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苦しみの日々

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 皇太后の温室で、暗い表情をしたライリーが重く口を開いた。

「そう・・・・カドマン伯爵の令嬢と会ったのね。」
「はい陛下・・・。オリバンダー侯爵を抱えるのは危険です。イシニスとの国境を守るカドマン伯爵は、
 皇太子殿下と婚約者を支持していると思われます・・・。なので、私たちがオリバンダー侯爵が接触すると、あらぬ疑いを持たれかねません・・・。暗殺者の件ももちろん耳に入っていますし、
 貴族議会で話に上がっているイシニスの件も調べられているかもしれません・・・。」

 俯きながら話すライリーに、皇太后はじっと鼻で笑った。
「それでそんな顔をしているのか?ずいぶん弱きではないか・・・。」
「・・・・・・・」
 ライリーには、今も皇太子とリリィベルの姿がチラついていた。
 憎さと虚しさが渦巻いていたのだった。狂うほどの狂気な気持ちと、悲しい気持ちがせめぎ合っている。

「それで、ヘイドン侯爵家は、手を貸せぬとそういう事か?そなた皇太子妃の座は諦めるのだな?」
「いっ・・・・いいえ・・・・」
「なら、そんな顔をするのはおよしなさい。俯いていた所で欲しい者は手に入らない。」
「わかって・・・おります。」

 皇太后は扇子で軽く頬を当てながら、少し考えている様子だった。
 その顔を見てライリーは息をのんだ。

「・・・・ならば、私の使いでオリバンダーの腹を探ってやろう。あの者が何を思い、
 イシニスを推しているのか調べよう。そなたの皇太子妃の座が脅かされるのは私も困るのだ。」
「ほっ・・・本当ですか?」

 皇太后は美しく微笑みを浮かべた。
「あぁ・・・。そなたの家紋が没落すれば、私とて困るのだ。絶対に生き延びて貰わねばな?
 たかが侯爵家の裏など、そのうち明るみになるであろう・・・。」

「あっ・・・ありがとう御座います陛下っ・・・・。」
 ライリーはほっとした笑みを浮かべた。
「ふふっ・・・調べがついたらまた会おうではないか・・・。
 せいぜいその暗い顔を磨いて、美しく凛としていなさい。少しでも皇太子の目に留まるように。」

「・・・・・っ・・・・はい・・・陛下・・・・。」
 ライリーはまた複雑な表情を浮かべた。野心はあれど、皇太子の姿が浮かぶと
 その自信は少しずつ削られていく。


 でも諦める事などしない・・・。あの女を殺す決意は揺るがない。

 消してしまえばいい・・・。たとえ、私に残るのが、抜け殻の愛しい人でも・・・。






 その頃、皇帝の執務室には、皇太子とロスウェルが集まっていた。
 皇帝の机に古い日記帳と、白紙の紙が数枚。

 それを眺めて皇帝は笑みを浮かべた。
「ロスウェル・・・よくやった。」
「ありがとう御座います。ただ、中に記されている事実は、持ち主の苦しみが書き記されています。
 これを見て、あの息子も、毒草の管理に慎重にこのような白紙に特殊な加工をしていたのでしょう。」
 その言葉に、皇帝は悲しげな表情を浮かべた。

「そうか・・・さぞ、つらかったであろうな。この日記の持ち主も・・それを知る息子も・・・。
 息子が殺されなかったのは、毒草を管理をするのに必要であったからだろう。
 いつまたどんな形で使われるか分からなかったから・・・。何としても処罰せねばなるまい・・・。」

 皇帝は日記を開いた。
 当時の事が書かれた日記。日付とその日あった出来事。その葛藤。苦しみが傷ついた日記から伝わってくる。

「・・・この白紙には・・・なんて書かれているんだ?」
 皇太子はその紙を目を凝らしてみた。

 ロスウェルは、特殊な液を懐から取り出し、ポタリとその紙に落としたのだった。

 その落ちた雫で滲んだところに、文字が浮かんでくる。

「!・・・これは・・・・」
「これは、ある花の蜜で書かれています。書いても透明で見えませんが、
 この液体を塗ると浮き上がるようになっています。薬師の出来る技ですね。」

