ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

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皇帝のお遊び

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毒が仕込まれたグラスを手に、皇帝は何やら考えていた。

「ふむ・・・。皇后。」
「はい?」
「今の給仕係は新しい者だな?」
「そうです。陛下に言われてそのままにしてあります。」
「そうか、他の者たちもそうだな?」
「はい。」
「では、これが飲まれなければ、次々やってくるな?・・・底をつくまで・・・・
皇后、さっきの給仕係に伝えろ。次々と運べとな・・・。」
「陛下・・・?」
「それから、そなたはテオドールとリリィの側にいなさい。ハリーが居るから。
ロスウェル、私について来い。」

皇帝の笑みの意図が分からず首を傾げていたが、近くの従者に声をかけ、給仕係にシャンパンの入ったグラスを運べと伝えた。
そして、皇帝は皇后をエスコートし皇太子の元へ預ける。

そして、大量のグラスが運ばれてくると、皇帝はロスウェルに尋ねた。

「ロスウェル、どうだ?」
「えぇ、ほとんど仕込まれていますね。あ・・・ただ、最後の方にある二つのグラスはもう入っていません。」
「なるほど、底をついたか?」
「わかりませんが・・・・。最後の二つは無害です。」
「よし・・・。ロスウェル、私が事を始めたら、少し手を加えろ。」
「へっ?」
皇帝はいたずらっ子のような表情で、口を開いた。

「皆の者。私は、皇太子と婚約者リリィベルの為に、一つ贈り物がしたいのだ。
見てくれないか?危ないから近寄るな?あぁ、ちょうどいい段差があるな。」

笑顔でそういう皇帝に、会場の者たちは拍手を送った。
その拍手に満足した皇帝は、皇族たちがいる上段の隅に一つのテーブルを用意させた。
先程皇后が受け取ったグラスを一つ置いた。

「あぁ君、頼んでおいたグラスをこちらへ・・・。」
先程毒入りグラスを運んできた給仕係を呼び寄せた。
オドオドしながらその者は皇帝の近くまでやってくる。

皇帝の後ろにはロスウェルが控えている。

テーブルの端から端まで横並びに一つ一つグラスを置いていく。
横がいっぱいになると今度は3列にして並べた。
そしてそのグラスとグラスの上にまたグラスを積み上げて並べていく。
そしてこっそり後ろにいるロスウェルに倒れないようにと指示をした。

不動のグラスは高く、三角に積みあがった。

毒入りシャンパンタワーの出来上がりだ。

「ははっ・・・うまくいったぞ!どうだ?皇太子、リリィ?見事であろう?」
すっかり少年のような表情の皇帝に、2人は笑った。

「すごいです陛下!ありがとう御座います。」
リリィベルは何も知らずそのシャンパンタワーを見て喜んでいた。

「はははっそうだろ?あ、グラスが二つ余ったな。
ではこの二つは皇太子とリリィベルに贈るよ?受け取ってくれ?」

そう言ってグラスを2人に差し出した。
「ありがとう御座います。皇帝陛下。」
2人はグラスを受け取り、嬉しそうに微笑んだ。


「っ・・・・何の真似だ一体っ・・・・。」
ヘイドン侯爵はその余興を頭を痛めて見ていた。

給仕の者には、皇后が口をつけなければ、つけるまで毒を入れる様に指示した。
一口飲むまで運び続けろと。あんなに運ばれてくるなんて・・・。

こんな形で自分の手の者が運んだグラスで余興をされるなんて想定外だ。

しかも最後の二つを受け取り、飲み干した皇太子とリリィベルはピンピンしている。
きっと毒はもう入っていない。あの積みあがったシャンパンが毒入りかもしれない。

「くそっ・・・・・」
「お父様・・・これでは・・・・。」
「しかもあんな場所にっ・・・手が出せんっ。」
「えぇ・・・」
皇太后の命令通り用意した毒は少ない。けれど、皇后以外が口にしたら大問題だ。
誰かが倒れたらあの給仕が捕まる事だろう・・・。口の堅い者を選んだが、油断はできない。

「どうすればっ・・・・・」
ヘイドン侯爵はありとあらゆる手段を考えたが、うまくいく自信がなかった。


「さて・・・・。これはしばらくここに飾っておこう。見事に積み重なったのだ。
崩すには勿体ない。皆、うっかり倒しては困るぞ?私の贈り物だからな。」
そう言って誰も触れないように言った。

綺麗で不気味なシャンパンタワーは、そこに飾られたままだ。

「どうするんです?この悪趣味なタワー・・オブジェみたいにこんな所に飾って・・」
ロスウェルはげんなりしながら聞いた。
「あいつらに飲ましてやりたい所だがな。今回は失敗に終わった。
この事を物証しなければならないが・・・・。パーティで死者を出すわけにも、
毒に侵される者が出てしまったらせっかくの二人の祝いが無駄になる・・・・。
防げただけでも良しとしなければ・・・長期戦は覚悟せねばなるまい。

後で、毒が検出された事として、あの給仕を捕らえ、名を吐かせるんだ。
誰の指示なのかをな・・・。そしたら調査が出来る。」

「はい、陛下。」
「だから、パーティーが終わるまで、誰にも触れられないようにしよう。
まぁ、私の手がけた物に触れるものは居ないだろうが・・・・。」

「とりあえず、この不気味なタワーも保護しましょうか?」
「ははっ・・・そうするか、確かな証拠だからな。そうしよう。しっかり守れよ。」
「畏まりました。陛下。」


こうして、今夜の企ては無事に潰すことができた。その後も食事や飲み物に警戒は緩めない。
あとは、オリバンダー侯爵の発した事についてだ。暗殺者は寝静まった後に来るわけではない。
その言葉が何を意味するのか、まだ分からない。

皇帝は皇后と席へ戻った。再び緊張感は走る。
その後も給仕は定期的に飲み物と軽食を運んでくるが、問題はなかった。

テオドールとリリィベルは再び、ホールに出て楽し気にダンスをしている。
先程のような熱烈なダンスではないが、愛が溢れ出しているのがわかる。
見つめ合い、頬を摺り寄せ、とても幸せそうだ。


それを見て、我慢できなくなっていたのは、オリバンダー家のレイブだった。
先程挨拶で近くに寄ったのに、顔を見させてもらえなかった。
あんなに近くに居たのに・・・。間近で顔を見たかった。
騎士として働いているときは遠目からしか見る事は出来ない。

リリィベルの護衛はいつも殿下の下につく、第2騎士団の精鋭達。殿下のお墨付きをもらっている者のみ。

あぁ近づきたい・・・・。

「あぁ・・・そうか・・・。」

思いついた足で、近くの令嬢に声をかけた。ダンスをしようと。

そして皇太子とリリィベルの近くで踊って近寄ればいい。

その横顔を少しでも、甘そうな匂いを少しでも・・・。
その唇を少しでも間近で見たい・・・。


だが、近づけば近づく程、2人は遠ざかる。
皇太子がその手でリリィベルをダンスに合わせて抱き上げ、自分の影に隠してしまう。

そして、リリィベルもさっきはあんなに熱い口づけを皇太子としていたのに、
今は皇太子の胸に頬を寄せて顔を近くで見られない。

レイブは自分が手を握る相手をそっちのけで、リリィベルばかり目で追っていた。

それを防ぐように皇太子は動く。そのステップは最早神業だった。

やがて音楽が終わると、2人は身を寄せ合って席へ戻っていく。


くそっ・・・・

全然見れなかった・・・。顔も見れない。

匂いすら、自分の相手の匂いでわからない。



早々と切り上げて、その場を後にした。
「あぁ・・・・・掴まえたい・・・・なんとしても・・・・・・」
醜い表情を隠し、言葉をこぼす。
その声を拾ったのは、フルーだった。

