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6.聖戦前夜

4(完)

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 ティンカー・ベルは、景の手に己の手を添え、動かした。しばらく続けて、景が慣れてくると、ベルトを外し、折り目のついたスラックスと下着を一息に脱ぐ。

「あ、あ」

 見ていいのか、見てはいけないのか。しかし体は正直なもので、景はティンカー・ベルのペニスを凝視してしまう。

「我だけ丸出しなのも間抜けだな。お前も脱げ」

 堂々と性器を見せつけながら、ティンカー・ベルは景に命令した。

「えっ、や、やだ! ぎゃ、ギャアアアアア!」

 景は抵抗するが、それも虚しく、力づくで下半身を裸にされてしまった。

「さあ、続けるがいい」
「ううう……」

 なるべく自身の陰部が見えないよう、景はこそこそと体を小さくして、床に座るティンカー・ベルの股の間にうずくまった。そして隆々と屹立するペニスに、そっと唇を寄せる。震える舌で舐めてみるが、味という味は特になかった。匂いも、予想していたほどではない。しかし無臭というわけでもなかった。なんだろうか。生きものの匂い――オスの匂いだ。決して良い香りではないのに、癖になりそうな――。

「んっ、んっ……」

 景は視聴したエロ動画を思い出し、舌を動かすが、悪魔には不評だったようだ。

「ヘタクソ」
「うっ」
「我が稽古をつけてやろう」

 そう言うとティンカー・ベルは景の足首を掴み、彼女の体を百八十度水平に動かした。

「わ、わわわわっ!?」

 景の頭はティンカー・ベルの陰部にそのまま残ったが、向きは逆さまになった。丁度お互いの局所を眺め合う格好だ。

「ちょ、やだっ! 見ないで! 見ないで!」

 景はじたばた暴れるが、足首を掴まれたままだから動けない。

「男の目を楽しませるのも重要なことだ。ほら、さっさとせんか」

 ティンカー・ベルはぱしっと景の尻を叩いた。

「うっ……。ほんと、見ないでよね……」

 無駄だと分かっているが、景は懇願する。案の定、性器に、ねっとりとした視線を感じた。恥ずかしいのに、体が熱くなってくる。
 ぼうっとなりながら、景はティンカーベルのペニスを、再び口内へ迎え入れた。

「ふ……」

 ティンカー・ベルのそれは太く長く、とても一口に収まるものではない。せいぜい全体の1/4を含んで、顔を上下させた。

「美味いか?」
「べ、つに……っ」

 恥ずかしい箇所を見られるのが嫌で逃げる景の腰を、ティンカー・ベルは掴むと、舌なめずりをしながらぐっと下げた。

「やっ、やだ……!」
「お前のほうは、美味そうだな。じゅくじゅくではないか」

 そう言って、ティンカー・ベルはまるで果実でも食らうように、景の溝にかぶりついた。

「やっ、やだああっ!」

 景は悲鳴を上げるが、ティンカー・ベルは彼女の性器をもぐもぐと唇で食み、舌先で小さな突起をなぶった。
 悪魔が執拗に舌で攻めるせいで、景の肉の珠はこりこりと硬く膨らんでしまう。男と違って爆ぜることができないから、熱がこもり、苦しい。

「んっ、ん……! もう、やめてぇ……!」

 奉仕する側だったのに、リードするはずだったのに。頭の中が真っ白になってしまい、なにもできない。景はすぐ横で天を指す、鋼の杭のようなたくましい、悪魔の男根にしがみついた。

「なんだ景、だらしないぞ」
「ふ、や、やあ……!」

 景は自分がだらしなく蜜を垂れ流しているのが分かった。それを悪魔に、じゅるじゅると音を立て、飲まれてしまう。
 もっと欲しいのか、ティンカー・ベルは景の膣に指を入れ、かき回した。そうやって拭い取った愛液を、口に含む。さながらハチミツの壺に手を突っ込み、舐め回す、童話の中のクマのようだ。

「あっ、あああああっ!」

 力強く脈打つ悪魔のペニスを、つかまるように握り締めて、景は達してしまった。快感に喘いで荒い息をつくが、いつまでもティンカー・ベルに恥ずかしいところを晒しているわけにもいかないので、ふらふらと床に正座する。そんな景の前に、ティンカー・ベルは仁王立ちになった。

「まだまだ修行が足りないようだな。男をあてがってもらおうなど、十年早い」

 先ほどは、意訳すれば「初々しいままのほうがいい」などと言っていたくせに、随分矛盾した発言だ。

「まあ、疲れただろう。布団を敷いてやろうか」

 気を使って動きかけた悪魔の長い足に、景はがしっとしがみついた。

「まだだ……! まだ終わっていない!」
「なんだと?」
「ティンカー・ベル、まだイッてないでしょ!?」

 言うが早いか、景は中腰になると、ティンカー・ベルの肉棒を咥えた。

「ちゃんと、するから……」
「お前……」

 誠意と熱意は伝わったが、しかし景の技に任せれば、熱を解放するのに相当な時間を要するだろう。仕方なくティンカー・ベルは、自ら腰を振った。

「苦しければ言え」
「ん……」

 ティンカー・ベルのペニスが、景の口の中をゆっくり行き来する。配慮してくれるから、苦しくはない。
 今、自分は、彼の欲望を果たすための道具なのだ。しかし景は、屈辱など微塵も感じなかった。時折悪魔が、優しく頭を撫でてくれるのが嬉しい。

 ――もっともっと気持ち良くなって……!

「ん……」

 愛しい男の興奮の度合いを唇と舌で感じ取り、景もまた夢見心地だった。やがてティンカー・ベルが動きを止めると、景の口内に打ち込まれていたペニスがびくびくと震え、大量の精液を吐き出し始めた。

「んぷっ」

 見上げれば、切なげな顔をしているティンカー・ベルと目が合う。胸が締めつけられるくらい愛しくなって、景は口の中を満たす精液を喉に送った。

「飲む、な……!」

 ティンカー・ベルが腰を引こうとするが、景は覆いかぶさるようにして彼の陰茎に食らいつき、舌で幹をなぞった。

「くっ……」

 もっと欲しい。景の気持ちに応えるようにティンカー・ベルのそれは痙攣を繰り返し、射精を続けた。
 青臭い匂いはするし、ひどい味だ。それでも景はうっとりと、ティンカー・ベルの精液を一滴残らず飲み干した。
 体は熱く、ヒクヒクと疼く。もしかしたら、のぼりつめてしまったのかも知れない……。

「お前……!」

 ティンカー・ベルは唖然としている。

「な、なかなかの腕前だったでしょ……?」

 景は不敵に笑った。

「お前はそこまでして……」

 自分以外の男が欲しいのか。続く言葉を、ティンカー・ベルは飲み込んだ。

「これで男の人、紹介してくれる気になった?」

 景は心にもない台詞を、笑顔と共に口にした。
 我ながら虚しい。だけど、しょうがない。ティンカー・ベルのために、自分は早く幸せにならなければいけないのだ。

 ――私との契約を、さっさと終わらせてあげるんだ……!

 初めて本気で好きになった人の、迷惑になりたくない。
 一瞬、ティンカー・ベルの瞳に怒りが宿るが、彼はそれを隠すように顔を逸らした。

「考えておこう。ほれ、さっさとうがいしてこい。お前、臭いぞ」
「ティンカー・ベルの匂いじゃん!」

 ティンカー・ベルは景の手を引っ張り上げて立たせてやると、洗面所へ追いやった。景は言われたとおりうがいをし、ついでに衣服を整えて、再び部屋に戻った。すると珍しく、ティンカー・ベルが台所に立っている。
 悪魔は小さなケトルでお湯を沸かし、それをアールグレイのパックが二つ入ったティーポットに注いだ。

「口直しだ」

 しばらく蒸らした濃い目の紅茶を、ティンカー・ベルは氷がたくさん入った背の高いグラスに淹れ、景に渡してくれた。

「あ、ありがとう」

 悪魔が決まり悪そうな顔で作ってくれたアイスティーは、香り高くすっきりとした味わいで、それはそれは美味しかった。




 悪魔と人が爛れた時を過ごした、その翌日のことだ。
 早朝、ようやく顔を出した寝ぼけた太陽の下で、一人の青年が黙々と草をむしっている。
 ひょろひょろと細い、しかし美しい顔立ちをした彼の名は、「護」という。人間ではない。ティンカー・ベルと同じく、悪魔である。
 護が丹精しているのは、三十坪ほどの家庭菜園だった。畑にはきっちり等間隔で、菜っ葉が植わっている。その隙間にわずかに生えた雑草を、護は取り除いた。手つきはゆっくりで、とても効率的ではない。が、どこか楽しそうだ。

「まーもーるー!」

 大きな声を出して、年寄りが近づいてくる。護のいる畑は、とある民家の広い庭に作られていて、年寄りはその母屋から出てきた。女性のようだ。

「ちゃんと帽子をかぶらないといけないよ。朝早いとはいえ、野良仕事をするにはまだ暑いからね」

 老婦人は背伸びをすると、持ってきたつば付きの丸い帽子を差し出す。護は腰を屈めて、頭で帽子を受け取った。

「あ、あ、ありがとう、め、芽衣子」

 老婦人はシミとシワだらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。

「ひひっ、こーんな婆さんを名前で呼ぶなんて、護くらいなもんだあ!」
「で、で、でも、それが芽衣子の名前、で、しょ?」
「まあ、そりゃそうなんだけどねえ。でも、いいもんだねえ。名前なんて、婆ちゃん、普段は忘れっちまってるから、久しぶりに思い出したわ! 今度孫が来たら、名前で呼んでもらうかねえ」

 そこまで朗らかに言ってから、芽衣子はふと表情を曇らせた。

「でもねえ、あの子にそんなこと言ったら、いらない気を使いそうだねえ。『婆さんと呼ぶな』なんて、血が繋がっていないからかしら~なんて……。あの子はいっつもくよくよ考え過ぎなんだよねえ」
「……?」

 心配した護が芽衣子の顔を覗き込むと、芽衣子は歳の割に白く整っている歯を見せて、ニカッと笑った。

「さ、朝ごはんにしよう。まあ、護の場合は朝スイーツだけどね」

 芽衣子はおぼつかない足取りで母屋へ帰っていく。護は見守るように、ひょこひょこと芽衣子のあとをついて行った。

「まったく、ちゃんとご飯を食べたほうがいいんだけどねえ。護は、甘いものしか食べないんだから」

 数ヶ月前、魅惑のスイーツを求めて魔界を飛び出し、あてもなく歩きに歩いているうちに、護はのどかな農村に辿り着いた。そんな無計画な悪魔に声をかけてくれた第一村人が、芽衣子だったのだ。

「今日はおはぎにしたよ」
「お、お、おはぎ!」

 護の全身が喜びにピンと伸びた。振り返った芽衣子は、やれやれと笑っている。
 芽衣子は自他共に認める料理上手だったが、彼女が腕によりをかけて作った食事に、護は一切手をつけないのだ。護がこの村に来て最初に食べたのは、芽衣子が出したお茶の、そのおまけにつけた草餅だけ。以降護は、一人暮らしの芽衣子宅の居候となり、彼女の作る菓子を好んで食べるようになった。
 芽衣子も初めのうちは心配して、ちゃんとした食生活を送るよう護に説教したものだ。が、護は頑なだった。だからとうとう、芽衣子も匙を投げたのだった。

「め、め、芽衣子のおはぎは、お、美味しい」

 経口摂取による栄養補給を必要としない悪魔にとって、食事は純粋な趣味だ。面倒くさがって全くなにも食べない悪魔もいるし、ジャンクフードばかり食べる悪魔もいるし、逆に妙にこだわりの強い美食家悪魔もいる。そして護は、スイーツしか食べないのだった。

「そうそう、護。近いうちに、お使いを頼まれてくれないかね。やっぱりうちの畑を手伝ってくれている、若いのがいるんだけど……。護はまだ会ったことがなかったかね?」

 話の途中で咳き込む。護が背中をさすってやると、しばらくして芽衣子は落ち着いた。

「ふう……。病院に入る前に、全部済ませておかないとね……」

 不意に老人と悪魔の間を吹き抜けた風は、冬の訪れを予感させる冷たさを孕んでいた。




~ 終 ~
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