【完結済】世界で一番、綺麗で汚い

犬噛 クロ

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1話

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 シャワーを浴び直し、体を丁寧に拭いてやってから、ベッドに案内する。
 男に横になってもらい、中央でそそり立つペニスに避妊具をかぶせた。

「ごめんなさい。決まりなので。ふふ、それにしても、おちんちん窮屈そうですね」

 カバーをかけられ、幾分か迫力を失った男の逸物にオイルを垂らし、跨る。陰部にやった指で自らを開き、キャシディーは腰を落としていった。

「んっ……」

 やはり大きいが、なんとか苦労して根本まで飲み込む。
 遠慮がちに男は、キャシディーの太ももを掴んでいる。

「いいんですよ。たくさん触ってくださいな……」

 腰をくねらせながら、キャシディーは男の手を取り、自らの胸に運んだ。
 許しを得て、ようやく男はキャシディーの胸を揉みしだく。

「柔らかいな、あなたは……」

 男の手つきは、まるで女の体に初めて触れるかのようだ。どこがどうなっているか、探っている。

「旦那さん、まさか初めて……?」
「違います……。でも、こういうのは、随分久しぶりで……」

 胸や胴をまさぐったあと、男の手はキャシディーの頬に伸びた。やはり表面はガサガサと荒れていたが、優しいさわり方だ。
 気持ちがいい。なぜか、泣きたくなる……。
 キャシディーは男の手の平に頬ずりをした。

「私が、動いてもいいだろうか……」
「ええ、もちろん。お好きになさっていいんですよ。――わっ!?」

 男は腹筋を使ってひょいと体を起こすと、抱き合うような格好のまま、遠慮がちにキャシディーの腰に手を回した。相手を引き寄せるようにしながら、自分も突き入れる。

「ああっ……!」

 たくましい陰茎がやすやすと奥へ届き、子宮の入り口を叩いている。
 キャシディーの口から、嬌声が突いて出た。
 ――演技ではない。
 客相手に感じるなんて、いつぶりだろう。相性がいいのか。
 けぶる視界の先に、自分を見詰めている黒い瞳がある。――男の。
 マスクで覆われた顔の中、唯一表情が伺えるそれ。
 筋骨隆々の外見をしているくせに、彼の潤んだ瞳だけは頼りなく見えた。

 ――泣かないで。

 針で刺されたような痛みが、キャシディーの胸に走る。男の首にしがみつき、唇を吸った。

「!」

 男の動きが一瞬止まったが、キャシディーは彼を離さなかった。
 食いしばった口元を解くように舌を這わせると、やがてゆるゆると開いたそこから太い舌が現れ、絡んでくる。
 お互いの口を犬のように舐め合いながら、二人は体を揺らした。

「気持ち、いい……っ。素敵です……っ! もっとちょうだい……っ! 強く、してぇ……っ!」
「んっ、う……っ! ああっ……!」

 キャシディーもまた、快感を貪るために自ら動き始める。
 ベッドが激しくきしみ、二人はこれ以上ないくらい身を寄せ合い、淫楽を共有した。

「あっ、イク、いく……っ!」
「く……っ、あ……っ! 絞り、取られる……!」

 男はキャシディーを掻き抱いた。
 強い力で締め上げられ、だが、その苦しさが、キャシディーにとってはたまらなく官能的だ。
 男が全てを吐き出すまで、キャシディーは求められる悦びを存分に味わった。

「はあ……っ! は……っ」

 二人はしばらくそのまま寄り添い合い、共に荒い息をついた。
 やがてキャシディーは男の胸に頬を当てながら、子供のように笑った。

「ふふ、すみません。私も楽しんでしまいました」

「いや……。光栄です」

 男のマスクがかすかに揺れた。きっと笑ったのだろう。




 時間はまだあったから、男が望めばもう少し奉仕を受けることも可能だった。
 しかし男は「もういい」と、それ以上の性交渉を求めなかった。
 だからゆっくりと身支度を整え、そのあとは二人でお茶を飲んだ。

「甘いな……」

 男はキャシディーが淹れた紅茶を一口飲み、つぶやいた。

「蜂蜜を入れてあるんです。疲れているときはこれが一番。あ、甘いの、お嫌いでしたか?」
「いや、美味しい」

 お世辞ではなかったようで、男は目を細め、紅茶を飲んでいる。
 男は自分からべらべら喋るタイプではないようだったが、尋ねたことには答えてくれた。
 年齢はキャシディーより六歳上で、もうじき三十になるとのこと。
 体つきから想像がついたが、職業は軍人だそうだ。しかし現在は休職中とのこと。
 最近、この辺りに越してきたらしい。

「もっと良い場所があるでしょうに」

 下町は家賃も物価も安いが、治安は悪い。健全な職業に従事している者が暮らすのに、向いているとは思えない。

「正直、先立つものに不安がありまして。当分困らないだけの貯えはありますが、このまま職場に復帰できなければ、路頭に迷います。だから節約しようと思ったのです。確かに物騒な界隈ではありますが、荒事が起きても自分の身は守れるだろうし。それにこんな化け物のような私を襲う、命知らずもいないでしょうしね」

 そう言って男はマスクを指さす。自虐的なそれには触れず、キャシディーは微笑んだ。

「旦那さんはお強そうですものね」
「…………」

 男は少し間を開けて、「ありがとう」とぽつりと言った。

「でも節約はほどほどに、是非またいらしてくださいな」

 半分営業で、半分本音だ。
 最初に抱いたはずの男への恐怖心は、キャシディーの中からすっかり消えてしまっていた。
 この客は普通程度に奥手な、好ましい紳士だ。キャシディーは軍人にあまりいい印象を持っていないのだが、この男は別だと思った。

「本当は、こんなことに、お金を使うべきではないのにな……」

 男はお茶を啜ってから、ハッと強張った顔をキャシディーに向けた。

「すみません……! あなたの仕事をバカにしたわけではない。私にとってこういうことは、贅沢だから……!」
「いいんですよ、気を使わなくて。まあこんな所、来ないで済むなら、そのほうがよろしいですものね」
「…………」

 男は指先でマスクの裾を弄びながら、俯いてしまった。

「この傷を負って、私は……。己の弱さに気づいたのです……。今まで性欲に溺れたことはなかったのに……。人肌が……どうしても恋しくなってしまって……」

 掛ける言葉が見つからない。きっと相手も慰めを求めていないだろうと察し、キャシディーは沈黙した。
 ただ、テーブルの上に投げ出された男の手を握ってやる。
 ――あとの時間は、静かに過ごした。




 終了の合図は、店の者が娼婦の部屋をノックすることになっている。
 コンコンとドアを叩く乾いた音が鳴れば、女は客を出口まで送っていくのだ。

「お世話になりました」
「やめてくださいよ、そんな」

 几帳面に頭を下げた拍子に、わずかに曲がってしまった男のマスクを直してやりながら、キャシディーは微笑んだ。

「あたしはキャシディーっていいます。火曜日と木曜日がお休みで、それ以外はここにいますから。また来てくださると嬉しいわ」
「私はアロイス。アロイス・バーレといいます。……きっとまたお邪魔すると……思います」

 本名を、しかもしっかりフルネームで名乗る客も珍しい。
 キャシディーが手を振ると、アロイスはもう一度ぺこりとお辞儀をして、娼館の扉をくぐって行った。

 ――また来て欲しい。

 あの人とまた会えることを想像すると、胸がわくわくと踊り出す。
 こんな気持ちは初めてのことかもしれない。
 キャシディーはいつの間にか笑っていた。その無垢な笑顔を見れば、彼女が娼婦だとは誰も信じないだろう。


 ~ 終 ~

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