潔癖淫魔と煩悩僧侶

犬噛 クロ

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第二話 ハッピー性奴隷ライフ

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 お日様の匂いのする清潔なタオルケットにくるまり、メグラーダ・フィランスはもんもんとした胸の痛みに耐えていた。

「――初めてのときは手に手を重ね、イクときは一緒にって……」

 痛くないか、つらくないか、確認し合い。
 慎重に、しかし大胆に交わり。
 三秒ごとに、「愛してる」と囁いて。
 呼吸と同じ数、キスをして。
 共に果てて、見詰め合い。
 彼女の涙を拭って、僕は微笑み。
 波の音を聞きながら、抱き合って眠るのだ。――まあ、この近くに海なんかないけど。

 以上のヘタクソな歌詞のような一連の流れが、メグラーダ・フィランスの思い描いていた、理想の初体験であった。
 ――しかし。

 縛られ、脱がされ、乗っかられ。
 一分ともたぬ、早撃ち。
 そこからの、射精、射精、射精。
 一滴も残さず、絞り尽くされ。

 以上の悲哀に満ちたリリックのような一連の流れが、メグラーダ・フィランスの実際の初体験であった。
 そう、愛なんて微塵も感じない行為だったのだ。

 ――自分はただ家畜のように、消費されただけ。

「ひどい……」

 メグは親指を噛み、ほろりと涙を流した。


「まあ、ちょっと、未知の世界へ続く、危険な扉が開いてしまいそうになったのも、事実だけど……」

 あの美しい人になら――ディオローナにならば、もっと乱暴にされてもいい。
 なんなら罵倒や、嘲りだって、頂戴しても。
 だってそれは、ご褒美だから。

「もっと、酷いこと、されたい……っ!」

 初めての秘め事を思い出すたび、メグは不穏な胸の高鳴りを覚えるのだった。
 さて、それはともかく、ディオローナとの情事を終えてから、もうだいぶ時が過ぎたようだ。少なくとも、日は跨いでいるだろう。
 行為後、メグはディオローナの手によって、一旦意識を失った。それから覚醒し、うつらうつらしていたところで、グライアとエウフロシュネという名の、あの姉妹が戻ってきたのだ。




「ディオローナ様、終わりましたあ?」

 確かあの声は、エウフロシュネだったと思う。
 うっすら目は覚めているのだが、眠くて眠くて、メグは瞼を持ち上げることができなかった。

「わ~! ディオローナ様、めっちゃキレイになってる~! やっぱ若いオスを食べると、効果が違うのかなあ。――メグちゃん、おとなしくなってるし、一口もらっちゃおうかしら」
「エウフロシュネ、やめとけ。こいつ、死にかけてるぞ」

 だらりと力なく横たわったメグに、姉妹の視線が降り注ぐ。

「ほんとだ、干からびてる。ディオローナ様、吸い過ぎィ!」
「いや、その……。加減が分からなくてな」
「ほらー、もー、ご無沙汰過ぎたんですよ。――んじゃ、こいつ、運びますよ。とりあえず、一番館に入れときます」

 作業に入ろうとするグライアを、ディオローナが止めた。

「あ、グライア。こいつは私が運ぶ。――こいつには、申し訳ないことをした。もうちょっと平和的に、交渉すべきだったのに……」
「まあ、煽ったのはオレだけどね。じゃあ、ディオローナ様、お願いします」

 そして女たちが、メグの周りに集まってくる。
 ディオローナが屈むと、グライアはメグの上体を起こし、ディオローナの背に被せてやった。

 ――運ぶって言ったって、女の人には無理なんじゃないか……。

 だるくて喋ることはできなかったが、メグはそう思った。が、ディオローナはメグの尻を後ろ手に抱えると、軽々立ち上がった。

「よいしょっと」
「……!?」

 幼児の頃ならともかく、大人になって、おんぶされるなんて。しかも相手は女性で、自分よりも一回り以上、細いのに。

 ――ディオローナさんったら、実は力持ち……!?

 面食らっているメグの背中を、グライアが確かめるような手つきで、ポンポン叩いた。

「ここに連れてきたときから思ってたんですけど、こいつ、相当鍛えてますね。男にしては小柄なほうだけど、体が仕上がってる」
「確かこいつは、僧侶だとか言っていたな。肉体の鍛錬も、修行のひとつだったんじゃないか?」

 朦朧と乱れる意識をなんとかまとめて、メグは女たちの会話に割って入った。

「あなたたちは……ズメウなのですか?」
「……!」

 突然の問いに沈黙が走る。女たちの緊張を、メグは肌で感じ取った。
 しばらくして、ディオローナが答える。

「そうだ。私たちは人間の敵。ズメウだよ……」
「ああ……!」

 瞬間、メグの心に湧いたのは、恐怖どころか喜びだった。
 長年探し求めていた、美しき魔物。遂にその生息地に、辿り着いたのだ。
 満足したメグは、安心して眠りに落ちた。




「ズメウ」。それは若く美しい女の姿をした「吸血鬼」――というのは子供たちに配慮した表現で、実際は「淫魔」と呼ぶのが妥当だろう。
 男たちと交わり、搾り取った精を糧とする。浅ましくも艶麗な化けものたち。
 その力は強く、逆らえば八つ裂きにされるという。
 男たちは彼女らの魔性を恐れ、そして、危険な憧れを抱く――。




 ぐっすり眠って、そして起きたのが今である。
 メグラーダ・フィランスは、いったいどこへ連れて来られたのか。

「メガネ、メガネ……」

 トレードマークでもある丸メガネは、幸いベッド脇のミニテーブルに置いてあった。欠伸をしながらそれをかけて、メグは室内を歩き回った。
 あのあとメグは、ディオローナたちとあれこれしていた場所から運び出され、異なる建物に放り込まれたようだ。
 メグが今いるのは、おおよそ十五畳ほどの、仕切りのない部屋だった。ベッドとダイニングセット、隅にはキッチンもついている。
 扉は二つ。一つはトイレ。もう一つが玄関ドアらしいが、外から施錠されており、開かなかった。
 室内に複数ある窓は開閉できるが、どれも人の頭ほどの大きさしかない。
 つまり、脱出は不可能のようだ。

「んー」

 どうしたものか。メグが思案していると、聞き慣れた鳥の鳴き声が聞こえた。

「きゅう」

 見れば、ダイニングテーブルに、大きな鳥かごが置かれている。
 中にいるのは、一匹のフクロウだ。

「おはよう、ボンボア」

 メグに応えて、ボンボアが再び鳴く。
 鳥かごの中には水、そして新鮮なエサが補充されていた。ボンボアに、不自由はなかったようだ。
 自分よりよっぽど扱いがいい――とメグが思っていると、玄関の扉が開いた。

「おいっす」
「おはよう、メグちゃん。これ、着替え。置いとくね」

 陽の光を背負って現れたのは、グライアとエウフロシュネだ。
 眩いほど華やかな姉妹の登場で、部屋は一段と明るくなった。

「腹、減ってるんじゃねえか? ここから出て、右手に進めばすぐ、昨日の小屋があるからよ。そこで飯が食えるから、支度できたら、とりあえず来な」
「あとの説明はそれからね」

 エウフロシュネがちらっと鳥かごを覗くと、ボンボアがギャッと威嚇の声を上げた。
 昨日のやりとりのせいで、ボンボアはエウフロシュネを警戒しているらしい。

「なによー! エサも水も、私が用意してあげたんだからね!」
「フライドチキンにしてやる、とか言うからだ。フクロウは賢いから、ずーっと恨まれるぞう」

 ボンボアと軽くやりあってから、姉妹は部屋を出て行った。




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