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言葉の刃

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その日の夜は、幸福に包まれて、2人は指を絡めて眠った。

涙で目元を赤くさせたリリィベルだが、
テオドールの腕に包まれて幸せそうに眠っている。

「リリィ‥‥」
大きく息を吸ってリリィベルの前髪に口付けると、また涙が出そうで、グッと目に力を込めた。


お前は、何故‥‥その指輪を持って産まれてきた‥?
これは本当に奇跡だ‥‥。

俺はこの指輪を、アレクシスから返してもらった。


この指輪は、やはり俺達2人の物だった‥‥


それがどうして幸せで、悲しいのか分からない。


俺達に縁ある物なのだ‥‥

でも、いつ?


礼蘭はどうして、これを持ってリリィベルとして産まれてきた?

俺に巡り合う為‥‥

その為に‥‥


俺はアレクシスから貰うまで、持っていなかった。

悔しさと、もどかしさが心を巡る‥


「‥‥‥‥」
リリィベルの滑らかな髪を指に巻いて遊んだ。

外は‥雨が降っていた。

リリィベルの指に光る2つの指輪。
そして、自分の指に、初めて指輪が付けられた。

婚約した事実と、これから結婚する事‥‥

雨音が‥‥頭に響く‥‥


幸せと不安が頭を支配していた。


今夜は雨で、きっと夢は見られないだろう。


「リリィ‥‥お前は、何も知らないのか‥?」

眠るリリィに問いかけた所で答えはない‥。
けれど、その目に向かって言うことは出来ない。


俺だって知らないことだらけだ。

まだ‥‥知らない‥


でも、この手を、離さない‥‥離せない。

心がこんなに、愛しさでいっぱいだから‥

愛してるから‥


「‥‥ずっと‥そばにいてくれ‥‥」

ただ、一緒にいたい。抱きしめていたい。
永遠に、お前と2人で‥‥

絡めた手を離さない。

今夜はこのまま、手を繋いで‥‥
お前だけを感じていたい。



翌朝、テオドールが目を覚ます。温かな温もりを確認する。目線を下げると
リリィベルは、その事に気付かずに、ただ嬉しそうに指輪を見つめていた。
その姿に笑顔が溢れた。可愛くて‥愛しくて。
左手の腕枕で包まれながら、自分の左手を重ねて笑みを浮かべている。

「・・・指輪もいいが、俺を見ろ。」
そう言ってリリィベルの額に口付ける。
「あっ‥テオ様、おはようございます。」
「俺より指輪ばかり見てるんだな。」
「ふふっ‥嬉しくて‥2つに並ぶ指輪が綺麗なのです‥‥
みんなに自慢したいくらい‥‥」
「そうしろ‥俺のものだと、自慢して歩け‥」
「はい‥ずっと、肌身離さずつけています‥」
愛しそうに指輪に触れた。

「俺の口が寂しいんだが?」
「ふふっ、テオ様、許してくださいね?」
そう言って、テオドールに口付けた。

「仕方ないなぁ‥俺の鎖が嬉しいか?」
「はい‥‥とても‥‥私がテオ様の運命の一部だと思うと、
幸せでたまらないのです。」
「そうか、早くお前と一つになりたいな‥一年は長いと思うのは初めてだ‥」

「来年の夏には、テオ様の妃となるのです。私も、待ち遠しいです。」

テオドールの胸に顔を埋めてリリィベルは笑った。


「リリィー?その指輪」
私的なダイニングルームで朝食時にマーガレットが聞いた。
女の目は鋭いのだ。
「はい!昨日テオ様から‥ふふっ似合いますか?」
スッと手を出して嬉しそうに見せた。

「えぇとても綺麗だわ!テオ、見る目があるわねぇ。2つ重ねなんて、不思議‥おしゃれだわ。
2つも用意するなんて‥独占欲の塊ね!ふふっ可愛い!」
「しかもずいぶん手の込んだ指輪だな‥花が彫ってある‥こんな腕のある者が居たのか‥」
皇帝もその指輪を見て呟いた。

花が彫られた指輪なんて、あまり見たことがないだろう。この世界では‥。一般的に宝石が大きく付いていたりするのが主流。しかも婚約指輪はシンプルで小さな真珠といった、もう一つとは大きく変わるデザインだ。


「‥‥こうしたかったのです。職人は内緒です。」
しれっとパンを口に放り込んで、返した。

「ふふふっ」
花の指輪は、誰にでも話せる事ではなかった。

神様がくれた指輪。一方では、産まれた時に握りしめていたなどと、神様のする域だった。

「結婚指輪もしたら、3つになるのか?」

「いいえ。私が、この花の指輪をして下さいと、テオ様にお願いしました。」
大事そうに指輪を撫でてリリィベルは言った。

「え?いいのか?皇太子の結婚式だぞ?」
「私達が決めた事なので、いいんです。リリィが気に入っているので。
別のアクセサリーを準備する予定です。」

「ふぅ~ん??なんにせよ、心がこもった物が1番だわ?」
「はい!お義母様!」

マーガレットとリリィベルは笑っていた。
有り余る宝石は、持つ主義ではない皇后も大切な物だけを使う。
ただ、催し事の時だけ新調するだけ、倹約家とまで言われる皇后だった。

「大切なのは、それに込められた想いだもの。
私もオリヴァー様から頂いたアクセサリー以外本当は付けたくないのよ。でもほら、色々とね。
‥お金が回らなければいけない事もわかっているわ。リリィも理解してね。
あなたが身に付ける物で、商いは潤いもするし、潤ったお金で民達の売る物を買う人が増える‥。
小さな花もそう。
心に余裕ができて、誰かを想う人が花を買って、幸せを誰かに与えてくれるわ。」

「はい、お義母様。この国の未来のために心に刻みます。」
「えぇ。あなたはきっと、素敵な皇太子妃になるわ?」


「テオ、何赤くなってるんだ?」
「‥‥‥なんでもありません‥‥」
「あぁあれか?妃?指輪はめて実感してるのか?
そうだなぁ、あれは、独占の象徴だ。お前も可愛いところがまだあるな?」
「父上、やめて下さい。ロスウェルに言って一日中へばり付いて貰いますよ。」
「やめろ。あんなの1日中くっついてたら気が狂うわ。」
「ですので、揶揄わないで下さいっ」
頬を染めたままのテオドールに、オリヴァーは笑みを浮かべた。

「ははっ、待ち遠しいな。お前達の結婚式が‥」
「‥‥‥‥」

黙々とテオドールは頬を染めて食事を続けた。



その日、妃教育を終えたリリィベルは、護衛と一緒に自室へ戻る所だった。
けれど、ふと、昨夜の中庭が目に入り歩みを止めた。

「あの、少し庭を歩いてもいいですか?」
「もちろんでございます。リリィベル様。」
微笑み返事を返したのは、テオドールの第二騎士団精鋭、イーノク・ヘンヴェルマン伯爵。
その隣には、アレックス・マイヤー伯爵。2人とも実力のある伯爵家の長男だ。
そして、共にリリィベルの専属メイドのカタリナがいる。

「あ、お嬢様!日傘を・・・・。」
「いいの!そんなに長くないわ。それに持ってくるあなたに負担をかけたくないもの。」
笑って駆けだすリリィベル。リリィベルについて護衛も続く。もちろん側ではピアもリコーもいる。

噴水を前に、リリィベルは笑みを浮かべた。ふと目をやれば、いつかのベンチがある。
指でベンチの背もたれを一撫でして思いふける。

出会った時も、激しく甘い口づけも、指輪もすべてここで・・・・。

「・・・・・」
そっと、太陽に手を向けてみる。陽に反射して二つの指輪が光る。


「ふふっ・・・・幸せで、溶けちゃいそうだわ・・・・」



「あら、お前は・・・・・。」
後ろから声がした。
「・・・皇太后陛下」
振り返ると、皇太后とライリーが居たのだった。

「ご挨拶申し上げます。陛下。そして、ライリー・ヘイドン嬢・・・・」

「何をしていたの?こんな所で。」
「はい。妃教育を終え部屋へ戻る途中でしたが・・・中庭が目に入り立ち寄りました。
ここは、皇太子殿下と縁ある場所で・・・・殿下を思い、つい足を・・・・。」

