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逃れた恋心

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「はぁっ・・・はぁっ・・・どこまで行くのっ・・・・」

夜の深い森の中、屋敷から離れたライリーとライリーを連れ歩く私兵が険しい道を歩いていた。
今頃、ヘイドン家の屋敷に、第一騎士団が着いていることだろう。

それはイシニスへ皇太子が乗り込んだという知らせと共に、父から告げられた事。

「いいかっ!ライリー!帝国を離れるんだ!!!!」
「っ・・お父様っ・・・?
「皇太子がイシニスへ突入した!皇帝陛下がっ・・・宣戦布告された!
きっとっ・・・すべてが皇帝陛下に裁かれる!!お前だけでも逃げるんだ!!!!」

「待ってっ・・・お父様!!じゃあっ・・・」
「あぁっ・・きっと、皇太后陛下も・・・陛下に裁かれるっ・・・・。」

ヘイドン侯爵は頭を抱えた。いつもの薬師が姿を消した事に気づいた時に嫌な予感がした。
当時の皇后陛下、セシリアから要望された毒草の事。あれを知っているのはあの医師の息子。

そして、今回も手に入れた時、息子は言った。いつ使うかと。
その首を斬るのは簡単だった。けれど出来なかった。

この者以外、この毒草を扱える人物が居なかったからだ。

だから、多額の報酬の口止め料を払って、ここに居てもらうしかなかった。

その者が姿を消した。

そして、暗殺者がいる闇ギルドは皇帝陛下の手によって制圧された。
イシニスへの奇襲も、すべてを終わらせるために皇太子が乗り込んでいった。


やはり杜撰な計画だった。慎重に事へ運ぶべきだった。
オリバンダーがイシニスと繋がっている事など、その疑いだけで拘束することなど簡単だ。

「っ・・くそっ・っライリーは帝国を離れるんだ!!!」
ライリーの両肩を揺さぶった。
「ここに居たら!帝国法で必ず一家全員が裁かれる!!他国へ逃げてしまえば捕まらない!
そしてお前は直接手を下していない!お前が裁かれる必要はない!!!!」

「っ・・お父様っ・・・・じゃあぁっ・・私はっ・・・」


皇太子を・・・もう・・・見る事は・・・・。


「・・・縁のある者がいる・・・・。同盟国ではない・・・・。
この手紙を持ってポリセイオ王国へ行けっ!!リンツにすべて任せて!!いけ!!」

戸惑うライリーの手をリンツと呼ばれる私兵が掴んでその場から離れる。

走る事など慣れていないその足で、生まれ育った屋敷からどんどんと離れていく。

足は草や枝で擦り切れる。けれどリンツの足は止まらない。その強い手に引っ張られて
屋敷の裏の森を駆け抜ける。

何十人もの騎士団が屋敷に押し寄せていくのをその地面に感じた。

次第に涙が溢れてきた。


「っ・・はぁっ・・・はぁっ・・・お父様っ・・・・お母様っ・・・・」

両親を呼んだ所で、きっと、会う事は叶わない。
アレキサンドライトとの間に二つの国を挟むポリセイオ王国。



森を一時抜けてたどり着いた所には、粗末な馬車があった。リンツが手綱を取り人気のない道を進む。

帝国の騎士団達は、ブリントン公爵家、オリバンダー侯爵家、その他暗殺依頼をかけた貴族達を
捕えるのに忙しい。その隙に逃げた娘一人を追いかける余裕はなかっただろう。

乗り心地の悪い馬車に揺られて、ライリーは呆然とした。


「・・・・皇太子・・・殿下・・・・・・」

もう会う事も叶わない。会ったところで、捕まるだけ・・・。

もう罪人の子となってしまった。


あの輝いていた王子様は・・・自分の愛するお姫様と幸せに暮らしていく・・・・。

物語は、終盤となった・・・。


皇太后の言った事は・・・幻だった・・・・。

私の夢は・・・泡と消えた・・・・。


この先を、どう生きるかも分からない・・・・


無事に生きているかもわからない・・・・。

ポリセイオで・・・どうやって生きていく・・・・?


過ぎ行く木々を見ながら・・・涙をこぼした。

「・・・私は・・・これから・・・どうやって・・・。」




5日間、いくつもの街とは呼べない貧しい領地の宿屋を転々としていた。
その道中に知った。ヘイドン侯爵一家は処刑され・・・娘一人を捜索中だと・・・・。

そして皇太后が自ら命を絶ったという事実を知った。

「っ・・・・あの・・・・っ・・・老いぼれが・・・・・」
ライリーは怒りに震えた。散々人の家に指示しておきながら・・・
自分は断頭台に立つ事なく死んだと?


あの皇族たちは・・・もう何もかも・・・気に食わない・・・・。

散々、皇太子妃になれと言ったのは、皇太后。

私の心が散り散りになる程、愛しい王子様とお姫様を見ながら、

私に欲を抱かせ続けた。死んでしまえばいいと・・・・。


「あんたが・・・あんたが死んでどうするのよっ・・・・」

もう何もかもが終わった。国を離れる私には、何も残されていない。


「・・・・・あんな男っ・・・・・」

皇太子の顔が浮かんだ。〝あんな男〟と・・・・


〝あんな男〟


そんな風に呼んでも・・・幼き日の輝いた王子様の姿と、

自分ではない女を抱く、あの優しい顔が浮かぶ・・・。

悲しくなる程憎らしい・・・。


けれど・・・・・


「あんな男っ・・・あんな男なんてっ・・・・」


忘れてやろうと思っても・・・・どんなに愛されなくても・・・・。


どうして忘れられない・・・。

もう二度と会えない男の事なんか・・・・。


さっさと忘れてしまえばいい・・・・。


それなのに・・・。



ハラハラと流れ落ちる涙は、まだ諦められない・・・・。

まだあの笑顔が欲しいと思っている・・・。


奪えないなら・・・殺してしまいたいのに・・・・。

きっとそれも叶わない・・・・。




3週間が過ぎて、ライリーはやっとポリセイオの国境を潜った。もう秋風が身体を冷たくしていく

リンツは、命令に従ってどこかへ向かっている。

あちこちに噴水や水車などが多く見える。
水飛沫が輝く綺麗な街並み。ここはもう帝国アレキサンドライトではない。

ポリセイオの街で、自分を知っている者はいない。

「・・・・・・・・」
窓から外を見ても、誰も気にも留めない。



やがて、一つの屋敷にたどり着いた。


リンツが門番に何か伝え手紙を出すと、門は開き中へ通された。
城の一画かと思うくらい立派な屋敷。

ライリーが玄関の前に降りると、男性と執事がやってきてライリーに手を差し出した。

「初めまして、ライリー・ヘイドン嬢。歓迎致します。

私は、ライカンス・モンターリュ。遠い所までお疲れ様でしたね。

まずは、疲れを癒しましょう。メイドに伝えますので。」

そう言った中年男性。赤茶色の髪に灰色の瞳を持った逞しい身体をした男性だった。
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