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第三話 魔物、豹変
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さて、今度こそ、墓穴を掘らねば。
メグが再びショベルの柄を握ったところで、草地を踏み締める音がした。振り返れば、真っ黒なローブを着込んだ、小柄な女が立っている。
彼女とは会ったことがある。確か名を、タレイアといったはずだ。
「――結局、お前が仕留めたのか」
タレイアは、集落でなにがあったのか知っているらしい。驚きもせず、物言わぬ骸と化したレンドリューを見下ろしている。
「ええ、まあ」
「ディオローナは甘いからな。人の命を奪うまいと、無駄に気を揉む。無意識か偶然かは知らんが、どうせ最後のところで手を抜いたんじゃろ。――だが、お前がこの男を殺すのも、奇妙な話だな」
タレイアは肩をすくめた。
――メグもレンドリューも同じ虜囚という立場であり、仲間といってもいいのに。
「だって急に生き返るから、僕、びっくりしちゃって。それにこの人、外で色々やらかしてたみたいじゃないですか? ズメウたちに拉致られたっていうより、ここに逃げ込んできたようなもんだし。そんな人が身近にいるなんて、怖くって」
メグはか弱い乙女よろしく、自分自身を抱き締めるような仕草をした。
「だから制裁を加えた、と?」
タレイアは頭からかぶったフードの下から、メグの表情を観察した。
確かにレンドリューの命をここで助けても、凶暴な奴のことだ、いずれまた集落の住人に害をなすに違いない。それだけならまだしも、外へ逃げられてしまえば、彼はきっとここの情報を漏らすだろう。そうなれば自分たちズメウの存在が、世に知られることになり――。取り返しがつかない。だから、メグの行動は間違っていないのだ。
それは分かるのだが。
「お前はここに来てまだわずかなのに、我らズメウの側に立ったものの見方をするのだな」
「そりゃ僕、ディオローナ様の虜ですもーん。彼女のためになることだけを考えてます。それに――」
――あのクソ男を見ていると、ムカムカするのだ。
たいして強くもないのにイキリまくって、弱い者いじめばかり。
身の程知らずの小者。――まるで、昔の自分を見ているようだ。
それが偽らざる、本音である。が、わざわざ人に言うことでもないので、メグは口を噤み、ニコニコと笑っておいた。
「……………」
メグの本心は分かりそうにない。タレイアは諦めたように息を吐くと、レンドリューの死体を、持っていた杖で指した。
「あれをな、新鮮なうちに、うちに運んでくれんか。お前も穴を掘る手間が省けていいじゃろ」
「ええ~。あんなの、なんに使うんですか? レンさんの死体、色んなもんが出ちゃってるし、お部屋が臭くなっちゃいますよ?」
だが穴掘りが面倒なのはそのとおりで、できればやりたくないメグは、素直にレンドリューをもう一度、荷車に乗せた。
「確かもう一人、死んどるんじゃろ? ケレッツだったか……。そいつのもくれ」
「集落の皆さんが、ケレッツさんに、お別れしてからにしてくださいね。――でもほんと、なにに使うんです?」
「ディオローナも承知していることじゃ。心配するな。だいたい、今更、埋葬されない死体がひとつふたつ増えたっていいじゃろ。この集落では、生きる屍がウロウロしてるんじゃから」
「えっ、やだあ! こわあい!」
荷車を引き、移動し始めたところで、タレイアがさらりと恐ろしいことを言い出す。メグは思わず悲鳴を上げた。
「なんじゃ。お前は僧侶なんじゃから、気づいていると思ったが」
「僕、魔力は自慢できるほどあるんですけど、霊感はなくって。幽霊も見たことないし、金縛りにも遭ったことないんですよぉ! それってあれですが、井戸から出てくる系ですか? それとも、布団の中に入ってくる系ですか?」
くねくね体を震わせながら怯えているメグを横目で見て、タレイアは落胆を隠さなかった。
「お前なら分かるかと期待しておったのに。――わしもふわっとした気配だけは感じるんだが、正体が分からんのじゃ。向こうも知られまいと、隠れておるのじゃろう……」
「へえ~……。あ、ディオローナさんに聞いてみました? あの人、神秘的な美人だし、霊感とかありそう!」
「いや、あいつは、見た目だけはそれっぽいが、めっちゃくちゃ鈍くてな。天然だし。あれは腕っぷしが強いだけの、ただのゴリラじゃ」
「辛辣!」
しかしまあ、ディオローナの知られざる一面を聞くことができた。
メグは機嫌良く、死体の乗った荷車を引いた。
集落から墓場へ向かう途中には、草原がある。タレイアの住まいは、その外れにあった。
一人暮らしのタレイアのロッジにレンドリューの死体を運び入れ、メグが再び外へ出た頃には、太陽は中天に差し掛かっていた。
「くさいかな……?」
メグはくんくんと自身の匂いを嗅いだ。――血と汗の匂いが、染みついているような気がする。
急遽、温泉に寄って一汗流してから、ディオローナのロッジに行ってみると、エウフロシュネとグライアが居間でぐったりと休んでいた。
「お疲れさまです。ディオローナさんの様子はいかがです?」
「傷一つない。とりあえず体を清めて、鎮静剤を飲ませた。今は眠ってる」
ズメウは丈夫と聞いてはいたが、心配だったのだ。メグはほっと胸を撫で下ろした。
「ティラさんって方は? ひどい状態でしたが……」
「薬師のところへ連れて行った。まあ、死にはしない。だが、ケレッツは駄目だった……。できるだけ綺麗にしてやって、明日にでも墓に入れてやる予定だ」
「あ、そのことなんですが」
メグは墓場での一件を、グライアたちに報告した。
「メグちゃん、もうタレイアと知り合いになってたの?」
「タレイアが遺体を欲しがってる? あいつ、なにをやってるんだ?」
グライアは訝しげに眉を潜めた。
エウフロシュネがメグに耳打ちする。
「タレイアはねー、私たちの妹なのよ。私たち、三姉妹なの」
「妹……」
事前にグライアの話を聞いていたから、彼女たち三人に何らかの縁があることは想像していた。
しかし、姉妹――。しかも、あの老婆にしか見えないタレイアが、末妹とは。
なにか言いたげな顔をしているメグに、グライアは言った。
「事情があってな……。タレイアは、男と交わるのを拒否しているんだ」
「そうなんですか……」
メグはタレイアの元の姿を知らないが、それでも花がほころぶようなグライアとエウフロシュネの妹なのだ。さぞ美しかったに違いない。それが今や目をそむけたくなるような、醜い容姿に変わり果て――。
やはりズメウには男性の精が必要で、それを欠けばタレイアのように、老いさらばえてしまうのか。
メグはごくっと生唾を飲んだ。ディオローナは本当に大丈夫なのだろうか。今すぐ会いたくなってきた。
「ディオローナさんには僕がついていますから、お二人もお休みになったらいかがです?」
「え?」
「彼女のことは、僕に任せて。ねっ?」
「――なんかすっかり、ディオローナ様のダーリン気取りね?」
メグの申し出を聞いて、エウフロシュネは唇を尖らせた。
察しのいい彼女は、自分たちを遠ざけようとするメグの意図に気づいたのかもしれない。
「いや、だってぇ、ディオローナさんには僕が必要でしょ?」
メグが得意げに顎を反らせて言うと、エウフロシュネはいきり立った。
「あんたなんかより私たちのほうが、ディオローナ様と親しいんだから! たった三日ばかり一緒にいるからって、ディオローナ様に馴れ馴れしくしないで!」
「そんなつもりはないんですけどぉ……。でも、お二人がどんだけディオローナさんと仲良しでも、セックスはできませんよねー?」
「あんたね……!」
メグのからかい半分の挑発に、エウフロシュネはまんまと乗った。
尚も吠えかかろうとする妹の肩を抑え、グライアが口を挟む。
「じゃあ、ディオローナ様のことは、お前に頼む。――行くぞ、エウフロシュネ。ティラの様子を見に行かないと」
