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かえってくる

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悲しみが押し寄せてくる。胸がきつく縛られている。
涙が枯れない。感情が溢れるのに、身体が思考が干乾びていく。

目の前が真っ暗だ…そうだ。あの時も…


『暁…暁…落ち着くんだ』

「っ…いやだ…だめだ…っっれいらが…っ」

『暁…息を吐いて…』

「息がっ…だって…れいらがっ…礼蘭が…っうぅ…っ助けて…っ」


『暁…礼蘭は…大丈夫だから…』


グッと唇を噛んだ。

「っっっ・・・・大丈夫じゃ・・っ・・なかったじゃないか!!!!ぅっ・・・・」

涙が眼を塞ぐ手を濡らす。頬を、首筋を…何もかも流れて


「礼蘭をっっ・・俺の・・れいらを連れていったんじゃないかぁぁぁ・・・・・」

分かっていない。けれど言葉は自然とあふれて止まらない。
俺は覚えていない。それなのに。

身に心に焼き付いた言葉は理解していた。

「神様は俺の願いを叶えてくれなかったじゃないかっ・・・・・」

「俺はっ・・・っぅ・・・・神なんかっ・・・・信じないっっ!!!」



塞がれた手が離れていった。


膝から崩れ落ちる。立てない…。力が入らない。
声を上げて泣くことしかできない。

両手をついて、額は地面に貼りつけた様に、聞き分けのない子供のように。いつまでも泣いていた。



『…………』



パァァァン!


銃声のような音だった。

「はっ・・・・」

その時、俺は正気に戻った。
頭を上げたが、まだそこは暗闇だった。眼も頬も涙で濡れていた。


ここは…

『まだ駄目だ…暁…』

後ろで声が聞こえた。振り返らなくても分かる。光の存在。

「…あ…アレクシス…俺…どうして…」

どうしてここに?

振り返るとアレクシスの右手の黒い宝石が光り輝いていた。
それに自然と目が行った。

『私は、まだ返すつもりはなかったが…。自分で引き入れたな。
それもまた、お前の強い悲しみ故…。母親たちの姿を見て、自分を重ねたな?』

「俺っ…知らない…わかんねーよ…っ…」

涙はまだ止まっていない。

『だが、これはまだほんの一部分。これだけでお前が壊れてしまうなら、
この先、お前は礼蘭と再び巡り合う事は出来ない…。


もういっそ…巡り合えない方が良いか…?』

アレクシスの顔が悲しみに歪んでいた。

「あえ…ない…?」


心臓が張り裂けそうだ。俺は、これ以上思い出したら壊れるのか?

『そうだな…壊れてしまうかもしれない。』

言葉にせずとも、アレクシスはそう言った。

「…お前が言ったんじゃねぇか…俺がろくでもねぇから…あいつが俺を助けてくれたんだって!

だからっ…俺に今度は幸せにしてやれって言ったんじゃないか!!!

もう天には返すなって!!


俺が縋り付いて返したくなかったのに…


俺が望むときには返してくれなかったのに!!!!天に連れて行ったのは!お前たちのほうじゃないか!!!!勝手な事ばっかり言ってんじゃねぇよ!!!!!



・・・・俺はっっ俺は礼蘭に会いてぇんだよぉっ・・・・」

たとえ壊れても、俺は、お前のためなら、壊れたって構わない・・・
またもう一度お前に会えるなら・・・・俺はどんな真実も受け止める。
血を吐くような想いも、心を引き裂くような痛みも、こんな止まらない涙も・・・・


