潔癖淫魔と煩悩僧侶

犬噛 クロ

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第三話 魔物、豹変

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「SだとかMだとか、単一的であれという考え方がナンセンスだと、僕は思うんですよ。ひどいこともしたいけど、守ってもあげたい。このアンチノミーこそが、男の本能なんですからねぇ!」

 ズメウに捕らわれて、三日目。
 同じ境遇の囚われの男たちと畑仕事をしながら、持論をぶちかます、メグラーダ・フィランスであった。
 しかし、そんな演説なんてどうでもいい、朝っぱらから聞きたくないとばかりに、男たちはメグに相談を持ちかける。

「メグさん、こっち、もう収穫しちまっていいかな?」
「あ、はい。残りは明日にしましょうかね」
「ところで、今度新しい苗木を植えようと思ってるんだが、俺ら詳しくないんだよ。知ってるかな、メグさん。『緑木苺(みどりきいちご)』っていう実が、成るんだが」
「ああ、緑木苺ね。知ってますよ。僕の故郷にたくさん生えてましたから」
「そうかい。緑木苺っていうのは、染料になるんだよな」

 ズメウの集落は、自給自足で全てが賄えているわけではないらしい。足りない物資は狩りの獲物や農作物、織物などを持ち出し、街で必要なものに替えているそうだ。
 織布に使う染料も、集落では手に入らないものの一つだ。中でも緑木苺は上質な染料で、ズメウたちはこの実を頻繁に購入していたらしい。だが珍しく苗が手に入ったので、自分たちで育ててみるとのことだ。

「緑木苺は丈夫で、雑に扱っても立派に育ちます。ただし、実に含まれる種は猛毒なので、注意が必要ですよ」
「ほうほう」

 男たちは、熱心にメグの説明を聞いている。そんな彼らの数は、さほど多くない。昨日フィンたちに聞いたとおりだ。
 ズメウの集落に捕らえられている男は、メグを含めて七人とのこと。今日はまだケレッツとレンドリューを見かけないが、それ以外の五人が農作業に精を出している。

「……………」

 メグは教団を旅立つ前に、キャサロッサ寺院長から得た情報を思い出した。

『近頃、行方不明者が増加しており、また、惨殺体の発見が相次いでいるらしいのだ』

 惨殺体はともかく、キャサロッサ寺院長の話にあった行方不明者は、もしかしたらズメウに拉致されたのではないか。メグはそう予想していた。が、ここにいる男たちの数の少なさからして、それはなさそうだ。
 フィンの話によると、集落の男たちの面子はほとんど変わっていないという。
 なんでも最近加わったのがレンドリューで、これが半年前。逆にここを去っていった男がいたのは、数年前。それ以外で、男たちの人数に増減はないという。

 ――行方不明者とやらがここに連れて来られたなら、男たちがもっと増えてないとおかしいからね……。

 気を取り直して、メグは近くの男たちに話しかけた。

「しめじや舞茸といった、きのこ類も育てたいですね~」
「おお、いいねえ」
「そうそう、舞茸といえば、麻婆豆腐に入れると美味しいから、是非試して……」

 しかし彼らの雑談は、鋭い鳴き声によって断たれた。
 ――聞き覚えがある。これはメグの相棒が、なにか急を知らせるときに発する声だ。

「ボンボア?」

 何事かと顔を上げたメグは、空を一直線に飛んでくるフクロウを見つけた。

「たっ、大変だーーー!」

 フィンが駆け込んできたのと、メグが差し出した肘にボンボアが止ったのは、ほぼ同時だった。

「け、ケレッツが! ケレッツが、ころ、殺されてる! 辺り一面、物凄い血で……! うげっ……!」

 現場の様子を思い出してしまったのか、フィンは言い終える前に畑の端にうずくまり、げえげえ嘔吐し出した。
 メグの腕に舞い降りたボンボアは、羽をバサバサ動かし、なにごとか訴えている。
 どちらも尋常ではない。
 集まってきた男たちがざわめく。

「ケレッツが……?」
「あいつ、今日は朝からティラさんと会うって、言ってたぞ!?」
「殺されたって……!? いや、ティラさんがそんなことをするはずはない! あの人は、そんな凶暴な人じゃねえもの!」
「と、ともかく、誰か……! どうする!? あっ、グライアさんたちを呼んでこよう!」

 慌てふためく男たちを背に、メグは既に走り出していた。
 ――ボンボアを託した「彼女」に、危険が迫っている。

「やっと会えたのに、こんな……!」

 ボンボアも相棒の腕から飛び立ち、全力で疾走するメグの後を、自らの羽を使ってついて行った








 無精髭だらけの顔に薄笑いを浮かべ、近づいてくる大男を、ディオローナはぼんやりと待った。
 長い黒髪がそよぐ。彼女の髪を揺らすのは、背後から吹く風だ。
 ディオローナの背に隠された小窓は、開け放たれている。そこから一匹のフクロウを逃したが、レンドリューは気づいていないらしい。

「俺はなあ、ここに来るまでに、十人は殺してんのよ。特に女はなあ、たあっぷり犯して、めちゃくちゃにいたぶって、殺してやったんだぜ! そんな俺様に、いくらズメウだって敵うわけねえのよ!」

 レンドリューは小脇に抱えていたティラを、無造作に落とした。

「う……」

 床で体を打ったティラが、うめき声を上げる。乱暴されたのか、傷だらけの痛々しい姿の彼女は、しかし死にはしないだろう。
 ズメウは不老にして不死。四肢を切り刻まれようが、首を落とされようが、燃やして灰にされたって、生き返ると伝えられている。
 そのうえ、フィジカルは人間の数倍上の彼女たちも、しかし無敵ではない。特に鍛えていない個体は、不意をつかれれば、あっけなく倒されてしまうのだ。

「しっかし、ほんとあんたは別嬪だな。あんたみてえなキレイな女、見たことねえよ。へへっ、まんこが裂けるまでヤッて、お人形みたいな体をボロボロにして……! ああ、楽しみだ……!」

 勿体をつけているつもりなのだろうか、レンドリューの動きは遅い。ディオローナは見切りをつけ、てきぱきと服を脱ぎ始めた。

「おっ、命乞いのつもりか! へへっ! 最高のストリップだなあ!」

 レンドリューは腹を抱え、どっと笑った。しかしディオローナの脱衣する様は、ストリップと呼ぶにはあまりに情感が欠落していた。

「替えを、あまり持っていないのでな。汚れては困る」

 色気もそれらしきムードもなく、日常繰り返している動作そのままに脱ぎ。
 軽く畳んだ衣服を、自分たちから離れた机に置く。
 そうして一糸まとわぬ姿となったディオローナはつかつかと、レンドリューに向かって歩いていった。
 ――獲物が自ら素っ裸になり、命知らずにも距離を詰めてくる。

「な、なんだ……、お前……!?」

 レンドリューは相手の予想外の行動にうろたえた。そんな彼の真ん前に立つと、ディオローナはなんの予備動作もなく、彼の腹を殴った。

「うぐっ!」

 ディオローナの華奢な拳は、だがナイフのような硬さと鋭さで、レンドリューの上半身を抉った。
 レンドリューは腹を押さえ、体をくの字に曲げた。すかさずディオローナは、男の巨躯のてっぺん、毛髪が薄くなり哀れを誘う頭頂部を鷲掴みにし、空いているもう片方の手で彼の頬を打った。レンドリューがよろけたところを、今度は逆の手で殴る。そのあとは連打だ。間髪入れずに、リズミカルに、右、左、右、と続けた。

