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第三話 魔物、豹変
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グライアたち姉妹を送り出してから、メグはディオローナの寝室に入り、ベッドを覗き込んだ。
絹のような、キメの細かい肌。女神の塑像のような、美しい目鼻立ち。髪もカラスの羽のように、黒く艷やかだ。
横たわっているのは、いつものディオローナだった。ただ少し、顔色が悪いだろうか。
メグがベッドの縁に腰掛けると、ディオローナはゆっくり瞼を上げた。
「眠っていたか……。片付けないといけないことが……。ああ、ティラは無事か?」
ディオローナはメグに気づくと、矢継ぎ早にブツブツつぶやきながら、起き上がろうとした。メグはそんな彼女の肩を押さえ、もう一度寝かしつけた。
「いいから、いいから。グライアさんたちが、全部やってくれてますから。あなたは休んでいたほうがいい」
「………………」
ディオローナはしょんぼりと眉尻を下げてしまった。おとなしくなってしまった彼女の頭を、メグは撫でた。
――こうしていると、ただのか弱い女性にしか見えないのに。
「そうだな……。グライアたちには申し訳ないが、甘えさせてもらおう。少し、疲れた……」
レンドリューを殺めた。――実際引導を渡したのはメグなのだが、そこは置いておいて。
ディオローナは憔悴しきっている。この優しい魔物は、人を殺すことに慣れていないようだ。
そういえば――。
彼女は食料とする男たちだって、はぐれ者たちばかりを選び、彼らができるだけ不自由しないよう気を使っている。
あんなにも強大な力を持っているのに、弱き者たちを傷つけないように傷つけないように、細心の注意を払って……。それでもレンドリューのような男が出てくるのだ。
「魔物っていうのも、なかなか大変なんですねえ。ただ男を襲って、精液を啜ればいいってわけじゃなさそう。いや、ズバリ、そうしたらいいんじゃないんですか? それが正しいズメウの姿って気もしますが」
「そりゃ、一回こっきりの行きずりならそれでもいいが、非効率だろ。継続的に食料を得るためには、贄の協力が必要だ。そのためには、贄側の満足度を上げないと……」
「贄」というのは、ズメウたちが攫ってきた、集落の男たちのことだろうか。
「分からないでもないですけどね……。うーん、めんどくさい」
メグはしみじみ唸る。ディオローナは天井を見上げながら、深いため息をついた。
「そもそも贄たちの人生は、私のせいで狂ってしまったんだ。償えるとも思えないが、少しでも幸せを感じてもらえれば、こちらの気が楽になる……」
ズメウではなく、「私」。責任の所在はディオローナ個人にあると、彼女は語る。
そういった考え方は、自らを追い詰めていく気がするのだが……。
「僕が見た感じ、この集落の男性陣は楽しそうですけど」
わずかでも気休めになればいいと思い、メグは言った。そしてディオローナの真っ直ぐな髪や、薔薇色の頬に恭しく触れる。
「午前中、ジグ・ニャギ教のことを調べたよ。お前たちは、魔物を狩るエキスパートなのだそうだな……」
「え? はあ、まあ……」
話題を変えたかと思うと、実にするりと、例えば息を吐き出すのと同じくらい自然に、ディオローナは続けた。
「――だったら。だったら、私を殺してくれないか……」
「え」
メグはどう答えていいか分からず、咄嗟にディオローナの細い指を掴んだ。
ディオローナは朦朧としている。グライアが飲ませたと言った、鎮静剤が効いているのか。それでもディオローナはメグの手を握り返し、形の良い唇を弱々しく動かした。
「許して……」
「えっ? あの……」
「許して。ごめんなさい、お兄様。許してください……」
「お、お兄様……?」
みるみる、メグの目が吊り上がっていく。
「ひっどーい! この場面で、別の男のこと言います!? 言いますかあ、普通!? あーあ、あーあ!」
メグはベッドに飛び乗ると、ディオローナの布団に手をかけ、捲くり上げた。そのまま彼女に馬乗りになる。
「……えっ?」
ベッドは軋み、大きな影が体を覆う。ディオローナは正気に戻った。
「えっ、メグラーダ・フィランス……? えっ?」
眼前には、自分を組み敷く男がいて――。しかも、なんだか鬼気迫る笑顔を浮かべているし。
メグラーダ・フィランス。耳の下に届くのではないかというくらい、にんまりと、彼の口角は上がっている。
「殺してくれって? ダメですよ! そんなの!」
「えっ? い、言ってない! そんなこと、言ってない!」
「言―いーまーしーたーーーー!」
「……………」
子供に言い聞かせるように繰り返されて、ディオローナはむっつり唇を引き結んだ。まあ正直なところ彼女にも、そのようなことを言った覚えがうっすらとある。
――失言だ。
「べ、別に、本心では……。ちょっと……血迷っただけだ……」
歯切れ悪く、ディオローナは抗弁した。
そうだ。本気ではない。自ら死を選ぶなんて、そんなことはしない。
――全て、私のせいなのだから……。
だから、巻き込んでしまったみんなを、残しては逝けない。
悲壮な決意が漲る顔を、両頬を、メグは無礼にも片手で摘んだ。ディオローナの端正な顔はむにっと縦に潰れて、唇がマヌケに突き出す。
「にゃにをしゅる!?」
「あなたを殺せ? あなたが死ぬ? ――そんなの絶対、許さない」
「だから、本気では……!」
「やっと会えたのに! ずーっと探して、ようやく会えたのに! 僕を置いて死ぬなんて、なにがどうあったって許さない!」
――執着。
二人はつい数日前に出会ったばかりなのに、メグのディオローナに対する、この執着はなんなのだろう。
ディオローナは言葉を失い、メグをただ凝視した。
一穴主義がどうとかいうやつか。――ディオローナがいなくなれば、生涯の伴侶を失うから。
あるいは僧侶としての立場からか。自死を選ぶなんて、人道的に許せないとか。
――でも、そのどちらでもないような……?
