5 / 21
第一話 始点にして終点
5
しおりを挟むその教えを信じ、奉る者の数は、全世界でおおよそ七万人ほど。
「ジグ・ニャギ」教。愛と平和を司る女神ニャーギを唯一神として祀る、他に比べればまだ若い宗教だ。
信者数こそ少ないジグ・ニャギ教であるが、知名度は近年、ぐんぐん上がってきている。理由として考えられるのは、その「ゆるさ」にあるだろう。
ただの信者が守るべき戒律は皆無。好きなときに信じて、好きなときに祈ればいい。
そのガバガバなポリシーが、日々の生活に忙しく、誘惑の多い世に生きる者たちに支持されているのだ。
このように、一般人に向けては間口の広い宗教であるジグ・ニャギ教であるが、ただし、信徒たちを導く立場にある僧侶たちには、厳しい修行が課せられている。礼儀作法はもちろん、学者並みの知識、兵士並みの体力を身につけ、そのうえ類まれな精神力を持つ者だけが、ジグ・ニャギ教の僧侶として認められるのだ。
ここまで厳密な条件は、他教の聖職者にはあまり見られない。
なぜ、こうも高い資質を求めるのか。それはジグ・ニャギ教僧侶が、布教や祭祀以外のとある職務を担うからだ。
それは――。
室内には、なんとも言えない空気が充満していた。
怒りと失望の表情を浮かべている女二人の足元で、縛られたままのメグラーダ・フィランスが、しくしくと泣いている。
「え、えーと」
いったいなにがあったのか。
どう声をかけたらいいのか、ディオローナは迷った。そんな彼女の元から、フクロウのボンボアは我関せずとばかりに飛び立ち、天井の梁へ移った。
「ひどい、こんなの……。僕もう、お婿にいけない……」
服は乱れ、ところどころ肌もあらわに、メグはさめざめと訴えた。
「鬱陶しいな! 結局ヤッてねえんだから、グチグチ言うな!」
グライアがポカッとメグの頭を叩く。
「なにか不備でもあったのか?」
首をかしげるディオローナに、エウフロシュネがぷんぷん怒りながら捲し立てた。
「聞いてくださいよ、ディオローナ様! こいつ、勃たなかったんです! 手でも口でもしてやったのに、ぴくりともしません!」
「え?」
ディオローナがグライアに目をやると、彼女もこっくりと頷いた。どうやら、そのとおりらしい。
「そうか……。まだ若いのに、哀れなことだ」
「新鮮なのが手に入ったと思ったんだがなあ」
「もー! 大サービスしてやったのに~!」
女たちが三者三様の所感を述べていると、メグが急に笑い出した。
「ふっふっふっ! 愚かですね!」
不敵な笑みを浮かべていても――。メグの下半身はズボンと下着を膝まで下げられ、つまり股間が「もろだし」の状態だ。迫力やら威厳やら、その他色々足りていない。
「これも我が修行の成果! 我が神ニャーギ様の奇跡! ただの美青年と侮るなかれ! 僕こそはジグ・ニャギ教僧の中でも、上位わずかにのみ名乗ることを許される、遊伝僧なるぞ!」
得意げな自己紹介に水を差すように、グライアは冷たく吐き捨てた。
「ジグ・ニャギ? 知らんな」
「そっ、それは……! うちはまだちょっと、メジャーになりきれてないっていうか! あ、有名になっても、インディーズの良さは持ち続けていきたいねって、言ってるんですけど……!」
「弱小チームもいいとこなのに、上位わずかにのみ~! じゃじゃーん! とか言われましてもねえ」
エウフロシュネに交ぜっ返されて、メグはうぐぐと悔しそうにほぞを噛んだ。
「メグラーダ・フィランス。お前、なにが言いたい? つまり、その……。お前の男性器が反応しないのは、お前がジグ・ニャギ教? とやらの僧侶であることに、なにか関係しているのか?」
ディオローナが咳払いをしてから尋ねると、よくぞ聞いてくれたとばかりに、メグは調子を取り戻した。
「そのとおり! ジグ・ニャギ教の僧侶は修行において、徹底的に精神力を磨くのです!」
「だから色欲に抗えると? 勃起をコントロールできるってか? ハッ! 信じられねーな」
「――そのとおり。あなた方に憑いている、禍々しいある種の魔力……。僕にはこれっぽっちも効かないと、申し上げておきましょう」
それこそが最も重要なことであるとでも言いたげに、メグはニヤッと笑った。
「……!」
最初鼻で笑っていたグライアは、メグの説明を聞き、遂に真顔になった。
形勢逆転だろうか。
メグラーダ・フィランスは、ディオローナを睨め上げた。
メグの強気な態度からは、自信が見て取れた。確かに彼には、エウフロシュネたちの誘惑に負けなかったという実績もある。
「ディオローナ様……」
グライアとエウフロシュネは困ったようにディオローナを仰ぎ、判断を委ねた。
「――仕方ない」
ディオローナは、小さくため息をついた。
「この者を解放しよう。タレイアを呼んできてくれるか」
「しかしこいつの抗魔力が強いなら、記憶喪失の魔法をかけても、すぐに解けてしまうのでは……」
「うん……。そのへんのことも、相談しなくてはな……」
真面目に話し合う長と姉の前で、エウフロシュネは立てた中指をへこへこ動かした。
「私に任せてくれれば、ガチガチにできるかもよ~? 勃たせる方法なんていくらでもあるし」
「うーん……」
女たちの物騒な会話を聞いて、メグは涙目で抗議した。
「やめてえ! 童貞を失う前に、処女じゃなくなるのは嫌ですッ!」
「まあ、確かになあ……。変な性癖をつけたら、結局使いものにならないかもしれないし……」
では、どうしようか。
思案しながら、ディオローナはメグの前に跪いた。そして脱がされかけていた彼の衣服を、もとに戻してやろうとする。フルチンじゃあまりにあんまりだし、そもそもそんなもの、あまり見たくないし……と。
ディオローナの指先が、意図せずメグのペニスに当たる。
すると――。
「あんっ……」
気色の悪い声と共に、メグの股間に住まう芋虫がむっくり起き上がった。
「ん?」
急速に大きく育っていくそれを、ディオローナは無造作に掴んだ。
「いだだだっ……! 乱暴にしないで! デリケートなんですから!」
メグの抗議に構わず、ディオローナは棒状のそれを握り、淡々と観察した。
「……勃つじゃないか」
ディオローナの手の中で、メグの陰茎は今や硬く張り詰めている。これなら十分、使用に耐えるだろう。
「ええっ!? さっきは本当に、ちょこっとも反応しなかったんだぜ!?」
「なーにィー!? 単に、より好みしてたの!? こいつー! ムカつくー!」
エウフロシュネは怒り狂い、メグの頭をぽかぽか叩いた。
「痛っ! あっ、あっ、ディオローナさん、もういじらないで! らめっ!」
「うーん……?」
ディオローナは腑に落ちない顔をして立ち上がると、スカートの裾をぱんぱんと叩いた。
「まあ、ともかく……。使えるようなら、良かった。じゃあ、あとは頼んだぞ」
そう言ってディオローナが去ろうとすると、メグの陰茎は硬度を失い、しゅんと項垂れてしまった。
「正直過ぎるぞ~~~~! メグちゃんったらああああ!」
顔は笑いながら、叩く手にはかなり力を込めて、エウフロシュネはメグの頭を叩いた。「やめてやめて」とメグが叫ぶと、相棒のピンチとばかりに、ボンボアが天井から降ってくる。
――はっきり言って、めちゃくちゃだ。
「痛い! もう! あんたのご主人様が悪いんだからねッ!?」
「ええ!? 僕、なにも悪くないですよね!?」
これまでのことを振り返るに――。卑怯な罠により拉致された挙げ句、縛り上げられ、性的な加虐を加えられている。
メグからすれば、彼は百%の被害者である。
「こいつの体のことは、よく分かんねーけど……。こうなったら、しょーがねえなあ」
グライアはテーブルに置いてあった、大きな鳥かごを取りに行った。ディオローナたちが散歩に行っている間に用意したらしいそれを構え、妹に合図する。
「エウフロシュネ!」
「おっけー!」
グライアが合図すると、エウフロシュネはすんなりボンボアを捕まえ、鳥かごに押し込んでしまった。
「まったくもー! 女の子に乱暴するなんて、悪い子! そこで反省してなさい!」
ディオローナと同じく、エウフロシュネもグライアも鳥獣の扱いには慣れているようで、ボンボアは傷ひとつ負っていない。しかし悔しいのか、ボンボアは鳥かごの中で耳を立て、唸っている。
「んじゃ、あとはよろしくお願いします、ディオローナ様」
ディオローナの先ほどのセリフを、今度はグライアが、当のディオローナに返した。
「えっ、やだ……」
しかしディオローナは駄々っ子のような顔をして、つい本音を漏らしてしまう。
「だって、しょうがないじゃないですか~。こいつのちんぽこ、ディオローナ様にしか反応しないんだから」
エウフロシュネもグライアに加勢した。
「でも……。み、みんなで使えないなら、逃してしまったほうが」
「だからあ。奴には、魔法が効きづらいっぽいじゃないですか。つまり、記憶も消せないかもってことですよね?」
「それにオレたちに協力してくれるよう、うまいこと説得するのも、長の仕事じゃないんですかね?」
「……でも、やだ………」
二対一で説き伏せようとしても、ディオローナはなかなかうんと言わない。そんな彼女の肩を、グライアはぐっと掴んだ。
「オレの目を、誤魔化せると思わないでください。――あんた、限界でしょ? もう何年も、食事をしていないんだから」
「……………………」
ディオローナは唇を噛み、うつむいてしまう。これで話は終わりだとばかりに、グライアは苦笑しながら、ディオローナの肩をぱんと叩いた。
「んじゃ、よろしく」
「メグちゃん! ディオローナ様に粗相したら、この鳥はフライドチキンにしちゃうからね!」
ボンボアにとっては恐ろしい脅し文句を残して、グライアたち姉妹は鳥かごを提げ、退室した。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。


地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

恋愛四季折々
奔埜しおり
恋愛
高校生八人の、四季折々の切なくて甘い恋愛模様。
転校生、鳴海瞬に惹かれていく長谷川灯香。(春→冬)
文化祭の準備で、ずっと気になっていた先輩、佐々木秀との距離を縮めようと頑張る神崎綾香。(夏→秋)
幼馴染の加藤明の恋を応援し続ける、前林菜摘。(秋→夏)
大っ嫌いな相葉歩幸の勉強を見ることになった片桐遥香。(冬→春)
カクヨムさんに掲載していた物を加筆修正して掲載しております。
1/29第一話を公開後、2/1~2/20まで毎日更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる