ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

文字の大きさ
上 下
80 / 240

ロスウェルは楽しい

しおりを挟む
 地下牢の鉄格子の中、震え上がる人物がいた。
その者を見下ろす、楽し気な心を隠した。

 その名はロスウェル・イーブス。現在は皇帝直属のドS鬼騎士団長ロスウェル。

「この薬草は、そなたが管理していたものだな?」
「っ‥はい‥‥」
 そう言って葉をぴらりとその男の前に揺らした。

「‥‥この存在を知っている者は‥‥少ない様だが‥お前はなぜ、知っていた?
ふるーい‥図鑑に載っていたものだ‥これは、そなたの家が知っている秘宝か?」

「薬師なら当然でございます‥‥」
 震えながら男は答えた。


「お前の薬屋には‥売るほど置いてあったな‥それも、床下の倉庫に‥びっしりと‥」

 男の周りをうろつき、ロスウェルは鞭を振り回していた。
「きっ危険なっ‥物ですから‥‥」
「あぁ、そうだ‥‥とても危険だ‥‥。この量を飲まされたら‥‥死に至る‥‥。
 そなた‥‥これをどうしていたのだ?」

「ただっ保管を‥‥」
男に顔を寄せて、ぎろりと目を見開いて見せる。
「いいや違う!‥‥危険な物なら処分するべきだ‥‥。
 それか、領主に言って皇帝陛下に告げるべきではないのか?こんな物があることを‥‥」
 
男の耳元で、ロスウェルは囁いた。
「お前は、これを‥‥貴族に売ったのではないか?」

「そんなっ‥‥そんな事はっ‥‥」
 慌てる男に、ロスウェルは1枚の紙を見せた。

「お前はとても賢い‥‥。お前の父は、医者であったな?なんでも‥‥9年前。当時の皇后陛下が毒に苦しんでいた時、侍医には治せないこの毒を解毒して、完治させた‥‥そんな男の子供だ。当然だな‥‥。
とても賢い‥‥。だが、無惨にもお前の父は不慮の事故で亡くなり‥‥

 お前は考えた‥‥。この毒に関する事について、

 外部に漏れた場合、誰に売ったのか、それがどんな経緯で使われるか、多額の口止め料とそれが取引。
 秘密裏に用意していた。自身が罪を逃れる為だ‥‥。これを持っていれば、
 買った者も道連れだ‥‥。違うか?」

「‥‥なぜっ‥その紙をっ‥‥‥」

ピンっと紙を弾いて口を開く。
「あぁ、これか‥‥特殊な加工をしてあるなぁ‥‥
 ある薬物を塗り込まないと見られない仕組みになっている‥

 一件ただの白紙に見えるが‥‥‥」

 バン!!!!

 机の上にこの紙を勢いよく叩きつけた。

「私を‥‥‥騙せるとでも思ったか‥‥‥?」

「っ‥‥それはっ‥‥我が家に伝わる物でっ‥‥」
「はっ‥‥そうかぁ‥‥そうであったか‥‥では、そなたの父も、この方法を‥?」

「っ‥‥‥」


「だが、殺されてしまったのだな‥‥?何者かによって‥‥‥。」

 ゴクンと息を呑んだ。
「お前は‥‥それも隠しているのだな‥‥?
 私はとても気になっているのだ‥‥何が書いてあるか‥」

「皇帝陛下は、お前が正直に話せば‥‥減刑されるとおっしゃって居たぞ?

 ‥‥さぁ、お前は誰の手を取るべきかな?」


男の頭に、水滴がポタポタと落ちてきた。

「あぁ・・・早くしないと・・・大雨になるぞ?

くくっ・・・血の雨だ・・・・。」

「ひぃっ・・・。」
男は、自分の頭から滴り落ちた雫を見た。真っ赤に染まった雫だ。

「ここは地下牢・・・。どんな悪人が収容されていると思う・・・?

皇太子の婚約者・・・その方に向けられ暗殺者がたくさん詰め込まれているんだ・・・。
ほらお前の足元にも・・・・」

ロスウェルが指を差す先、男の足元には息絶えた暗殺者が転がっていた。

「あぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
男は恐怖で悲鳴を上げた。

「ふっははははははははは!!!!!!!!!」

その様子を見てロスウェルが大声で笑った。

一頻り笑った後で、ロスウェルは男の胸倉を掴み上げた。
「さぁ・・・・・どうする?お前も、この男と一緒に仲良く寝るか・・・?
今すぐ息の根を止めてほしいのか・・・?生きる道は・・・すべてを打ち上げるのみ・・・。」

「っうぐっ・・・・」
「さぁ・・・さぁ!!!!!!!!!!」
パシン!!!!
鞭を床に叩きつけた。

「っ・・・うっ・・・売りましたっ・・・」
涙を流し、男はついに口を割った。

「誰に・・・・?」

「へっ・・・ヘイドン侯爵家の・・・使用人ですっ・・・・。
多額の金と交換にっ・・・取引をっ・・・・。」

ニィっとロスウェルは笑みを浮かべた。
「ヘイドン侯爵家とは・・・長い付き合いか・・・・?」
「っ祖父のっ・・・時代からっ・・・代々・・・・。祖父はっ・・・皇太后陛下のっ・・・
ブリントン公爵家の・・・侍医でしたっ・・・父に世代交代しっ・・・・
公爵家とヘイドン侯爵家は・・・この毒草をきっかけに、親密にっ・・・・。
この毒草はヘイドン侯爵家の領地に生える希少なものでっ・・・・
それを手に入れるためっ・・・ヘイドン侯爵家と取引した事でっ公爵家を後ろ盾に・・・

9年前・・・・っ・・・・皇太后陛下の毒殺未遂にっ・・・関わって・・・・

皇太后陛下はっ・・・毒を飲んではおりませんっ・・・飲んだ振りをしてっ・・・
本当に飲んだ者の記録を残したものですっ・・・・。その者は死にましたがっ・・・・

父がっ・・・当時の記録を書きましたっ・・・。

そんな父もっ・・・毒を盛られ亡くなりましたっ・・・・。
父もっ・・・自宅に日記を残しておりますっ・・・祖父とは公爵と長い付き合いでありましたがっ

父は医者としてっ・・・脅されてやっただけです!!!!

わっ・・・私はっ・・・その事があってっ・・・言う事を聞く事とっ・・・金をもらい・・・

私を殺そうと狙われたときはっ・・・証拠を残そうとっ・・・・。
誰かにっ・・・残そうとっ・・・・・。その目に見えぬ記録を残しましたっ・・・。

先日ヘイドン侯爵家の使用人が毒を購入し・・・皇太子殿下の婚約パーティーで
使う事をっ・・・記録に残しましたっ・・・。それがその紙とっ・・・

自宅の壁の隙間に残してありますっ・・・これまでの事すべてっ・・・・。
日付と、金額・・・使用用途・・・・。すべて・・・残っております・・・・。」

すべてを打ち上げて男は、大粒の涙を流して泣いた。

「・・・よく言った・・・。お前はきっと、皇帝陛下の慈悲に守られるであろう・・・・」

ロスウェルは、その者に、守りの魔術を施したのだった。



皇帝の執務室、皇帝の指輪が光った。
皇帝は、指輪の宝石を二回叩いた。

その瞬間に、ロスウェルは現れる。

「うわ、何その格好・・・・」
皇太子はロスウェルを見て呟いた。
その声にロスウェルはニコリと笑って皇太子を見た。
「おや、問題児殿下、お仕置きしましょうか?このまま。」
そう言って鞭をパシンっと鳴らしたのだった。

「っやめろ!!きもいっ」
皇太子は身を引き思いをそのまま言葉にした。
「その悪い口を、叩きなおして差し上げましょう?泣き虫殿下?」
「おっ・・・怒ってる・・?」
笑顔のロスウェルが、服のお陰もあってか少し恐ろしかった。
「えぇ、次から次へと突っ走るその姿が、最早我が子を見る様に思って
可愛さ余って憎さも百倍で御座います。私たちは、24時間働いているのですよ?
反省してください?私の為に・・・。」

「すっ・・・すまん・・・・」
皇太子はバツの悪い顔をして口にした。

皇帝はため息をついて、ロスウェルが被っている騎士団の帽子をパシッと叩き落とした。
「お前気に入ってるだろその服!」
「へへっ・・・ちょっと、楽しいです。目覚めそう。」
少しうっとりしながら呟いた。
「気色悪い。皇太子を叩く権利はお前にない。」
「あれー?そんな事言っていいんですかー?お二人の為にこんなに働いてるんですー。
労ってくださーい。褒めて下さーい。抱きしめて下さーい。」
「やめろ。戻ってこい!どこに突っ走る気だ!お前は魔術師だ!」

ロスウェルは笑顔で、騎士団の制服からいつものローブ姿に戻る。
それを見てやっと落ち着いた皇太子だった。

「それで、収穫はあったか?」
その言葉にロスウェルは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「陛下、あの者は私が守りを施しました。それくらい重要人物です。なんとしても守ります。」
「なんだと?」
椅子からガタンと立ち上がった。ロスウェルが守りを施す程・・・。

「では・・・有力な情報で間違いないな?」
「はい。あの者の家を探してきます。証拠、見つかりますよ。」
「よしっ・・・。よくやった!」
両手を握りしめて喜ぶ皇帝に、ロスウェルが口を開く。

「あの者には、毒草を売った罪はありますが、父の世代から、つまりは9年前から、
この毒草についての事がわかりました。記録もあります。

どうか、慈悲をかけて上げて下さい。今回の事は、皇太后陛下と、ブリントン公爵、ヘイドン侯爵を
追及できるもので御座います。」

「お前がそれほど言うなら、了承しよう。お前が守りを施す程だ。」
「はい。あの者の父も・・・本来死なずにいられたかもしれません。
それくらい重要な証拠です。では、探して参りますので、後ほど・・・・。」

指をパチンと鳴らしてロスウェルは早々と消えた。

皇帝と皇太子は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「テオ、もう少しの辛抱だ・・・。」
皇帝はそう言ったが、皇太子は少し複雑な顔をした。

「陛下は・・・平気ですか?」
「何がだ・・・?」

「陛下の母を・・・裁かねばなりません・・・。」
俯いてそう言った。リリィベルの事で散々怒りをぶつけていた。
けれど、自分にとってはどんなに憎くても祖母であり、陛下には母である。


「テオ・・・お前は、優しいな・・・。」
「いえ・・・ただ、俺は・・・父上が・・・・。」

テオドールの両腕を掴んで、父は口を開いた。

「たとえ、血を分けた母であっても、私はこの帝国の皇帝だ。
どんな身分であっても、罪を犯した者は裁かねばならない。母は罪をいくつも犯した。
それによって、無念に亡くなった人がいる。血縁というだけで目を瞑る訳にはいかない。

マーガレットも、お前も、リリィもだ・・・。私は、被害を受けるお前たちを守る。

それが、私の正しいと思う道だ。私は母を無くすだろうが、
そなた達を守る事が出来る。それが正しいと思っている。

罪は罪だ。その事に身分など関係ないのだ。それを捻じ伏せてしまったら、国は守れない。


テオ・・・いつかお前も、この座に就くのだ。今はまだ未熟であっても、
時は過ぎ、いくつも学び、悲しみ、強くなる。

何が正義であるか、お前が導き出す時がくる。

お前の気持ちがとても嬉しいよ。お前は優しい、それを私はとても誇りに思っている・・・。

守ろう・・・お前の大切なものを・・・私のすべてをかけて・・・。」

「父上・・・。では・・・私は、父上をきっと・・・支える存在になります。」
「あぁ・・・見て居ろ。私の背中を・・・。私も逞しい父としてお前の前を歩こう・・・。」

父はいつも、大きな存在だ。どんなに俺に腹を立てても・・・・。
その愛で、守ってくれる。道を示してくれる。

目に焼き付けよう・・・この国を背負う。その大きな背中を・・・・。
いつか、その大きな背中に、追いつけるように・・・。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...