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痛いところを突かれたように、あずみの眉間にシワが寄る。
親の死に加え、信頼していた弟に突然虐げられるようになったら、自暴自棄になってもしょうがない。
人はそんなに強くない。――俺も。
俺だって限界だよ。だから利用できるものは、なんでも利用する。
――あずみの痛みさえも。
「ちが、違うよ! 違う!」
「処女でもドスケベな女はいるからなあ」
「違うってば!」
泣きそうな顔をして首を振るあずみを抱きすくめ、腰の動きを早めた。突くたび、俺を受け入れている膣から、愛液がコポコポとこぼれる。
「あー、ほら、こんなに溢れちゃって」
「あっ……」
あずみの頬がカッと赤くなった。
「趣味と実益を兼ねた、いい商売じゃん。でも知らない男に体を任せるのは、あぶねーだろ? だから幼なじみのよしみで、俺がお前をずっと買ってやるよ。いくら欲しい? 好きなときに抱いてやるし」
「や、だ、そんなの……! いらないっ!」
「でもお前、琢磨が暴れまくる家になんて、本当に帰りたいか? それともほんとに風俗でもやって金稼ぐ? どうすんの?」
「……っ!」
俺は体を起こし、もう少しだけあずみの奥に入った。肉茎の半ばまでで雌の感触を味わいながら、クリトリスをいじってやる。
「あっ、それ、ダメ……! おかしく、なっ……!」
「俺の、奴隷になれよ」
あずみの、声が高くなっていく代わりに、聡明さを湛えていた瞳が濁っていく。
「もう家に帰るな。俺のところへおいで。可愛がってやるから」
なにもかも捨てて、忘れて。
厄介な重荷を捨てて、俺たちが本当は友達だったことも忘れて、楽になってしまえばいい。
縋る先を俺に、俺だけに変えてしまえ。
大事にするから。絶対に、大事にするから。
「あずみ」
あずみにとって、俺は張り詰めた糸を切るハサミだ。
耳元で名を呼ぶと、あずみはきゅっと体を硬くして、そしてすぐに抱きついてきた。
「なる、なるぅ……っ! あっ、なるから……! もっとして、してぇ! なにも、考えたくな……っ! もう、考えたくない……っ!」
しっかり者のあずみが、こんな風に子供みたいに甘えてくるなんて、初めてだ。
「もうやだあ……っ! ぶたれたくない! 怒鳴られるのも……! 優しくして、優しくしてよぉ! お金なんていらないから! なんでもするから! 一人にしないで!」
あずみの慟哭を聞いて、胸の内を愛しさと罪悪感が行ったり来たりするが、それでも俺は愛する人を得た喜びだけを掴み、残りの感情には蓋をした。
「よしよし。今日からお前は俺の奴隷だ。頭を空っぽにして、俺のそばにいていいよ」
「奴隷でいい、いいよぉ……っ! だから、ぎゅって、ぎゅってして……っ!」
俺に揺さぶられながら、あずみは悦楽の表情を浮かべつつ泣いていた。いったいどんなことを考えているのだろう。しかし俺のこれからしばらくの役割は、彼女に寄り添うことではなく、引っ張っていくことだ。下手な推測はやめた。
「涼夏、涼夏ぁ……っ!」
花芯を指で押し潰しながら肉壁をペニスでこすり上げると、あずみは絶頂に上り詰めた。不規則な痙攣を繰り返す膣内で、俺も溜まりに溜まった欲望を吐き出す。
「あずみ……」
お互い息が整わないまま、涙に濡れた頬を撫でてやると、あずみは俺の手に頬ずりした。
「奴隷とか……。ぼんやりしてるくせに、怖いこと言うなあ、涼夏は」
「草食系は草食系でも、俺は食虫植物なんだ」
「あ、なんか似てるもんね。ウツボカズラと涼夏」
どこがだ。もしかして、アレの形のことを言ってるのか?
あずみはケラケラ笑ってから、疲れたのか、目を瞑ってしまった。
あずみの俺に対する気持ちは、決して恋ではないのだろう。
それでもいい。一番居心地がいいのは俺の隣だと、ゆっくり時間をかけて、心と体で覚えてくれればいいのだから。
待つのは慣れている。
風に揺られながら、俺はそのときをじっと待とう。
シャワーを浴びて、身支度をする。スマホで時間を確かめれば、もう七時だった。どうりで腹が減るわけだ。
「じゃ、そろそろ行くか」
「行く? え? どこへ……?」
「は? さっき言ったじゃん。俺んちだよ。お前、奴隷だろ。奴隷はご主人様のそばにいるもんなんじゃないの?」
「あ……。たった半日で、私の尊厳は地に落ちたなあ」
口ではそう言うが、あずみはさほどショックを受けた様子もなく、むしろどこかスッキリした表情をしていた。
俺がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
「ともかく来いよ。狭いけど」
「でも、親御さんが借りてくれてる部屋でしょう? 私なんかがお邪魔するのは……」
「親にはちゃんと報告するよ。でも相手があずみだったら、あん人らも、なんも言わないんじゃないかな」
小学校からのつき合いだから、親もあずみのことはよく知っている。昔からハキハキした優等生だったあずみは、俺の両親のお気に入りだった。
とっとと親に紹介して、オフィシャルな関係にしてしまう。「外堀を埋める」というのは、こういうことを言うのだろうか。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな……」
あずみが了承したのをいいことに、ホテルを出てから、善は急げと彼女の家へ寄った。
駅から少し遠いところにある県営の小さなアパートが、あずみと琢磨の住まいだった。
「必要最低限のものだけ、持っておいで。足りないもんは、買ってやるし」
「もともとあんまり物は持ってないんだけど……」
自分の部屋で荷物をまとめているあずみに、ふすまの外から声をかけると、彼女は両親の位牌を持って戻ってきた。
――反応に困る。
「本当はお仏壇も持って行きたいんだけど……」
あずみは四畳の隣室のほとんどを埋める黒い仏壇に、ちらっと目をやった。
「悪いが、仏壇はさすがに置く場所ねーな……。そのうち小さいやつを買ってやるから、今回は諦めてくれねえか?」
「うん……。ていうか、私が自分で買うよ。お金貯めて」
「いや、家事にバイトに、あと勉強で、お前クソ忙しかっただろ。とりあえず生活費の心配はしなくていいから、少しのんびりしろよ」
「……………………」
頭をぽんぽんと叩くと、あずみはなにか苦いものでも口にしたかのような表情になった。
素直になれない、甘えられない。本当に不器用な奴。
スポーツバッグ二つ分に収まった荷物を持ってやって、玄関に向かう。するとちょうど、この家のもう一人の住人である琢磨が帰ってきた。
あずみは怯えた表情を浮かべ、琢磨は姉を睨んだ。
おお、本当にこんな顔をする奴だったんだ、琢磨は。驚いていると、俺の存在に気づいた琢磨が一瞬怯んだ。
「涼夏さん……。なんであんたが、ここに?」
「んー。あずみ、先に出て、待ってて」
「うん……」
俺が促すと、あずみは逃げるように琢磨の横をすり抜け、外に出た。
琢磨は目であずみを追い駆けた。険しかった目つきが、すぐに心細そうになる。
そう、そうだ。こっちが本当の琢磨だろう。
姉のあとをついて回る、少し臆病な男の子。
「琢磨さあ、あずみを売ってくれるんだって? 悪いね、あんな破格値で」
俺はズボンのケツポケットから財布を取り出し、鷹揚に札を数えた。
いち、にい、さん……。おお、五万も入ってた。そういえば年末は色々入り用になるから、多めに下ろしておいたんだっけ。
「は? 売る? そういう意味じゃ――」
最後まで聞かず、俺は抜き取ったお札を五枚とも、ぱっと盛大に撒いた。
「少し多めにしといたよ。――どうした? 拾えよ」
さすがに馬鹿にされていると気づいたのか、琢磨は眉を吊り上げ、鋭く光る目を俺に向けた。
草食系の俺だから、本当なら震え上がっていてもおかしくはないのだが、泣き虫のガキだった時分を知っている相手だからか、少しも怖くなかった。
「俺だったら周りの目なんて気にしないで、姉ちゃんを自分の女にするけどな~」
「……はあ!? なに言ってんだ、あんた……!」
ほんのわずかだけ空いた間が、全てを語る。
やっぱりね。