「いっ、いてっ、いてえ! やめろ!」

 レンドリューも自らの手で顔を庇うが、それもろともディオローナは殴り続けた。ゴキンゴキンと、骨の折れる音がする。

「いてえええっ! やめろ! やめてくれえ! 顔が! 崩れちまう!」

 絶叫するレンドリューは、人の痛みが大好物のはずだったが、自分が傷つくのは嫌らしい。

「ひっ、ひっ、いいいいてえええ!」

 レンドリューはたまらず一歩、二歩、後ずさった。が、逃げた分、ディオローナに素早く追いつかれて、顔や体に大量の殴打をもらう。

「悪いな。剣か弓でもあれば、一息に終わらせてやれたんだが。今度来るときは、ちゃんと持ってくるように」

 にこりともせず、ディオローナは告げる。
 立っていられなくなったレンドリューは、弱々しく床に尻もちをついた。

「あ、あ、あああ……! 痛い、痛いよお……!」

 レンドリューは――殺戮を繰り返し、数々の血なまぐさい修羅場をくぐっただろう彼は、悟った。
「今度来るときは」。今度――なんて。
 そんな機会、あるはずない。
 ディオローナは、自分を仕留めるつもりなのだから――!

 ティラとかいうズメウは、確かに普通の女よりは手強かった。だが所詮、野獣たるレンドリューの敵ではなかった。だから彼は、「ズメウなんてこんなもんだ」と高をくくっていたのだ。
 だが、今、目の前にいる女は、自分とは別次元の生きもの。
 あるのは、圧倒的な力の差。
 ディオローナはまさしく、魔物の女王だったのだ。

「あ、あ……! ば、ばけ……もん……だあ……!」

 恐怖と血に染まったレンドリューの眼球は、ディオローナの恐ろしき変化を、網膜に焼きつけることとなった。
 彼女のしなやかで細かった手足は、三倍の太さに膨れ上がっている。パンパンに張り詰めた筋肉に、脈づく血管が巻きついていた。
 雪のように白かった肌は、墨で塗られたように黒く染まり、逆に艷やかだった黒髪は、真っ白だ。
 紫の瞳だけは、変わらずそのままだった。憂いを帯びて、悲しげに光っている――。

「ズ、メウ……!」

 ほとんどの歯を折られたせいで、はっきりしない発音で、しかしレンドリューはディオローナの正体を言い当てた。
 そう、これこそが、ズメウの真の姿なのだろう。

「もういいのか? 逃げないのか? ――そうか。なら、おしまいだ」

 ディオローナは、すっかり怖気づき、震えることしかできなくなったレンドリューの首を両手で掴むと、軽々と持ち上げた。

「ぐ、うぐ、うぐ……!」

 足裏の半分が浮いた状態で、レンドリューは最後の抵抗を試みた。首にかかった輪を外そうと、懸命に手を動かす。叩き、引っ掻き――。しかしディオローナの黒い指は、緩むどころか、レンドリューに傷ひとつ、つけられることはなかった。
 レンドリューの顔は赤くなり、次に青くなった。
 骨が折れるのが先か、血管が潰れるのが先か、息が止まるのが先か。
 時が、しばし流れる。

「ひゅ、ひゅう……」

 現象を写すただの鏡のように、なんの感情も浮かんでいないディオローナの瞳の先で、レンドリューは泡を吹いた。直後、彼の全身から、一切の力が抜ける。
 ほぼ同刻に、扉が開いた。

「ディオローナさん!」

 現れたのは、メグラーダ・フィランスだ。

「…………」

 ディオローナは、宙に吊ったレンドリューを解放した。
 なにがあったのか――。
 メグは、凶悪な死に顔を晒し、床に体を投げ出しているレンドリューと、一輪の花のように、たおやかに佇むディオローナを見比べた。

「……ボンボアは、お前のところへ行ったか?」

 ディオローナがゆっくり振り返る。メグは目を見開いた。
 黒い肌、白い髪。グロテスクに変形した全身。
 ズメウのどこが化けものだというのか、人と変わらないじゃないか。そんなメグの認識は、すっかり砕かれてしまった。

 ――ああ、本当だ。本当に、彼女は、モンスターだった。



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