勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【114話】 魔物泣きウサギ

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リリアは何かの気配を感じて夜中目を覚ました…

「… 気のせいだけじゃないな… 何かいるな…」
テントの外の気配を伺う。寝床の中でダガーを握る。
「狼等ではないかな?… 賊等でもなさそうだ…」
知能の低い魔物や獣ならロープにかかり鈴が鳴るはずだ。小動物のような気配だが…
テントの傍に来ているが、草食動物等がうろついているだけだろうか?
いきなりテントに接近したり、襲うような気配とは少し違うようだ。
リリアはダガーをベルトに戻し、枕もとの短剣を抜いた。エクリルは寝息を立てている。

「……………」息を殺しリリアはそっと弓と矢筒を寝床に引き寄せた
小動物がうろついているだけなら良いが…

「えぐ… えぐ… うぅ、ううええええええん… うえええん」
外の闇から響いてきたのは子供の泣き声だ。意外さと不気味さにリリアは心臓が縮こまる思い。
「うえええん、うええええん」泣き声は続く。

「… え!何?」
「シィッ!!」
目を覚ましたエクリルが驚いて声を上げるのをリリアが制す。
「うえええん、うええええん」
「ええぇぇぇぇん… ぅえええぇぇぇん」
泣き声が増えた。エクリルがリリアに肩を寄せ、声を忍ばせて聞く。
「こ、子供が外にいるの?… 何これ夢見ているの?」エクリルの声は震えている。
「リリアも驚いてるよ。子供の泣き声に似てるけどちょっと違うっぽいよ。エクリル、武器を持って」リリアもヒソヒソ声。
山中の闇から響いてくる泣き声は数が増え、距離も近くなってくるようだ。
「……… これ… 泣きウサギの声だ…」
リリア達は顔を見合わせた。

魔物泣きウサギ
村などの生活圏に出没する中でも奇異な魔物だが、その名前と泣き声は有名。
人間の三歳児程度の大きさで、長くバサバサとした体毛で覆われている。ずんぐりむっくりの胴体に短い不格好な手足が生えている。ビーバーと老人を混ぜたような顔。
ウサギとは似ても似つかない中途半端で不気味な容姿だが、移動と肩をすぼめる様に立ち上がって周囲を伺う姿がウサギに似ている。
雑食だが肉を好み、動物の死肉、時には生きた物を襲う。
最大の特徴は泣き声。子供が泣く様な、繁殖期のネコの様な声を発することから泣きウサギと呼ばれている。僅かだが知能がある。普段は臆病で村等、人の多い場所等は避ける傾向にあるので泣き声は有名だが、実際に姿を目撃される事は少ない。
空腹だったり、相手の数が少ないと狂暴になることがある。


「うええん、おなかすいた、 うえええん…」
「おれもすいたぁ…  ええええん…」
かなり距離が近くなっている。異様な声に耳を塞ぎたくなる。
リリアはとっさにテントの入り口を紐で縛り上げた。外の闇で戦うよりテントに侵入してくるやつに対応した方が良いと思ったのだ。
リリアの行動を見てエクリルがテントの反対側を縛る。
「うえええん… たべたい… えええん」
「たべる… たべさせて…  うええぇぇぇん」
「にく… たべるよ… ぅえええぃん」
ロープに付けた鈴がチリチリと一斉になりだした。どうやらテントまで来るようだ。
リリアもエクリルも剣を手に背中を合わせて息を殺す。リリアの背中からエクリルの鼓動が伝わってくる。
「灯りはつけない。下手に飛び出してはダメよ… テントが破かれるようなら、そいつからやるの…」リリアの小さな声。
「リ、リリア、私… 泣きウサギを相手にするの初めて…」エクリルの声は震えている。
「あたしだって… 怖いけど大丈夫、強くはない。最初の一匹を倒せば逃げる… 冷静に…」
リリアだって声を聞いたことはあったが襲われるのは初めてだ。決して強い魔物ではないだろうが、泣き声の異様さに平常心を失う。

「うえええぇぇ… おなかすいたあぁ ええぇぇぇ」
「にく… うえぇえぇん…」
「たべさせて… にくになって… びええぇぇぇん…」
「ひもじい… かぞくのため… ころされてぇ… にくになってぇ…」
「うえぇぇぇん… ごめぇん… いきてぃくためぇ… たべさせてぇ…」
4,5匹だろうか?テントに取り付いたようだ。テントをバリバリとひっかきながら、リリア達に肉片となることを泣きながら懇願してくる。
とても正気の沙汰ではない…
「だめ、おかしくなりそう…」エクリルはガタガタと震えている。
「落ち着いて。相手はしゃべる小動物よ… 最初だけ仕留めたら終わりよ…」リリアの声も震える。

泣きウサギ達が泣き叫びながらテントをひっかく。爪が無いのか力が弱いのかテントを引き裂くほどではないが、泣かれ、懇願され、テントを揺すられ、恐怖の時間が続く。
「リ、リリア、こっち…」
エクリルが言うのでリリアが見ると、出入り口の紐がちぎれ始めたようで、口が少し開き始め、爪でひっかくのが見える。
「しんでよぉ… うええええん… たべさせてよぉ… びええぇぇん」
不気味な声が大きくテント内に満ち始めた。
リリアは自分の入り口を見る。バリバリされているがこっちはまだ大丈夫なようだ。
エクリル側の入り口は徐々に紐が千切られ大きく開きだした。
「くいたんだよ… うええん…」
少しずつ
「おなかすいてるんだ ええええぇん…」
確実に
「いきていくためだよ… びえええぇん…」
口が開き
「ねぇねぇ… しかたないでしょ… うおおぉん…」
手が見え、声がテント内に広がる…

「わぅっぐ… ぅ……… っ…」
エクリルが叫び声を上げかけたのをリリアが必死に抑えた。


「…………………………………………………………………」
一瞬周囲が静寂に包まれた…


「いきるためしかたなよね… っぐば!!  ぎゅえええぇぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇ」
泣きウサギが顔を出した瞬間だった。リリアは飛び上がると出入口から覗くその顔に剣を思いっきり突き立てた。
剣が顔面に刺さり泣きウサギが絶叫するとのエクリルの恐怖の絶叫が同時に響き渡った。
「ぐえぇぇえええぇぇぇ」「ぎゃあああぁぁぁぁ」
何か叫びながら泣きウサギの声が遠ざかっていく。
リリアは素早くテントの口を塞ぐ。エクリルは不気味さに耐えかねて失禁しながら奇妙な絶叫を上げている。

「エクリル、あたしよ!リリアよ!もう大丈夫!しっかりして!」
リリアが気力のポーションと幻想薬を飲ませるとエクリルも落ち着いてきた。
エクリルはガタガタと震えながらリリアに抱き着いて離さない。
リリアが落ち着かせながら多めに幻想薬を飲ませていくとやがて白目をむくように眠りに落ちた。


リリアはエクリルが寝たのを確認すると、手から剣を外してやり着替えさせて寝床に入れてやった。
もう外は完全に静寂だった。
リリアはテント内の掃除をするとエクリルの様子をみながら朝日を迎えた。
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