勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【147話】 どちらも権利

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「景色も良いし、少し休憩よ」
峠道に入ってしばらくした。振り返るとなかなか良い眺めだ。リリア達はちょっと休憩。
ホウキのダカットは今朝からしばらくブラックに持たせていたが今はリリアが持っている。
「… なぁ、仲直りしたのに俺を持ってくれないのか?」ブラックに持たせていたダカットが言うのである。
「…?別にリリアが持ってなくたって同じじゃない」リリアが言う。
「… そうだけど… 今までリリアが持ってくれてたから… まだ何か怒ってるのか?」ダカット。
「いや、全然… ま、まぁ、リリアちゃんに持って欲しければそうするよ」
リリアがホウキをブラックからもらう。ホウキが少し安心している感じ。

とにかく休憩中、景色を眺めて水分補給。
「… 先輩、あれ! まずいっすよ!」
叫び声を聞き下の道を見たブラックが指差す。
「うわ!何あれ!何か大きな塊に馬車が襲われている!」
リリアが見ると奴隷を乗せて村を出発した馬車が道で魔物に襲われている。
「ブラック、行くわよ!」「うっす!ガンガン行こうぜっす」
奴隷を乗せているからと言って、見過ごすわけにはいかない。権利は権利、義務は義務だ。
リリア達は峠道を走り下り始めた。


「エンペラーコングじゃない!ブラック、スピードもパワーも折り紙付きよ!」
現場に来てリリアが叫ぶ。
契約マッチ第一戦で戦った相手だ。リリアがぶっ飛ばされて失神しかけたやつだ。何が気に入らないのか山の様に大きな塊のコングが暴れ回っている。
大樹したセコイアを使って匠に木々から飛び移り、馬車の一団を襲っては素早く木々の中に飛び込む。
馬は捻りつぶされたようで、馬車も車輪が壊れ大きく傾いている。護衛も数名戦っている者の、既に地面に倒れ動かない者もいる。
木から飛び降りざまパンチでもされたら即死を免れない。近接武器の護衛は飛び込まれるだけでビビッて逃げ腰になっている。攻撃するとパッと木に飛び上がり木々の中を移動する。魔法による攻撃もなかなか当たらない。

「今は危なくて馬車には近寄れないわね。ブラック、あいつを何とかするわよ。あいつをやっつけたら倒れている人の治癒よ!」リリアが指示を出しながら矢を弓につがえる。
「おっす、やってみるっす」ブラックは杖を手に接近していく。

「………… っぐ…」
弓を構えてコングを狙うが、動きがあまりに不規則で射るタイミングが見つからない。
木々を移動し、攻撃のため馬車付近に飛び降りてくるが、危ないとみるとすぐに飛び上がる。誰か足止めしてくれれば良いが、囮になってもらうわけにもいかない。
何度かタイミングを逃しながらも着地の瞬間を予想してリリアは狙う。
ブラックも下手に近づけずファイアーもアイススリットも当てられない。
“今!”
コングが着地の瞬間に射る。命中!
コングはデカいので一発程度では矢の効果があまり出ない。痛がってますます暴れている。
“次!… 次!”
タイミングを見計らって三発命中。時間かかるがこれを続けていくしかない。

「わ!それだめ!まずい!」
リリアが思わず叫んだ。
興奮したコングが壊れた馬車に一撃!破壊的な音が響き、頑丈な馬車が歪む。奴隷とは言え人が中にいるのだ。
続いてコングが馬車を抱え上げ始めた。
「俺、飛び込むっす!」ブラックが叫ぶ。
「待って!ブラック!危険過ぎる、せめて接近してファイアータワーよ!」
リリアは支持を出しながら素早く矢を取り出す。馬車ごと放り投げられたら中の人が大けがだ。避けるべき事態。

「父さん、武器を手にするリリアに力を、母さん武器を手にするリリアにお許しを、神よリリアに勇気を…」
鼻孔を膨らませて短く空気を吸い込むとリリアは弓を絞る。
倒れている人、逃げ惑う人、ブラックの後ろ姿…
コングが馬車を振り上げ雄叫びを上げている。
矢先はコングの顔… 目…
混乱の声が遠のき、高原を吹き抜けるそよ風が感じられる…
コングが馬車を投げる予備動作に入るのがゆっくりと見える…

「ッは!!」

一矢一閃
リリアの矢はコングの右目を貫いた。
と、同時に馬車が投げ出され、ブラックのファイアータワーがコングを包み込む。
退治は出来なかったもののコングは雄叫びを上げながら山の中に森の奥に逃げ込んでいった。


「ブラック、早く皆の手当てを!確認よ!」
リリア達が現場に走る。助けられる人を助けなければならない。
微動だにしない者、四股が無理な方向を向いているが呻いている者、確認してポーション類を飲ませるか、治癒を開始しなければならない。
「先輩、回復できそうな人から治癒するっす!」
「こっちもポーション有るだけ頂戴。そこの魔法戦士さん、回復できるなら治癒お願い」
お互いに指示を出しながら回復を始めたリリア達。
「ごめんね… がまんよ… 痛いけど、ポーション飲む前になるべく、折れた腕と足を元に近い状態に… ね… 我慢がまん…」
リリアが治療をし始めたら怒鳴りつけられた。
「おまえ達、何やってんだ!奴隷共が逃げ出しているだろ!早く追いかけろ!」
振り向くとどこからか戻って来た、奴隷商が怒鳴っている。
「そっか、奴隷も怪我人がいるよね」リリアが確認する。
「バカめ!怪我人が逃げるか!馬車が壊れて逃げたやつがいるから追っかけろと言ってんだ!」奴隷商が青筋を立てて怒鳴っている。
「ちょっと!邪魔しないでよ!怪我人が大事でしょ!!奴隷がなによ!もともと誰かの所有物でもないでしょ!怪我人が先よ!」リリアが怒鳴り返す。
「そんなもん最低限でいい!ポーションを置いていけ。俺がやっておく!おまえ達動ける者は早く追え!」
「おかしいじゃない、命大事によ!そんなに言うならあなたが追っかけなさいよ! ねぇ… ちょっと待って、皆どこ行くのよ!仲間でしょ!」
リリアは反論するが、雇われている連中は立ち上がる。
「おまえら、早く探し出せ、馬車の中にいる連中も繋ぎ止めなおせ! それからそこの女と男、おまえらも探しにいけ! 国の勇者だろ、国のために働け。ウチのギルドは金で王国に貢献してんだ、ちっとは働けよ!」ぐいぐいとリリアの服を引っ張ってくる。
「やめてよ!治療中よ!リリア達はあんたの手下じゃないから命令される覚えはないわよ」
もめ事になりはじめた。
何だかんだ文句言う奴隷商を尻目に治療をする。
助けられる人を助け、何とかなる程度回復させる。

「もう良いだろ、助かるやつはこれでなんとか回復できる、ダメなものはダメ。教会で蘇生できる者は連れて行く、さぁ逃げた連中を探せ」奴隷商がリリアに迫る。

「確かに…」リリアは周囲を見渡して呟いた。
リリアとブラックで一通り診た。助けられる者はある程度回復に成功した。まだ痛んだり、立ち上がれないだろうが命は助かる。命さえ助かっていればどこかのタイミングで呪文かポーション類で回復が可能だ。助けられなかった者は…
結局今は何もできない。教会で蘇生希望にレ点している者はなるべく早く教会に連れていくべきだが、これもなるべく早くと言ったところ。
一方、賛成できる商売ではないが、合法の商売であり、被害を最小限にとどめる権利が奴隷商にはあり、リリアもその手伝いをする義務があると言わざるを得ない。
リリアがブラックを見ると、ブラックも“できる事はやった”と目が物語っている。

「わかった、ポーション類預けるから、重傷者から優先に回復して… あたしは人探しするから、だけど後輩君は… 彼は公認勇者でもあなたの部下でもないから、奴隷に重傷者がいたらそっちの治癒を優先させる」リリアは立ち上がった。
「俺だってこの商売長い、色々経験している。回復くらいできる。何でもいいから頼むよ勇者殿」舌打ちしながら苦々しい様子だ、リリアの言葉で少し落ち着いたようだ。

「ブラック、お願いね」
リリは言い残すと木々の中に溶け込んでいった。
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