勇者の血を継ぐ者

エコマスク

文字の大きさ
上 下
17 / 514

【9話】 乗る仕事

しおりを挟む
夜の間に一雨降ったようだ、未明の宿屋は少し涼しくなっていた。
リリアはいつもの装備を終えると、部屋番号が書かれた紙片と弓を持ち食堂に向かった。昨日のお相手の兵士はまだ全裸でベッドにひっくりかえっていびきをかいている。
ビュッフェが何か知らないが、名前の響きからして期待できそうだと思って食堂に立つと凄い光景がリリアの目に入ってきた。大きなターブルには10種類近くの保存がきくよう野菜、干し肉、漬物が並んでいるが、そこらじゅうに兵士達がひっくり返って寝ている。
「あんた、ビュッフェかい」声をかけられて振り向くとカウンターの裏に中年の女性が立っていた。店主の奥さんだろうか。
「あなたに神のご加護を」リリアが挨拶をすると、女性は珍しいっといった感じでリリアを見ながら手を差し出した。“?… あ!”リリアは紙片を手渡す。女性はさっと目を通すと
「お粥と卵焼きだよ」そういって、粥の上に一切れの卵焼きを乗せたお椀を差し出した。
「ありがとう」それを受け取って立っているリリアに女性は言う。
「… なんだい、フォークはそっちだよ。後はあそこに並んでる物、好きな物を好きなだけ食べてきな」そう言うと皿を洗いだした。
リリアは並べられているお皿から食べ物を粥の上に乗せると席に着く。
「これのどれがビュッフェなのかしら?」どれも見慣れた食材でリリアにはどれがビュッフェなのかわからなかった。もしかしたらお粥に卵焼きを乗せた状態をそう呼ぶのだろうか。わからなかったが、卵焼きだけでも十分贅沢な朝食を口に運び始めた。


リリアは馬車手の右側の席に弓を抱えて揺られている。二台の荷馬車の護衛につけたのだ。ただ、この一組しかキャラバンは無く、しかもボットフォートへの国境を超えるのだ。最近大規模戦闘は無いものの、小競り合いが続き、死体に群がる魔物が蠢いているらしい。危険だが、護衛料金は高い、っと言いたいところだが、リリアの場合はそうではない。実績不足と外見で足元を見られる。腕の売り込みではなくて体の売り込みだろっと笑われるくらいだ。
昨日までこのキャラバンの護衛をしていた男達はぶちのめされて宿屋の外に伸びていた。おおかた兵士達と喧嘩にでもなったのだろう。そんな訳でリリアは護衛にはつけたが、二台分で10Gだ。普通なら40Gにはなっておかしくない。

リリアは馬車に揺られながら、荒涼とした風景を眺めている。暗く低く雲が垂れ込めてうす暗い。全く木が生えていない焼け野原に焼き払われた陣や馬防柵が点々としている。倒壊した投石器やバリスタ等も朽ちて放置されている。見晴らしのよさそうな峰には砦が建てられている。だんだん前方の地形が複雑になってきた。馬車が道を外れだすとリリアは口を開いた。
「道外れるの?」
「… あんた、それで10G貰おうなんて金貨に笑われるぜ。まして二台分よこせなんて口が腐る。あんた馬車に乗って10G稼ぐより、男に乗って稼ぐ方が似合ってるぜ」苦々しく心の底から思っているようだ。
「……」リリアは黙って聞いている。腹が立っているわけではない、馬車に乗るより男に乗るって表現にユーモアを感じ感心しているのだ。
「この先、渓谷のような地形だ」男は顎の先で外れだした道の先を差す。
「道はぬかって馬車は早く走れない。待ち伏せには打って付けな場所さ。道に沿ってぼーっと進むだけなら日没まで生きてないぜ」
「……」リリアは黙って頷きながら男を見た。
「お前さんの方からそれくらいの助言が出来もしないのに金くれだなんて、ヘソで茶が沸く言い草だ」そういうと上手な手綱さばきで斜面を馬車で進んでいく。

「ふぅ…」大きく息を吐くとリリアはもう一度深く頷いた。
昨日の男は私をどう見ていたのか?ちょっと頭に疑問が浮かんだ。

後ろを振り返ると、急斜面にも関わらずもう一台の馬車もぴったりと付いてきていた。
しおりを挟む

処理中です...