4 / 10
3.
しおりを挟む
貝塚 瑠璃が、凛太郎の通っていた中学に転入してきたのは、一年生の夏休み明けのことだった。
「天才少女」と鳴り物入りでやってきた彼女だったが、しかし両親の仕事の都合で諸外国を転々として育ったせいか、はたまた単に元の性格によるものなのか、当初は周囲から浮いてしまっていた。一時はいじめられたりもしたらしい。だがやがて友達もできて、日本での生活に馴染んでいった。
凛太郎も瑠璃とは仲が良いほうで、冗談を言い合ったり、漫画やDVDの貸し借りをしたりと、じゃれ合っていたものだ。
二人の睦まじい関係は、瑠璃が一流私立高校へ、凛太郎が中堅公立高校へと、それぞれ進学するまで続いた。
以降は疎遠になってしまったのだが。
それが、どうして突然――ラチカンキンコウソク。こんなことになってしまったのか。
「豆太……。わけが分からないよ」
リクライニングチェアに体重を預けて、凛太郎はこの場にはいない愛犬に愚痴をこぼした。
ちなみに豆太は、明るい茶色の毛並みをした中型犬だ。人間が大好きで、誰が来ても吠えないから、番犬にはならなかった。
「……………」
「あ、おかえり」
再び扉が開いたかと思うと、瑠璃が戻ってきた。
フラフラと壁に突き進んだ彼女は、立てかけられていたパイプ椅子を運んで、凛太郎の前に腰掛けた。――その足取りにも手つきにも、生気がない。研究への情熱に燃えていた先ほどまでの態度とは、雲泥の差だ。
「あそこ、ちゃんと見てきた?」
「……………」
「ホースは? 改良してくれるの?」
「……………」
「ねえってば!」
黙り込む瑠璃に凛太郎は焦れた。彼にとっては大変重要なことである。
あんな凶器を使われでもしたら、ただの拷問だ。再起不能になってしまうかもしれない。
「今、メアリーが直してる……」
やがてうるさそうに、瑠璃は答えた。顔色が悪く、吐き気でもするのか、手で口を押さえている。体調を崩したのだろうか。
ひとまず、ちんちんの安全は守られそうだ。安堵からか、凛太郎は軽薄に笑った。
「そっかー。君のあそこに似せたホースに、俺はシコシコ抜かれるのかー。なんだか擬似セックスみたいだね」
「せっ……!」
瑠璃は勢い良く椅子から立ち上がったが、ニヤニヤしている凛太郎と目が合うと、決まり悪そうに座り直す。そしてそっぽを向き、ぼそぼそと蚊の泣くような声で尋ねた。
「あれ……。女の子はみんな、あんな風……なの?」
「ん?」
「だから……! 女の子には全員、あんなものがついてるの?」
どうやら瑠璃は自分の性器を初めて目撃して、ショックを受けているらしい。
「あー……」
ぶっちゃけ凛太郎も、女性のアレは美しいものではないと思う。綺麗なもの、可愛いものを好む女性に、よりによってあんなグロテスクなものが備わっているなんて、なんという皮肉だろうか。
ただし、ひたすらいやらしいから、嫌いではないのだが。むしろ大好きである。
「えー? 瑠璃ちゃんのあそこ、そんなに変だったのぉ?」
「……………!」
慰めたりフォローしたりすべきところを、あえてからかうように問うと、瑠璃の顔は歪んだ。
「あー、そうなんだ? ほんとにー? でも、気にすることないよ。形がおかしくても! 色が不気味でも!」
「……っ!」
慰めるていで、いちいち想定できる問題点を挙げ連ねてみれば、その度、瑠璃はビクビク体を震わせる。
「それに大前提として、あんなところ、好きな男にしか見せないでしょ? ね? 好きな男にしか。――その相手が気にしなければ、全然OKじゃん?」
「……………」
そうだ。彼女はいずれ自分の「奇妙な」アレを、よりにもよって、意中の男性に披露しなければならない日がくるのだ。
「瑠璃ちゃん? どうしたの?」
「……………」
絶望に陥ったのか、瑠璃はパイプ椅子に座ったまま、頭を抱えている。
――頃合いだ。凛太郎は親切ぶって切り出した。
「そんなに心配なら見てあげようか? 君のあそこが、ほかの女の子と違うかどうか」
「えっ……」
瑠璃は顎を上げると、不埒な提案を持ちかけた凛太郎を凝視した。何度か瞬きをしてから、キッと目尻を吊り上げる。
「なに、その態度……。有識者みたいなこと言っちゃって! 凛くんは女の子のアレ、見まくってるっていうの!?」
「凛くん」。中学時代、瑠璃は自分のことをそう呼んだ。
懐かしくなって、凛太郎は微笑んだ。
「そりゃ俺は、はっきり言ってスケベだからね。エッチな動画とかネットとか見まくってるし。だからよく知ってるよ」
焦点をずらして肯定すると、毒気を抜かれたように瑠璃の目からは怒りが消えて、その代わりに迷いの色が浮かんだ。
「ねえ、ほら……。瑠璃ちゃんのあそこが本当におかしかったら、病院に行ったりしないといけないんじゃない? 赤ちゃんを産むための、大事なところでしょ?」
「赤ちゃん……」
凛太郎の、上辺だけは労りのこもった説得に、瑠璃は覚悟を決めたのか、立ち上がった。
「どうすればいいの……?」
凛太郎は表情を引き締め、なるべく真面目に、なるべく紳士的に見えるよう努めた。
――そう、バリバリ野蛮で下品な下心を悟られてはいけない。
「そうだねえ。スカートと下着を脱いで、その椅子に座り直して」
「う、うん」
瑠璃は躊躇しながらも、凛太郎の指示に従った。ジーンズと下着を脱ぎ、手早く畳んで床に置く。そして裸の股間を恥ずかしそうに手で隠しながら、再びパイプ椅子に腰を下ろした。
そんな彼女からは、ホースなんぞを掲げて、「精子を寄越せ!」と詰め寄った先ほどの強気が、すっかり消え失せている。
――目の前にいるのは、弱き乙女だ。
凛太郎は舌なめずりをした。
「じゃあ、瑠璃ちゃん。足を開いて」
「えっ……」
「ほら、見てあげるから。ね? 開いて」
「……………」
おずおずと、瑠璃は足を開いていく。
「全然見えないよ。もっとガバっと開いて」
とんでもないことを要求しているくせに、凛太郎の声は淡々としている。事務的で、まるで医者のような口調に、瑠璃はますます萎縮してしまった。
自分だけがこんなに緊張しているのか。――それはつまり、自分だけがいやらしいことを考えているのではないか。
「あの……。凛くん……。変なことしないでね……?」
「はは、面白いこと言うね。俺、縛られてるのに、どうやってそんなことができるの?」
凛太郎は肘置きに縄で固定されている手を、おどけるように握って開いて見せた。それもそうかと、瑠璃は思い直す。
――だが世の中には、行動を起こさずとも、他者に危害を加えることができる人間がいるのだ。
声だけで。言葉だけで。
しかし瑠璃は、そのことを知らない。
――いや、本当は、知っていたはずなのに。
「天才少女」と鳴り物入りでやってきた彼女だったが、しかし両親の仕事の都合で諸外国を転々として育ったせいか、はたまた単に元の性格によるものなのか、当初は周囲から浮いてしまっていた。一時はいじめられたりもしたらしい。だがやがて友達もできて、日本での生活に馴染んでいった。
凛太郎も瑠璃とは仲が良いほうで、冗談を言い合ったり、漫画やDVDの貸し借りをしたりと、じゃれ合っていたものだ。
二人の睦まじい関係は、瑠璃が一流私立高校へ、凛太郎が中堅公立高校へと、それぞれ進学するまで続いた。
以降は疎遠になってしまったのだが。
それが、どうして突然――ラチカンキンコウソク。こんなことになってしまったのか。
「豆太……。わけが分からないよ」
リクライニングチェアに体重を預けて、凛太郎はこの場にはいない愛犬に愚痴をこぼした。
ちなみに豆太は、明るい茶色の毛並みをした中型犬だ。人間が大好きで、誰が来ても吠えないから、番犬にはならなかった。
「……………」
「あ、おかえり」
再び扉が開いたかと思うと、瑠璃が戻ってきた。
フラフラと壁に突き進んだ彼女は、立てかけられていたパイプ椅子を運んで、凛太郎の前に腰掛けた。――その足取りにも手つきにも、生気がない。研究への情熱に燃えていた先ほどまでの態度とは、雲泥の差だ。
「あそこ、ちゃんと見てきた?」
「……………」
「ホースは? 改良してくれるの?」
「……………」
「ねえってば!」
黙り込む瑠璃に凛太郎は焦れた。彼にとっては大変重要なことである。
あんな凶器を使われでもしたら、ただの拷問だ。再起不能になってしまうかもしれない。
「今、メアリーが直してる……」
やがてうるさそうに、瑠璃は答えた。顔色が悪く、吐き気でもするのか、手で口を押さえている。体調を崩したのだろうか。
ひとまず、ちんちんの安全は守られそうだ。安堵からか、凛太郎は軽薄に笑った。
「そっかー。君のあそこに似せたホースに、俺はシコシコ抜かれるのかー。なんだか擬似セックスみたいだね」
「せっ……!」
瑠璃は勢い良く椅子から立ち上がったが、ニヤニヤしている凛太郎と目が合うと、決まり悪そうに座り直す。そしてそっぽを向き、ぼそぼそと蚊の泣くような声で尋ねた。