「気色悪ィこと言ってんなよ! 俺と姉ちゃんは――あいつは姉貴だぞ!? 俺たち、姉弟なんだぞ!?」
尻尾を踏まれた犬のように、琢磨はキャンキャン吠える。
でも俺は分かってしまった。――同類だから。
琢磨が纏っていた影。爽やかな雰囲気が、黒く変化する瞬間。それは――。
姉を女として見たときだ。
母親が亡くなり、姉とふたりきりで暮らすようになって、琢磨の抑えつけていた情欲が目覚めたのだろう。
それに耐え切れず、琢磨は本当は愛しいはずのあずみに、つらく当たるようになった――。
「俺は例え血の繋がった姉だとしても、あずみとならセックスできるよ? タブーとか怖くないし」
「……!」
琢磨は絶句し、俺から目を逸らした。
「その度胸がないからって、八つ当たりすんなよ。好きな女の子に意地悪しちゃう小学生か、お前は」
通りすがりに琢磨の肩をぽんと叩いて、俺も外に出る。琢磨が再び俺を見ることはなかった。
アパートから少し離れた塀の前で、あずみはそわそわしながら立っていた。俺が出てくるのに気づくと、走り寄ってくる。
「涼夏! 殴られたり蹴られたりしなかった!?」
「別に、なんも」
あずみは安堵したのかホッと息を吐いてから、俺がさっき出てきた部屋の扉を眺めた。
「琢磨、なにか言ってた? 大丈夫かな、あの子一人で。私、やっぱり戻ったほうが……」
引き返そうとするあずみの腕を、俺は掴んだ。
「大丈夫だって。あいつだってもう大人なんだから、どうにでもすんだろ」
「でも……」
あずみは、俺と今まで住んでいた部屋とを、交互に見比べた。
「――琢磨はあずみがいないほうが、うまくやってける気がする」
俺の忠告を聞いて、あずみは俯き、蚊の鳴くような声で答えた。
「うん……。そうかも。きっとそうだね……」
真実を知る由もないあずみは、それでもなにかを悟ったらしい。
「お前は琢磨を甘やかしすぎなんだよ」
嫉妬半分叱ると、あずみは唇を尖らせた。
「なんだよー! 偉そうに!」
「いいんだよ、偉いんだよ。俺はお前のご主人様なんだから。さ、帰りましょうか、奴隷ちゃん」
あずみの手を握って、いけしゃあしゃあと言ってやる。
「その呼び方やめてよ! 奴隷っていうのは、気の迷いで……! と、とんでもないことしたら、警察に行くからね!」
あずみは俺の手を振り払おうとしたが、俺は離さなかった。
「もう!」
根負けしたのか、あずみはおとなしくなった。しかしブスッとふくれっ面だ。対して俺は、笑いがこみ上げてくる。
「もう逃さねーよ。どんどん絡んで、がんじがらめにする。蔦(つた)や蔓(つる)みたいに」
「うわあ……」
「だってほら、俺って草食系男子だから」
ドン引きのあずみに向かって見せた笑顔は、俺のこれまでの人生の中で、一番輝いていたに違いなかった。
~ 終 ~
親の死に加え、信頼していた弟に突然虐げられるようになったら、自暴自棄になってもしょうがない。
人はそんなに強くない。――俺も。
俺だって限界だよ。だから利用できるものは、なんでも利用する。
――あずみの痛みさえも。
「ちが、違うよ! 違う!」
「処女でもドスケベな女はいるからなあ」
「違うってば!」
泣きそうな顔をして首を振るあずみを抱きすくめ、腰の動きを早めた。突くたび、俺を受け入れている膣から、愛液がコポコポとこぼれる。
「あー、ほら、こんなに溢れちゃって」
「あっ……」
あずみの頬がカッと赤くなった。
「趣味と実益を兼ねた、いい商売じゃん。でも知らない男に体を任せるのは、あぶねーだろ? だから幼なじみのよしみで、俺がお前をずっと買ってやるよ。いくら欲しい? 好きなときに抱いてやるし」
「や、だ、そんなの……! いらないっ!」
「でもお前、琢磨が暴れまくる家になんて、本当に帰りたいか? それともほんとに風俗でもやって金稼ぐ? どうすんの?」
「……っ!」
俺は体を起こし、もう少しだけあずみの奥に入った。肉茎の半ばまでで雌の感触を味わいながら、クリトリスをいじってやる。
「あっ、それ、ダメ……! おかしく、なっ……!」
「俺の、奴隷になれよ」
あずみの、声が高くなっていく代わりに、聡明さを湛えていた瞳が濁っていく。
「もう家に帰るな。俺のところへおいで。可愛がってやるから」
なにもかも捨てて、忘れて。
厄介な重荷を捨てて、俺たちが本当は友達だったことも忘れて、楽になってしまえばいい。
縋る先を俺に、俺だけに変えてしまえ。
大事にするから。絶対に、大事にするから。
「あずみ」
あずみにとって、俺は張り詰めた糸を切るハサミだ。
耳元で名を呼ぶと、あずみはきゅっと体を硬くして、そしてすぐに抱きついてきた。
「なる、なるぅ……っ! あっ、なるから……! もっとして、してぇ! なにも、考えたくな……っ! もう、考えたくない……っ!」
しっかり者のあずみが、こんな風に子供みたいに甘えてくるなんて、初めてだ。
「もうやだあ……っ! ぶたれたくない! 怒鳴られるのも……! 優しくして、優しくしてよぉ! お金なんていらないから! なんでもするから! 一人にしないで!」
あずみの慟哭を聞いて、胸の内を愛しさと罪悪感が行ったり来たりするが、それでも俺は愛する人を得た喜びだけを掴み、残りの感情には蓋をした。
「よしよし。今日からお前は俺の奴隷だ。頭を空っぽにして、俺のそばにいていいよ」
「奴隷でいい、いいよぉ……っ! だから、ぎゅって、ぎゅってして……っ!」
俺に揺さぶられながら、あずみは悦楽の表情を浮かべつつ泣いていた。いったいどんなことを考えているのだろう。しかし俺のこれからしばらくの役割は、彼女に寄り添うことではなく、引っ張っていくことだ。下手な推測はやめた。
「涼夏、涼夏ぁ……っ!」
花芯を指で押し潰しながら肉壁をペニスでこすり上げると、あずみは絶頂に上り詰めた。不規則な痙攣を繰り返す膣内で、俺も溜まりに溜まった欲望を吐き出す。
「あずみ……」
お互い息が整わないまま、涙に濡れた頬を撫でてやると、あずみは俺の手に頬ずりした。
「奴隷とか……。ぼんやりしてるくせに、怖いこと言うなあ、涼夏は」
「草食系は草食系でも、俺は食虫植物なんだ」
「あ、なんか似てるもんね。ウツボカズラと涼夏」
どこがだ。もしかして、アレの形のことを言ってるのか?
あずみはケラケラ笑ってから、疲れたのか、目を瞑ってしまった。
あずみの俺に対する気持ちは、決して恋ではないのだろう。
それでもいい。一番居心地がいいのは俺の隣だと、ゆっくり時間をかけて、心と体で覚えてくれればいいのだから。
待つのは慣れている。
風に揺られながら、俺はそのときをじっと待とう。
シャワーを浴びて、身支度をする。スマホで時間を確かめれば、もう七時だった。どうりで腹が減るわけだ。
「じゃ、そろそろ行くか」
「行く? え? どこへ……?」
「は? さっき言ったじゃん。俺んちだよ。お前、奴隷だろ。奴隷はご主人様のそばにいるもんなんじゃないの?」
「あ……。たった半日で、私の尊厳は地に落ちたなあ」
口ではそう言うが、あずみはさほどショックを受けた様子もなく、むしろどこかスッキリした表情をしていた。
俺がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
「ともかく来いよ。狭いけど」
「でも、親御さんが借りてくれてる部屋でしょう? 私なんかがお邪魔するのは……」
「親にはちゃんと報告するよ。でも相手があずみだったら、あん人らも、なんも言わないんじゃないかな」
小学校からのつき合いだから、親もあずみのことはよく知っている。昔からハキハキした優等生だったあずみは、俺の両親のお気に入りだった。
とっとと親に紹介して、オフィシャルな関係にしてしまう。「外堀を埋める」というのは、こういうことを言うのだろうか。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな……」
あずみが了承したのをいいことに、ホテルを出てから、善は急げと彼女の家へ寄った。
駅から少し遠いところにある県営の小さなアパートが、あずみと琢磨の住まいだった。
「必要最低限のものだけ、持っておいで。足りないもんは、買ってやるし」
「もともとあんまり物は持ってないんだけど……」
自分の部屋で荷物をまとめているあずみに、ふすまの外から声をかけると、彼女は両親の位牌を持って戻ってきた。
――反応に困る。
「本当はお仏壇も持って行きたいんだけど……」
あずみは四畳の隣室のほとんどを埋める黒い仏壇に、ちらっと目をやった。
「悪いが、仏壇はさすがに置く場所ねーな……。そのうち小さいやつを買ってやるから、今回は諦めてくれねえか?」
「うん……。ていうか、私が自分で買うよ。お金貯めて」
「いや、家事にバイトに、あと勉強で、お前クソ忙しかっただろ。とりあえず生活費の心配はしなくていいから、少しのんびりしろよ」
「……………………」
頭をぽんぽんと叩くと、あずみはなにか苦いものでも口にしたかのような表情になった。
素直になれない、甘えられない。本当に不器用な奴。
スポーツバッグ二つ分に収まった荷物を持ってやって、玄関に向かう。するとちょうど、この家のもう一人の住人である琢磨が帰ってきた。
あずみは怯えた表情を浮かべ、琢磨は姉を睨んだ。
おお、本当にこんな顔をする奴だったんだ、琢磨は。驚いていると、俺の存在に気づいた琢磨が一瞬怯んだ。
「涼夏さん……。なんであんたが、ここに?」
「んー。あずみ、先に出て、待ってて」
「うん……」
俺が促すと、あずみは逃げるように琢磨の横をすり抜け、外に出た。
琢磨は目であずみを追い駆けた。険しかった目つきが、すぐに心細そうになる。
そう、そうだ。こっちが本当の琢磨だろう。
姉のあとをついて回る、少し臆病な男の子。
「琢磨さあ、あずみを売ってくれるんだって? 悪いね、あんな破格値で」
俺はズボンのケツポケットから財布を取り出し、鷹揚に札を数えた。
いち、にい、さん……。おお、五万も入ってた。そういえば年末は色々入り用になるから、多めに下ろしておいたんだっけ。
「は? 売る? そういう意味じゃ――」
最後まで聞かず、俺は抜き取ったお札を五枚とも、ぱっと盛大に撒いた。
「少し多めにしといたよ。――どうした? 拾えよ」
さすがに馬鹿にされていると気づいたのか、琢磨は眉を吊り上げ、鋭く光る目を俺に向けた。
草食系の俺だから、本当なら震え上がっていてもおかしくはないのだが、泣き虫のガキだった時分を知っている相手だからか、少しも怖くなかった。
「俺だったら周りの目なんて気にしないで、姉ちゃんを自分の女にするけどな~」
「……はあ!? なに言ってんだ、あんた……!」
ほんのわずかだけ空いた間が、全てを語る。
やっぱりね。
「気色悪ィこと言ってんなよ! 俺と姉ちゃんは――あいつは姉貴だぞ!? 俺たち、姉弟なんだぞ!?」
尻尾を踏まれた犬のように、琢磨はキャンキャン吠える。
でも俺は分かってしまった。――同類だから。
琢磨が纏っていた影。爽やかな雰囲気が、黒く変化する瞬間。それは――。
姉を女として見たときだ。
母親が亡くなり、姉とふたりきりで暮らすようになって、琢磨の抑えつけていた情欲が目覚めたのだろう。
それに耐え切れず、琢磨は本当は愛しいはずのあずみに、つらく当たるようになった――。
「俺は例え血の繋がった姉だとしても、あずみとならセックスできるよ? タブーとか怖くないし」
「……!」
琢磨は絶句し、俺から目を逸らした。
「その度胸がないからって、八つ当たりすんなよ。好きな女の子に意地悪しちゃう小学生か、お前は」
通りすがりに琢磨の肩をぽんと叩いて、俺も外に出る。琢磨が再び俺を見ることはなかった。
アパートから少し離れた塀の前で、あずみはそわそわしながら立っていた。俺が出てくるのに気づくと、走り寄ってくる。
「涼夏! 殴られたり蹴られたりしなかった!?」
「別に、なんも」
あずみは安堵したのかホッと息を吐いてから、俺がさっき出てきた部屋の扉を眺めた。
「琢磨、なにか言ってた? 大丈夫かな、あの子一人で。私、やっぱり戻ったほうが……」
引き返そうとするあずみの腕を、俺は掴んだ。
「大丈夫だって。あいつだってもう大人なんだから、どうにでもすんだろ」
「でも……」
あずみは、俺と今まで住んでいた部屋とを、交互に見比べた。
「――琢磨はあずみがいないほうが、うまくやってける気がする」
俺の忠告を聞いて、あずみは俯き、蚊の鳴くような声で答えた。
「うん……。そうかも。きっとそうだね……」
真実を知る由もないあずみは、それでもなにかを悟ったらしい。
「お前は琢磨を甘やかしすぎなんだよ」
嫉妬半分叱ると、あずみは唇を尖らせた。
「なんだよー! 偉そうに!」
「いいんだよ、偉いんだよ。俺はお前のご主人様なんだから。さ、帰りましょうか、奴隷ちゃん」
あずみの手を握って、いけしゃあしゃあと言ってやる。
「その呼び方やめてよ! 奴隷っていうのは、気の迷いで……! と、とんでもないことしたら、警察に行くからね!」
あずみは俺の手を振り払おうとしたが、俺は離さなかった。
「もう!」
根負けしたのか、あずみはおとなしくなった。しかしブスッとふくれっ面だ。対して俺は、笑いがこみ上げてくる。
「もう逃さねーよ。どんどん絡んで、がんじがらめにする。蔦(つた)や蔓(つる)みたいに」
「うわあ……」
「だってほら、俺って草食系男子だから」
ドン引きのあずみに向かって見せた笑顔は、俺のこれまでの人生の中で、一番輝いていたに違いなかった。
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