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2話

3.

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 フロレンツィアが帰ったあと、キャシディーは思ったよりダメージを受けている自分に気がついた。

 ――アロイスさんが、別の女性のところへ行った。

 「カーク・カッツェ」より高い店に出向いたということは、金が尽きたわけではないのだろう。
 ということは、自分に飽きてしまったのだろうか。

 ――それとも、重たいと思われた?

 キャシディーはアロイスと本を交換したあの日、提案してみたのだ。
「お店の外で会いませんか」、と。
 男がセックスをしたいと思って店に来ているのならば、もちろん堂々と報酬を受け取ることができる。
 だがそうではなくて、ただ話をしたり、お茶を飲んだりすることを望んでいるとしたら、大金を使わせることが申し訳なくなってしまったのだ。
 しかしキャシディーの申し出に対し、アロイスは黙ったままで何も答えなかった。マスクのせいで表情も分からない。
 そして、そんなことがあったあと、彼はぱったりと来なくなって――。

 ――あたしの誘いは、あの人にとって面倒くさいことだったのかな……。

 外の世界では、自分と会いたくないのだろうか。
 客と娼婦。お金で体を繋げる。ただそれだけの……。

 ――分かっていたはずじゃない。私は普通の女じゃないもの……。

 男から見れば、自分たち娼婦など、性欲を解消するための肉の人形だ。
 客に情を移せば、つらくなる。二人の想いは、決して重ならないのだから。
 だから今まで男に特別な感情を持つことを、自らに禁じてきたのに。

 ――それなのにどうしてあたしは、あの人にだけは、こんな風に無防備になってしまうの……?

 キャシディーは立ち上がると、室内に置かれた大きな姿見に自らを写した。
 泣きそうな顔の両頬をぴしゃりと軽く叩き、笑顔を作る。

「ともかく、仕事しよう」

 そう気合を入れているところで、部屋のドアが叩かれた。
 本日最初の客だ。

「はい!」

 元気に答える。
 しかしドアノブはすぐには動かなった。向こう側の迷うような気配が伝わってくる。
 ややあって、ようやく開いた扉から姿を見せたのは、アロイスだった。

「こんばんは、キャシディー」
「!」

 キャシディーは凍りついたように動けなくなった。
 普段どおりに――。どの客に対しても平等に、同じように振る舞わなければ。それが正しい娼婦の姿だ。
 なんとか笑顔を作り、こちらに歩いてくるアロイスを迎える。
 久しぶりに見た彼は、相変わらず大きな体で、気味の悪いマスクをしていて。
 ――少しも変わっていない。
 胸が締めつけられて、苦しい。泣きたい。
 ぐっと涙を堪えた一瞬だけ、緊張が緩んだ。途端、口から飛び出たのは――。

「会いたかった……」

 その一言だった。

「……!」

 アロイスはその場でぴたりと止まり、だが次には素早くキャシディーに駆け寄り、彼女を抱き締めた。

「はい、私も。私もあなたに会いたかった……!」

 重なった唇は、すぐにお互いを深く貪り合う。
 キャシディーの手がアロイスの股間に伸びると、アロイスもまたキャシディーの体をまさぐり始めた。
 細い指がズボンの前をくつろがせ、硬くなり始めた陰茎を扱く。
 大きな手がスカートの中に入り、レースにふちどられた下着を下ろす。
 ――お互いがお互いを、もどかしげに、責め立てていく。

「あっ、あ……っ」
「濡れていますね……」

 耳元で囁かれて、キャシディーの体はぞくりと震えた。
 口づけた瞬間から、すっかり潤んでしまっている。
 人差し指と中指を蜜壺に収めてしまってから、アロイスは親指で陰核を転がした。

「あっ、アロイスさん……! もう、入れて!」

 快感が欲しいだけなら、指でも事足りる。
 だが、それでは足りない。
 膣がぱくぱくと物欲しげに蠢く。
 こんな風になるのは、生まれて初めてかもしれない。

 ――欲しい、欲しい。どうしても、今すぐアロイスさんが欲しい……!

 キャシディーは戸惑い、驚いていた。
 散々自分の性を売りものにしてきたのに、彼女は女がどういう生きものなのか、全く分かっていなかったのだ。
 ベッドに行く間も惜しいのはアロイスも同じだったようで、彼はキャシディーの片足を抱え、膣に己を潜り込ませた。狭い肉道をはち切れそうなほどに膨張したペニスで押し広げ、苦しいくらいの存在感を誇示する。

「あっ、ああっ……!」

 入れられているだけで、アロイスが中にいるだけで、気持ちがいい。
 キャシディーはあられもなく喘ぐ。

「キャシディー……!」

 口づけながら、アロイスは激しく下から上へ動いた。
 キャシディーの足には力が入らず、その体重のほとんどをアロイスが抱える。

「あっ、ああっ……! すごい……よぉっ! 気持ちい……っ! アロイスさん……っ!」

 鳴いて、締め上げ、男に酔う。
 だが同時に頭の反対側で、別のことを考えていた。

 ――このままだと、分かってしまう。

 好きなんです。会えなくて寂しかったんです。
 ――もうあなたのことを、ただの客だとは思えないんです。

 でも、それを伝えるわけにはいかない。
 仕事から離れて会おうと言ったとき、この人の足は遠のいてしまったではないか。
 アロイスが望むのは、客と娼婦という関係だけ。

 ――だったら、あたしは。

「あたし、たくさんのお客さんと寝たけど、あなたのおちんちんが一番良いの……っ! 大きくて、太くて……っ! もっと可愛がって……! もっと激しく犯してぇっ!」

 そしてキャシディーは、涙と涎でぐしゃぐしゃの顔で笑った。

「…………!」

 アロイスはまなじりを吊り上げると、地面に着いているキャシディーのもう片方の足を持った。

「きゃっ!」

 宙に浮くと同時に、キャシディーは落とされまいと男の首に手を回した。その反動で内に収まったペニスを締めつけてしまうと、アロイスは低く呻いて、激しく腰を動かし始める。

「ああ……。やはり私は、あなたでなければ」

 一度区切って、アロイスはつぶやいた。

「私は、あなたでなければ、満足できないようだ……」

 ――嬉しい。

 それだけで十分だ。
 キャシディーは瞼を閉じ、アロイスに必死にしがみついた。


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