「あれ……。女の子はみんな、あんな風……なの?」
「ん?」
「だから……! 女の子には全員、あんなものがついてるの?」
どうやら瑠璃は自分の性器を初めて目撃して、ショックを受けているらしい。
「あー……」
ぶっちゃけ凛太郎も、女性のアレは美しいものではないと思う。綺麗なもの、可愛いものを好む女性に、よりによってあんなグロテスクなものが備わっているなんて、なんという皮肉だろうか。
ただし、ひたすらいやらしいから、嫌いではないのだが。むしろ大好きである。
「えー? 瑠璃ちゃんのあそこ、そんなに変だったのぉ?」
「……………!」
慰めたりフォローしたりすべきところを、あえてからかうように問うと、瑠璃の顔は歪んだ。
「あー、そうなんだ? ほんとにー? でも、気にすることないよ。形がおかしくても! 色が不気味でも!」
「……っ!」
慰めるていで、いちいち想定できる問題点を挙げ連ねてみれば、その度、瑠璃はビクビク体を震わせる。
「それに大前提として、あんなところ、好きな男にしか見せないでしょ? ね? 好きな男にしか。――その相手が気にしなければ、全然OKじゃん?」
「……………」
そうだ。彼女はいずれ自分の「奇妙な」アレを、よりにもよって、意中の男性に披露しなければならない日がくるのだ。
「瑠璃ちゃん? どうしたの?」
「……………」
絶望に陥ったのか、瑠璃はパイプ椅子に座ったまま、頭を抱えている。
――頃合いだ。凛太郎は親切ぶって切り出した。
「そんなに心配なら見てあげようか? 君のあそこが、ほかの女の子と違うかどうか」
「えっ……」
瑠璃は顎を上げると、不埒な提案を持ちかけた凛太郎を凝視した。何度か瞬きをしてから、キッと目尻を吊り上げる。
「なに、その態度……。有識者みたいなこと言っちゃって! 凛くんは女の子のアレ、見まくってるっていうの!?」
「凛くん」。中学時代、瑠璃は自分のことをそう呼んだ。
懐かしくなって、凛太郎は微笑んだ。
「そりゃ俺は、はっきり言ってスケベだからね。エッチな動画とかネットとか見まくってるし。だからよく知ってるよ」
焦点をずらして肯定すると、毒気を抜かれたように瑠璃の目からは怒りが消えて、その代わりに迷いの色が浮かんだ。
「ねえ、ほら……。瑠璃ちゃんのあそこが本当におかしかったら、病院に行ったりしないといけないんじゃない? 赤ちゃんを産むための、大事なところでしょ?」
「赤ちゃん……」
凛太郎の、上辺だけは労りのこもった説得に、瑠璃は覚悟を決めたのか、立ち上がった。
「どうすればいいの……?」
凛太郎は表情を引き締め、なるべく真面目に、なるべく紳士的に見えるよう努めた。
――そう、バリバリ野蛮で下品な下心を悟られてはいけない。
「そうだねえ。スカートと下着を脱いで、その椅子に座り直して」
「う、うん」
瑠璃は躊躇しながらも、凛太郎の指示に従った。ジーンズと下着を脱ぎ、手早く畳んで床に置く。そして裸の股間を恥ずかしそうに手で隠しながら、再びパイプ椅子に腰を下ろした。
そんな彼女からは、ホースなんぞを掲げて、「精子を寄越せ!」と詰め寄った先ほどの強気が、すっかり消え失せている。
――目の前にいるのは、弱き乙女だ。
凛太郎は舌なめずりをした。
「じゃあ、瑠璃ちゃん。足を開いて」
「えっ……」
「ほら、見てあげるから。ね? 開いて」
「……………」
おずおずと、瑠璃は足を開いていく。
「全然見えないよ。もっとガバっと開いて」
とんでもないことを要求しているくせに、凛太郎の声は淡々としている。事務的で、まるで医者のような口調に、瑠璃はますます萎縮してしまった。
自分だけがこんなに緊張しているのか。――それはつまり、自分だけがいやらしいことを考えているのではないか。
「あの……。凛くん……。変なことしないでね……?」
「はは、面白いこと言うね。俺、縛られてるのに、どうやってそんなことができるの?」
凛太郎は肘置きに縄で固定されている手を、おどけるように握って開いて見せた。それもそうかと、瑠璃は思い直す。
――だが世の中には、行動を起こさずとも、他者に危害を加えることができる人間がいるのだ。
声だけで。言葉だけで。
しかし瑠璃は、そのことを知らない。
――いや、本当は、知っていたはずなのに。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる