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7.パラダイス・ロスト
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そして、パーティー当日。準備万端、「出会いを求めて、さあ出陣だ!」と玄関に立ったところで、景は予期せぬ訪問を受けた。
訪ねてきたのは、築三十年のボロ住まいには似つかわしくない美青年だった。男性なのに陶磁器のような白い肌と真っ赤な髪、水色の瞳の持ち主の、昭和の少女漫画から抜け出てきたような――。
「あなたは……」
景は大きくパチパチと瞬きした。一度会ったら忘れられない彼は、以前とある人物から押しつけられた怪しい薬について、忠告してくれた男性だった。
「こ、こ、こ、こんにちは。そ、そうか。あ、あ、あなたが、景、か」
一度首を傾けて、青年は得心したように微笑んだ。
「私の名前をなんで知ってるの?」
「あ、あ、ある人から聞いた。お、お、俺は護って、い、いう」
「護さん……」
「そ、そ、そんで、やっぱり、ティンカー・ベルもいた」
自分も名乗ってから、護は突然、景のカバンから顔を出している子グマのぬいぐるみを引っ張り出した。そして、ふわふわの青く丸っこい耳に口を近づけ、小さな声で囁く。
「ティ、ティンカー・ベル。め、芽衣子が、お前に話があると言っている。ま、ま、前から聞きたがっていたことについて、お、教える、と」
「二人は知り合いなんだね。ていうか護さんは、やっぱりそっちの人だったの……」
ティンカー・ベルの仲間、つまり護も悪魔だ。
護がなにを言ったのか、景には聞こえなかった。が、彼のたどたどしい語りの中に、知った名が出た気がする。
「めいこ」。それは景が慕っている祖母の名だ。
護に首根っこを掴まれた子グマのぬいぐるみは、すぐにもくもくと煙に包まれ、元に戻った。青い肌、マッチョマンの悪魔、ティンカー・ベルの姿に、である。
男たちは景を残し、彼女の部屋の外へ出ると、古びたアパートの廊下で額を突き合わせ、ひそひそと密談した。
「今日でなければダメなのか? これから出掛けるんだが」
「め、芽衣子は明日、病院に入る。お、お、おそらく、もう帰って来られない。お、お、お前が病院に来てくれるなら、明日以降でも構わないが」
「……………………」
白い建物。眠る少女。――消毒薬では消しきれない、死の匂いに満ちた施設。
世にはびこるオカルトフィクションの影響か、悪魔は血や死臭、、腐肉などを好むと思われがちだが、それは大間違いだ。悪魔とは本来、人間の生命力を愛し、それに惹かれる生きものである。
中でもティンカー・ベルは、この世に誕生してまもなく、彼の人生を根本的に変える別れを経験している。
――愛莉鈴。
それ以来、ティンカー・ベルにとって病院――特に終末医療を担当するエリアは、古傷の痛む場所なのだ。できることなら、足を踏み入れたくはない。しかし――。
「あの、ティンカー・ベル、なにか用事ができちゃった? なんだったら、こっちはいいよ。沙羅さんもつき合ってくれるって言ってたし」
なかなか戻ってこない悪魔たちを心配して、景がひょっこり玄関から顔を出した。
「ど、ど、どこへ行くんだ?」
ティンカー・ベルと景の顔を見比べて、護は尋ねた。
「うん、ちょっと。あ、もし良かったら、護さんも一緒に行かない? チケット余ってるし。パーティーなんだけど」
「ぱ、ぱ、パーティー……」
護の目がきらっと輝いた。
「お、お、美味しいスイーツはあるだろうか」
「え? まあ、あるかな? どうだろう? ドリンクくらいはあると思うけど……」
「じゃ、じゃあ、とりあえず、行く。ティ、ティンカー・ベルの代わりに、あ、あなたをエスコートする」
「う、うん……」
エスコートなどと見目麗しい青年に言われると、景の胸はときめいてしまう。護はキリッと凛々しく、続けて言った。
「だ、だ、だが、俺は戦闘はできないから。わ、わ、ワラジムシ以下だから。そ、そ、そういう状況になったら、潔く、あ、あきらめて」
「えっ……」
「こいつは薬に関しては天才的な知識を有するが、ほかが全くダメなのだ」
ティンカー・ベルは護の横で、呆れたように腕を組んだ。
「……用を終えたら、我もすぐ向かう。護、景を頼んだぞ」
「う、うん」
こうしてティンカー・ベルは何処かへ旅立ち、景と護はパーティに向かった。
都内有数の繁華街、その一等地に陣取るクラブで開催されたパーティー、「パラダイス・ロスト」。会場は大盛況だ。しかしそこに集結した顔ぶれは、いささか意外なものだった。
偏見かもしれないが、景は「クラブでパーティー」なんて、派手で陽気な人たちが集まるものだと思っていた。が、「パラダイス・ロスト」の参加者はそうでもない。ズバリ、地味な面子ばかりだ。皆一応お洒落はしているが、あまりハマっているともいえず……。
失礼な話だが、景はホッとした。
――自分と同じ匂いがする。
これなら場違いな想いはしなくても良さそうだ。
それにしても、女性に大人気のラファエルが主催するパーティの割に、男性参加者が多いのには驚いた。そしてその男性客たちは、女性たちよりも更にもっさりしているのだった……。
沙羅とは、クラブ内のロビーで落ち合うことになっている。
「ちょっと行ってくる。ここからあまり離れないでね」
「う、う、うん」
「パラダイス・ロスト」では、飲食物は会場端のカウンターで購入する形式のようだ。
なにを売っているのか、興味津々でカウンターを覗いている護を残して、景は沙羅との待ち合わせ場所に向かった。
「まだ来てないか~」
ロビーに辿り着くも、沙羅の姿は見つけられなかった。確認のためにスマートフォンを取り出したところで、ちょうど沙羅からのメッセージが届く。
『ちょっと用事が長引いちゃって、遅れる。ごめんね。そっちに着いたら、また連絡するね』
景は『急がなくていいから、気をつけて来てね』と返信し、護のもとへ戻った。
訪ねてきたのは、築三十年のボロ住まいには似つかわしくない美青年だった。男性なのに陶磁器のような白い肌と真っ赤な髪、水色の瞳の持ち主の、昭和の少女漫画から抜け出てきたような――。
「あなたは……」
景は大きくパチパチと瞬きした。一度会ったら忘れられない彼は、以前とある人物から押しつけられた怪しい薬について、忠告してくれた男性だった。
「こ、こ、こ、こんにちは。そ、そうか。あ、あ、あなたが、景、か」
一度首を傾けて、青年は得心したように微笑んだ。
「私の名前をなんで知ってるの?」
「あ、あ、ある人から聞いた。お、お、俺は護って、い、いう」
「護さん……」
「そ、そ、そんで、やっぱり、ティンカー・ベルもいた」
自分も名乗ってから、護は突然、景のカバンから顔を出している子グマのぬいぐるみを引っ張り出した。そして、ふわふわの青く丸っこい耳に口を近づけ、小さな声で囁く。
「ティ、ティンカー・ベル。め、芽衣子が、お前に話があると言っている。ま、ま、前から聞きたがっていたことについて、お、教える、と」
「二人は知り合いなんだね。ていうか護さんは、やっぱりそっちの人だったの……」
ティンカー・ベルの仲間、つまり護も悪魔だ。
護がなにを言ったのか、景には聞こえなかった。が、彼のたどたどしい語りの中に、知った名が出た気がする。
「めいこ」。それは景が慕っている祖母の名だ。
護に首根っこを掴まれた子グマのぬいぐるみは、すぐにもくもくと煙に包まれ、元に戻った。青い肌、マッチョマンの悪魔、ティンカー・ベルの姿に、である。
男たちは景を残し、彼女の部屋の外へ出ると、古びたアパートの廊下で額を突き合わせ、ひそひそと密談した。
「今日でなければダメなのか? これから出掛けるんだが」