その事はすぐに皇太子の側で控えるハリーに伝わった。
もちろん皇太子にも。

「はっ・・・やたらと近寄る訳だ。俺をなめてもらっては困るな。」

あんな屑どもには、リリィの髪一本でも触れさせたくない。

「テオ様?」
「なんでもない。リリィ、本当に、お前が愛しいよ。」
そう言って、リリィベルの頬を撫でた。
「ふふっ・・・・嬉しいです。テオ様・・・・」
うっとりとテオドールを見つめて微笑むリリィベル。

・・・こんな、蕩けた顔は、俺だけのものだ・・・・・。

そう思うだけで、身体が勝手に動いてしまう。
皇族のソファーは天井から囲う様に薄いレースのカーテンがついている。
思い出したように、テオドールはスッっとレースを広げた。
そうすると、護衛達がレースを守るように立つ。

「リリィ、ほら、おいで。喉が渇いた。」
そう言って、少し大きく口を開いたテオドールが、リリィベルの小さな唇を覆う。
「んっ・・・・」

少し軽めの絡む口付けを交わし、リリィベルを見つめる。
「私はっ・・・飲み物じゃありませんっ・・・。」
「そうか?私には甘い酒の様に思うがな・・・。酔ってしまうから。」
「では、テオ様も、お酒なのですね。私はすでに酔っております・・・。」
そう言って、もう一度口づけをせがんだ。

誰も二人の世界には入ってこられない。



「なんで‥‥うまくいかないのよ‥‥こんなに近くにいるのに‥」

父は悔しげに顔を歪ませ、あのシャンパンタワーで計画が水の泡となった事ばかり気にしている。

私は‥‥

また、あの中庭へ迷い込んだままだ‥

レースに覆われても、2人の影は身を寄せたまま・・・。

人がいる前で、あんな甘い影を見せるなんて・・・・。

ダンスの時も・・・さっきも・・・・今も・・・・。

殿下のあの女を見る眼差しが‥‥胸を締め付ける‥‥

あんなの見たくないわ‥

私を選ばないなら、いっそ1人で婚約者などを作らず‥
氷の様な冷たいお顔をされてた方がマシだわ‥

溶かされた甘い顔をして、ただ1人を見つめる殿下なんて‥。



「皇太子殿下」
声を掛けられ、レースを開けた皇太子達の元へ給仕係がやってきた。
「あぁ・・・ありがとう。」
もってきたグラスを1つ受け取る。

やっぱり、1つのグラスを‥‥

また・・・その唇を合わせて、2人で飲むのですか?



皇太子はグラスに口をつけようとした。
「殿下っ、お待ちくだっ」
慌ててハリーが止めた。
「ん?」
しかし、グラスにただ唇を付けたまま、皇太子がきょとんとする。


けれどすぐに、皇太子は顔を顰めた。
「・・・なんか変な‥」
唇に・・・ついた。ペタっとした感触。
それを指で拭った。




あぁ、その仕草までも憎くて、とても・・・・愛しいわ‥‥




「‥‥‥‥っ‥‥‥‥」
皇太子の顔が険しく歪む‥
「テオ様っ?」

リリィベルが、異変に気付き皇太子に顔を寄せた。
けれど、皇太子は口許を抑えて、スッとリリィベルを抱き寄せた。

「‥‥大丈夫‥‥大丈夫だ。」

「でもっ‥お顔がっ‥‥‥」
胸に抱かれて、リリィベルにはテオドールの顔が見えない。

「殿下、すみません‥中身ばかりに気を取られました。
グラスの縁に‥‥‥」
ハリーの声はリリィベルには聞こえない。

「大丈夫だ。‥‥とても悪趣味な・・・・毒だ‥‥」
手袋についた色、それはとても不快だった。
だからリリィベルには見せたくない。


そう、誰かが付けた口紅が、皇太子の唇についた。

「ふふふっ‥‥‥口付けをしてしまったわ。嬉しいのね。
愛しい人との口付けは‥‥‥」



ライリーはそっと、自身が持っていたグラスに口を付けた。
まるで、皇太子を見て、口付ける様に‥‥
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