら大丈夫だな?結構予定が入っているから、昼間は移動と話し合いが多くなるが、
お前は俺の隣にいてくれ。」
「はい・・・。ずっとお側に居ます・・・。」
リリィベルの心中は、それだけで穏やかになった。
温かな肩にもたれて、リリィベルは、テオドールの指先を見た。
男らしい大きな手だけれど、指先が綺麗で、ちらりと見えた手のひらには剣だこがあった。
あの素晴らしい剣術の勲章。
この手が、愛しい。
「テオ・・・。」
「なんだ?」
「・・・呼んでみただけです・・・・。」
「ふっ・・・なんだよ。可愛い奴。」
そう言って、テオドールも書類を見ながらリリィベルの頭に自分の頭を寄せた。
「・・・不思議ですね・・・」
「んー?」
リリィベルは眠くなってきていた。そのうつらうつらして意識が微睡んだ頃。
愛し気に目を細めた。
「前にも・・・こうして・・書類を・・・読んでいるあなたの側に・・・・・」
そう言うとリリィベルは意識を夢の中へ手放した。
「・・・・・・・・・」
テオドールは、その不思議に心当たりがあった。
前世で看護師の勉強をしていた時、出来る限り礼蘭と一緒にいた。
膝で眠っている事もあれば、肩にもたれて眠っていたこともあった。
長い俺の勉強に付き合いながら、眠くなるとすぐに身体を預けて眠った礼蘭・・・・。
リリィは・・・・何か・・・・覚えている・・・・・。
無意識に似たその微睡みが訪れると・・・・
今は・・・安堵・・・・・。
離れれば・・・・恐怖・・・・。
俺たちの間には、何があった・・・・。
記憶が戻ってこない・・・。
夢も見なくなった。
その代わりに、リリィがこうして、夢の様に前世を口にする・・・・。
それは喜ぶべきこと・・・なのだろうか・・・・・?
前のように苦しみはないか?アレクシスは・・・
ちゃんと願いを聞いてくれたはずだ。だから痛みも消えたはずだ。
どうして俺じゃない・・・?
一体どうなっている?
「アレクシス・・・俺はお前を・・・信じているんだぞ・・・・?」
テオドールは、リリィベルを起こさないように静かに呟いた。
1
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる