68 / 517
【34.5話】 流血デート
しおりを挟む アンキセウスは内心溜息をつき、苦く笑った。所詮、金も力もないただの奴隷あがりの召使の自分に、どうしてリィウスを助けることができるだろう。そんな絶望的な諦観が、最近のアンキセウスを、ふとすれば虚無的にさせていた。
「ああ! ずるい、ずるい! 兄さんばかりいい思いをして、ずるい!」
あられもない格好のまま、ナルキッソスが地団駄ふんだ。
一瞬、アンキセウスは本当にナルキッソスの気が狂ったのではないかと疑った。
蝋燭一本の薄闇のなかに、あらためて彼を見ると、心なしか肌はやつれ、唇はひからびて見え、どことなく生気がないように感じられる。
若いくせに荒淫にふけり酒に溺れ、夜更かしが多いせいだろう。思い出せば、ナルキッソスはここ数日、きちんとした食事を取ってないことを思い出した。
一人だけいる厨房の奴隷女は、言われれば食物を用意するが、言われない限りはなにもしない。最初は、ちゃんと用意していたが、ナルキッソスがろくに手をつけず、食堂にもあまり顔を出さなくなったので、止めてしまったのだ。貴族の家ではあるまじきことである。
リィウスがいたころには信じられないような、だらけた空気が屋敷じゅうに漂っている。
アンキセウスも、この横暴な主人に対しては、どうしても誠実な気持ちで面倒みようなどとは思えず、食事を取るまいが夜更かししようが、注意しようなどとは思わなかった。注意したところで聞くわけもないからだ。
あらためて見渡すと、室内の掃除もあまりきちんとされておらず、象牙の小卓のうえには飲みほした瓶や杯がかたづけられることもなく放置されている。室全体、いや、屋敷全体に饐えた空気が満ちあふれているようだ。
(もう、この家は終わりだな)
リィウスが身を売ると決めたとき、プリスクス家は終わったのかもしれない。レムスとロムレスの時代、つまりローマ建国のころから栄えつづけたこの家も、もはや終わろうとしている。
奴隷として生まれ、奴隷として育った屋敷である。自分の人生と運命を支配しつづけた家の終焉を間のあたりにしながら、アンキセウスの胸には、いい気味だ、というような感慨はわいてこない。むしろ哀愁めいた切ないものが胸を埋めつくす。
「ああ! ずるい、ずるい! 兄さんばかりいい思いをして、ずるい!」
あられもない格好のまま、ナルキッソスが地団駄ふんだ。
一瞬、アンキセウスは本当にナルキッソスの気が狂ったのではないかと疑った。
蝋燭一本の薄闇のなかに、あらためて彼を見ると、心なしか肌はやつれ、唇はひからびて見え、どことなく生気がないように感じられる。
若いくせに荒淫にふけり酒に溺れ、夜更かしが多いせいだろう。思い出せば、ナルキッソスはここ数日、きちんとした食事を取ってないことを思い出した。
一人だけいる厨房の奴隷女は、言われれば食物を用意するが、言われない限りはなにもしない。最初は、ちゃんと用意していたが、ナルキッソスがろくに手をつけず、食堂にもあまり顔を出さなくなったので、止めてしまったのだ。貴族の家ではあるまじきことである。
リィウスがいたころには信じられないような、だらけた空気が屋敷じゅうに漂っている。
アンキセウスも、この横暴な主人に対しては、どうしても誠実な気持ちで面倒みようなどとは思えず、食事を取るまいが夜更かししようが、注意しようなどとは思わなかった。注意したところで聞くわけもないからだ。
あらためて見渡すと、室内の掃除もあまりきちんとされておらず、象牙の小卓のうえには飲みほした瓶や杯がかたづけられることもなく放置されている。室全体、いや、屋敷全体に饐えた空気が満ちあふれているようだ。
(もう、この家は終わりだな)
リィウスが身を売ると決めたとき、プリスクス家は終わったのかもしれない。レムスとロムレスの時代、つまりローマ建国のころから栄えつづけたこの家も、もはや終わろうとしている。
奴隷として生まれ、奴隷として育った屋敷である。自分の人生と運命を支配しつづけた家の終焉を間のあたりにしながら、アンキセウスの胸には、いい気味だ、というような感慨はわいてこない。むしろ哀愁めいた切ないものが胸を埋めつくす。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件
桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。
神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。
しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。
ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。
ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。

婚約破棄を申し込まれたので、ちょっと仕返ししてみることにしました。
夢草 蝶
恋愛
婚約破棄を申し込まれた令嬢・サトレア。
しかし、その理由とその時の婚約者の物言いに腹が立ったので、ちょっと仕返ししてみることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる