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第一話 始点にして終点
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不誠実な男だと思われたくないのだ。
――もっとも黒髪の女は、メグへの関心をとうに失っているらしく、ちらとも彼のほうなど見ていないのだが。
ともかく、相棒の危機。それを感じ取ったフクロウが、天井から急降下してくる。
「きゃっ!? なにこいつ、急に!」
「ボンボア!? いたの!?」
メグはボンボアがいたことに全く気づいていなかった。
どうやらボンボアは気配を消し、天井の梁にて様子を伺っていたらしい。
「いったあ! なにすんのよ! このバカフクロウ!」
ボンボアはギャアギャアと威嚇の声を上げながら、エウフロシュネを爪で攻撃し始めた。
「やっぱこのフクロウ、お前のツレだったんだな。気を失ってるお前の側にずーっとついていたから、一緒に運んできたんだけど。――よしよし、どうしたー? ずっといい子にしてただろー? 静かにしろー?」
「やめてよ! 痛いってば! 焼き鳥にしちゃうわよ!」
怒れるフクロウを、グライアはのんびりと宥め、エウフロシュネは怒鳴りながら応戦する。
今のところ、ボンボアが優勢のようだが、しかしケガでもしたら可哀想だ。止めなければ。
「ボンボア!」
メグは相棒の名を呼び、ふと視線を動かした。すると、さっさと出ていこうとしていたあの黒髪の女が振り返り、ボンボアを凝視しているではないか。
「フクロウか……」
大人びた顔だちをして、態度も堂々と落ち着いていたから、メグは黒髪の女の年齢を、二十代後半くらいだろうと見積もっていた。
しかし紫の瞳を輝かせた今の彼女は、まるで少女のようだ。
「おいで……」
黒髪の女は、ボンボアに腕を差し出した。
興奮状態のボンボアは、新たな敵に向かって、襲いかかり――。
しかし黒髪の女と目が合った瞬間、ボンボアは雷に打たれたかのように硬直し、そのままひょろひょろと床に落ちたのだった。
「ぼっ、ボンボアーーー!」
メグが絶叫すると、ボンボアはすぐに床の上で、ハッと我に返った。その場をぴょんとジャンプし、そして、ちゃっかり黒髪の女の腕へ留まった。
「えっ……」
メグは呆然と、自分の相棒と黒髪の女を眺めた。
「ふふ、可愛いな……。お前、ボンボアっていうのか?」
「くー」と、ボンボアは甘ったるく鳴いている。黒髪の女が顔の周りや胸元を撫でてやると、ボンボアは嫌がるどころか、嬉しそうに身を捩った。
「!!!!」
あのフクロウとは、雛から育ててもう五年、一緒にいるのだが……。メグはボンボアが他人、いや世話をしている自分にすら、あんな風に媚びる姿など、今まで見たことがなかった。
「ボンボア……。お前が女好きなのは知ってたけど……。あの人にあんなに甘えて……! 許せん!」
メグは怒りに肩を震わせている。――ともかくこれで、彼は孤立無援になったわけだ。
「ボンボア。お前のご主人様は、これから大事な仕事があるんだ。終わるまで、私と一緒に遊ぼう」
黒髪の女がそう言うと、ボンボアは了解とばかりに、再び「くー」と鳴いた。
「あ、そうそう。いきなり激しくして、壊してしまってはダメだぞ、エウフロシュネ。みんなで仲良く使うんだからな」
黒髪の女の忠告に、エウフロシュネは「ハーイ」と軽く返事をした。
「待ってください! あ、あなたのお名前は!? 僕はあなたの名前が聞きたかったんです!」
メグが慌てて問いかけると、黒髪の女は唇だけで微笑んだ。――ボンボアに向ける笑顔とは異なる、人形のような、作られた笑みだった。
「ディオローナだ。この集落の長をしている。これからよろしくな、メグラーダ・フィランス」
ディオローナ。
メグがその名を噛み締めている間に、ディオローナはボンボアを伴い、今度こそ本当に部屋を出て行ってしまった。
「あ、あ……。ディオローナ……」
追いすがりたくても、あちこち縛られた体では叶わない。それでも妖艶な美姫の消えた先を、メグは健気に目で追った。そんな彼の視界を、邪な笑みを浮かべた女二人が、仁王立ちになって塞ぐ。
「どうせこいつ、童貞だろ。オレ、初物はあんまり好きじゃねーから、一発目はエウフロシュネに譲るよ」
「えー、チェリ男って美味しいのにィ。んじゃ、ありがたくいただくね、お姉!」
伸びてくるエウフロシュネの腕は、細く華奢であったが――。彼女のそれには、相棒のものよりもっと鋭い鉤爪がついているように、メグには見えた。
「いっ、イヤアアアアアア! ママあ! パパあ! キャサロッサ寺院長~~!」
じりじりと、メグは尻を使って後ずさりする。
「あはははは! もっと泣けばいいわ! 誰も助けになんか来ないんだから!」
「ノリノリだなあ、エウフロシュネ……」
室内には、絹を裂いたような悲鳴と、哄笑が響く――。
大きな翼を一直線に広げ、ボンボアは空を飛んだ。突如地面に降り立ったかと思うと、辺りをつつく。丸々と太った虫を咥えて、再び大地から離れると、近くの切り株に座っていたディオローナの腕に掴まり、羽を休めた。
「ふふ、美味しいか?」
もぐもぐ口を動かし、芋虫を飲み込んでいくボンボアに、ディオローナは微笑みかけた。
「私も昔、フクロウを飼っていたことがあってな。とても賢くて、強い子だった」
思い出話に嫉妬したのか、ボンボアが不満そうに鳴く。ディオローナは苦笑しながら付け加えた。
「ああ、ボンボア。お前もその子に負けず劣らず、いい子だよ」
ボンボアを肩に乗せて、ディオローナは歩き出した。
彼女らが散歩しているのは、メグラーダ・フィランスが監禁されている小屋から、北に五百mほどのところだ。
辺りには草原が広がっている。
「ご主人様と一緒に、お前にも長逗留してもらうことになるだろうから……。気に入ってもらえるといいのだが。虫もいっぱいいるし、ネズミやウサギの巣もあるし、それからもうちょっと行くと、キツネやイタチも……」
案内を中断し、ディオローナは立ち止まった。彼女たちの先を、行く者がいる。
子供ほどの背丈のその人は、頭からくるぶしまでを隠すように、真っ黒なローブを着込んでいた。フラフラとおぼつかない足取りで、奥の森へ消えていく。草原を背に歩いているから、ディオローナたちに気づくことはなかった。
「タレイア……」
小さく名を呼んで、しかしディオローナはその誰かに、声を掛けることはしなかった。しばらくそこに佇み、踵を返す。
「そろそろ一時間ほど経つし、終わっている頃だろう。戻ろうか、ボンボア」
気を取り直すように明るく笑って、ディオローナはボンボアと小屋へ戻った。
――もっとも黒髪の女は、メグへの関心をとうに失っているらしく、ちらとも彼のほうなど見ていないのだが。
ともかく、相棒の危機。それを感じ取ったフクロウが、天井から急降下してくる。
「きゃっ!? なにこいつ、急に!」
「ボンボア!? いたの!?」
メグはボンボアがいたことに全く気づいていなかった。
どうやらボンボアは気配を消し、天井の梁にて様子を伺っていたらしい。
「いったあ! なにすんのよ! このバカフクロウ!」
ボンボアはギャアギャアと威嚇の声を上げながら、エウフロシュネを爪で攻撃し始めた。
「やっぱこのフクロウ、お前のツレだったんだな。気を失ってるお前の側にずーっとついていたから、一緒に運んできたんだけど。――よしよし、どうしたー? ずっといい子にしてただろー? 静かにしろー?」
「やめてよ! 痛いってば! 焼き鳥にしちゃうわよ!」
怒れるフクロウを、グライアはのんびりと宥め、エウフロシュネは怒鳴りながら応戦する。
今のところ、ボンボアが優勢のようだが、しかしケガでもしたら可哀想だ。止めなければ。
「ボンボア!」
メグは相棒の名を呼び、ふと視線を動かした。すると、さっさと出ていこうとしていたあの黒髪の女が振り返り、ボンボアを凝視しているではないか。
「フクロウか……」
大人びた顔だちをして、態度も堂々と落ち着いていたから、メグは黒髪の女の年齢を、二十代後半くらいだろうと見積もっていた。
しかし紫の瞳を輝かせた今の彼女は、まるで少女のようだ。
「おいで……」
黒髪の女は、ボンボアに腕を差し出した。
興奮状態のボンボアは、新たな敵に向かって、襲いかかり――。
しかし黒髪の女と目が合った瞬間、ボンボアは雷に打たれたかのように硬直し、そのままひょろひょろと床に落ちたのだった。
「ぼっ、ボンボアーーー!」
メグが絶叫すると、ボンボアはすぐに床の上で、ハッと我に返った。その場をぴょんとジャンプし、そして、ちゃっかり黒髪の女の腕へ留まった。
「えっ……」
メグは呆然と、自分の相棒と黒髪の女を眺めた。
「ふふ、可愛いな……。お前、ボンボアっていうのか?」
「くー」と、ボンボアは甘ったるく鳴いている。黒髪の女が顔の周りや胸元を撫でてやると、ボンボアは嫌がるどころか、嬉しそうに身を捩った。
「!!!!」
あのフクロウとは、雛から育ててもう五年、一緒にいるのだが……。メグはボンボアが他人、いや世話をしている自分にすら、あんな風に媚びる姿など、今まで見たことがなかった。
「ボンボア……。お前が女好きなのは知ってたけど……。あの人にあんなに甘えて……! 許せん!」
メグは怒りに肩を震わせている。――ともかくこれで、彼は孤立無援になったわけだ。
「ボンボア。お前のご主人様は、これから大事な仕事があるんだ。終わるまで、私と一緒に遊ぼう」
黒髪の女がそう言うと、ボンボアは了解とばかりに、再び「くー」と鳴いた。
「あ、そうそう。いきなり激しくして、壊してしまってはダメだぞ、エウフロシュネ。みんなで仲良く使うんだからな」
黒髪の女の忠告に、エウフロシュネは「ハーイ」と軽く返事をした。
「待ってください! あ、あなたのお名前は!? 僕はあなたの名前が聞きたかったんです!」
メグが慌てて問いかけると、黒髪の女は唇だけで微笑んだ。――ボンボアに向ける笑顔とは異なる、人形のような、作られた笑みだった。
「ディオローナだ。この集落の長をしている。これからよろしくな、メグラーダ・フィランス」
ディオローナ。
メグがその名を噛み締めている間に、ディオローナはボンボアを伴い、今度こそ本当に部屋を出て行ってしまった。
「あ、あ……。ディオローナ……」
追いすがりたくても、あちこち縛られた体では叶わない。それでも妖艶な美姫の消えた先を、メグは健気に目で追った。そんな彼の視界を、邪な笑みを浮かべた女二人が、仁王立ちになって塞ぐ。
「どうせこいつ、童貞だろ。オレ、初物はあんまり好きじゃねーから、一発目はエウフロシュネに譲るよ」
「えー、チェリ男って美味しいのにィ。んじゃ、ありがたくいただくね、お姉!」
伸びてくるエウフロシュネの腕は、細く華奢であったが――。彼女のそれには、相棒のものよりもっと鋭い鉤爪がついているように、メグには見えた。
「いっ、イヤアアアアアア! ママあ! パパあ! キャサロッサ寺院長~~!」
じりじりと、メグは尻を使って後ずさりする。
「あはははは! もっと泣けばいいわ! 誰も助けになんか来ないんだから!」
「ノリノリだなあ、エウフロシュネ……」
室内には、絹を裂いたような悲鳴と、哄笑が響く――。
大きな翼を一直線に広げ、ボンボアは空を飛んだ。突如地面に降り立ったかと思うと、辺りをつつく。丸々と太った虫を咥えて、再び大地から離れると、近くの切り株に座っていたディオローナの腕に掴まり、羽を休めた。
「ふふ、美味しいか?」
もぐもぐ口を動かし、芋虫を飲み込んでいくボンボアに、ディオローナは微笑みかけた。
「私も昔、フクロウを飼っていたことがあってな。とても賢くて、強い子だった」
思い出話に嫉妬したのか、ボンボアが不満そうに鳴く。ディオローナは苦笑しながら付け加えた。
「ああ、ボンボア。お前もその子に負けず劣らず、いい子だよ」
ボンボアを肩に乗せて、ディオローナは歩き出した。
彼女らが散歩しているのは、メグラーダ・フィランスが監禁されている小屋から、北に五百mほどのところだ。
辺りには草原が広がっている。
「ご主人様と一緒に、お前にも長逗留してもらうことになるだろうから……。気に入ってもらえるといいのだが。虫もいっぱいいるし、ネズミやウサギの巣もあるし、それからもうちょっと行くと、キツネやイタチも……」
案内を中断し、ディオローナは立ち止まった。彼女たちの先を、行く者がいる。
子供ほどの背丈のその人は、頭からくるぶしまでを隠すように、真っ黒なローブを着込んでいた。フラフラとおぼつかない足取りで、奥の森へ消えていく。草原を背に歩いているから、ディオローナたちに気づくことはなかった。
「タレイア……」
小さく名を呼んで、しかしディオローナはその誰かに、声を掛けることはしなかった。しばらくそこに佇み、踵を返す。
「そろそろ一時間ほど経つし、終わっている頃だろう。戻ろうか、ボンボア」
気を取り直すように明るく笑って、ディオローナはボンボアと小屋へ戻った。
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