潔癖淫魔と煩悩僧侶

犬噛 クロ

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第二話 ハッピー性奴隷ライフ

8(完)

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 翌日、朝。
 集落の南の外れに建つディオローナのロッジに、グライアとエウフロシュネが駆け込んできた。

「ディオローナ様! メグラーダ・フィランスがいません! 逃げたようです!」
「昨日の夜の在宅確認時には、いたらしいんだけど……! どうやって鍵を開けたんだろ、あいつ!?」
「……おはよう、グライア、エウフロシュネ」

 応対したディオローナは、決まり悪そうに姉妹を自宅に招き入れた。直後グライアたちは、びっくりして固まる羽目になる。

「あ、おはよーございまーす! 今から朝ごはんなんですけど、グライアさんたちも一緒にどうですか? 僕ったら、いっぱい作り過ぎちゃって!」
「あ……!?」

 まさに捜索中のメグラーダ・フィランスが、そこにいたのだ。
 メグは料理の乗った皿を手に、ダイニングとキッチンを甲斐甲斐しく行き来している。

「……………………」

 メグを見て点になった目を、グライアとエウフロシュネはディオローナに向けた。

「いや、その、あの。あいつ、昨日、勝手に来て、それで……」
「昨日作ったハンバーグを、パンに挟んだやつとぉ。あとは、スープでーす!」

 もじもじと歯切れ悪く言い訳するディオローナと、エプロンを着けて、新妻よろしくうきうき働くメグと――。
 二人を見比べて、グライアは呆れるような、エウフロシュネは面白がるような顔になり、ダイニングチェアに腰を下ろした。

「――もらうよ。美味そうだ」
「わー、いい匂い! メグちゃんも、お料理できるのねえ!」
「えへへ、簡単なものしか作れませんけどぉ。あ、飲み物はコーヒーと紅茶と、あとオレンジジュースがありますが、どれにします?」
「……………………」

 顔を真っ赤にしたディオローナが、最後にこそこそと座につく。
 こうして四人は、一緒に朝食を摂った。




 メグの作った朝食は、一同に好評だった。
 後片付けまできっちり終えてから、メグは意気揚々と外へ出ていく。グライアとエウフロシュネも、途中まで一緒だ。

「家に戻って、ボンボアの世話をしてから、今日も畑をお手伝いする約束になってるんです。茄子が食べ頃だから、晩ごはんは麻婆茄子にしようかな~」

 滞在わずか三日目でありながら、メグラーダ・フィランスの、この順応ぶりはなんなのか。
 畑へと去っていくメグの背中を、姉妹は道の途中で足を止め、見送った。

「まあ……。泣かれるよりはいいけどよ」

 グライアたちの住まいは、建ち並ぶロッジの東の端にあった。姉妹は隣同士で暮らしている。

「ディオローナ様が贄をお食べにならないの、本当に心配だったからな。メグみたいな、ああいう変わった男なら案外……って。予想が当たって、そこは良かった――けど」

 一度自宅に戻ってから、グライアは趣味の狩りに、エウフロシュネはほかの女たちとヨガで汗を流す予定である。
 今日もまた楽しい一日が始まるわけだが、姉妹の足取りは重い。

「サプリのつもりが、劇薬だった……みたいな?」
「エウフロシュネ、やっぱりお前も感じるか? あの男――」
「お姉もでしょ? ――うん。あいつ、アホなだけじゃなくて、なんか、なんか……」

 二人は口を噤む。
 幽霊を見た者は、それを語ってはいけない。――呪われるから。
 そのような迷信を、本件とは全く関係のない話なのに、なぜか姉妹は思い出していた。

「ま、あいつ、ディオローナ様を傷つけるつもりはないようだが。ていうか、あの人が、黙ってやられるわけはないしな」
「うんうん。ディオローナ様みたいな天然には、あれくらい強引で、わけ分かんない男のほうがいいのかもねー」

 強引に気を取り直して、姉妹は自分たちの住まいへ戻った。








 午前中、ディオローナは集会所の地下にある書庫で、調べ物をしていた。メグラーダ・フィランスが在籍しているジグ・ニャギ教について、興味を覚えたのだ。
 書庫の蔵書は数百冊。相当な時間を割いて、ようやく該当する書物を見つけたが、知りたいことはたった数頁しか書かれていなかった。ジグ・ニャギ教は、かなりマイナーな団体らしい。

「世を乱す魔を誅すために天より遣わされたのが、ジグ・ニャギ教が戴く神、ニャーギである……」

 ディオローナは薄暗い書庫内で、ランプの灯りを頼りに、本を読み進めていった。

「あ、フクロウ……」

 ディオローナの顔がほころぶ。なんでもニャーギのお供はフクロウなのだそうで、数カ所ある挿絵の女神の側には、必ずフクロウが描かれている。
 そして、ディオローナは思い出した。そういえばメグに、「もし時間があったら、ボンボアと遊んでやってほしい」と頼まれていたのだ。

「そろそろ行ってあげたほうがいいかな……」

 本に栞を挟み、棚に戻すと、ディオローナはメグのロッジへ向かった。




 鳥かごは、ダイニングテーブルの上に置かれていた。部屋の窓を換気のために開けてから、ディオローナはボンボアを出してやった。

「よしよし、寂しかったか? また草原に散歩に行くか?」

 肩に乗って甘えてくるボンボアの頭や首を撫でながら、ディオローナはぽつりとつぶやいた。

「――お前のご主人は変わってるよな……。私のような化けものに、愛を誓うなんて」

『僕の全てをあげるから、あなたの全てを僕にください』

 昨晩の情事の、あのときメグが叫んだ言葉を思い出すたび、ディオローナの体は熱くなる。
 胸が早鐘を打ち――そして。
 氷を飲み込んだように、すっと冷える。

「そんなこと、できるわけないのに……」

 浮かれていては駄目だ。
 ディオローナは、自分にそう言い聞かせる。

 ――私には、みんなを守るという使命があるのだから。

 だけど、それはいつまでだろう……?

「くー?」

 ディオローナから表情が消える。心配したボンボアが、彼女の顔を覗き込んだ。

「ああ、ごめんごめん、ボンボア。さあ、行こうか」

 ディオローナがボンボアに微笑みかけたところで、ロッジのドアが大きな音を立て、開いた。
 こんな乱暴な開け方は、この部屋の主であるメグではあるまい。
 ディオローナが玄関を確かめれば、果たしてそこに立っていたのは、大男だった。
 確か――。

「レンドリュー……」

 粗野な振る舞いや暴言により、問題ばかり起こしていた男だ。外界へ戻したほうがいいとの意見が多く、近いうちにそのように取り計らう予定だったのに。

「へへっ。名前を覚えててくれたとは、光栄ですなあ。女王様」

 レンドリューの服は、大量の血に染まっている。そして彼は、脇に女を抱えていた。

「ティラ……!」

 集落で暮らすズメウの一人だ。
 ティラは弱々しく顔を上げた。

「ディオ、ローナ……様……」

 ティラの顔は赤く腫れ、口と、骨を折られたのか曲がった鼻から、ダラダラと血が垂れていた。

「お前らズメウが強いったって、俺様の敵じゃねえ! このクソアマみたいに、ワンパンで沈められるぜ!」

 レンドリューは得意げに吠えている。

「てめえら、俺のことを無視しやがって! 全員ぶっ殺して、ハラワタをぶち撒けてやる! どうせ、お前らみたいな化けものなんか殺しても、誰にも咎められねえからな!」

 ――そうだ。私たちは、化けものだ。

 だから私たちと、恋愛なんて、できるはずがないのに。
 血の匂いが室内に充満していく。急速に黒く染まっていく頭の中で、ディオローナはメグラーダ・フィランスの言葉を繰り返した。

『僕の全てをあげるから、あなたの全てを僕にください』

 ――私の全てを渡したら、あの男はその重さに潰れるだけだ……。

「殺す前に、いい夢を見させてやるよ! 男が欲しいんだろ!? 俺はずーっと、お前を犯したかったんだよォ! 男なしでは生きられない、下品な女王様ァ!」

 ティラを床に投げ捨てると、レンドリューは舌なめずりをしながら、ディオローナに近づいて行った。





~ 終 ~

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