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7歳の誕生日

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夢を見ていた。

真っ暗な部屋だった。

ごちゃごちゃな部屋の中、あれは‥


昔の、俺の‥‥部屋。





ハッ‥と目を覚ました。ドキドキしていた。
この世界に産まれ落ちて、初めてみた。俺の前世の景色。

《あんな暗い部屋‥寝てたのか?いや、ベッドを‥背もたれにして、座ってた‥?》

姿を見た訳じゃない。けれど、そんな気がした。
どうしてかは、わからない。


今日は、この世界に産まれた俺の、誕生日。
この世界にも時計はある。産まれて7年も生きてれば自然と馴染んでる。テオドールの人生。

寝室とリビングの除き、扉を開ければ、花屋の俺のこの世界の家。
店に出れば、沢山の花でいっぱいだった。
色とりどりの綺麗な花と匂いで、俺の心は穏やかだった。

「母様、おはよう!」
笑顔で駆け寄ると、振り返る笑顔の母親、マーガレット。花屋の店主にぴったりなその名前。

「おはよう私のテオ!今日も素敵な笑顔ね!」
太陽の陽に照らされた銀髪を靡かせた綺麗な母。
「母様!今日何の日か知ってる?!」
「もちろん!忘れる訳ないわ?」

駆け寄った俺を母はぎゅっと抱きしめてくれた。

「大好きな大好きなテオが産まれた日ですもの!
無事に産まれてきてくれてありがとう。母様はとても幸せだわ!」

母の温もりを感じる。その時は子供になれる。
ジリジリした痛みを、忘れる瞬間だった。

「母様こそ‥僕を大切に育ててくれてありがとう」

ぎゅっと抱きしめ返す。偽りのない言葉だった。

この世界でシングルマザーはどんなに大変だろう。
それでも、母が育てる花はとても美しく、また花を売る母もとても美しく、評判の良い店だった。
俺は少し擦り切れた帽子を深く被って、母の手伝いをしていた。

「母様、この花はここに置くの?」
「そうよ。ありがとう。テオが手伝ってくれるおかげで母様とっても助かるわ。」


いつも優しい、笑顔の母。
俺にはこの母しか、俺の世界には存在しない。
父親の皇太子には一度もあった事はないし、
2人の仲は、闇に葬られていたのだろうか?

「今日は早くお店を閉めましょうね!テオの誕生日ケーキをつくらなきゃ!」
「うん!僕も一緒にやりたい!」
「まぁ!主役がケーキを作るなんて、でも母様テオとなら何でもやりたいわ?一緒にケーキを作りましょう」


母と手を握り笑いあった。
テオドールは母の愛で幸せだった。
父親は居らずとも、この母の大きな愛情で、
この小さな身体は満たされていた。

身分を隠し、問題など起こらない。平穏な毎日。
あの焼ける様な痛みも、母の愛で少しずつ救われていく。


こうやって、俺は、色んなことを忘れたのだろうか‥
まるで、鋏で切り取ったかのような時間を‥?



夜になり、2人で作ったケーキに蝋燭の火が灯った。
母が、俺の目の前で幸せそうに笑みを浮かべている。
「ほら、テオドール、お願い事をして火を消して?
きっと願いが叶うわ!」


「願い事かぁ!わかった!‥せーの!」


ふぅぅーーーーーー




揺られた火が消えた。




一瞬の出来事だった。部屋は真っ暗になった。
目の前に居たはずの、母まで、真っ暗闇に消えた。



「えっ‥‥‥母様?」

ガタッと音を立て慌てて椅子から立ち上がった。


「‥‥母様!!母様!!どこっ?」



辺りを見渡すのに、そこは今までいた空間ではない。
人の気配は、感じない。

「なにが‥‥どうなって‥‥‥っ母様ぁ!!」

次第に涙が溜まっていく。テオドールは7歳の子供だった。




ジリジリッ‥‥

「うっ‥‥‥」

頭が急に痛んだ。あぁこれは、あの‥
金髪ギリシャホスト野郎に掴まれた‥あの時の‥‥


ザザザザザッッ‥‥‥‥‥


耳障りなノイズが頭の中で響く。

「気持ち悪いッ‥‥‥母様ぁ‥‥」
その場に崩れ落ちた。



真っ暗な空間。
俺は今朝みた光景を思い出した。

真っ暗な部屋で座り込んだ。ドス黒い‥‥‥








『そんな都合が良い訳ないだろう?』

「わぁぁっ‥‥」


目の前に急に光現れた。目が眩んで思わず尻をつく。


こいつは‥‥‥

『金髪ギリシャホストではない。』

にっこり笑ったギリシャホスト野郎‥‥‥


俺が思う前か後か、奴は現れた。


『夢を見たからと言って、そんなに都合よく思い出すものか、どうだ?お決まり演出など存在しないのだ』
にこりとまた眩しい笑顔を浮かべている。

「‥‥‥‥‥こういうのには普通‥お決まりテンプレートってもんが、あるってんだよッ‥‥」

冷や汗が出た。7歳のテオドールの身体は小さく震えた。


『人生は決まりなどないから、愉快なのだよ?
お前はいつも、自分で選択したと言っていたではないか?‥‥どうだ?この人生は楽しめそうか?』

ずいっと俺に顔を寄せ、胡散臭い笑顔が向けた。



「じゃあ‥‥今朝の夢は‥‥」


ギリシャホストは、真っ暗の中、片手を浮かべた。
そこに現れた。母と作ったケーキ。


『あぁ、今日はテオドールの誕生日。7歳となったな。
隠された王子、ははっ‥きっと、そのうち外部に見付けられ、母親と引き離され、不遇な環境に陥りそなたはこの国の皇子として晒され、勇敢にもこの人生を逞しく生き延びて、麗しき令嬢と婚約させられる中、突如現れるそれはそれは綺麗な女性と一目で恋に落ち、真実の愛を手に入れ、困難を乗り越え幸せに‥‥』


「‥‥‥それは‥俺の‥‥じんせ」


『いいや?小説ではお決まりではないか。ははっ』


「お前、ラノベ好きなの?」

『ははははっ!まぁ、あり得なくはないだろう?
そんな容姿に産まれ落ちて、隠された第一王子。
平民の母、まぁ、母は死ぬかも知れないが、それもまた、よくある話ではないか?第一王子よ。』

だからラノベ好きなのかよ!

テオドールは確かに自分で言うのもなんだがイケメンだった。それがわからない程、俺だって鈍くない。
きっと、このまま育てば、テンプレな人生が待ってるかもしれない。

「‥‥そんなもん、小説の話だろうが‥‥」

『あぁ‥‥ここは小説の世界ではない。ヒーローとやらに生まれ変わった存在でもないし、ただの世界線。こんな世界もあるのだよ。』


「物語じゃねぇなら、俺は、元いた世界から過去の世界にきたのか?外人だし‥こんな髪色して‥こんなカラコン自然装備されて、てっきり俺は‥‥」

『ふふふっ‥‥‥あぁ~ここはどこだろうなぁ?
わからぬなぁ?何せ、お前の様な者を扱うのは難しくて‥‥』


ギリシャホストの左手の腕輪がキラリと光った。
白い宝石だ。


「お前、何しにきたの?」

訳がわからないけど、とにかく苛つく。
さっきまで、母親と誕生日を祝っていたのに、
ネタバレじゃない、ラノベのテンプレを聞かされただけ。こいつ、何しに来たんだよ。


『生意気なそなたには、やはり黙っておこうかなぁ‥
せっかく降臨してやったのに‥』

少し眉を下げ、ケーキのクリームを指先でなぞり取った。

「ってめぇ‥‥」

せっかく作ったケーキを‥

『テオドール、ちょっとじゃないかぁ、心が狭いなぁ‥。そうそう、そなたはそんな口調がよく似合う。』

掬ったクリームをはむっと口に入れ、ニヤリと笑う。



「てめぇホントに何しに来やがったんだよ。
言うことねぇならさっさと行けよ!母さん返せよ」


『あぁ~すっかり暁(あきら)に戻ってる~‥‥
はははっ‥‥‥楽しい!』



ニコニコしながら、ケーキを俺に差し出した。


「‥‥‥‥‥‥」


持てねぇよ宙に浮かんだケーキなんかよぉ‥
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