勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【203話】  混乱の中のリリア

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村外れでデュラハンに追いつたペコとアリスが馬を止めて様子を見ているとリリアが人込みから出てきた。
リリアは村を背に、ペコ達は村に向かってデュラハンを挟むように対峙。
デュラハンコールが起き、後ろでは関係者がまだ何やら一部もめているようだ。
「リリアは全然人気無いじゃん、気の毒に…」デュラハンコールを聞きながらペコが呟く。
ペコが眺めると自分達の影が夕暮れに薄くなり始め村では火が灯り始めた。
僅かだが今度はリリアの方から影が映り始める。
「リリア、どうするの?」ペコがイヤリングで通信する。
「待ってね、あたしに作戦があるの」短くリリアの通信が入った。
「… リリアの作戦なんてロクなもんじゃないよね」
ペコが苦笑いしながら言うとアリスも何とも言えない表情をかえした。

で、リリアは何やらデュラハンに話しかけている。
ペコ達からは距離があるし、デュラハンコールが巻き起こっているせいでリリアが何を言っているか聞こえないが身振りを見ているとどうやらリリアは「どうぞこちらへ」とデュラハンを村に呼び込んでいる様子だ。

デュラハンは様子を見ている
ペコとアリスはその様子を見ている

リリアは弓をしまうと両手をヒラヒラさせて「あたし武器を所持していません、敵対心ありません」アピールをし、愛想笑いをしながら手招きをしたり「さぁ、どうぞこちらへ」的な事をしてしきりに話しかけている。
「何があたしに作戦があるの!よ」ペコは呆れている。
リリアはデュラハンを村外れからダノン家の前に先導したいようだ。デュラハンさえ倒せればどうでも良いことなのだが、ダノン家の前までは行ってもらわないとリスポーン待ちになったら面倒ごとが増える。
村外れからダノン家といっても村と呼べるような規模でもない、人だかりの後ろに即席の観客席があり、ダノン家が見えている。

「面倒だね、 えい!」
村の前で様子を見るデュラハンを村内追いこもうとペコがファイアーボールを投げつけた。
“バシュ!”
様子を見ていたデュラハンだったがファイアーボールを察知すると斧一振りで火の玉を打ち砕いた。
「やべ、あいつ想像よりも出来るかも」ペコが呟く。
と、デュラハンは我に返ったのか意を決したように村に向かって一気に馬を出した。
「行くわよ!」
アリスが声をかけペコも続いて馬を発進させた。
デュラハンが向かって来たので村では大歓声が上がり、“デュラハン、ナト村にようこそ”と書かれた旗が振られている。
リリアはデュラハンの突然の前進に驚いたらしくすげぇ勢いでコケている。


デュラハンがダノン家の前、特設スタンドの前までやってきた。
観覧者からは歓声とも混乱ともつかないどよめきがあがっている。
馬ごと会場に乗り入ったデュラハンは馬から下りると周囲の人間に斧を振るい始めた。
付近の関係者と観客は逃げ惑う、後方の人間はバトルを見ようと近づこうとする。
デュラハンを中心に人垣の輪が動き回り押し合いへし合いしている。
「いいぞぉ!デュラハン」「勇者をぶったおせぇ!」「デュラハン様ぁ!」とデュラハンを応援する声、「逃げろ、危ない!」「こっちくんな、こっち見んな」「勇者なんとかしろ!」と斧から逃れようとする人の声、「リリア!さっさとやれ!」「おまえの仕事だろ!」「ヘボ勇者!」とリリアをけしかける声が混ざり騒然としている。
リリアも急いで戦闘準備、ペコとアリスも戦闘に入る。

混乱していて弓を使える状態ではない、そもそもゼロ距離で戦わないといけない。
「勇者リリア参上!商人ギルド・リアルゴールと工芸ギルド・ハンズマンの共同開発と無償サポートにより授かった勇者リリアモデル(女性版)のこの剣で成敗してくれる」
リリアはリリアモデルの剣を抜いてキラーン!とさせる。
混乱の中周囲からまばらな拍手が出た。
「勇者殿、演出はいいから早く何とかしてくれ!」委員会から言われる。
「別に演出じゃないわよ、これは呪文みたいなもので宣伝を兼ねてこの文言を唱えながら剣を抜かないといけないようになってるの!リリアだって忙しいのにイチイチ面倒なんだよ!リリアモデルはリアルゴールドとハンズマンから提供してもらっているけどこれだけは不便よね!あ!でも皆、リアルゴールドとハンズマンの技術が詰まったリリアモデルはこの世で最高の一本よ、よろしくね」
リリアは文句を言いながらも体にしみ込んだ宣伝文句を口にしている。
「何でもいい!早くしろ!」関係者は逃げ回っている。

「リリア!やんないなら俺達がやるぞ!」「とっとと終わらせろ!」「早く負けろ!」
リリアがデュラハン退治の責任者にされて不満な冒険者がけしかける。リリアが負けた途端自分達が退治して名を上がる気だ。
リリアが見ると一様ダノン家の前で冒険者達が家族を守るように控えている。
ダノンさん達は玄関先に椅子を並べてけっこう余裕で見物中。
周囲はやんやの歓声。
「勇者殿、デュラハンを追い返せ!」「ここまで来たら戦いを長引かせて掛け金を吊り上げろ」「勇者殿、ピンチの演出頼みますぞ」
未だに勝手な関係者の声。

「リリア、人が多すぎて魔法攻撃どころじゃないわよ!どうにかして!」
ペコとアリスもこの混乱では思うように戦えないようだ。
「皆どいて!危ないって!離れてよ!」
リリアはデュラハンが手当たり次第に斧を振り回す中、必死に人込みを押し下げる。
「わぁ!」
混乱と大騒ぎの群衆に押し返されたリリア、デュラハンの斧が頬をかすめていった。
「もうこんな連中放っておけよ、二、三人首が飛んだら逃げ出すだろ。リリアが危険を冒すことないぞ」ダカットが耳元で言う。
「犠牲を出すわけにはいかないでしょ! 皆下がって! ぅわ!危ないって!」
リリアも必死。

「デュラハン!デュラハン」
デュラハンコールがされ「勇者殿!」と人々が勝手な注文をリリアに押し付け「リリア、早く負けろ!」と冒険者達がけしかける…
リリアへの声援はほとんどない、例のクズ豚チャーシュー野郎くらいか?
“こっちは命がけなのに… 皆勇者をバカにしてない?ってかバカにし過ぎだ!何がデュラハンコールよ、少しは国民生活と財産の保護に命をかけるリリアの身にもなりやがれ!”
だんだん腹立たしくなってきた。
「父さん、母さん… 世の中リリアには理解不能なことで充満しているよ。とにかくデュラハンに一撃食らわせて世の中をあざ笑いながらヴァルキリー神殿に駆け付けるわ。父さん武器を手にするリリアに勇気を、母さん武器を手にするリリアにお許しを… 神よ… リリアの首が胴体から離れませんように」
リリアはペンダントを握りしめる。
「リリア、はやまっちゃだめ!」ペコとアリスが叫ぶ。
「せいやっ!!」
リリアが渾身の力で剣を手にデュラハンに踏み込んだ。

「どぎゅぉ!!」
リリアは凄い声をだして人垣にすっ飛ばされた。
リリアの気配に反応したデュラハンに振り向きざま斧をで薙ぎ払われた。
晴天の霹靂の一合。
“全然物が違う!こんなに強いのこいつ!!”リリアは地面で目を丸くする。
斧を振り回していたデュラハンだったが、“真の敵を見つけたり”的にリリアを認めた。
大歓声の中だったがデュラハンが足を踏み出すと重々しい鎧の音がはっきりとリリアの耳に届いた。
リリアは地面でなすすべが無かった。剣も飛ばされている。そもそも体も動かない。
デュラハンは右手で大きな斧を振り上げる。
左手には自らの首…
圧倒的力の差だ、リリアにはどうしようもない。
手に下げたご本人と目が合った…
“あたし死ぬのか… 首が無くなるのね… この場合はヴァルキリー神殿に行くのは胴体かな、首かな?それともデュラハンみたいに自分で首を持って行くのかな… 父さん、あたし勇者として出来るとこまでやったよ、誇ってね。母さん、とにかく首を持って行くからこの十年間のリリアのお土産話を聞いてね”
リリアは覚悟した、「出来る事なら一瞬で終わりますように」
黒い鎧を見上げていた。


「リリアが負けたぞ!俺達の出番だ!」
人込みの中に冒険者達がなだれ込んできた…
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