「うー。はーい……」
エウフロシュネも渋々姉に従い、二人はディオローナのロッジを出て行った。
メグが再びショベルの柄を握ったところで、草地を踏み締める音がした。振り返れば、真っ黒なローブを着込んだ、小柄な女が立っている。
彼女とは会ったことがある。確か名を、タレイアといったはずだ。
「――結局、お前が仕留めたのか」
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「ええ、まあ」
「ディオローナは甘いからな。人の命を奪うまいと、無駄に気を揉む。無意識か偶然かは知らんが、どうせ最後のところで手を抜いたんじゃろ。――だが、お前がこの男を殺すのも、奇妙な話だな」
タレイアは肩をすくめた。
――メグもレンドリューも同じ虜囚という立場であり、仲間といってもいいのに。
「だって急に生き返るから、僕、びっくりしちゃって。それにこの人、外で色々やらかしてたみたいじゃないですか? ズメウたちに拉致られたっていうより、ここに逃げ込んできたようなもんだし。そんな人が身近にいるなんて、怖くって」
メグはか弱い乙女よろしく、自分自身を抱き締めるような仕草をした。
「だから制裁を加えた、と?」
タレイアは頭からかぶったフードの下から、メグの表情を観察した。
確かにレンドリューの命をここで助けても、凶暴な奴のことだ、いずれまた集落の住人に害をなすに違いない。それだけならまだしも、外へ逃げられてしまえば、彼はきっとここの情報を漏らすだろう。そうなれば自分たちズメウの存在が、世に知られることになり――。取り返しがつかない。だから、メグの行動は間違っていないのだ。
それは分かるのだが。
「お前はここに来てまだわずかなのに、我らズメウの側に立ったものの見方をするのだな」
「そりゃ僕、ディオローナ様の虜ですもーん。彼女のためになることだけを考えてます。それに――」
――あのクソ男を見ていると、ムカムカするのだ。
たいして強くもないのにイキリまくって、弱い者いじめばかり。
身の程知らずの小者。――まるで、昔の自分を見ているようだ。
それが偽らざる、本音である。が、わざわざ人に言うことでもないので、メグは口を噤み、ニコニコと笑っておいた。
「……………」
メグの本心は分かりそうにない。タレイアは諦めたように息を吐くと、レンドリューの死体を、持っていた杖で指した。
「あれをな、新鮮なうちに、うちに運んでくれんか。お前も穴を掘る手間が省けていいじゃろ」
「ええ~。あんなの、なんに使うんですか? レンさんの死体、色んなもんが出ちゃってるし、お部屋が臭くなっちゃいますよ?」
だが穴掘りが面倒なのはそのとおりで、できればやりたくないメグは、素直にレンドリューをもう一度、荷車に乗せた。
「確かもう一人、死んどるんじゃろ? ケレッツだったか……。そいつのもくれ」
「集落の皆さんが、ケレッツさんに、お別れしてからにしてくださいね。――でもほんと、なにに使うんです?」
「ディオローナも承知していることじゃ。心配するな。だいたい、今更、埋葬されない死体がひとつふたつ増えたっていいじゃろ。この集落では、生きる屍がウロウロしてるんじゃから」
「えっ、やだあ! こわあい!」
荷車を引き、移動し始めたところで、タレイアがさらりと恐ろしいことを言い出す。メグは思わず悲鳴を上げた。
「なんじゃ。お前は僧侶なんじゃから、気づいていると思ったが」
「僕、魔力は自慢できるほどあるんですけど、霊感はなくって。幽霊も見たことないし、金縛りにも遭ったことないんですよぉ! それってあれですが、井戸から出てくる系ですか? それとも、布団の中に入ってくる系ですか?」
くねくね体を震わせながら怯えているメグを横目で見て、タレイアは落胆を隠さなかった。
「お前なら分かるかと期待しておったのに。――わしもふわっとした気配だけは感じるんだが、正体が分からんのじゃ。向こうも知られまいと、隠れておるのじゃろう……」
「へえ~……。あ、ディオローナさんに聞いてみました? あの人、神秘的な美人だし、霊感とかありそう!」
「いや、あいつは、見た目だけはそれっぽいが、めっちゃくちゃ鈍くてな。天然だし。あれは腕っぷしが強いだけの、ただのゴリラじゃ」
「辛辣!」
しかしまあ、ディオローナの知られざる一面を聞くことができた。
メグは機嫌良く、死体の乗った荷車を引いた。
集落から墓場へ向かう途中には、草原がある。タレイアの住まいは、その外れにあった。
一人暮らしのタレイアのロッジにレンドリューの死体を運び入れ、メグが再び外へ出た頃には、太陽は中天に差し掛かっていた。
「くさいかな……?」
メグはくんくんと自身の匂いを嗅いだ。――血と汗の匂いが、染みついているような気がする。
急遽、温泉に寄って一汗流してから、ディオローナのロッジに行ってみると、エウフロシュネとグライアが居間でぐったりと休んでいた。
「お疲れさまです。ディオローナさんの様子はいかがです?」
「傷一つない。とりあえず体を清めて、鎮静剤を飲ませた。今は眠ってる」
ズメウは丈夫と聞いてはいたが、心配だったのだ。メグはほっと胸を撫で下ろした。
「ティラさんって方は? ひどい状態でしたが……」
「薬師のところへ連れて行った。まあ、死にはしない。だが、ケレッツは駄目だった……。できるだけ綺麗にしてやって、明日にでも墓に入れてやる予定だ」
「あ、そのことなんですが」
メグは墓場での一件を、グライアたちに報告した。
「メグちゃん、もうタレイアと知り合いになってたの?」
「タレイアが遺体を欲しがってる? あいつ、なにをやってるんだ?」
グライアは訝しげに眉を潜めた。
エウフロシュネがメグに耳打ちする。
「タレイアはねー、私たちの妹なのよ。私たち、三姉妹なの」
「妹……」
事前にグライアの話を聞いていたから、彼女たち三人に何らかの縁があることは想像していた。
しかし、姉妹――。しかも、あの老婆にしか見えないタレイアが、末妹とは。
なにか言いたげな顔をしているメグに、グライアは言った。
「事情があってな……。タレイアは、男と交わるのを拒否しているんだ」
「そうなんですか……」
メグはタレイアの元の姿を知らないが、それでも花がほころぶようなグライアとエウフロシュネの妹なのだ。さぞ美しかったに違いない。それが今や目をそむけたくなるような、醜い容姿に変わり果て――。
やはりズメウには男性の精が必要で、それを欠けばタレイアのように、老いさらばえてしまうのか。
メグはごくっと生唾を飲んだ。ディオローナは本当に大丈夫なのだろうか。今すぐ会いたくなってきた。
「ディオローナさんには僕がついていますから、お二人もお休みになったらいかがです?」
「え?」
「彼女のことは、僕に任せて。ねっ?」
「――なんかすっかり、ディオローナ様のダーリン気取りね?」
メグの申し出を聞いて、エウフロシュネは唇を尖らせた。
察しのいい彼女は、自分たちを遠ざけようとするメグの意図に気づいたのかもしれない。
「いや、だってぇ、ディオローナさんには僕が必要でしょ?」
メグが得意げに顎を反らせて言うと、エウフロシュネはいきり立った。
「あんたなんかより私たちのほうが、ディオローナ様と親しいんだから! たった三日ばかり一緒にいるからって、ディオローナ様に馴れ馴れしくしないで!」
「そんなつもりはないんですけどぉ……。でも、お二人がどんだけディオローナさんと仲良しでも、セックスはできませんよねー?」
「あんたね……!」
メグのからかい半分の挑発に、エウフロシュネはまんまと乗った。
尚も吠えかかろうとする妹の肩を抑え、グライアが口を挟む。
「じゃあ、ディオローナ様のことは、お前に頼む。――行くぞ、エウフロシュネ。ティラの様子を見に行かないと」
「うー。はーい……」
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