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7.
しおりを挟むいきり立った太い杭を、一息に打ち込まれたようなものだ。雄の侵入に不慣れな、狭小な腟道を目一杯広げられて、ひたすら苦しい――。
瑠璃は声も出せず、凛太郎の上半身にしなだれかかり、しがみついた。
「痛い?」
「んっ……」
痛みらしい痛みはひとときだけで、その後は繋がった箇所がズキズキ疼いている。
それよりも――。
「ごめんねぇ? 俺ばっかり気持ち良くて」
「……………」
その呑気な言い草に腹が立つ。瑠璃は凛太郎の頬を、ぎゅっと強くつねった。
「いてて。ごめんなさい」
口でこそ謝るが、本気で反省しているのか疑わしいものだ。憎々しげに瑠璃が凛太郎を睨みつけていると、不意に部屋の扉が開いた。
「瑠璃様。ホースガ、完成シマシタ」
なんというタイミングなのか。メアリーが改良したホースを手に現れた。
「めっ、メアリー!? 違うの! これは……!」
「……………………」
再登場したメアリーは、リクライニングチェアでくんずほぐれつ重なり合っている主人を、じっと一心に見詰めている。
瑠璃はなんとか言い訳を捻り出そうとするが、驚きのあまり、うまいことが言えない。
――しばし、沈黙の時が流れる。
やがてマネキン人形さながらの、メアリーの窪んだ眼窩に、ポッと光が灯った。
「録画致シマス」
「しなくていい!」
「うわー、懐かしいね! そのノリ」
ジーッと何かの作動音を響かせながら、メアリーは淡々と告げた。
「シカシ、コレハ瑠璃様ノ初メテノ交合デ、ゴザイマス。シカト、記録ニ残サネバ。ナニシロ記念スベキ、初メテ、ナノデゴザイマスカラ。初メテノ」
「初めて初めて連呼しなくていいから!」
恥ずかしくて確かめられないが、すぐそばで凛太郎がニヤニヤ笑っているのが分かる。そのにやけ面を見ないようにして、瑠璃は腕をぶんぶん振り上げた。
「と、ともかく! ホースを置いて、出て行って! あとは私がやるから!」
「カシコマリマシタ」
一本調子の合成音声で返事をすると、メアリーは踵を返した。その後ろ姿に、凛太郎が声をかける。
「あ、待って、メアリーさん。そろそろ縄をほどいてくれないかな」
「はあ?」
瑠璃は失笑した。
凛太郎は分かっていないのだ。メアリーは自分の言うことしか聞かない。そういう風にプログラムされているのだから――。
「ハイ、凛太郎様」
「!?」
しかしメアリーは凛太郎の命令にあっさり従い、二人の元へ戻ってきた。
「ちょ、メアリー! あなた、何やってるの!」
動揺する瑠璃の傍らで、メアリーは凛太郎を戒めていたロープを、凄まじい力でブチブチと千切った。十万馬力とはいかないだろうが、さすが科学の子である。
「ありがとう、メアリーさん」
凛太郎は自由になった手首を軽くさすりながら、礼を言った。
「ドウイタシマシテ」
なんてことはないという風にメアリーは応じると、今度こそ退室するために扉へ向かった。そして外へ出る間際、振り返り、二人に向かって親指を立てる。
「ソレデハ、ゴユックリ」
「YES! ありがとねー」
凛太郎も親指を立てて見せる。
瑠璃だけがこの一連の展開についていけず、ただただ呆然と静かに閉まった扉を眺めるしかなかった。
唯一の味方であるメアリーにも裏切られた。……裏切られたのだろうか?
何がどうしてこうなったんだろう。
混乱する瑠璃の頭の中で、ロボットが、犬が、初恋の人が、笑う。
メアリー、豆太、凛太郎。皆の笑顔がぐるぐる回って――。
「よいしょ」
「!?」
凛太郎は動かせるようになった手を、茫然自失となった瑠璃の尻に回し、抱えて立ち上がった。素早く体を反転させ、リクライニングチェアの上に彼女を転がす。
凛太郎が上で、瑠璃が下。二人の位置は入れ替わった。
「な、なに……っ、なんで……!?」
「メアリーさんのこと、不思議そうだね」
額と額をつけて凛太郎は、仰天のあまりまん丸になった瑠璃の瞳を覗き込んだ。
「君と、同じことをしていただけだよ」
「……!」
瑠璃の顔が引き攣る。彼女の表情の変化をひとつひとつ楽しむように――嬲るように、凛太郎はゆっくり言葉を紡いだ。
「中学を卒業してからそれっきりだと思ってたけど、瑠璃ちゃんは俺の家に来てくれてたんだってね? 毎日だっけ?」
「!」
どうして知っているんだろう。絶対に気づかれないよう、重々注意していたはずなのに。
瑠璃は凛太郎からぷいっと目を逸した。
「ま、毎日じゃないよ! 週にたった五日か六日くらい……」
「そうなんだ」と生暖かく微笑む凛太郎の前で、瑠璃は居心地が悪そうにもじもじと身動ぎした。彼を受け入れた下腹部はまだチクチク痛むが、段々気にならなくなっている。
中学を卒業後、別々の高校へ通うようになってからも、瑠璃は梅田 凛太郎のことが忘れられなかった。
瑠璃にとって凛太郎は、孤立していた自分を皆に引き入れてくれたヒーローであり、初恋の相手でもあった。
会いたい気持ちを抑えきれず、だから暇さえあれば、彼の生家へと足を運んだ。
本当は思いの丈を伝えたかったのだが、プライドが邪魔をして、どうしても言えなかった。
凛太郎の住まいを眺めては、ただ帰ってくる日々。――はっきり言って、ストーカー一歩手前、いや、アウトかもしれない。
そして瑠璃は、凛太郎たち家族が、犬を飼い始めた当時のこともよく覚えている。
一家の寵愛を受けてすくすく育つ、茶色い毛並みの素朴な雑種犬。名を「豆太」というその犬は、人見知りしないタチだったのだろう。どう見ても不審者の瑠璃にすら懐き、彼女が梅田家をこっそり訪ねるたび、いつだって門から顔を出し、歓迎してくれた。
なんら警戒せず、無邪気に尻尾など振られれば、こちらだってほだされる。瑠璃もおやつをあげたりして、こうして少女と犬の結びつきは、日に日に強くなっていった。
だから、一年前のあの日も――。
「散歩中の豆太は君を見つけて、公園を飛び出し、そこで車に轢かれた。だから君は『私のせいだ』と、自分を責めたんだ」
「っ……!?」
自らの推理を披露しながらも、凛太郎はすんなりと細い瑠璃の足を、リクライニングチェアの左右の肘置きにそれぞれ置いた。そして大きく開かせた足の間に収まり、ねちねちと動く。ついさっきまで清らかな少女だった瑠璃を気遣っているのか、それとも単にじっくり味わいたいのか――。
彼の口元に浮かんだ笑みの、歪さからすると、後者のようである。
「んっ、ん……。そう、だよ……!」
半ば自暴自棄になりながら、瑠璃は肯定する。
本当はずっと前から、全てを話して、謝りたかった。だから今は、少しだけ爽快な気分だった。
「でも、なんで……っ!」
どうして彼は、その辺の事情を知っているのだろう。まさか豆太が喋ったというわけでもあるまい。
凛太郎は瑠璃の顎を優しく掴み、自分のほうを向かせると、触れるだけの口づけをした。
「あ……っ」
大好きな人との初めてのキス。瑠璃の全身は酒に酔ったかのように、じんわり熱くなった。
つづく
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