17 / 21
第三話 魔物、豹変
3
しおりを挟むでくのぼうのように動かないメグの肩に、遅れて追いついたボンボアが止まる。
バタバタと慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、グライアとエウフロシュネの姉妹がメグを突き飛ばし、ディオローナに駆け寄った。
「ディオローナ様!」
エウフロシュネはディオローナを、グライアはティラを介抱する。
ボンボアも飛び立ち、ディオローナの肩へ移動した。ボンボアはディオローナのおぞましい変化にも、頓着しないようだ。
「まずいことになるかもしれないと、お前を放ったが……。ちゃんと知らせてくれたんだな。ありがとう、ボンボア」
ボンボアの首を撫でてやりながら微笑み、ディオローナはメグに視線を移した。
「あ――」
なにを喋ればいいのか。メグの声は詰まった。
凍りついたように固まっているメグに、グライアが指示する。
「おい、メグ! 悪いが、そいつを外に出してくれないか!」
「あ、は、はい!」
「そいつ」とは、レンドリューのことだ。メグはグライアに言われたとおり、動かないレンドリューの腕を持って、ずるずると引っ張った。
――ひどい匂いがする。血と排泄物の匂いだ。
顔をしかめるメグの元に、ボンボアが戻ってきた。
「食べちゃダメだよ~。ボンボア」
「……………」
相棒のつまらない冗談を、フクロウは無視した。ボンボアは、メグが死体を運ぶなんて通常ではありえない行動を取っても、気にはならないようだ。このフクロウもまた、退魔師としても働く相棒と共に、数々の悲惨な現場に赴いたのだろうか。
レンドリューの死体を運び出して三十分ほど経った頃、外で待機していたメグのところへ、グライアが顔を出した。
「ディオローナさんは、大丈夫ですか?」
「ああ、特にケガもないし、少し休めば問題ないだろう。このあと、家へ送っていく」
質問に答えてから、グライアはメグの近くに置かれていた荷車に目をやった。
荷車はボロ布で覆われ、後ろの台はこんもりと盛り上がっている。積まれているのは、レンドリューの死体だろう。
「これ、埋めるんですよね? 僕、行ってきますよ。墓地がどこか、知ってますし」
「え? ああ、うん。じゃあ、頼めるか?」
「はい。あ、ボンボアを頼んでいいですか? 籠に入れておいてください」
グライアにフクロウを預けると、メグは墓場へ出発した。
それにしても――。
集落の男が殺され、ズメウが傷つけられ、ディオローナは襲撃された。犯人も死亡。
なかなかに悽絶な事件だったはずだが――。
「『これ』、ときたか……」
人の死と遭遇したのに、一切取り乱すことなく、ああも普段と変わらないなんて。
ゆっくり遠くなっていくメグを見送りながら、グライアはボリュームのある癖毛をもしゃもしゃとかき上げ、ボンボアは小さく鳴いた。
集落の南に位置するディオローナのロッジから、北の墓場までは、おおよそ三十分の道のりだ。
道中、メグは集落の人々とすれ違い、軽く立ち話をした。
――レンドリューに同情する者はいない。皆、ディオローナとティラのことを心から気遣い、ケレッツを悼んだ。
墓場に到着すると、メグは首にかけていた数珠を外し持って、お経を唱えた。
「新しい住人が増えますので、よろしくお願いしますね」
建ち並ぶ墓石にそう断りを入れてから、メグは荷車に積んでおいた大型のショベルを持った。
穴を掘らねば。ところが作業を始めようとしたところで、傍らに停めておいた荷車が動く。なんと上に乗せてあった死体が自らボロ布を剥がし、起き上がったではないか。
「あらら……。ちょびっと息が止まってただけかー」
――そういえば、気が動転していたから、きちんと死亡確認してなかったっけ。
メグは自分の初歩的なミスに呆れ、頭をかいた。
「くそ……! あの女!」
復活したレンドリューは咳き込み、血の混じった痰を地面に吐いた。
荷車から降りた彼の体には、痣や軽度の骨折の様子は見られるが、間違いなく生きているようだ。むしろ元気なくらいである。
「ディオローナさんたら、トドメをさせなかったんだ。僕が乱入しちゃったからかな~」
「てめえ、新入り……! 俺は、俺は……! 十人も殺った男だぞ! いっぱい殺した! なのに、あんな女ごときに……! くそっ! くそっ!」
死にかけたせいなのか、レンドリューは錯乱している。
「俺は強い、強いんだ! あんな女なんかに! ああ、むしゃくしゃするぜ! ――殺してやる!」
レンドリューは突然、メグに襲いかかってきた。先ほどまで仮死状態だったというのに、バイタリティ溢れる男である。
「も~。これだから、神様を信じない奴は嫌なんですよね~。罪悪感を持てないからあ」
メグは細めた目で、まさにケダモノといった風情の男を見据えた。手にしていたショベルを素早く掲げ、大剣よろしく堂々と振り下ろす。
身長差の著しい二人であるから、メグのショベルはレンドリューの額に当たった。重たい音と同時に、レンドリューが仰け反る。
「ぐっ、あああああっ!」
「ふふっ。やっぱり、真っ二つとはいかないか~」
割れた頭からどくどくと血を流しながら、レンドリューは苦悶の咆哮を上げた。そして無謀にも、またもやメグに攻撃をしかける。
メグはレンドリューの猛撃を容易くひょいひょいかわすと、担ぎ直したショベルを再び彼に叩きつけた。
「はい、よいしょ~っと!」
「ぎゃあああああっ!」
耐えきれず地に伏し、まさに悶絶躄地となった男へ、メグは続け様にショベルを見舞った。
一度、二度、三度――。
仮にも生きている人の身に、なんの躊躇もなく、鋭い凶器を振るう。――果たして、狂っているのはどちらなのか?
