勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【88.5話】 泣き虫勇者とロガルドさん

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「ゴガアアァァァァ… にんげん… にく… だ… めし…」
マンティコアが鳴く…
日がちょうど山陰に入ったのか、辺りは影が多く遠くの峰が明るいばかり。

もう、覚悟するしかないようだ。サイズ、気配、動き、佇まい、どれをとっても勝ち目はないのが直ぐに理解できた。
“口をきけるのか… 人の顔してるんだからそんなものか…”
「ゆ、勇者リリアよ… 口がきけるのね。も、申し訳ないけど、これだけ世に恐怖と混乱を与え、人命を殺めたのだから…」
「アァァァ… ゆうしゃ… にんげんだ… にく…」
低く喉を鳴らし悠然とゆっくりと歩む動作は余裕と風格さえ感じる。悠然とする魔物マンティコアとビビッて震える勇者リリア。

“やり難いなぁ”とてつもなく残忍な魔物のくせに顔が人だってだけで凄くやり難さを感じる。
しかし、情に流されている場合ではない。ただでさえ勝ち目が無い相手だ。
「ごめんなさい。今までの犠牲に… わぐ!…」
予備動作無しで飛び掛かって来た。寸でのところで避ける。鋭い爪で胸を引き裂かれた。血が噴き出る。このパワー、スピード、完全に敗北の一途。
気がつくと弓は落としてしまった。かなり飛ばされている。取に行ける距離ではない。
「よけた… にんげん… にく………… よくよけたな… 」
「………いたぁぃ… 避けるも何も… スピードと爪と… 痛いぃ」
「にんげん… 避けたな…」振り向いて繰り返すマンティコア。
辺りはすっかり暮れた。
リリアは短剣を…
“やめた、この圧倒的な力の差、剣等意味がない”恐らく次の一撃で自分は終わるだろう。できれば、苦しまずに…
「も、もう剣はいいよ。覚悟した。顔があって言葉話して… 剣を振るってみてもしょうがない… にんげん人間って一括りでだけど、あたし勇者よ。勇者リリア」
「ゆうしゃ… 勇者か… おまえにんげん… 人…か…」
「今から死ぬのに変な話しだけど、回復させて。高いポーション使わずに死ぬのもったいない。激痛だしね」
「おまえ、これから死ぬのか… これか死ぬのか… 勇者リリア」
「あなたに食べられたら死ぬでしょ。まぁ、死んでから食べられるのか… どっちも一緒でしょ…」
「…… 食べる?俺がか?……」
「………… え!?」


「リリア!リリア!」
オフェリア達が駆け付けるとリリアとマンティコアは談笑中。
「どういう事?」一同顔を見合わせる。
「あ!ちょうど良かった!こちらはマンティコア。左から順にオフェリア、オフェリアも勇者よ。それからペコ、アリス。オフェリア、ペコ、アリス、こちらマンティコアよ」
リリアが紹介する。
「はぁぁ?」


マンティコアにもよるらしいが、人間の頭と動物の胴を結合させた魔物なので、昼間は野生の本能が人としての原子脳に強く作用して殺戮と捕食を繰り返すらしい。
日が沈むと野生の血は休むので比較的に人としての自我が強くなるという。
たいがい日没後は寝てしまうらしい。
マンティコアをやっている本人が言うのだから間違いは無さそう。
普段は昼間行動して日が沈むと休むが、リリアを発見したタイミングが夕暮れだった上、そこで人として会話したことで強く自我が目覚めたようだ。
「今日は人として調子がよい」とマンティコアが話している。

「馬車で来たなら、食料とお酒を一部出そうよ、オフェリア良いでしょ?BBQやって派手にやりましょ!」リリアはニコニコしている。
「ちょっとリリア、頭可笑しくなった?呪いを受けた?」オフェリアが小声で言う。
「正気よ、平気よ、大丈夫よ!」
言うと自らさっさとBBQの準備を始める。
殺し合いをするよりは… わけがわからんが、とりあえず調子を合わせよう。
「後で説明あるんでしょうね」ペコがリリアの袖を握る。
リリアはニコニコしながら食材に串をさしている。
「お!いいねぇ!酒も飲める、お姉ちゃんは綺麗!最高だ!キャベツは焼かずにごま油と塩で食べたい」
マンティコアもニコニコしている。
宴の始まりだ!
オフェリア達が心配する中、食事してお酒が進む。皆の心配も他所にリリアは陽気、マンティコアも穏やかでご機嫌、完全に警戒心を解くわけにもいかないが特に問題無さそう。
「今宵は愉快、愉快」マンティコアも豪快に笑う。


夜もだいぶ深まった… いや、朝が浅まってくるような時間帯。
肌寒いが満点の星空。美しい限り。
リリアとマンティコアはさしでおしゃべりしている。他の三人は寝てしまった。
「…… ところで、道端のあれは全部俺か?」楽しそうにしていたマンティコアが言い出した。
「……そね、全部あなたよ、マンティ」リリアが答える。炎が揺れて二人を照らす。
「そうか… 日中の記憶はほとんど無くてなぁ… まぁ、無い方が幸いか…」
「……… でしょうね… マンティ」
「だから… 俺はマンティじゃねぇ。今はロガルドだ」わっはっはと笑う、寂しそう。
「ねぇ、今はすっごく普通じゃない。やっぱり日が昇るとダメなの?」
「あぁ、今夜は特に正気だが、日中はダメだ… ただの魔物だ…」
「… そうなのねぇ」
「魔法の実験で混ぜて作られ、ずっとそのままだ。人間とは恐ろしいものよ…」
「… 人間が一番恐ろしい… か…」
「いや、おまえらは違うけどな。日が昇ればただの殺戮獣として殺して食って子孫を残す魔物に戻るだけだぜ」
「魔物に戻る?… 今が人間に戻ってる時間でしょ?…」
「おまえ………… 俺がこれから人間となったところで、今までの俺を許せるか?」
リリアは聞かれて即答でコクコク頷いた。
「俺が、これから先も昼間は魔物だったら見逃せるか?」
「……………」リリアは黙って首を振る。
「……… そうだろう、そういうものだろう… いや、今日会ったのが実際おまえでよかった。勇者リリアか… 俺の仲間もいたが、皆勇者には感謝しているだろう。人を食って生きるくらいなら、完全に魔物と化した方がマシだよ… 今夜は酒を飲み会話し… しし座も綺麗だ、今夜が一番相応しい気がする」
「ねぇ… 本当に昼はマンティコアなの?… ここままじゃいられないの?」リリアは自分の手を噛み息を殺す。泣き声を上げたら皆が起きてしまう。
「…… あぁ、なる… これは勇者としての仕事だ。世のため人のため、そして俺のため… リリア、俺がまた人を食い殺すと知って見逃せないだろう」
リリアはコクコク頷く。
しばらくリリアは自分の手を噛みながらブシブシと泣いていた。

「… 時間無くなるぞ、そろそろやらないと… こういっちゃなんだが、魔物に戻ったらおまえに勝ち目はない。俺の覚悟は出来ている。おまえも覚悟するんだ」
死を悟った魔物が死の前で泣き続ける勇者を励ます…
「…幻想薬あるけど… 少しは楽になるはず…」泣きながら短剣を抜き、薬を差し出す。
「はっはっは!精神に影響を受けない体質だ。魔物百科に載ってなかったら書き足しといてくれ。出来れば、痛くないようにやってくれ」
「痛くないって何よ、屈強な肉体で… どうするのよ…」
「あぁ、そうだな… 心臓はここだ… 触って見ろ、な?そこだ… ヒヨッコ勇者でもミスはないだろ、はっはっは!… こうしてみるとちょうどしし座が見れる、今夜こそ…だ…」

「それならリリアもやりそこないわね」
突然ペコの声がした。揺りかえるとペコが立っている。
「びっくりした!リリアの心臓が止まるかと思ったよ」リリアの目が点になっている。
「なんか… 途中でこんな事かと思ってね…」ペコは言いながら傍に立ち、続ける。
「ロガルドさん、言い残すことはあります?」
「…… あぁ、話しつくした思いだが… 道の全員、教会に連れて行ってやってくれ。それから… いや、俺はいいか… これだけ、人を殺してきた、何かアイテムをドロップするかも知れん。その金で、葬祭をしたら後はあまえにやる… それだけだ、感謝は俺の方だ、ありがとう… 最後は人間気分を味わった」
「ちゃんとお墓立てるよ。名前を教えて?」リリアが言う。
「ロガルド・ヴァンレーク…… マンティコアだ… ロガルド・ヴァンレーク・マンティコア、どうだ良い名だろ」そういうとロガルドは少し笑った。
「……… わかった、ロガルドさん。後はリリアに任せて」リリアは泣きながら剣を握りなおすと、ロガルドさんの胸に剣先を合わせる。
もうロガルドさんは目を閉じ何も言わない。
「ロガルドさん、お疲れ様でした」リリアとペコが声をかける。
ちょっとロガルドさんは笑ったようだった。

「覚悟!!」リリアの声がした。
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