ゴリマッチョオネエな魔法使いの素敵なお仕事

犬噛 クロ

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1.ゴリマッチョオネエな魔法使いの素敵なお仕事

5(完)

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 フィロンフィア王の一人娘、フランソワは御年三十歳。父に似て優しく、聡明な姫なれど――身長百六十cmにして、百kg超の巨漢であった。
 フランソワ姫は、しかし五年ほど前は、スリムな女性だった。それが恋仲だった隣国の王子との婚約が解消されたのち、心を病み、自室に引きこもるようになり……。身だしなみにも気を使わなくなり、暴飲暴食を重ね……。そうして、今の姫が出来上がってしまったのである。
 ちなみに婚約が破棄された理由は、王子の心変わりである。王子はフランソワ姫より見た目麗しい別の国の姫に、心を奪われてしまったのだ。

 カーテンで覆われた窓から、わずかに漏れ入る明るい陽の光が、鬱陶しい。今日もフランソワ姫は一人、自室にて、黙々と菓子を口に運んでいた。本当はなにも欲しくないのに、なにか食べていないと落ち着かないのだ。

「姫様、王様がお呼びです」
「気分が優れないから、またにしてくださいと伝えて……」

 呼びに来た侍女を、フランソワ姫はにべなく追い返した。
 姫が自分の部屋を出るのは、せいぜい一週間に一度程度。それも城の中をウロウロするだけで、一時間にも満たない外出であった。

「ふう……」

 朝起きてから夜眠るまで、止まらないため息をついてから、フランソワ姫は廊下が騒々しいことに気づいた。丸い顔を上げると同時に、扉がけたたましい音を立てて開く。

「来たわよ! あんたね、クソデブ姫は!」
「!?」

 ひどい暴言を吐きながら現れたのは――ドレスを着たクマだろうか。
 ガタガタと震えているフランソワ姫に構わず、ドレスを着たクマこと、魔法使いルンルンは、カーテンを開けた。

「まったく辛気臭いわねえ! アタシは、ルンルン! あんたのパパに雇われて、あんたを美しく生まれ変わらせるために来た、美の伝道師! 本職は魔法使い! アタシの指導は王命と思いなさい!」
「お、お父様が……?」

 正気に戻った姫は、ルンルンのあとに遠慮がちに入ってきた、女兵士と目があった。心配そうにこちらを見ている彼女は、スチュー・ギルバイトだ。
 スチューには、何度か護衛についてもらったことがある。フランソワ姫は仕事に熱心で健気なスチューを、妹のように可愛く思っていた。――恋破れて、部屋に引きこもるようになるまでは。

「今更めかしこんだとて、どうなりましょう……。あの人はもう戻ってこない……」

 フランソワ姫はそう言うと、うなだれてしまった。
 娘を心配したフィロンフィア王は、これまで何度か、生活改善のための医師を寄越したことがある。しかし姫は、彼らを拒んだ。フランソワ姫の心の傷は深く大きく、自暴自棄の沼から這い上がることがどうしてもできなかったのだ。
 今でも姫は、かつて愛を誓い合った王子の心ない様を、夢に見ることがある。

『だってフランソワはブスじゃん。肌もガサガサだし、もうババアだからしょーがないかあ! 僕、若い子のほうがいいな!』

 そう罵って、王子はフランソワ姫よりも十歳も年下の姫と、さっさと結婚してしまったのだ――。

「このおバカッ!」
「あっ……!」

 ルンルンはフランソワ姫の頬を、優しく平手で打った。親からも叩かれたことのない姫は瞠目し、頬を押さえた。

「これは好機なのよ! あんた知らないの!? 失恋した、相手に裏切られた、それこそが最大のチャンス! 復讐こそが、美しく変身するための最大のモチベーション!」
「復讐……。モチベーション……」
「そう! 華麗に咲き誇った姿を、あんたを捨てたチンカス王子に見せつける! 捨てなきゃ良かったって、後悔させてやるのよ! そりゃもう最高に、最っ高に気持ちいいわよ~~~~!」

 姫は呆然となりながらも、ルンルンの口上に聞き入っている。

「そして仕上げは、元彼よりも数倍イイ男と結ばれること! これであなたのリベンジマッチは完勝よ!」
「そんなにうまくいくでしょうか……?」

 懐疑的に聞き返すも、姫の死人のように青かった肌には赤みが差しつつあった。

「こと美容に関しての努力だけは、絶対に成果が出るわ! アタシが保証する! さあ、アタシを信じて、この手をお取りなさい!」

 ルンルンは肘を下に手のひらを上に、ぐっと腕を差し出した。

「る、ルンルン師匠……! わたくし、やってみます……!」

 フランソワ姫は瞳を輝かせて、ルンルンと同じポーズで彼の手を取った。師匠と弟子、二人は手のひらをがっつり握り合うのだった。

「良かった、姫様……」

 二人を見守っていたスチューは、目に涙を滲ませ、そっとつぶやいた。




 そのようなことがあってから、一週間後。スチューは魔法使いルパート・ルビート・アルファベジット氏召喚の任務を見事成し遂げた褒美に、金一封と数日間の特別休暇を与えられた。
 本日はその休暇、二日目である。

「ふんふんふーん」

 スチューは一人暮らしのボロ家の台所に立って、小鍋でお湯を沸かしていた。
 休みの日のお楽しみは、インスタントラーメンとチョコミントアイスと決まっている。
 鼻歌を歌いながら、スチューはラーメンの袋を破いた。買い物に行くのが面倒だったから、具なんて上等なものは用意していない。いざ、鍋に麺を投入――しようとしたところで、いきなりシンク奥の窓が開いた。

「ごるああああああ!!!!!」
「ぎゃあああああああ!!!!」

 魔物の咆哮のような声に怒鳴りつけられて、スチューはすくみ上がった。

「る、ルンルン……!」

 バクバクと激しく鳴る心臓を、スチューは押さえている。その隙に魔法使いルンルンは窓枠を乗り越え、まんまとスチュー宅に侵入を果たした。

「まったくもう! ラーメンが悪いとは言わないけど、せめて野菜を入れなさいよ! あとタンパク質! あんたの仕事は、健康第一でしょ!」
「や、めんどくさくて……」
「これだから、ほっとけないのよね!」

 頭をかくスチューをしっしっと追い払うと、ルンルンは彼女に変わって台所に立った。
 見ればルンルンは、ゴージャスな花柄のマルシェバッグを持参しており、そこからキャベツや人参、ネギ、豚肉などを取り出し、調理を始めた。
 家主だというのに借りてきた猫のように、スチューがダイニングテーブルに就いて、待つこと十分ほど。

「はい、お待たせ」
「わ、いい匂い!」

 二人はルンルン特製の味噌バターラーメンを啜った。デザートのチョコミントアイスも、二人で食べる。

「へえ、フランソワ姫は、たった一週間で十キロもお痩せになったのか。すごいな!」
「おデブの余分な肉は、最初のうちはスルスル落ちるの。これからどんどん体重が減らなくなって、苦しくなるわ。まあでも痩せることが必ずしも美に繋がるとは限らないから、様子を見て、ダイエットはストップさせるつもり。あとはお肌を整えて、髪の手入れをして、服も用意して……。やることいっぱいよ」

 頼もしく語るルンルンを見て、スチューは尊敬の念を抱いた。
 きっとこの魔法使いは、一度引き受けた仕事はきっちりこなすタイプに違いない。そうでなければ、大国で讃えられるはずはないし、安心して姫を任せておけるだろう。

 魔法使いという職だけではなく、美容家としても名高いルパート・ルビート・アルファベジット氏に目をつけたのは、フランソワの母、つまりフィロンフィア国王妃であった。
 王妃はいつか娘のためにルンルンを頼ろうと、彼の動向を常に探らせていたのである。そんな折、ルンルンが自国フィロンフィアへ密かに移住したと聞き――。そしてスチューたちが派遣されたのだった。

「当分仕事はしたくないけど、女の子を可愛くするっていう依頼は別腹よ!」

 そのようにルンルンが快く引き受けてくれたおかげで、フランソワ姫が以前のような朗らかな笑顔を取り戻すのに、そう時間はかからないだろう。

「姫様のことは、ずっと心配だったんだ。――ありがとう、ルンルン」

 舌の上で溶けるミントアイスの妙味を楽しみながら、スチューは笑みを漏らした。

「いいってことよ」

 太く低い声で答えるルンルンは、時々ひどく男らしく見えるのだった。




 食後、せめて片付けは自分が、と食器を洗い出したスチューの後ろで、ルンルンはうろちょろ歩き回っている。

「んー、この家、古いけど、広さは十分ね」
「本当は軍の寮に入るつもりだったんだが、満室でな。確かに古いが、おかげで家賃も安い」
「そうね。ほらアタシ、この図体じゃない? 狭いとこじゃ困るなあって思ってたの。家具もこのままで良さそうね。あ、でもベッドは買い換えないと。タンスは入るかしら」
「……ん?」

 ルンルンがなにを言っているのか分からず、スチューは蛇口を閉めて振り返った。ルンルンは満面の笑みだ。

「なあに、その顔。アタシとあんたはずっと一緒。それが今回の仕事の報酬でしょ!」
「……………………」




 町外れの古びた一軒家から、若き乙女の絶叫が響く。
 だが、フィロンフィア王国は、概ね平和であった。




~ 終 ~



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