勇者の血を継ぐ者

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【6話】 夕刻の城下町

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王宮を囲む内郭の門を抜けて、城下町区画まで戻ったリリア。管理室を出るときに武器類は返してもらっている。30Gを所持しているが、官舎に70G近くの金貨と旅のアイテムを置いて出てきている。
リリアはまだ、色々な思いが頭の中でひしめいていて気持ちの整理が全然できていない。しかし、リリアの性格からしても、ショックを受けているより、今晩の事を考えながら速足で商業地区に向かっていた。最低限の武器等は所持しているが、官舎に置いてきた70Gは彼女にとって大きい。しかし、リリアは官舎に立ち寄って持ち物を取る気はない。ディルや関係者に会いたくもなかったし、急いで戻ったとしても、一人ではどうせ門前払いされて惨めな思いをするだけだろう。官舎を使えないとなると自分で寝る場所くらいは確保しないといけない。日は山の向こう側から空を赤く染めている。
“このままゼフの頼まれ物だけ買って村に帰ろうか”そんな事を考えながら暗く、人の少なくなってきた居住区を歩く。身分の高い人の地区だろうか?石作で大きいに建物が多い。もともと買い物気分で出てきたようなものだ。しかし、一度は街に住み冒険者ギルド生活で色々な場所に行って狩り等をして過ごす生活に憧れてしまった。しかもリリアからしたら、こんな形で村に帰るのは、街で無価値な人間の烙印を押された事を自ら認めて引き下がるような気がして、絶対選びたくない選択だった。
「絶対にこのまま村には戻らない」呟くリリア。自分が街に残る正当な理由を作りながら宿がならぶ商業区に入っていった。

「これでよしっと…」宿をとったリリアはゴソゴソと家具を窓際に積み上げ終わった。どこの宿屋も混んでいてある宿屋の一階の部屋にやっと落ち着いたところ。一階の部屋は外と窓一枚のみで仕切られているのだ、その気になれば通りから簡単に窓を割って部屋に侵入できる。女のリリアが一人で寝るには危険過ぎる。これで誰か押し入っても家具が倒れる音で最低でも逃げる時間くらいは出来るだろう。15Gの宿代に8Gの食事。部屋には発泡酒と焦げ目がついて丸々とした鶏肉の料理を乗せた皿がある。リリアには贅沢な宿泊代と食事代。出店を出しているところでは、5G程度で簡易ベッドをその辺に並べて寝むれるサービスがあり、乞食と一線を引く最低限の寝床が借りられる。リリアならその気になれば食事も食べずに済ませられる。しかしリリアは絶対にそうはしたくなかった。今日はちゃんと屋根の下で、食べたい物を食べて寝たい気分。朝食以降は王宮で緊張の連続だったし、昼食も食べていない。王宮の「簡単に済む用事」とは、リリアにとってただ緊張しながら直立しつづける永遠と続く無意味な時間がほとんどなのだ。
「残り7G… か… よし」算段はある。もともとルーダ・コートの町の方がギルド生活に向いている。明日の朝、キャラバンに頼んで護衛として稼ぎをもらいながらルーダ・コートの町まで移動するつもりだ。
「なんとかなりそうよ、リリア」何となく呟いてみた。
部屋には食堂で旅人がわいわいと賑やかに時間を過ごしている声が聞こえている。
粗末な机の前に座ると、鶏肉料理を口に運び、発泡酒に口を付けた。
「街の暮らしって最高じゃない」さっきよりちょっと大きな声を出してみた。

リリアはゼフ宛に手紙を書いていた。最低1ヶ月は村に帰らない事、牛肉鍋の材料を買って帰ることを忘れてない事、シェリフ・リーダーは当分アランに任せるから、自分の給料は村に寄付する事等だ。王宮の出来事等には触れず、問題無いとだけサラっと書き加えた。
封筒に村の住所をしたためて、裏に返す。
「…」ペンの手を止めて、発泡酒をちょっと飲んだ。
リリアには街で自分宛の手紙を受け取るための返信住所が無いことに気が付いたのだ。返信の住所が無いだなんてゼフは変に思うはずだ。今回だけ書かずに出そうか、リリアは思う。
お腹が料理とお酒を歓声を上げて押し包むのをリリアは感じ始めると今日の出来事等色々なこが頭に湧き出した。何だか力が体の内から外に出てくるようだ。ゼフが城下町に知り合いの学者いることを口にしていたのを思い出した。尋ねてみようか、手紙の住所くらいは貸してくれるかも知れないと思ったが、王国内の一人の住人を名前だけで探せるものではない。城の近くをウロツクことになったらまた嫌な思いをさせられるだけだろう。
食堂では吟遊詩人が演奏し、旅人たちが大声で騒いでいる。
とにかく戻らないことを心配させてはいけない。そう思うと、手紙を入れて封筒を閉じた。
食べて元気になってきたが、逆に色んな出来事が、頭を巡りだした。体の内から外に何かが蠢いて移動しだしたような感じ。
「ぐっ…」残っていた発泡酒を一気に口に流し込んだ。
「こ、こんなことって…」自分が自分でないようだ。お酒が喉をから胃に下がると同時に胃から口まで、言い難い何かが溢れてくる感覚。
どっと椅子から飛び上がると、リリアはベッドにしがみつくようにして大声で泣きだしていた。
外から陽気な笑い声が部屋に入ってきていたが、リリアの耳には届いていなかった。

それよりちょっと前の夕暮れ時、ピエンがリリアの宿泊中だった官舎の前に刷りたての情報紙を手に立っていた。
自分が書いたリリアを紹介する記事が大きく載っている。ヴァルキリー神を模写してリリアに似せた挿絵まで入っている。正式に王国に招かれた勇者の子孫をお祝いと紹介する記事だ。しかし、リリアはいっこうに戻る気配がなく、ディルが一人でピエンの前に現れた。
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