何度流したって構わない。何度も壊れたい・・・それでもう一度お前に会えるのなら・・・・。



『…そうか…ならば…何度も壊れてくれ…。

お前がそう望めば…望む限りは…何度でも


忘れるなよ…』

アレクシスは真剣に告げた。


「・・・・諦めねぇよ・・・・今度こそ・・・・」


『その意気だ・・・今生ではきっと、お前はやり遂げると信じている。

お前の両親は、そういう人たちだろう…帰りなさい。テオドール・・・・』




名を呼ばれ、俺は光の幻想を駆け抜けて、目を覚ました。




「あれ・・・・」
温室の花の影に隠れていた俺がそこにいた。


また…

アレクシスに会った。

最後に言われた言葉を覚えている。
《お前が望めば》


「・・・・れ・・・・い・・・・・ら・・・・」


俺は初めてその名前を口にすることが出来た。

名前だけだ。顔は覚えていない。俺があの空間で何を話していたのか、前は覚えていたのに
今は覚えていない。最後のアレクシスの言葉だけ…。


俺が望む人、会いたい人、幸せにしたい人…。
名前は

「れいら・・・レイラだ・・・・」


ぶわっと熱が込みあがってくる。ひどく傷んだ心の中心にその名前は刻まれて残った。

俺の顔は、知らずに笑みを浮かべていた。

「レイラ・・・もう、忘れない・・・・」





その番(つがい)の魂を、絶対に・・・。






そっと、人声のする方を見れば、ぐすぐすと泣いた母様達が居た。
そして、顔を上げた母様が、幸せそうに微笑んでいた。

「お母様?お父様?長い間心配させてごめんなさい…。もうどこへも行きません。」
「マーガレット…今までどうしていたの…」
ハンカチで涙を拭く夫人と、まだ泣いている伯爵。

「テオドール…こちらへいらっしゃい…」

母様が、俺を見た。俺はとびきりの笑顔を浮かべて母様の下へ走った。

トン…っと母様の体に抱き着いた。

「まぁ…マーガレット…この子…」
眼を見開いた夫人はその髪色を見て涙をピタリと止めた。

ゆっくりと、伯爵夫人、おばあ様の顔を見る。
その様子を、またピタリと泣き止んだ伯爵が凝視する。

「お母様…お父様…テオドールです…私の、可愛い息子です。」
そう言って俺の髪を撫でた。


「んなっ・・・・」
伯爵が口をパクパクして目を回しそうになっていた。

「マッ・・・マーガレット・・・・この子っっ・・・」

俺と母様、そして皇太子を交互に見る。

「お母様、この子は皇太子様の子です…。この間7歳になったのですよ。」
笑って真実を堂々と告げる。

「ここっ・・・・皇太子殿下っ・・・・・」
伯爵がオロオロしながら父様に近づいて行った。

「グランディール伯爵、どうか、私の話を聞いてくれ。」
「ここっここ皇太子殿下、まさか…マーガレットを密に妾にしていたのではないですよね!?」

「なっ・・・・馬鹿な!!!!!マーガレットだけが私の生涯の伴侶だ!!!!!」

「でっ・・・でも、なんで・・・いやっ!おかしいではありませんか!この子は七歳とっ・・・」
「伯爵よ・・・。落ち着いて聞いてくれ。私はアリアナとの婚約前、マーガレットを愛していた。
それは今でも変わっていない。ちゃんと話すから。」


はぁっとため息をついた父様。

位が上なら、ため息をつく立場も違うんだな…。

温室の近くにあるガゼボで両親と祖父母と俺が座った。
メイドにお茶とお菓子を用意させ、その後は人払いし警備網を張った。
誰もこの会話を聞くことが出来ない。

祖父母は紅茶に口にできる雰囲気でもなく、ただ真剣に父様の言葉を待っていた。

「グランディール伯爵。私はアリアナと婚約するずっと前から、密にマーガレットと交際していた。
そなたらも知らないだろう?」
「・・・はい・・・マーガレットはそんな素振りしてもおりませんが・・・」
「そうだ。私たちは人目につかぬ様に会っていた。これは完璧だった。」
「いやっ…完璧とかそういう事では!」
「わかっている。とにかく聞け。私が、弟のデビッドに命を狙われていたであろう。
この帝国で知らぬ者などもはやいない。貴族の伯爵もだ。そうだろう?」

「もっ・・・もちろんでございます。」

「私が密にしていたのは、マーガレットに危険が及ばないようにする為だ。
そなたらも、皇族の皇位争いに娘が巻き込まれるのは嫌だろう?」

「はい…皇太子殿下…」
夫人ははっきりと答えた。その様子を伯爵がチラリとみて、また俯く。

「デビッドに知られたら、マーガレットは無事では居られなかったであろう。
私と付き合っていたばかりに…だが、私は守りたい者を守れぬ程間抜けではない。
当時、デビッドは亡き皇太子妃を狙っていてな。もちろん権力のためである。
あれは、陛下の側室のエレナの生家、アンフォード家から圧力をかけられていた。
サフォーク家とアンフォード家を味方につけていたら、私とて厳しい状況であった。

そのため、私はデビッドに脅されていたアリアナを妻に迎えた。ここまでは良いな?」

「はい、殿下…」
夫人の表情は変わらず厳しいままだった。

「…アリアナとは政略的、計画的と言っても良い。私が愛しているのは、当時も今もマーガレット一人だ。
マーガレットも承知している。だが…その…」

父様の顔に、汗が・・・・。

夫人から、ドロドロとした空気が流れてきていたからだ。

「…その、マーガレットが…私の子を身籠った故…わっ…私がマーガレットを匿って…
そ、…城下で、わっ…私の騎士たちがマーガレットをまもっ…守っていたのだ。」

「はい、殿下…」
はっきり答えた夫人のギラリと光った鋭い目は、不敬にも皇太子に突き刺さる。
だが、これは不敬ではない親心である。

「アアアアリアナとは…計画上、結婚したが、白い結婚であり、誓ってアリアナとは何もない。
私の子をみごっ身籠ったママっ・・マーガレットを私の用意した花屋っ花屋がいいと言うので
そこに住まわせ、後に、・・・・あぁ…このテオドールが産まれたのだ。」

ぱぁぁぁっとこの空気を助けてくれと言わんばかりの父様の笑顔は俺に向けられた。



わぁ



「…おばあ様」
俺は真剣に夫人を見つめそう呼んだ。

そう呼ばれた夫人は、眉をぴくっとさせ、切なげに俺を見た。

「おばあ様、おじい様、僕はいらない子ですか?」
「なっ!!!」

4人全員が慌てて立ち上がる。

「テオっ…私のテオっなんてことを言うの!テオが居ない人生なんて私は考えられないわ!
冗談でもそんな事言わないでっ…母様、悲しくて涙が出るわっ…」

母様は本当に泣き出してしまった。


「・・・・ありがとう。母様・・・僕とてもうれしい・・・・」

それだけが、すべてだ。

過程はどうであれ、皇位争いがどうであれ、
俺は父様と母様が愛し合って産まれた証。

「おばあ様、ずっと怖い顔をしています。」
俺はそっと、夫人の手を握った。
「っ…」
「僕、おばあ様に会えて嬉しいです。おばあ様、皇太子様は僕と母様を守ってくれたのです。
デビッド第二皇子と決着がつくまでの結婚だったそうです。
ただ…決着と同時に、床に臥していたアリアナ皇太子妃様が亡くなられて…
(本当は恋人と愛の逃避行だけどね)
そんな事も知らず、僕も皇太子妃様のご冥福を祈るために花を届けにきたのです。
そしたら、お父様に会うことが出来ました。きっと!皇太子妃様が僕にお父様を返して下さったのです。

そして、お父様は母様と僕を迎えに来てくれました。これからはずっと一緒に居られると言ってくれました。僕はとっても嬉しいんです!だって、母様がとても幸せそうだから!

ね?おばあ様もそうでしょ?母様が帰ってきたではありませか!
どうか、褒めて下さい。小さな僕を一人でここまで育ててくれた母様と、お父様に会えた僕を!!」

「っ・・・・えぇ・・・そうね・・・・私の娘は帰ってきた・・・・。
こんな可愛い・・・高貴なお方との子と一緒に・・・・。」

俺の頬に手をあて、夫人は涙を流し笑った。


「これからは、おばあ様とおじい様とも会えます!僕はとてもうれしいです!」
心からの笑顔を返した。

「みんな一緒に居られる。それだけで…幸せなのです。」

そう笑った俺の心の片隅は、ジリッと音を立てていた。
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