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第二話 ハッピー性奴隷ライフ
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しおりを挟むこの集落がクィンキー山脈の中腹にあるのなら、いずれ山道に出るはずなのだが。
しかし、行けば行くほど生い茂る木々が陽光を遮り、辺りは暗くなっていく。
熊でも出るんじゃないか。――引き帰したほうがいいんじゃないか。
メグの不安が頂点に差し掛かる直前、森は途切れた。
「――あれ?」
目の前には、メグに与えられたロッジとよく似た建物が並んでいる。出発地点と異なるのは、左手に畑が広がっているところだろうか。
戻ってきた? しかし、方位磁石は北を示したままだ。
狐につままれたのか――。混乱し、立ち尽くすメグに気づいたのか、畑で作業していた男たちが近寄ってきた。
「よう! 新入りってのは、お前か?」
「あっ、はい。そうだと思います……」
この集落に来てから、初めて見る男たちだ。
メグは簡単な自己紹介をしてから、「よろしくおねがいします」と丁寧に頭を下げた。
「おお、よろしくな。ま、楽にいこうぜ。俺はフィンだ」
「俺はケレッツだ。よろしく」
フィンもケレッツも、歳は四十手前だろうか。見た目はごく普通の中年男である。
そして二人の後ろにはまた別の男が、用具小屋の壁に寄りかかり、タバコをふかしていた。彼はこちらに興味がないらしい。
メグはつい先ほどの不思議な体験を、フィンたちに話してみた。
「あー、そうそう。北の森と、南の畑――ここな、二つは繋がってんだよ」
「繋がってる?」
「ほれ、見えるか?」
フィンはメグが歩いてきた道の、遥か先を指した。
遠くにロッジの一群が見える。その中でも一番大きなあの建物は、もしや――。
「集会所だ。ほら、あそこで飯を食っただろ?」
「えっ……?」
ますますおかしい。メグは集会所を背に歩き始めたのだから、それが前方にあるはずはないのだ。
「東と西もそうよ、繋がってる。この集落には果てがねえ。一定の距離を行くと、元の位置に戻ってきちまうんだ」
「果てがない……」
「難しいことはよく分からねえが、そういう魔法をかけてあるんだってよ」
空間を捻じ曲げ、ループさせる。
同時に一帯を不可視化して、外部からの干渉を遮断。
確かに存在するのに、外からこの集落は見えない、感じ取れない。
究極の結界を作る――。そのような魔法があると、メグはジグ・ニャギ教団で学んだ覚えがあった。
「だとすると、外からは誰も来ることができないし、内(なか)からも出られませんよね……」
「そう。陸の孤島ってやつ?」
「まっ、ここのオネエチャンたちは、しょっちゅう魔法を解いて、外に買い出しに行ったりしてるけどなー。俺たちのようなエサを連れて来るときも、魔法を解くし」
フィンとケレッツが、交互に説明してくれる。
なるほど、連れて来られた当初こそ、縛られたり監禁されたりとそれなりの待遇だったが、今日はかなり緩やかに放っておかれている。メグ自身、捕虜なのにこれでいいのかと疑問だったが、この集落から逃げられないなら、このテキトーな扱いも納得できるというものだ。
フィンたちと会話を重ね、メグはいくつかの情報を得た。
まず、ここに捕らえられている男は、メグを含めて七人。フィンとケレッツと、小屋の前に座っている男と、あとはもう三人か。
対して女たち――ズメウは、二十人いるらしい。
「二十人の女性の相手をするのに、男が六人で足りるんですか?」
メグはさりげなく、ズメウのエサの人数から自分を差し引いて、尋ねた。
「毎日毎日、男が必要ってわけでもねえらしいのよ。それにオネエチャンたち、出かけた先でお食事を済ませてきちゃうってパターンもあるからな」
「今んとこ、つらくなったことはねえな」
フィンもケレッツも、囚人としての苦痛や悲哀を感じている様子はない。むしろ、楽しんでいるように見受けられる。
「ところで、あそこにいらっしゃる人は……」
メグが小屋の前に座っている男について聞くと、フィンは眉をひそめた。
「ああ、あいつ……。名前は『レンドリュー』っていうんだ」
「レンドリューとは、あんまり関わり合いにならないほうがいいぜ。なにかっつーと、すぐキレんだ」
「ここに来る前、絶対なにかやらかしてきたに違いないぜ。見るからに、やべー感じだろ?」
「――おい!」
荒々しい胴間声に一喝されて、いきいきと語っていたフィンとケレッツは「ひっ!」と悲鳴を上げた。
のしのしと大股で歩み寄ってきたレンドリューは、フィンたち二人のすぐ後ろに立った。
「てめえら、ベラベラと人の悪口を言いやがって。クソが!」
レンドリューは巨躯だった。身長は二mを越え、体にも厚みがある。
性格は顔に出るというが、だとしたら彼は相当な悪党だろう。
ふてぶてしい面構えに目つきは凶悪で、すれ違う人々全てに因縁を吹っかけ、殴りかかっていきそうだ。
「このカマ野郎どもが! 虫みてえにブンブンうるせえんだよ! 弱えくせに! 叩き潰してやろうか? ああ?」
レンドリューの脅し文句に、フィンは逃げ腰で後ずさる。
だが、ケレッツはなかなか気が強いらしく、果敢に言い返した。
「うるせえ! このイキリ野郎が! てめえ、この間なんか、グライア姐さんにボコボコにされて、泣いてたじゃねえか!」
グライアは確かに強そうだ。目の前の大男が、グライアに叩きのめされる様を想像してしまい、メグはつい吹き出してしまった。
レンドリューの顔が、怒りにみるみる赤く染まっていく。
「この野郎! 死ね!」
レンドリューはケレッツに殴りかかった。
なんと導火線の短い男なのか。呆れながら、メグは体を滑らせるようにして二人の間に割って入り、殺意をこめて繰り出されたレンドリューの拳を、自らの手で受け止めた。
「どうも、はじめましてー。僕は、メグラーダ・フィランスといいます。よろしくお願いしまーす」
「!?」
レンドリューは驚き、拳を引き戻そうとする。が、メグはそれを掴んだまま離さない。
「ぐっ、くそっ……!」
渾身のレンドリューに対し、メグは余裕綽々で微動だにしなかった。
「お名前、レンドリューさんですかー。素敵なお名前ですねー。どちらのお生まれですかー? どこ中ですかー? キムラ先輩って知ってますー? アオヤマ先輩はー?」
「うるせえ! 離せ!」
筋力の強さに、体幹の安定性。ニコニコ笑いながら、メグは相手の力量を計った。
レンドリューは恵まれた体格と生まれつきの馬鹿力により、今まで強者として振る舞えていたのだろう。確かに一般人には脅威だろうが、彼は所詮、本格的に鍛えた者の敵ではなかった。
――なるほど、小さな小さなお山の大将といったところか。
敵の矮小な正体を見破ると、メグは手を離した。弾みでバランスを崩し、レンドリューはたたらを踏んだ。
「どうぞ、仲良くしてくださいね?」
童顔のメグの口元は微笑んでいるものの、メガネの奥の瞳は笑っていない。
「ガキが……! 覚えとけよ!」
ばつが悪くなったらしく、レンドリューは捨て台詞を吐いて去っていく。
遠くなっていく大男に聞こえよがしに、フィンとケレッツはメグを称えた。
「お前、すごいな!」
「漫画みてえ! かっけえ!」
「いやあ、そんな~。まぐれですよ~」
メグはニヤニヤもじもじと謙遜しながら、ニットキャップをいじった。
実際、聖職者として布教や、あるいは奉仕活動に赴く貧民窟に、ああいう手合いはゴロゴロいるのだ。怖くもなんともない。
チンピラ。狼藉者。メグのような職業の者は、本来そういった道を外れた者たちを、教え諭さねばならないのだが――。
しかしレンドリューは、信仰による救いを望んでいない。目を見れば分かる。
「馬を水辺につれていけても、水を飲ませることはできない」との諺どおり、救済を求める人間にしか、神の言葉は届かない。
メグはそれをよく知っているのだ。
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