勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【37.5話】 タロヤの帰郷 ※少し前の話し※

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リリアと霊魂術士のマリーはとある草原の分岐路で立ち往生していた。
辺りは暗くなりかけて、秋の涼しい風が吹き抜けていく。
次の村まで急がないと日が暮れるのだが、地図と道の様子が違うのだ。一度村に向かう方向の道を辿ったが、道が曲がりくねりなんだか違う方向に向かっていると思い、この分岐路まで戻って来た。地図と違う、いや地図が違うのか、もう暗くなってしまう、迷子になりたくない。二人とも地図を覗いて確認する。

リリアとマリーはとある村で出会った。性格が合い、目的地が同じ方向なので昨日、今日、一緒に移動している。霊魂術士のマリーの戦闘技術は必要最低限といったところか。
魔法が使えるわけではなく、精霊使いとも少し違う。亡くなった後の魂を清め、アンデット化を防いだり、残留思念等と意思の疎通をしたり、無念を晴らしたりする術士らしい。


分岐路に看板が立っているが字が消えかけて読めない。交通省め仕事しろよ!
リリアと二人悩んでいると旅装備の男がやって来た。簡単な挨拶をしてリリア達の側を通り抜ける、スタスタと何の迷いもなく歩く感じ。
「ちょっと、すみません!道に詳しいなら教えてちょうだい」リリアは男の後ろ姿に声をかけた。


リリア、マリーとタロヤと名乗る男と三人で消えそうな山道を歩いていた。
辺りは暮れはじめ三人は松明、ランタンに火を灯し歩く。
タロヤの話しだと、リリア達が向かう村より近くに自分の住む村があるという。
地図には無いが、小さな村等は結構描かれてないことが多い。地元の人間が有るというのだから有るのだろう。ただ道が小さくなり不安になってきた。迷子で闇を彷徨うより確実な目的地に着きたい。それにタロヤは長旅をして来たらしいが装備が心もとない。村までついていった方が良さそうだとも思えた。

三人は歩きながら身の上話をする。タロヤは中年だがとっても真面目で優しい性格らしく、母親を慕っているようだ。
周囲は山中の闇が濃くなってきて、ランタンの灯りがいよいよ頼りだ。
聞くとタロヤは幼い頃から病気がちな母と二人暮らしで、大きくなってからは、村の稼ぎでは母親に薬を買いながら楽な生活はさせられないと街に出稼ぎに出たらしい。
十数年、町と村を往復するように仕事をしていたが、母の病気が重くなるにつれ、まとまった稼ぎが必要になり、病気の母に一年間街で稼いで帰って来ると約束してルーダリアの街に出稼ぎに出たそうだ。
ところが、一年では思ったように稼げず、二年目は国境を越え物価の良いフリート帝国の街で稼ぎはじめ、三年かけてようやく目標を上回る貯金を得て今日、四年ぶりに帰郷するのだそうだ。
「これで、母の体調が良くなる」と年の割にしわの刻まれた顔に笑顔を浮かべ薬の入った袋を見せるタロヤの手は働き者特有の手。大きな荷物を背負う後ろ姿、白髪頭を秋の風が吹き抜けていく。
「ね、四年間全然家に帰ってないの?」リリアとマリーは心配そうに顔を見合わせる。嫌な予感がする。
「住家は転々としてたから… でも手紙はちょこちょこ書いてた」とタロヤ。
「田舎者が街に出るなんて大変だったよ、最初は下働きでゴブリン達にまぎれて…」と、ゴブリン語を話してくれた。リリアにはよくわからないが、結構流暢のようだ。そうとうな苦労と下積みを重ねて来たのは想像できる。

「真っ暗闇よ、本当に道あってるの?知らない間に廃村になったんじゃないの?」リリアは色々不安になってきた。見るとマリーも不安そう。
「俺はこの辺で育ったんだ、ランタン無しでもたどり着ける。小さい村だが廃村なんてありえない」とタロヤは自信有り気に進む。足取り軽そうだ。

しばらく黙ってタロヤについて歩いたが、辺りは闇があるばかり、さすがに不安が大きくなってきた。リリアが引き返す事を提案しようと思った時、
「あった!着いた!俺の村だ!お母さん!」とタロヤが走り始めた。
見ると前方に明かりがいくつか見えた。どうやら村があるらしい、一安心。
「ちょっと待ってよ」リリアとマリーも追いかけて走りだした。


リリアとマリーはタロヤの家でタロヤの母親と食事を終え、ベッドに入った。ベッドはマリーとシェアだったが気にならない。
四年ぶりの息子との再会だと言うのに、リリア達を心から御もてなししてくれたタロヤの母親。見るからに優しそうで素敵なお母さんだ。粗末だが温かい食事が振舞われ、タロヤの帰郷を心から喜んでいた。リリアも感動の再会に思わず涙。マリーなんて村に入った時から涙を流していた。感動し過ぎだ、早すぎる。
食事が済むとマリーが
「私たちはもう寝ましょ、リリア」とマリーが言う。ずっと泣きべそかいていたので、目が真っ赤。リリアだって四年ぶり再会の親子を邪魔するほど無粋ではない、直ぐにマリーとベッドに入る。
ベッドに入るとリリアはマリーに笑った。
「マリー感動し過ぎでしょ、そんなに感受性豊かだなんて知らなかった」
マリーはまだまだ泣きながらリリアの手を握って眠りに入った。
部屋の外ではタロヤの話し声が響いていた。四年間の留守だ、一晩では語りつくせぬほど母親と話があるだろう。楽しく明るいタロヤの声がする。リリアも何だか心が和む。


「リリア、リリア、起きて」マリーの声だ。リリアはゆっくり目を開ける。
朝が空けかけている… あれ?… 野原に寝ている。周りは村の家々がある… あれれ?
何だかよくわからない… タロヤの家は?… ベッドに寝ていたんじゃ…
マリーはそっと人差し指を口元に当てて、“静かに”の合図をしてから指を差す。
その先をリリアが見るとタロヤも少し離れた場所で野原に寝ている。その傍らに…

“お墓?”リリアはそっと眺める。
“エイダ・リグリット・ドロル ここに永眠”石に刻まれた文字が読める。
「マリー、これって…」リリアがマリーを振り返るとマリーは涙しながらリリアの手を握り囁く
「エイダ、タロヤの母よ… ずっとタロヤの帰りを待ち続けていたけど病気が悪くなりエイダは一年前に…」
「昨日のはマリーの作った幻?マリーが呼び出した本人?」リリアはようやく理解して声を震わせる。
「私は何も… 本人よ、タロヤの帰りを待ち続けていたの。一年って約束で出ていったが延びてしまって… 強い思いが留まっていたのよ。リリアも見たでしょ。とても暖かく清らかで尊い魂。私はどちらも見守ることしかできなくて」マリーはボロボロ泣いている。リリアだって声をあげて泣きたい。
「それでね、昨日エイダは思いを果たせたみたいだけど、まだ少し思念が残っているの。最後に呼び出すからタロヤとお別れをさせたいの。エイダも準備が出来ているみたい。お別れと鎮魂。それをやると疲れ切って、動けなくなりそうだけどリリア大丈夫?」マリーが言う
「大丈夫、回復ポーションあるし、あたしマリー担いででも次の村を目指せるから、いっぱいお別れさせてあげて」リリアも泣きじゃくっている。
「わかったわ、エイダが現れたら、タロヤを起こしてね」

やがてエイダがマリーの傍らに姿を現した。とても柔らかい表情、リリアとマリーにお礼を述べる。
リリアはタロヤを起こす。
リリアは、何事かとキョトンとして身を起こすタロヤに泣きじゃくりながら母親の魂を指さすのが精いっぱいだった。
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