「お前は・・・どうやってそれに気づいたんだ?」
「殿下・・・私は魔術師ですよ?毒すら透視出来るのです。それくらい見ただけで分かります。」
「あぁ・・・そっか。魔術師だったな・・・。」
「でんか?」
「なんでもない。」

 液体は染み渡り、捕らえた薬師の書き記した事が明るみとなった。

【ヘイドン侯爵の使いの者がやってきた。10年前に当時父が改良した皇后陛下毒殺未遂に使用した毒液を要求。報酬は4000000ロックビート。使われるのは皇太子と婚約者との婚約パーティー。対象者は‥】

「・・・・・・・・」
 それを見て、皇太子が険しい顔をする。


 一方で、日記を読む皇帝。

【今日、深夜にヘイドン侯爵とブリントン公爵が直々に来た。
 ブリントン公爵は祖父を主治医としてくれた縁ある方、この領地に生えている毒草オゼリを要求される。

 どうしてそんな物を要求するのか・・・・。毒を盛りたい者が存在ようだ。

 ブリントン公爵は皇后陛下の生家。嫌な予感がした。
 現在オリヴァー皇太子殿下と、デビッド第二皇子との間で貴族に派閥がある。
 デビッド第二皇子は命を軽んじている方だった。私はオリヴァー皇太子殿下を支持する。

 けれど、毒を用意するとは、皇太子殿下の指示ではないはず。あの方は誰よりも誠実なお方だ。

 そんな皇太子殿下の母君の公爵家がなぜ、毒などを要求するのか・・・。
 納得が出来ない私は、毒草を渡す代わりに何に使うのかを聞いた。
 使用方法も知らないのだから、簡単に渡すわけにはいかない。

 すると、ブリントン公爵は言った。セシリア皇后陛下に使用するのだと。
 皇位争いを終わらすために、オリヴァー殿下の地位を確固するのに必要であると。】


 さらにページをめくる。


【今日は深夜に秘密裏に城へ呼ばれた。皇后陛下とお会いした。
 とてもお綺麗な方なのに、そのお顔はとても・・・恐ろしかった。

 そして、使用人一人が呼ばれ、私は言われるがまま、毒草を煎じ渡した。
 私の背後で剣を構える兵士が待機していた。仕方がなかった。どうしようも・・・。

 その毒液を見た皇后陛下では、使用人にその毒を飲ませた。
 目を疑った。私は恐ろしかった・・・目の前で私が作った毒液で使用人一人が命を失った。

 私はこの事から・・・もうきっと逃れる言葉出来ないだろうと思った。

 目の前で死んだ使用人を見て、満足そうにしていた皇后陛下・・・。
 ブリントン公爵は皇后陛下に使うと言っていたが、この状況を見て自分に使うとは到底思えない。

 毒で軽い症状が出るように改良をしろと命じられた。そして、その日は解放された】


【数日後、また使いの者がやってきた。どうにかして毒の効果を薄めるのに成功した。
 それを皇后陛下に献上するため、また呼ばれた。

 また目の前で今度はメイド一人が毒を飲まされる。見ていて涙が出そうだった。
 私の毒で、また目の前で苦しんでいる・・・。私は、こんな事をするために薬師になった訳じゃない。

 だが、死なない程度に改良された毒は、ただメイドを長く苦しませるだけ・・・。
 そのうち息絶えてしまい。また私は一人殺めてしまった・・・。

 そして、今度は、解毒剤と治療方法を考えろと命じられた。
 私の理解を越えるものだった。姿をくらましたい程・・・私はあの日、何としても逃れなければいけなかった。】

  


【オゼリの毒を解毒するなど、至難の業だ。だから出来るだけもっと薄め続けた。
 なんとか誰も死なない程度のものにするしかなかった。

 何倍にも薄めた毒で、また一人メイドがその毒を飲まされる。
 苦しんでいたが、めまいで立たず高い熱が出始めて、意識を保っていられない。
 だが死に絶える事はなかった。ほっとした自分が憎らしい・・・。私は殺人を手助けしているに過ぎない。

 そして、そのまま城に拘束され、そのメイドの治療をするように命じられた。

 めまいを止める薬草、解熱に効く薬草を煎じ一日4時間ごとに飲ませた。
 意識は朦朧としていたが、その命を取り留めている。7日経って・・・・
 やっとメイドの意識が回復した。もう少し毒が濃かったらきっと、この者も助からなかった。

 回復したメイドを見て、満足された皇后陛下は・・・・最早人には見えなかった。】





【数日後に、事が起こった。皇后陛下に毒が盛られたと城で騒ぎがあったらしい。
 皇后陛下は、あの様子を見てご自身で毒を飲んだのだろうか?

 不思議に思っている間に、ヘイドン侯爵家から使いが来て、私は城へ呼ばれた。

 病に伏している皇后陛下を見て、私は唖然とした。

 私が治療していたメイドの症状を真似ているが、皇后の身体は健康そのものだった。

 ただ、周りの空気がおかしかった。メイド達は大げさに皇后陛下の額を拭い、汗を拭く。
 顔が赤いのも、ベッド下に隠した湯に浸けたタオルで拭いているからだった。あの日のメイドの苦しむ様子を皇帝陛下の前でその様子を見せる・・・。
 オリヴァー皇太子殿下も心配そうに見ていらした。

 私は、皇帝陛下と皇太子殿下にとんでもない事をしてしまった・・・・。
 私は罪人だ・・・。

 症状のない皇后陛下の治療を請け負い・・・7日間を皇后陛下の治療に当たった。

 そして偽の記録を残し、完治させたこととした。
 だが、今度は私の耳に聞こえてきたのは、側室のエレナ様が皇后陛下に毒を盛ったという証言。
 もうすべてが信じられない。】





【ブリントン公爵から多額の報酬をもらった。なんと罪深い重い金だろう。
 そして、ヘイドン侯爵から、これからもこのオゼリの毒を所持しているように言われた。
 また・・・いつ必要になるかわからないからと・・・・。
 私はもう二度とこの毒は誰の口にも入ってほしくない・・・。

 オリヴァー皇太子殿下に、顔向けできない。作られた罪を握らせてしまった。
 どうか・・・皇太子殿下の御世には、この毒が使用されない事を祈る・・・・。

 この毒は息子にも伝えた。もし使用したいと言われたときは、必ず記録するようにと。

 きっと・・・私の命は長くないだろう・・・。この事実を知るのは私しかいないのだから。

 皇太子殿下、どうか罪深い私をどうか、許さないでください。
 聡明な殿下の功績に、私は泥を塗ったも同然。

 この日記が人の目に触れる事はないだろう。けれど殿下に謝罪したい・・・。
 この罪は、私が作り上げた物で、すべてが嘘である事を・・・。

 もう二度と、この私の作った毒で・・・誰も死んでほしくない。
 どうか、罪深い私を、地獄に落としてください。】





 皇帝は、悔しげな瞳と共に、静かに日記を閉じた。
「・・・・なんという・・・こんなに・・・・・。」

 純粋に薬師としていた男は、皇太后の命令一つで、
 ここまで心を痛め、さらには、オリヴァーに人知れず謝罪をする。

 皇帝は、その日記を撫でた。

「そなたは・・・地獄になど行かなくてよい・・・。私がそなたの冥福を心から祈る。

 そして・・・私こそ、謝罪したい・・・。苦しませて・・・すまなかった・・・。」

 ロスウェルと皇太子はその皇帝を見つめていた。

「ロスウェル・・・この者の墓に・・・花を贈ってくれ・・・・。」
「はい・・・陛下・・・。」


「そして、この日記と紙は魔塔で厳重に保管しておくのだ。
 かならず、裁かねばならない・・・。」


無念の死を遂げた男の日記は、時を経て皇帝の手に渡り
その後悔と謝罪を受け入れられたのだった。
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