「痛いですかあ?」
「痛いっ! やめて、やめてくれえ! ごめんなさい! ごめんなさい! もう、やめてぇ! やめて! やめ……!」
「僕ね、昔、ちょっとやんちゃしまして。そんなときにね、ある人に言われたんです。『痛みは人に等しくある』って。『与えた痛みは必ず返ってくる』って。それは生前に限らず、死後の場合もある、と――」
メグの一方的な暴力は、長時間続いた。四つん這いになって、なんとか腕で頭を守っているレンドリューの、服も皮膚も裂け、ところどころ鮮やかな赤い肉が見えている。
「あなたは十人以上殺したっていうから、戻ってくる痛みは相当でしょうね~?」
メグの話が聞こえていないのか、それどころではないのか、レンドリューは必死にまくし立てた。
「お、俺が悪いんじゃねえ! 俺に、殺られた、奴らが、悪いんだろ!? 弱い、あいつらが……!」
「弱いのが悪いっていう理屈なら、今ここでボコボコにされているあなたも、僕より弱いから悪いってことになりますね」
プッと吹き出したあと、メグはニヤニヤと口元を緩めながら続けた。
「ま、ともかく。あなたが他者に与えた痛み、苦しみ、屈辱……。土に還る前の今、こうやって償っておけば、死後の責め苦は少し楽になるんじゃないですかね? ああ、気になさらないでください。僕、ちょっとくたびれてきたけど、人の気持ちを楽にする、これも僧侶の仕事ですから!」
そうは言うものの、メグは息切れひとつしていない。これだけ重たいショベルを振り下ろしていれば、相当疲れるはずなのだが。
「い、や゛だ……! 痛いのは、もう……! 助けて、ぇ……!」
「おっ、あなたに殺された人たちの苦しみが、やっと分かりましたか? それは重畳。僧として感無量ですぅ」
それから更に、メグの言うところの「痛みを返す」作業を行い――。
レンドリューが動かなくなってから、メグはようやくその手を止めた。しゃがみ込み、レンドリューの呼吸と脈を確かめる。
「うん……」
レンドリューは息絶えていた。――今度こそ、完璧に、だ。
「この人が殺したっていう十人分、ちゃんと返せたかなあ? 足りてなかったら、来世、この人、虫かケモノに生まれ変わっちゃうね……」
額の汗を拭ってから、メグはレンドリューのためのお経を唱え直した。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【R-15】私だけの秘密のノート
黒子猫
恋愛
〈こちらの作品は、シチュエーションCDシナリオの形式で書いています。
佐藤くんのセリフがメインとなっていますので、自分に話しかけているように想像すると、ドキドキが増しそうです……💕〉
[あらすじ]
私の前に突然現れた、女性を癒す謎の生物〈佐藤くん〉。
最初は驚いたけれど、徐々に奇妙な共同生活を楽しむようになっていた。
ある日、家に帰宅すると、〈佐藤くん〉が秘密のノートを読んでいたようで……。
[キャラ紹介]
〈佐藤くん〉突如主人公の前に現れた女性を癒す謎の生物。主人公に合わせ、人間の姿形になっている。彼の名前「佐藤くん」は、人間(日本)の中ではメジャーな名前なので、そう名乗っている。
〈貴女〉
OL。突如現れた佐藤くんに最初は困惑していたが、徐々に受け入れ、今では風変わりな同居生活を楽しみつつある。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる