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8.悪魔たちの謝肉祭
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しおりを挟む大規模乱交パーティーと化した「パラダイス・ロスト」の主催者、ラファエルは、会場となったクラブ内の控え室にて、イライラと歩き回っていた。
「なんだって、こんなことになったんだよ!?」
パーティーの惨状は、取り巻きたちから聞いている。清らかな女たちを聖母として大量ゲット!な計画のはずが、野蛮な男たちに食い荒らされてしまうなんて。
「……………………」
怒り狂うラファエルの前には、マネージャーの飛田がいる。それ以外の取り巻きたちは、控え室外の扉の前で護衛をしているはずだ。
飛田はパイプ椅子に座り、俯いている。彼はラファエルを回収してから、一言も喋っていない。どうやら体調が悪いようだ。
それを言ったら、ラファエルも同じく。つい先ほどから、頭がズキズキ痛むのだ。
風邪でもひいたか? ――まさか。天使が病気になどなるわけがない。
だとしたら、なんなのだ。自分の身に起きた異変が、ラファエルを不安にさせる。
「あ、そうだ! こんなことが、外に漏れたら……!」
ネットの記事やSNSを確認するため、ラファエルはスマートフォンを操作しようとした。途端、液晶画面に影が差す。不思議に思ったラファエルが顔を上げると、すぐ側に飛田が立っていた。
「なに……」
文句を言う間もなく、飛田はラファエルの胸ぐらを掴み、持ち上げた。ラファエルの踵は上がり、つま先立ちになる。
「飛田、お前……! なにを……!」
ラファエルが睨みつけても、飛田は怯まなかった。逆にギラギラと凶悪に光る目で、見返してくる。
どうしたのか。いつもは家来のようにへりくだり、みっともないほど腰の低い男なのに。
「あんたさあ、いっつも偉そうに、俺を顎で使ってくれたよねえ?」
長身の飛田は、自分よりわずかに背の低いラファエルを同じ目線に据えて、下卑た笑いを浮かべた。
「俺さあ、結構あんたに尽くしたと思うよぉ? だからさあ……」
飛田の手が左右に動く。シャツのボタンが飛び、ラファエルの肌があらわになった。
透けるような白い肌の上に、ラファエルはブルーのキャミソールを着けていた。それはもちろん、女性用の下着だ。
なぜ、そんなものを?
必要だからだ。
つまり、ラファエルは。
「あんた……」
飛田はごくっと生唾を飲み込んだ。
ラファエルには、決して小さくはない、二つの胸の膨らみがあった。
彼は――いや、彼女は、女性である。
「あ……!」
ラファエルはシャツの前を合わせ、胸を隠そうとした。だがそれを阻み、飛田はラファエルのシャツをビリビリと引き裂いていく。
「やめろ!」
狭い控え室に響くラファエルの悲鳴は、暴漢に襲われるか弱き女のそれにしか聞こえなかった。
男の服を着て、男のように喋り、男のように振る舞った。だが体型も声も、ラファエルのそれは女性のものである。普通ならば、性別を間違えられるはずはない。それがどうして世の人々は、彼女を男だと思い込んでいたのか。
それは、天使の力。強力な暗示である。
ラファエルは男に擬態し、人間はその正体を見破ることができない。看破できるのは彼女と同じ天使か、或いはその対(つい)である悪魔だけである。
「女、女……! あんた、女だったのか!」
脂ぎった顔に狂人のような笑顔を貼りつけて、飛田は喜んでいる。
くだらないパーティーの途中、妙な香りを吸い込んだと思ったら、体がおかしくなった。最初はなにか分からなかったが、時間が経ってから、飛田は自分の状況に気づいた。
――欲情している。
今や股間はみっともないほどに膨張し、ズボンの布を押し上げて窮屈だ。人の目がなければ勃起したペニスを晒し、激しく扱き上げていることだろう。
――ああ、射精したい。
側にいるのは、ラファエルだけだった。こいつを襲い、欲求を満たす。
飛田は同性愛者ではないから、躊躇しなかったわけではない。だが、もう我慢できなかったのだ。
誰でもいい、なんでもいい。欲望を発散できるなら。
しかし、ラファエルは女だった。その事実は飛田にとって、性欲の解消以上の意味を持つ。
「ははは……! これはいい!」
利用しているのだと割り切っていたつもりでも、妬ましくてしょうがなかった。
自分が望んだ、世間に認められ成功するという夢を、こいつはなんの努力もせず、簡単に叶えている。
ラファエル! ラファエル! ラファエル!
羨ましくて、憎くて――。
だが、女! 女! 女!
ラファエルは飛田が今まで手玉に取り、虐げてきた存在だったのだ。
なに、躾けるのは簡単だ。
言うことをきかなければ、殴って蹴って、時々甘やかしてやれば、それで懐く。
組み伏し、支配してやる。――自分は遂に、ラファエルに勝つのだ。
「今まで俺らを騙した報いだ! 楽しませてもらうぜ!」
飛田はラファエルを掴み寄せると、キャミソールの裾を捲り上げ、細い背中を擦った。そのまま手を、彼女の胸に回す。
「嫌だ! 触るな!」
自分に触れる汗の滲んだ手の、ベタベタした感触に、ラファエルは鳥肌を立てた。
吐き気がするほど、気色が悪い。
どうして、どうして、完璧だったはずの暗示が、いきなり解けたのだろう。
集中力が切れた? そうではない。パーティーの会場で、あの不思議な匂いを嗅いだあとから、ある想いが体中を駆け巡り、止めることができないのだ。
――僕は、女だ。
だから、番うべき男を求めている。つまりラファエルは、飛田やその他の参加者と同じく、発情しているのだ。しかし経験のない彼女には、自分の欲求の本質が分からない。
――だが。
アルコールと胃液の匂いの混ざった不愉快な息を撒き散らし、慈悲も余裕もない欲望剥き出しの表情で、飛田はラファエルを触り、舐め、吸った。
「嫌だ! 嫌だ……!」
ラファエルは必死に身を捩った。
飛田のような、賤しい男が欲しいわけではないのに。こんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。
天使の長の一人であるラファエルならば、人間ごとき簡単に八つ裂きにできる。だが、体がうまく動かない。理性よりも、番を求める本能が勝っている。
「助けて……!」
しかし、「なに」に「誰に」そう願えばいいのか。
永く生きものの頂点に君臨していたラファエルには、すがるべき対象を思い描くことができない。
――番とは、なんなのか。
このままくだらない男に陵辱され、終わる。絶望に囚われたラファエルが瞼を閉じかけたそのとき、唐突に控え室の扉が開いた。その隙間から静かに、煙草を咥えた女が姿を現す。
「!」
驚いた飛田とラファエルは、共に身をすくめた。
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