「め、芽衣子は明日、病院に入る。お、お、おそらく、もう帰って来られない。お、お、お前が病院に来てくれるなら、明日以降でも構わないが」
「……………………」
白い建物。眠る少女。――消毒薬では消しきれない、死の匂いに満ちた施設。
世にはびこるオカルトフィクションの影響か、悪魔は血や死臭、、腐肉などを好むと思われがちだが、それは大間違いだ。悪魔とは本来、人間の生命力を愛し、それに惹かれる生きものである。
中でもティンカー・ベルは、この世に誕生してまもなく、彼の人生を根本的に変える別れを経験している。
――愛莉鈴。
それ以来、ティンカー・ベルにとって病院――特に終末医療を担当するエリアは、古傷の痛む場所なのだ。できることなら、足を踏み入れたくはない。しかし――。
「あの、ティンカー・ベル、なにか用事ができちゃった? なんだったら、こっちはいいよ。沙羅さんもつき合ってくれるって言ってたし」
なかなか戻ってこない悪魔たちを心配して、景がひょっこり玄関から顔を出した。
「ど、ど、どこへ行くんだ?」
ティンカー・ベルと景の顔を見比べて、護は尋ねた。
「うん、ちょっと。あ、もし良かったら、護さんも一緒に行かない? チケット余ってるし。パーティーなんだけど」
「ぱ、ぱ、パーティー……」
護の目がきらっと輝いた。
「お、お、美味しいスイーツはあるだろうか」
「え? まあ、あるかな? どうだろう? ドリンクくらいはあると思うけど……」
「じゃ、じゃあ、とりあえず、行く。ティ、ティンカー・ベルの代わりに、あ、あなたをエスコートする」
「う、うん……」
エスコートなどと見目麗しい青年に言われると、景の胸はときめいてしまう。護はキリッと凛々しく、続けて言った。
「だ、だ、だが、俺は戦闘はできないから。わ、わ、ワラジムシ以下だから。そ、そ、そういう状況になったら、潔く、あ、あきらめて」
「えっ……」
「こいつは薬に関しては天才的な知識を有するが、ほかが全くダメなのだ」
ティンカー・ベルは護の横で、呆れたように腕を組んだ。
「……用を終えたら、我もすぐ向かう。護、景を頼んだぞ」
「う、うん」
こうしてティンカー・ベルは何処かへ旅立ち、景と護はパーティに向かった。
都内有数の繁華街、その一等地に陣取るクラブで開催されたパーティー、「パラダイス・ロスト」。会場は大盛況だ。しかしそこに集結した顔ぶれは、いささか意外なものだった。
偏見かもしれないが、景は「クラブでパーティー」なんて、派手で陽気な人たちが集まるものだと思っていた。が、「パラダイス・ロスト」の参加者はそうでもない。ズバリ、地味な面子ばかりだ。皆一応お洒落はしているが、あまりハマっているともいえず……。
失礼な話だが、景はホッとした。
――自分と同じ匂いがする。
これなら場違いな想いはしなくても良さそうだ。
それにしても、女性に大人気のラファエルが主催するパーティの割に、男性参加者が多いのには驚いた。そしてその男性客たちは、女性たちよりも更にもっさりしているのだった……。
沙羅とは、クラブ内のロビーで落ち合うことになっている。
「ちょっと行ってくる。ここからあまり離れないでね」
「う、う、うん」
「パラダイス・ロスト」では、飲食物は会場端のカウンターで購入する形式のようだ。
なにを売っているのか、興味津々でカウンターを覗いている護を残して、景は沙羅との待ち合わせ場所に向かった。
「まだ来てないか~」
ロビーに辿り着くも、沙羅の姿は見つけられなかった。確認のためにスマートフォンを取り出したところで、ちょうど沙羅からのメッセージが届く。
『ちょっと用事が長引いちゃって、遅れる。ごめんね。そっちに着いたら、また連絡するね』
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