潔癖淫魔と煩悩僧侶

犬噛 クロ

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第一話 始点にして終点

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 その教えを信じ、奉る者の数は、全世界でおおよそ七万人ほど。
「ジグ・ニャギ」教。愛と平和を司る女神ニャーギを唯一神として祀る、他に比べればまだ若い宗教だ。
 信者数こそ少ないジグ・ニャギ教であるが、知名度は近年、ぐんぐん上がってきている。理由として考えられるのは、その「ゆるさ」にあるだろう。
 ただの信者が守るべき戒律は皆無。好きなときに信じて、好きなときに祈ればいい。
 そのガバガバなポリシーが、日々の生活に忙しく、誘惑の多い世に生きる者たちに支持されているのだ。
 このように、一般人に向けては間口の広い宗教であるジグ・ニャギ教であるが、ただし、信徒たちを導く立場にある僧侶たちには、厳しい修行が課せられている。礼儀作法はもちろん、学者並みの知識、兵士並みの体力を身につけ、そのうえ類まれな精神力を持つ者だけが、ジグ・ニャギ教の僧侶として認められるのだ。
 ここまで厳密な条件は、他教の聖職者にはあまり見られない。
 なぜ、こうも高い資質を求めるのか。それはジグ・ニャギ教僧侶が、布教や祭祀以外のとある職務を担うからだ。
 それは――。








 室内には、なんとも言えない空気が充満していた。
 怒りと失望の表情を浮かべている女二人の足元で、縛られたままのメグラーダ・フィランスが、しくしくと泣いている。

「え、えーと」

 いったいなにがあったのか。
 どう声をかけたらいいのか、ディオローナは迷った。そんな彼女の元から、フクロウのボンボアは我関せずとばかりに飛び立ち、天井の梁へ移った。

「ひどい、こんなの……。僕もう、お婿にいけない……」

 服は乱れ、ところどころ肌もあらわに、メグはさめざめと訴えた。

「鬱陶しいな! 結局ヤッてねえんだから、グチグチ言うな!」

 グライアがポカッとメグの頭を叩く。

「なにか不備でもあったのか?」

 首をかしげるディオローナに、エウフロシュネがぷんぷん怒りながら捲し立てた。

「聞いてくださいよ、ディオローナ様! こいつ、勃たなかったんです! 手でも口でもしてやったのに、ぴくりともしません!」
「え?」

 ディオローナがグライアに目をやると、彼女もこっくりと頷いた。どうやら、そのとおりらしい。

「そうか……。まだ若いのに、哀れなことだ」
「新鮮なのが手に入ったと思ったんだがなあ」
「もー! 大サービスしてやったのに~!」

 女たちが三者三様の所感を述べていると、メグが急に笑い出した。

「ふっふっふっ! 愚かですね!」

 不敵な笑みを浮かべていても――。メグの下半身はズボンと下着を膝まで下げられ、つまり股間が「もろだし」の状態だ。迫力やら威厳やら、その他色々足りていない。

「これも我が修行の成果! 我が神ニャーギ様の奇跡! ただの美青年と侮るなかれ! 僕こそはジグ・ニャギ教僧の中でも、上位わずかにのみ名乗ることを許される、遊伝僧なるぞ!」

 得意げな自己紹介に水を差すように、グライアは冷たく吐き捨てた。

「ジグ・ニャギ? 知らんな」
「そっ、それは……! うちはまだちょっと、メジャーになりきれてないっていうか! あ、有名になっても、インディーズの良さは持ち続けていきたいねって、言ってるんですけど……!」
「弱小チームもいいとこなのに、上位わずかにのみ~! じゃじゃーん! とか言われましてもねえ」

 エウフロシュネに交ぜっ返されて、メグはうぐぐと悔しそうにほぞを噛んだ。

「メグラーダ・フィランス。お前、なにが言いたい? つまり、その……。お前の男性器が反応しないのは、お前がジグ・ニャギ教? とやらの僧侶であることに、なにか関係しているのか?」

 ディオローナが咳払いをしてから尋ねると、よくぞ聞いてくれたとばかりに、メグは調子を取り戻した。

「そのとおり! ジグ・ニャギ教の僧侶は修行において、徹底的に精神力を磨くのです!」
「だから色欲に抗えると? 勃起をコントロールできるってか? ハッ! 信じられねーな」
「――そのとおり。あなた方に憑いている、禍々しいある種の魔力……。僕にはこれっぽっちも効かないと、申し上げておきましょう」

 それこそが最も重要なことであるとでも言いたげに、メグはニヤッと笑った。

「……!」

 最初鼻で笑っていたグライアは、メグの説明を聞き、遂に真顔になった。
 形勢逆転だろうか。
 メグラーダ・フィランスは、ディオローナを睨め上げた。
 メグの強気な態度からは、自信が見て取れた。確かに彼には、エウフロシュネたちの誘惑に負けなかったという実績もある。

「ディオローナ様……」

 グライアとエウフロシュネは困ったようにディオローナを仰ぎ、判断を委ねた。

「――仕方ない」

 ディオローナは、小さくため息をついた。

「この者を解放しよう。タレイアを呼んできてくれるか」
「しかしこいつの抗魔力が強いなら、記憶喪失の魔法をかけても、すぐに解けてしまうのでは……」
「うん……。そのへんのことも、相談しなくてはな……」

 真面目に話し合う長と姉の前で、エウフロシュネは立てた中指をへこへこ動かした。

「私に任せてくれれば、ガチガチにできるかもよ~? 勃たせる方法なんていくらでもあるし」
「うーん……」

 女たちの物騒な会話を聞いて、メグは涙目で抗議した。

「やめてえ! 童貞を失う前に、処女じゃなくなるのは嫌ですッ!」
「まあ、確かになあ……。変な性癖をつけたら、結局使いものにならないかもしれないし……」

 では、どうしようか。
 思案しながら、ディオローナはメグの前に跪いた。そして脱がされかけていた彼の衣服を、もとに戻してやろうとする。フルチンじゃあまりにあんまりだし、そもそもそんなもの、あまり見たくないし……と。
 ディオローナの指先が、意図せずメグのペニスに当たる。
 すると――。

「あんっ……」

 気色の悪い声と共に、メグの股間に住まう芋虫がむっくり起き上がった。

「ん?」

 急速に大きく育っていくそれを、ディオローナは無造作に掴んだ。

「いだだだっ……! 乱暴にしないで! デリケートなんですから!」

 メグの抗議に構わず、ディオローナは棒状のそれを握り、淡々と観察した。

「……勃つじゃないか」

 ディオローナの手の中で、メグの陰茎は今や硬く張り詰めている。これなら十分、使用に耐えるだろう。

「ええっ!? さっきは本当に、ちょこっとも反応しなかったんだぜ!?」
「なーにィー!? 単に、より好みしてたの!? こいつー! ムカつくー!」

 エウフロシュネは怒り狂い、メグの頭をぽかぽか叩いた。

「痛っ! あっ、あっ、ディオローナさん、もういじらないで! らめっ!」
「うーん……?」

 ディオローナは腑に落ちない顔をして立ち上がると、スカートの裾をぱんぱんと叩いた。

「まあ、ともかく……。使えるようなら、良かった。じゃあ、あとは頼んだぞ」

 そう言ってディオローナが去ろうとすると、メグの陰茎は硬度を失い、しゅんと項垂れてしまった。

「正直過ぎるぞ~~~~! メグちゃんったらああああ!」

 顔は笑いながら、叩く手にはかなり力を込めて、エウフロシュネはメグの頭を叩いた。「やめてやめて」とメグが叫ぶと、相棒のピンチとばかりに、ボンボアが天井から降ってくる。
 ――はっきり言って、めちゃくちゃだ。

「痛い! もう! あんたのご主人様が悪いんだからねッ!?」
「ええ!? 僕、なにも悪くないですよね!?」

 これまでのことを振り返るに――。卑怯な罠により拉致された挙げ句、縛り上げられ、性的な加虐を加えられている。
 メグからすれば、彼は百%の被害者である。

「こいつの体のことは、よく分かんねーけど……。こうなったら、しょーがねえなあ」

 グライアはテーブルに置いてあった、大きな鳥かごを取りに行った。ディオローナたちが散歩に行っている間に用意したらしいそれを構え、妹に合図する。

「エウフロシュネ!」
「おっけー!」

 グライアが合図すると、エウフロシュネはすんなりボンボアを捕まえ、鳥かごに押し込んでしまった。

「まったくもー! 女の子に乱暴するなんて、悪い子! そこで反省してなさい!」

 ディオローナと同じく、エウフロシュネもグライアも鳥獣の扱いには慣れているようで、ボンボアは傷ひとつ負っていない。しかし悔しいのか、ボンボアは鳥かごの中で耳を立て、唸っている。

「んじゃ、あとはよろしくお願いします、ディオローナ様」

 ディオローナの先ほどのセリフを、今度はグライアが、当のディオローナに返した。

「えっ、やだ……」

 しかしディオローナは駄々っ子のような顔をして、つい本音を漏らしてしまう。

「だって、しょうがないじゃないですか~。こいつのちんぽこ、ディオローナ様にしか反応しないんだから」

 エウフロシュネもグライアに加勢した。

「でも……。み、みんなで使えないなら、逃してしまったほうが」
「だからあ。奴には、魔法が効きづらいっぽいじゃないですか。つまり、記憶も消せないかもってことですよね?」
「それにオレたちに協力してくれるよう、うまいこと説得するのも、長の仕事じゃないんですかね?」
「……でも、やだ………」

 二対一で説き伏せようとしても、ディオローナはなかなかうんと言わない。そんな彼女の肩を、グライアはぐっと掴んだ。

「オレの目を、誤魔化せると思わないでください。――あんた、限界でしょ? もう何年も、食事をしていないんだから」
「……………………」

 ディオローナは唇を噛み、うつむいてしまう。これで話は終わりだとばかりに、グライアは苦笑しながら、ディオローナの肩をぱんと叩いた。

「んじゃ、よろしく」
「メグちゃん! ディオローナ様に粗相したら、この鳥はフライドチキンにしちゃうからね!」

 ボンボアにとっては恐ろしい脅し文句を残して、グライアたち姉妹は鳥かごを提げ、退室した。

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