微笑み胸に手を当てて話すリリィベルは、正に結婚を控えた幸せな花嫁。

「そう・・・・。縁ある場所ねぇ・・・・・。」

「はい。陛下・・・。」

「・・・・・・・・・」
それを黙って聞いていたライリーだった。
ここは2人が口付けをしていた場所・・・。
ライリーには憎らしい場所だった。

「リリィベル嬢、顔を上げていいわよ?」
そう言われて初めてリリィベルは顔を上げる。その美しい瞳で皇太后を見た。

扇子の裏で、皇太后の口元が歪む。
憎き、愛していたアドルフの妻、グレースにも似た顔。2人の髪色である金髪。
見ているだけで、吐き気がした。

「そなた、先日のパーティーで、ずいぶんはしたない姿を晒したようね?」
「え・・・?」

「聞いているわ。皇太子と、婚約者の身でありながら貴族たちの前で、淑女らしからぬ振舞いだったとか。
まるで、娼婦のようだと・・・。」
「っ・・・その様な・・・」
「身に覚えはないと?」
女は貞淑でなければならない。けれど、人前で式でもあらずに
何度口付けを交わしただろうか。この国の皇太后となる人からそう言われれば返す言葉もない。

「・・・いえ、皇太子殿下のご寵愛を、人々の前で賜りました。申し訳ございません。」

「ご寵愛?娼婦の誘惑の間違いではないの?あの子は何年も婚約者を作らず、
ダンスすらまともに踊らなかった。それが、人が変わった様だ。まるで魔法のようにな。」
リリィベルを見下し、笑った。

「皇太子が娼婦のような女と婚約した。なんとも情けないパーティーではないか。
帝国の未来が恐ろしいな。娼婦はもう、皇太子をその身体で手懐けたのか?」
「・・・ふっ・・・・」
言われるままのリリィベルに、ライリーは鼻で笑った。

「・・・私の振舞いについて、帝国の城で淑女らしからぬ姿を人々の前でお見せした事を反省致します。
殿下のご寵愛を欲した私が、冒しました。」
皇太后はニヤリと笑った。

「そう、はっきり言ってお前は、帝国の皇太子の婚約者に相応しくない。」
「・・・・・・・・」
「皇太子妃となれば、いずれ、帝国の象徴となる身だ。娼婦のようなものがなっては困る。
今お前がいる部屋もそうだ。身分不相応だ。たとえ、辺境伯の貴族であっても、
性根が娼婦のようでは、この城の部屋が穢れる。なんと醜き事よ・・・・。」

「皇太后陛下、恐れながら申し上げます。皇太子妃の部屋は、皇帝陛下と皇太子殿下より
頂いた部屋で御座います。陛下の命令以外で、下がるつもりはございません。」

「はっ・・・・なんと図々しい・・・・。」
ライリーが鼻で笑い罵った。

「・・・・私は、皇太子殿下の言葉なく、下がるつもりはありません。」
「まだ、そのようなことをっ・・・・」

ライリーは、言葉を詰まらせた。

リリィベルの左手の薬指の指輪を見つけてしまった。
二つの指輪。

なんて忌々しい・・・・その指輪。


皇太后もそれに気づき、目を細めた。

「下がる気がないなら、お前はパーティーの振舞をその言葉通り反省するため、謹慎せよ。
これは私の命令だ。お前達、この者を西の塔へ連れていけ。」

「っ西の塔!?」
イーノクが声を上げた。
「なに?私に意見するの?護衛が・・・」
皇太后はイーノクを睨んだ。
「っ・・・恐れながら、殿下の許可もなく西の塔へはお連れできません。」
「なんだと?」
「西の塔は、病気を患った者を隔離するための部屋で御座います。」
「・・・・・っ・・・・皇太后さまっ・・・。」
リリィベルは口を開こうとした。けれど皇太后は冷ややかに告げた。

「お前は反省すると言っただろう?その娼婦のような振舞いは最早病気だ。
妃教育を受けながら、そんな振舞いをするのだから、病気だろう?」

皇太后は、自分の護衛達に命令した。

「さぁ、連れていけ。皇帝陛下と皇太子には伝えよう。」

そう言うと皇太后の護衛達はリリィベルに近づき、その腕に触れようとした。

「皇太子殿下以外の殿方の手が、私に触れる事は許しません。ご案内ください。自分で行きます。」

リリィベルは目を鋭くして護衛を止めた。

「・・・・・・」
「そう?ならば、歩いて参れ。」

「はい、皇太后陛下。」

指輪を照らした太陽が、そっと雲に隠れる。
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