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第三話 魔物、豹変
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しおりを挟む月刊「ヤー」八月号、特集記事。
「続・怪奇! 若さを吸い取る、美しき妖女たち!」より。
ズメウに長年監禁されていた、ウラさん(故人)。
その波乱万丈な生き様については前回特集のとおりだが、本誌は今回、ウラさんの友人にも話を聞くことができた。
Q.ズメウは生まれつきの魔物ではなく、元は人間だったというのは、本当なのですか?
A.どうもそうらしいよ~。ウラさんと特別仲が良かったズメウが、言ってたらしいんだけどね~。元々はさる部族の、ごくごく普通の女性たちだったそうで。ところが、どっかの悪い王様に呪いをかけられちゃったんだって。そんで、みーんなバケモノになっちゃったそうだよ。ちょっと気の毒な話だよねえ。
「……………」
キャサロッサ寺院長はテーブルに雑誌を置くと、両目の内側を指で揉んだ。
この記事を読み返すのは、何度目だろう。
「ズメウ」を探すために出ていった愛弟子。彼のことを思い出すたび、ついつい手に取ってしまうのだ。
百年に一度の天才。――メグラーダ・フィランス。
魔物と戦う特殊僧には不可欠な、精神魔法への抵抗力は高く。
運動神経も良く。
知力や忍耐力にも優れて。
そして、なににも物怖じしない積極的な性格は、このうえない強みであった。
多くの資質に恵まれたメグラーダ・フィランスは、ジグ・ニャギ教寺院の門をくぐったその日から、めきめきと頭角を現した。彼の類まれな才能を見出し、出家を促したのは、ほかならぬキャサロッサ寺院長である。
メグとキャサロッサ寺院長が出会ったのは、今からおおよそ十五年ほど前だ。
当時、キャサロッサは、魔物討伐の旅中にあった。
たまたま立ち寄った山村で、幼かったメグは家族と暮らしていた。
――一言で表わせば、メグラーダ・フィランスは奇妙な子供だった。
天真爛漫に振る舞いつつも、ふと冷たい目で周りを窺っている。
特に印象的だったのは、メグにジグ・ニャギ教への入信を勧めたときのことだ。
僧門に入り、神に仕える立場となれば、当然、親兄弟から離れて暮らすことになる。修行を終えるまで、再会も叶わないだろう。だから幼子を教団に誘っても、寂しさから、たいていは泣いて断られるものだ。
――が。
もう昔となったあの日のことを、キャサロッサ寺院長は今でも強く覚えている。
「魔物を狩るってことは、いろんなモンスターに会えるってことだよね?」
キャサロッサ寺院長が頷くと、メグは大きな青い瞳を輝かせ、意気揚々と言い放った。
「だったら僕、行きます! 僧侶になる! だって、ズメウに会いたいんだ!」
このとき抱いた違和感は、キャサロッサ寺院長の胸中で薄れることはない。
あのときメグが、ドラゴンやユニコーンなど、造形からして夢いっぱいの幻獣の名を挙げたならば、十分納得できた。それらの生きものは、少年の冒険心をさぞくすぐるだろうからだ。
しかし、ズメウとは。――幼いメグの追い求める対象が、淫魔とは。
この子はいったい、どういう大人に育つのか……。
当時のキャサロッサ寺院長は一抹の不安を覚え、それは現在も続いている。
「寺院長~! すみませんが、来てくださいませんか! メグラーダさんの部屋が、とんでもないことになってるんです!」
キャサロッサ寺院長のいる執務室に、見習い僧が血相を変え、飛び込んできた。
「ん? どうした?」
「ともかく、見ていただいたほうが……!」
見習い僧に引っ張られるようにして、キャサロッサ寺院長は別棟にある寮へ足を運んだ。
ここミュゼ寺院の寮は四階建てで、見習いを含めた五十名ほどの僧侶たちが寝起きしていた。
僧侶たちの私室は、上位の者から順に、下の階を割り当てられる。メグラーダ・フィランスは序列が高かったため、一階にある八畳ほどの個室を与えられていた。
そのメグの部屋へ一歩足を踏み入れると、壮観というべきか壮絶というべきかの光景が広がっていた。
メグが寺院を離れたため、彼が今まで使っていた部屋は、別の僧侶に譲られることになったのだが――。
「なんか、下がボコボコしてたので、思い切って床板を外してみたんです。そしたら……」
困惑しつつ語るのは、次にメグの部屋を使うことになっていた後輩僧侶である。
引越し当日、床板を取っ払ってみたところ、出るわ出るわ。床下にぎっちりみっちりと、大量の書物が押し込まれていたのだという。
それも――。
「姉にする? 妹にする? それとも、ママ?」
「姫騎士・触手地獄」
「夫のいない夜 ~部下が帰ってくれなくて~」
メグが隠していたのは、タイトルを一読しただけでストーリーがつぶさに分かってしまう、独特の趣味嗜好の本ばかりであった。
「うーーーーーーーーーーーーーん。あいつ、皆には『禁欲生活を送ってます!』などとほざいておったが、やはり隠し持っておったか……」
キャサロッサ寺院長は腕を組み、大きく唸った。
ジグ・ニャギ教は、性に関する規定がいささか緩い。若い男性のリビドーを無闇矢鱈と抑え殺してしまえば、取り返しのつかない形で暴発してしまうこともあると知っているからだ。
女性を寮に連れ込むのは、風紀が乱れるからご法度。
だが、「一人でのお楽しみ」ならば、大目に見よう。
それが暗黙の了解であったのだ。
だが、しかし。
「これは、なんぼなんでも……。狂気すら感じる量だな……」
苦々しくつぶやきながら、キャサロッサ寺院長はメグの蔵書の数冊を取り、ペラペラとめくった。
幼き頃、「淫魔に会いたい」と、高々に謳った――。あれはやっぱりただ単に、メグがドスケベだったからなのだろうか。
しかしあの弟子が本当にただの好色男だったとしたら、彼に様々な対魔物の戦闘技術を教え込んでしまったことは、甚だしい愚行ではなかったか。
例えばズメウがメグの手に落ちたならば、それこそ今この手にある数多の猥雑本のような、あんなことやこんなことをされてしまうのではないか。
キャサロッサ寺院長は、会ったことも見たこともないズメウたちに、思わず同情してしまった。
危うきこと累卵の如し。――気違いに刃物。
「ん?」
事態を憂うキャサロッサ寺院長を、部屋に集まっていた若き僧侶たちが、期待に満ちた目で凝視している。
キャサロッサ寺院長は、ひとつ咳払いをしてから言った。
「欲しい本があれば、もらっとけ。残った分はとっとと捨てなさい」
こうして寺院長からの許しが出た途端、若き僧侶たちは砂糖の山に群がるアリのように、大量の本へと飛びついたのだった。
「やれやれ……」
本の争奪戦に挑む弟子たちの、浅ましき様を嘆きながら、キャサロッサ寺院長は長い顎髭をいじった。とはいえ、ここにいる全員が、血気盛んというわけでもないようだ。
苦虫を噛み潰したような顔の一群が、醜い争いに興じる仲間たちを睨んでいる。
特に険しい顔つきなのは、メグに続く実力者と名高い、トトムとジェリンだ。
キャサロッサ寺院長は、喧騒の外に身を置く二人に声をかけた。
「どうした? 君らは、いらんのかね?」
「――メグ先輩は、僧侶として優秀です。尊敬もしています。でも! こんなの、到底許すことはできません!」
「僕もです! 不潔だ! 汚い!」
トトムとジェリンが尖った声を張り上げると、グループの残りの者たちも、我も我もと同等の意を示した。
「うん、うん……」
性を拒絶する、潔癖な心根。それもまた青春である。
というか、こっちのほうが清白であるべき僧侶として正しくね? と、キャサロッサ寺院長は深く頷いた。
「こんな……! 幼女から熟女まで……! 主義主張がバラバラではありませんか! エロければなんでもいいなんて、子供の言い分です!」
「しかも、寝取りや寝取られなどと……! 唾棄すべき悪の教典を隠し持っているなんて! メグ先輩はきっと地獄に落ちますよ!」
「えっ、そこなの!?」
どうやらジグ・ニャギ教は、ドアホウの集まりのようである。
どこでどう、教育を間違えたのか……。悲嘆に暮れるキャサロッサ寺院長をよそに、僧侶たちの主張はああでもないこうでもないと続く。
「だいたい、『女の子が可哀想なやつでは抜かない』。それこそが、我がジグ・ニャギ教が掲げるべき理念ではないでしょうか!?」
「それなのに……! ほら、あの本なんて! な~んにも悪いことをしていない女子が、ブサイク小太りモブおじさんに、無残にも……! ああ! 涙が止まりません!」
「まあ、不幸萌えっていうのもあってな……」
むしろ、フィクションをフィクションとして楽しめない――現実との区別をつけられない彼らのほうが危険ではないかと、キャサロッサ寺院長はこっそり思うのだった。
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