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勝手に心を掴まれる

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後日の青空の下、華やかに飾られたヘイドン侯爵家の庭園で、その茶会は開かれた。
着飾ったライリーが出迎える。
「いらっしゃい、エミリー・カドマン伯爵令嬢」
「お招きいただき有難うございます。ヘイドン侯爵令嬢。」

現れた伯爵令嬢。エミリー・カドマン
桃色の髪色をしたおっとりとした雰囲気の可愛らしい令嬢だった。
領地で名があがるというのも頷けた。美しいという表現よりは可憐という言葉しっくりくる。

他にも、ライリーが親しくする令嬢が3人集まっていた。
エミリーとライリーで5人の小規模なものだが、ライリーにはこれがエミリーにとって名誉な事だと思っていた。
声をかけられなければ、こうして話をする機会はないのだから。

「エミリー嬢、先日の殿下の婚約パーティーにはいらっしゃった?」
「あ。はい・・・ご挨拶して、早めに帰りました。」
紅茶を飲む姿はしっかりと教育されている。ライリーはニコリと笑顔を向けた。

「何か理由が?」
「あ、私は大勢の人がいるところが少々苦手で・・・。」
「あらそうなの・・・。殿下はご覧になった?婚約者の方も・・・。」
「はい。とても美しいご令嬢でしたね。まるで本の中のお姫様を見ているようでした。」
そういう表情に裏はなさそうだった。

「そう・・・エミリー嬢はそのような印象だったのね?」
「えぇ、私には、殿下のエスコートから、愛情表現まで、踊りながら口付けを交わすなんて、
素敵な表現ではありませんか?見つめ合う姿が、まるで一対であるようでした。」


ズキズキとライリーの胸は痛んでいた。
「・・・・そう・・・そう、思う人もいるのね・・・・。」

エミリーの素直な表現と、まるで人から聞かされるその称賛の声は、耳に痛かった。
皇太后から、皇太子の相手は自分しかいないと、常日頃言われていた自分だったが、
一方で、2人をそんな風に見る人がいるなんて・・・。

沸々と・・・負の感情が押し寄せてくる。

「でも、あのような振舞いははしたないですわ!!人前で口付けをするなんて!」
ライリーの親しい令嬢が口を開いた。

その言葉にライリーは笑みを浮かべた。
そう、ここにきている令嬢は、侯爵令嬢が皇太子妃に相応しいと口をそろえて言う者たちばかり。

「そうですよっ・・・あんな・・・殿方に抱きしめられて厭らしいっ・・・。」
そう口にするのも恥ずかしいと口を曲げて、口々に皆が話す。

「淑女は・・・あのような姿を人前で晒すなんて、恥ですわ。」
ライリーがそう口にした。

エミリーはその言葉を聞き、ぽつりと口を開いた。

「・・・皇太子殿下はとてもお顔がよくて、優秀で、そんな方に一心に愛を囁かれたら、
皆、同じようになるのではないですか?」

「!!なっ・・何を言っているの?エミリー嬢ったら・・・私たちは貴族よ?」
1人の令嬢がそう声を上げる。けれどエミリーは不思議そうな顔をした。

「けれど、恋愛小説はそのような物ばかりです。皆さまはお読みになられないのですね・・・。
私読書が好きで、素敵な恋物語を読むのが好きなのです。

殿下と婚約者のリリィベル様は、お互いを見つめ続けている姿が、まるで二人の世界で
これが、恋愛なのだと思いました。まぁ・・・お二人のダンスを見て私はお暇致しましたが・・・。」

紅茶を飲み、ほぉっと息を吐いた。

ライリーの顔は歪んだ。

「・・・エミリー嬢は、それしか見ていないからそう思うのだわ・・・。
あの二人は、一つのグラスを分け合って、仕舞には皇族のソファーのレースの中で寄り添って・・・。」

その言葉にエミリーは真顔で口を開いた。

「・・・ヘイドン侯爵令嬢は、お二人の事をよく見ていらしたのですね・・・・・。」
「っ・・・・あんなはしたない姿っ・・・殿下の評判を落としてしまいかねないものっ・・・。」

「・・・なぜ、殿下の評判が落ちるのですか?お二人は愛し合っておられるのに・・・。」

その言葉が、ライリーの心臓に突き刺さる。

今まで聞いたことのない、その言葉たちに困惑した。


だって・・・あんなの見たくないじゃない・・・・。

人前で口づけして・・・殿下の腕に抱かれ・・・頬を寄せて・・・・。

「とにかくっ・・貴族である私達がっ・・・あんな真似をするのはっ・・・。」

「殿下を目の前にして、私だったら・・・淑女だからと、そのような考えを巡らせる自信はありません。
だって、殿下はとても素敵なお方ですもの・・・。リリィベル様が羨ましいと思います。

誰でもない、皇太子殿下に愛を囁かれるなんて、夢のようですし。
皇太子殿下も、リリィベル様をとても寵愛していると聞きました・・・。

私も愛して、私を愛して下さる方と巡り合いたいと、そう思いました。

・・・・皆さまは、思いませんでしたか・・・・?」

「カドマン伯爵令嬢!!!」
令嬢1人が椅子から立ちあがった。
エミリーはただ真顔でその令嬢を見上げた。

「ライリー嬢は侯爵家の令嬢で、本来であれば皇太子殿下の婚約者候補ですのよ!?」

その言葉に、エミリーは少し黙った・・・。そしてライリーに目を向けた。

「・・・リリィベル様が現れてしまったら、候補でもないのではありませんか?婚約宣言はされていますし‥

ヘイドン侯爵令嬢は、殿下がお好きだったのですか?

でしたら申し訳ありません・・・。無神経な事を申しました。」

眉を下げてエミリーは純粋に謝った。

それが、何よりも屈辱的だった。自分より年下で、家柄も下の令嬢に
そんな同情を向けられるなんて・・・・。

「っ・・・あなたの謝罪など、いりませんわ?私は、侯爵令嬢として、
皇太子殿下を支える存在になるのが、この帝国の為だと思っているもの・・・・。」

血が沸騰しそうな思いだった。けれど、その思いを紅茶で飲み込んだ。

2人の令嬢は更に続ける。
「聞いたところ、ご婚約者には、暗殺者が向けられているとか・・。
きっと、殿下の身に相応しくないから、命を狙われているのです。
ライリー嬢が婚約者となって居たなら、そんな事もなかったでしょうに・・・。」

「本当です。社交界にも出たことのない女性が、急に婚約者となれば、
皆不振に思われるに決まっています!あの者は初めてあの日殿下とお会いしたのですよ?
きっと、破廉恥な振舞いをして、殿下の心を惑わしたに違いありません!
殿下はあの日、隣国の王女を公務としてダンスをしただけだったのに・・。

あの者は魔女なのでは?何か殿下に怪しい術でも使ったのかしら。」
鼻で笑ってそう言った。

エミリーはその言葉に目を輝かせた。
「まぁ・・魔法ですか?それはすごいですね?物語のようです。
初めて出会った二人が、魔法の様に一目で恋に落ちるなんて・・・。」

「・・・・・・・・・」
辺りはしん・・・と静まり返った。

エミリーが風変りなのか、純粋なのかは、きっとここにいる女たちには前者だっただろう。

「・・・カドマン伯爵令嬢は、とても・・・純粋なのですね・・・。
そんな風に思うだなんて・・・まだ貴族としての勉強が必要なようですね。」
ライリーはそう言った。こんな屈辱を受けるとは思わなかった。
そして、エミリーの言葉が、本当な様な気がして、とても苛立った。


「はい・・・私はまだ未熟で御座います。夢物語に胸をときめかせるくらいですから・・・。
けれど、父と母を見ても思うのです。父と母は恋愛結婚で、一目で恋に落ちたと言っていたので。

それに父もおっしゃっていたのです。皇太子殿下のリリィベル様へのご寵愛は驚くほどだと。
国防に関する父ですので、暗殺者の件も耳にしております。

そして、暗殺者からリリィベル様を守り戦う殿下にとても関心しておりました。
真に愛する人の為に剣を取る殿下を見ていると、とても応援したくなると・・・。
ですので、お二人には一貴族として幸せになってほしいと言っていましたわ。

愛する者がいる人は、とても強くなると・・・。とても羨ましい話です。
この国の皇太子が皇帝になる時、きっと安寧であると信じているとおっしゃっていました。」



「・・・・・そう・・・・カドマン伯爵が・・・・・そう言っていたのね・・・・。」



その日のお茶会は、ライリーとって、ただ心が痛む時間だった。

たった一人、意見が違うだけで・・・・自分の想いを否定された気がした。
殿下を思う気持ちは誰にも負けないのに・・・・。
殿下とリリィベルを肯定する言葉を耳にして。

一目惚れ・・・恋、愛・・・・

想いを寄せ合うとは・・・どんな風なの・・・・?


あの日、西の塔で見た・・・殿下とリリィベルの姿が頭に浮かぶ。

大事なものを守ろうとする殿下の瞳・・・。

向けられた言葉・・・・。


私を、リリィベルの様には扱って貰えない・・・・。

私は、罵られ・・・否定され・・・・。


どうして、私を愛して下さらないのか・・・・。

私だって純粋に愛しているのに・・・・。




茶会での出来事をヘイドン侯爵に伝えた。きっとカドマン伯爵は、
皇太子とリリィベルを支持しており、暗殺の件も、オリバンダー侯爵の事も疑っているだろう。
下手に手を出したらこちらがやられる。そう判断した・・・。

その事を皇太后に伝えるために、城に足を踏み入れた。


煌びやかな城、いつか、私はここに住むのだろうと思っていた。
小さな頃に、あの王子様を見つけてから、ずっと・・・。

あの綺麗な王子様に、目を向けてもらえる事を信じて・・・・。

エミリーの言葉が、ずっと頭から離れない・・・。
私は、独りよがりなだけで・・・・。

ただの片思いで・・・・。リリィベルが羨ましかっただけだったのだろうか。
眼も向けてくれない人を思って、何になるのか・・・。

愛しているのに・・・・。


愛しているのに・・・・。




どうして、分かってもらえないのだろう・・・。
私は、王子様に相応しいお姫様だと思っていたのに・・・・・。


「・・・・・・・・」
ふと目線を送る。忌々しい中庭・・・。

キラキラと噴水の水が太陽に反射している。
自分には殿下もキラキラして見えていた。

いつか・・・あの瞳を・・・・。

広い吹き抜けの廊下から、その場所を見つめる。


殿下の隣にもしも私が居たならば・・・・。

〝皇太子殿下はとてもお顔がよくて、優秀で、そんな方に一心に愛を囁かれたら、
皆、同じようになるのではないですか?〟

〝私には、殿下のエスコートから、愛情表現まで、踊りながら口付けを交わすなんて、
素敵な表現ではありませんか?見つめ合う姿が、まるで一対であるようでした〟

〝殿下を目の前にして、私だったら・・・淑女だからと、そのような考えを巡らせる自信はありません。
だって、殿下はとても素敵なお方ですもの・・・〟

エミリーの言葉が、心を揺るがし、吐き気がするほど渦巻いていた。


「!・・・・・・」

見つめていた中庭に、本を持って皇太子が現れた。従者も本を山積みにして持ち歩き、2人は何か話している。
何を話しているかはわからない。

従者との会話で、表情豊かな皇太子の姿を思いがけず目にして、ライリーは笑みを浮かべた。
いつも、氷の様な冷たい顔しか見たことがない自分にとって、とても新鮮だった。

ふいに皇太子がこちらを見た。
「・・・・・・」

見つめていた矢先、皇太子がライリーの方へ目線を向けた。
ライリーは咄嗟に隠れた。

胸がドキドキした・・・。そう・・・あの瞳だ・・・・。
あの綺麗なお顔が・・・男らしい声が・・・・。

あの長身の素敵な佇まいが・・・・。


なにより愛しい・・・。


「・・・・・・・・。」
陰からこっそり盗み見る・・・。


皇太子は、柔らかい笑顔を浮かべた。

「ぁ・・・・・・」

息が止まる程胸が高鳴る・・・・勝手に心を掴まれる・・・。

あの優しい顔が・・・・こちらを向いている・・・・・。

頬が赤くなり、抑えられない・・・・。


もう一度、皇太子を・・・

「・・・・・・・・・・・・」

彼が見ていたのは・・・。

ライリーの時間は、残酷に止まる。



彼の側に、金髪を靡かせて駆け寄る姿が見える。
その姿を見て持っていた本を投げ飛ばし、飛び上がった本を、器用に従者の本に重ねる。

女は愛しいその胸に向かっていく・・・・。
その身体を愛しげに抱き留めて、とびきりの笑顔を浮かべている・・・。

あの舞踏会の夜のように、身体を抱き上げて・・・楽しそうに回り・・・・
次の瞬間には、その胸にきつく抱きしめる。額に、頬に口付けをして・・・。

触れ合うのが常の様なその2人の仕草、
そしてまたあのベンチに腰を下ろすの・・・・。


「・・・・・・」
噛んだ唇から血が出てきた。


羨ましいだなんて・・・そんな言葉なんかじゃないわ・・・・。

何度も心を掴むのに・・・。


決して、私を見てはくれない・・・・。

勝手に心を奪って置いて・・・残酷だわ・・・・。


あなたはとても愛しくて、とても憎い・・・けれど・・・・何度も愛しい・・・・。



だから、壊したくなるの。

だから奪ってやりたいの。

その瞳からどんな憎しみを向けられても・・・。

私のこの想いがどれほどか・・・。




あなたが壊れた人形になっても構わない・・・。

あなたを抱きしめてみたいわ・・・・。


その時、私はきっと・・・世界一幸せになれるわ。
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