ディオローナが戸惑っていると、メグは突然、彼女のネグリジェの前を乱暴に開いた。勢いでボタンが飛び、前がすっかりはだけてしまう。
「お前……! やめろ!」
抵抗するディオローナに体重をかけて動きを封じ、メグは彼女の裸の胸を揉みしだいだ。
「いやだ……! 今は、こんなこと……!」
ディオローナは、見た目よりずっと厚いメグの胸板を叩き、押す。が、メグはディオローナの上に、どっしりと君臨したままだ。
「やめろって言ってるだろ!」
「え~。でもほら、あなた、レンドリューさんを殺すのに、力をいっぱい使ったでしょう? そろそろ燃料切れなんじゃないですか?」
自分を激しく叩く手をひとつにくくり、メグはそれをディオローナの頭上高く、シーツに押しつけた。
「くっ……」
ディオローナは悔しそうに唇を噛んだ。
燃料切れといえば、確かにそうだ。レンドリューを屠るために体を変化させ、大量の魔力を消費してしまった。もうこれ以上、ズメウの能力を使うことはできないし、また、このままでいれば、生活に支障が出るほど衰えてしまう。
抵抗が弱まったのをいいことに、メグはディオローナの唇に、顎に、首にと、口づけた。
――だが、このまま、動けなくなったとしても。
「嫌だ……! お前に抱かれるのは、嫌だ!」
絹のような、キメの細かい肌。女神の塑像のような、美しい目鼻立ち。髪もカラスの羽のように、黒く艷やかだ。
横たわっているのは、いつものディオローナだった。ただ少し、顔色が悪いだろうか。
メグがベッドの縁に腰掛けると、ディオローナはゆっくり瞼を上げた。
「眠っていたか……。片付けないといけないことが……。ああ、ティラは無事か?」
ディオローナはメグに気づくと、矢継ぎ早にブツブツつぶやきながら、起き上がろうとした。メグはそんな彼女の肩を押さえ、もう一度寝かしつけた。
「いいから、いいから。グライアさんたちが、全部やってくれてますから。あなたは休んでいたほうがいい」
「………………」
ディオローナはしょんぼりと眉尻を下げてしまった。おとなしくなってしまった彼女の頭を、メグは撫でた。
――こうしていると、ただのか弱い女性にしか見えないのに。
「そうだな……。グライアたちには申し訳ないが、甘えさせてもらおう。少し、疲れた……」
レンドリューを殺めた。――実際引導を渡したのはメグなのだが、そこは置いておいて。
ディオローナは憔悴しきっている。この優しい魔物は、人を殺すことに慣れていないようだ。
そういえば――。
彼女は食料とする男たちだって、はぐれ者たちばかりを選び、彼らができるだけ不自由しないよう気を使っている。
あんなにも強大な力を持っているのに、弱き者たちを傷つけないように傷つけないように、細心の注意を払って……。それでもレンドリューのような男が出てくるのだ。
「魔物っていうのも、なかなか大変なんですねえ。ただ男を襲って、精液を啜ればいいってわけじゃなさそう。いや、ズバリ、そうしたらいいんじゃないんですか? それが正しいズメウの姿って気もしますが」
「そりゃ、一回こっきりの行きずりならそれでもいいが、非効率だろ。継続的に食料を得るためには、贄の協力が必要だ。そのためには、贄側の満足度を上げないと……」
「贄」というのは、ズメウたちが攫ってきた、集落の男たちのことだろうか。
「分からないでもないですけどね……。うーん、めんどくさい」
メグはしみじみ唸る。ディオローナは天井を見上げながら、深いため息をついた。
「そもそも贄たちの人生は、私のせいで狂ってしまったんだ。償えるとも思えないが、少しでも幸せを感じてもらえれば、こちらの気が楽になる……」
ズメウではなく、「私」。責任の所在はディオローナ個人にあると、彼女は語る。
そういった考え方は、自らを追い詰めていく気がするのだが……。
「僕が見た感じ、この集落の男性陣は楽しそうですけど」
わずかでも気休めになればいいと思い、メグは言った。そしてディオローナの真っ直ぐな髪や、薔薇色の頬に恭しく触れる。
「午前中、ジグ・ニャギ教のことを調べたよ。お前たちは、魔物を狩るエキスパートなのだそうだな……」
「え? はあ、まあ……」
話題を変えたかと思うと、実にするりと、例えば息を吐き出すのと同じくらい自然に、ディオローナは続けた。
「――だったら。だったら、私を殺してくれないか……」
「え」
メグはどう答えていいか分からず、咄嗟にディオローナの細い指を掴んだ。
ディオローナは朦朧としている。グライアが飲ませたと言った、鎮静剤が効いているのか。それでもディオローナはメグの手を握り返し、形の良い唇を弱々しく動かした。
「許して……」
「えっ? あの……」
「許して。ごめんなさい、お兄様。許してください……」
「お、お兄様……?」
みるみる、メグの目が吊り上がっていく。
「ひっどーい! この場面で、別の男のこと言います!? 言いますかあ、普通!? あーあ、あーあ!」
メグはベッドに飛び乗ると、ディオローナの布団に手をかけ、捲くり上げた。そのまま彼女に馬乗りになる。
「……えっ?」
ベッドは軋み、大きな影が体を覆う。ディオローナは正気に戻った。
「えっ、メグラーダ・フィランス……? えっ?」
眼前には、自分を組み敷く男がいて――。しかも、なんだか鬼気迫る笑顔を浮かべているし。
メグラーダ・フィランス。耳の下に届くのではないかというくらい、にんまりと、彼の口角は上がっている。
「殺してくれって? ダメですよ! そんなの!」
「えっ? い、言ってない! そんなこと、言ってない!」
「言―いーまーしーたーーーー!」
「……………」
子供に言い聞かせるように繰り返されて、ディオローナはむっつり唇を引き結んだ。まあ正直なところ彼女にも、そのようなことを言った覚えがうっすらとある。
――失言だ。
「べ、別に、本心では……。ちょっと……血迷っただけだ……」
歯切れ悪く、ディオローナは抗弁した。
そうだ。本気ではない。自ら死を選ぶなんて、そんなことはしない。
――全て、私のせいなのだから……。
だから、巻き込んでしまったみんなを、残しては逝けない。
悲壮な決意が漲る顔を、両頬を、メグは無礼にも片手で摘んだ。ディオローナの端正な顔はむにっと縦に潰れて、唇がマヌケに突き出す。
「にゃにをしゅる!?」
「あなたを殺せ? あなたが死ぬ? ――そんなの絶対、許さない」
「だから、本気では……!」
「やっと会えたのに! ずーっと探して、ようやく会えたのに! 僕を置いて死ぬなんて、なにがどうあったって許さない!」
――執着。
二人はつい数日前に出会ったばかりなのに、メグのディオローナに対する、この執着はなんなのだろう。
ディオローナは言葉を失い、メグをただ凝視した。
一穴主義がどうとかいうやつか。――ディオローナがいなくなれば、生涯の伴侶を失うから。
あるいは僧侶としての立場からか。自死を選ぶなんて、人道的に許せないとか。
――でも、そのどちらでもないような……?
ディオローナが戸惑っていると、メグは突然、彼女のネグリジェの前を乱暴に開いた。勢いでボタンが飛び、前がすっかりはだけてしまう。
「お前……! やめろ!」
抵抗するディオローナに体重をかけて動きを封じ、メグは彼女の裸の胸を揉みしだいだ。
「いやだ……! 今は、こんなこと……!」
ディオローナは、見た目よりずっと厚いメグの胸板を叩き、押す。が、メグはディオローナの上に、どっしりと君臨したままだ。
「やめろって言ってるだろ!」
「え~。でもほら、あなた、レンドリューさんを殺すのに、力をいっぱい使ったでしょう? そろそろ燃料切れなんじゃないですか?」
自分を激しく叩く手をひとつにくくり、メグはそれをディオローナの頭上高く、シーツに押しつけた。
「くっ……」
ディオローナは悔しそうに唇を噛んだ。
燃料切れといえば、確かにそうだ。レンドリューを屠るために体を変化させ、大量の魔力を消費してしまった。もうこれ以上、ズメウの能力を使うことはできないし、また、このままでいれば、生活に支障が出るほど衰えてしまう。
抵抗が弱まったのをいいことに、メグはディオローナの唇に、顎に、首にと、口づけた。
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