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7.パラダイス・ロスト
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しおりを挟む平日の十五時過ぎになると、飲食店の客足はだいぶ引く。それを見計らって、人気の高級イタリアンに入店した男二人は、隅の席に腰を落ち着けた。
「トム・ショブルックのロザート・ディ・パラディソを」
二人のうち年嵩のほうの男が、メニューも見ず、ウェイターに注文する。やがて運ばれてきたロゼ・ワインを、注文したのと同じ男がグラスに注ぎ、同席者に勧めた。
「さ、ラファエルさん、どーぞぉ」
なかなか渋く整った顔をした男であるが、語尾が上がり、そのうえ間延びした喋り方なのが惜しい。
「……………………」
「ラファエル」と呼ばれた青年は、金色の巻き毛に緑の瞳の持ち主だった。まだ二十代前半だろう、白い肌は滑らかだ。
そのラファエルはムスっとしたまま、なかなかグラスに口をつけようとしない。
「――最初の話と、全然違うんだけど。僕のパーティーに参加OKなのは、女性だけにしてって言ったじゃない。どういうこと?」
ラファエルの声は少し高めだ。人の心をくすぐるような――。その口が語るのはいつだって取るに足らない、くだらない内容だというのに、つい耳を傾けてしまう。これが「魅力」というものなのだと、ラファエルの斜め隣に座る飛田(とびた)は、改めて思った。
「いえー、それがそのぉ……。集まりが悪くて、ですねぇ。当初の予定どおりだと、開催費用もペイできない感じでぇ」
飛田は遠慮がちに答えた。そう、逆の意味で「言葉を選んでいる」。気を使っているような素振りをして、あえて相手のプライドを傷つけているのだ。
「……………………」
ラファエルは精一杯動じていない風を装っているが、内心はボロボロだろう。小さく形良い唇が引きつっている。
飛田とラファエルは、二年ものつき合いだ。その間の交流において、飛田はラファエルが幼稚で高慢な見栄っ張りだということを、看破していた。
「だからぁコンセプトを『男女の出会いを提供する』みたいな、合コンとか婚活とか、そういう感じにしてみたんスけどぉ。そしたらなんとか、目標を達成できましてぇ。ほら、ラファエルさん、男にも人気あるじゃないッスか。ね? あ、でも、報告が遅れて、すんませんでしたぁ」
「……………………」
sageたりageたりする飛田の話を聞いて、なんとか自分の中で折り合いをつけたのか、ラファエルはようやくグラスを口に運んだ。
「あまり下品な男は、入れてほしくないんだけど」
「それはもちろん、吟味してますのでぇ」
飛田の返答は、もちろん大嘘だ。
――数日後、人気「YO・チャネラー」ラファエル主催のパーティーが、都内某所のクラブにて開かれる。
ラファエルの希望は、彼自身が述べていたように「女性限定」というものだった。実際その条件でも、十分な集客は見込めるはずだったのだ。が、飛田を筆頭としたラファエルの取り巻きたちが、それをよしとしなかった。
男のほうが財布の紐は緩い。特に、異性が絡めば。
飛田たちはラファエルに内緒で、街の男たちにパーティーのチケットを売りつけていた。客として狙ったのは、女に縁のないような見た目や言動の目立つ男たちだ。
例えば、オタク、デブ、ブサイク。例えば、異性に対して消極的か、あるいは偏った思想を持っている。しかしどちらの層も、恋愛や結婚をまだ諦めていないことがポイントだ。このような輩を狙って、飛田たちは高額に吊り上げたチケットを売ったのだった。
誘い文句はこうだ。「奥手の女の子が集まるよ、遊んでない子ばっかりだよ」、「処女ばっかじゃないかな?」、「気に入った女の子がいれば、俺たちがちゃんと橋渡しするからね」。
もっともこれらは、一概に誇大広告とは言いきれない。わざわざ金を払ってパーティーに参加するような、ラファエルの熱心なファンは、浮世離れした女性が大半だ。お綺麗なものしか目に入れようとせず、男の男たる汚い部分を拒み、生きてきた――。そんな彼女たちは男性との交際経験が皆無か、少ないのは事実だった。
「ねえ、今度のパーティーで、いくらくらい入ってくるの? 僕、新しい時計が欲しいんだよね」
すっかり機嫌を直したのか、自らの華奢な手首を眺め、ラファエルは笑顔を浮かべている。話せば話すほど俗物っぷりが露呈する彼にはうんざりさせられるが、しかしただ鑑賞している分には心地良い。飛田はいつだって、ラファエルの華麗さに見惚れてしまう。それは誰しもが同じで、店に残った数少ない客たちもこちらに気づいたのか、きゃあきゃあと色めき立っている。ラファエルも満足そうだ。
「ありのままの僕の毎日を紹介しただけで、お金になるなんて、変わってるよねえ」
配信する動画も画像も、納得がいくまで何度も何度も撮り直させている彼の、それは本当に「ありのまま」の姿なのだろうか……。愛想よく微笑みながら、飛田は内心呆れていた。
ラファエル。この青年と飛田が出会ったのは二年前、治安のあまり良くない繁華街でのことだった。
ラファエルは世間知らずのお坊ちゃまで、迷子のようでありながら、貴族か王子様のように高飛車で気が強かった。普通だったらタチの悪い奴らに、あっという間に身ぐるみを剥がされてしまうものだろうが、高貴なオーラに圧倒されるのか絡む者はおらず、彼は奇跡的に無事だった。
そんなラファエルに街での遊び方を教えたのが、飛田だ。
だいぶ親しくなったところで、飛田はラファエルに、SNSへの投稿や動画配信を勧めてみた。目立ちたがり屋で承認欲求の強いラファエルは、飛田の言うがままにそれを実行した。
結果は大当たり。こうしてラファエルは動画の報酬やマスコミからの取材費、また企業の広告や宣伝に起用されることによって、多額の金銭を得ることになった。そして飛田とその仲間数人はラファエルのマネージャーを気取り、甘い汁を吸っているのだった。
飛田は、今年三十五歳になる。ラファエルの近くにいれば霞むものの、長身痩躯でなかなかのイケメンだ。そのおかげで若い頃は、周りからチヤホヤ持て囃されたものだ。やがて勘違いした飛田は、高校卒業後、芸能事務所に入った。
――しかし、彼程度の容姿の男は、掃いて捨てるほどいたのである。
結局、末端の俳優だがモデルだかを十五年勤めただけで、芽が出ないまま、飛田は芸能界を引退した。そのあとはお決まりのように、夜の街の住人となった。ホストをしたり、キャバクラや風俗店の店員をしたり、ただのヒモをやっていたこともある。
だからだろうか。飛田は、同じ男とは思えないほど美しいラファエルと接するたび、羨ましくて、憧れて――そして成功した彼が、憎くて憎くてしょうがなくなるのだった。
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