勇者の血を継ぐ者

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【4話】 勇者リリア誕生

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リリアは勇者管理室にいた。選考と聞いていたが、ディルが前日にルーダ・コートの町より手紙を出していたらしく、リリアが部屋に通された時は、淡々と物事が進められた。リリアは礼服を免除され、旅服のままの姿。もっとも武器類は預かられている。
何でも昔は国王自ら謁見の間で調印し、各部署長が勢ぞろいしていたらしいが、今では代理人と執行監査人が同席するだけ。しかも彼らも、関心なさげに突っ立っていて二人ともリリアの胸元を遠慮なく眺めている。そもそも王室も議会も誰が選ばれるか高い関心がなく、管理室としてもこれ以上選考に時間とお金をさきたくない様子だ。
書類自体は管理室長なる、ディルにそっくりな雰囲気を持った年増の女性が扱っている。そんなわけで、大きな机には管理室長が座り、部屋の両側に衛兵が立ち、国王代理と監査人、机の前にリリア、その後ろにディルハンが立っている。
リリアは席も進められず先ほどから立ったまんま。
リリアとしては認定勇者になんか選考落ちすると思っていたし、もし認定されたら町で冒険ギルドに所属して、狩り生活をしたいと思っていただけなので正式に認められるかどうかは正直どうでもよかったが、これで町に住めると思うとそれだけは胸を躍らせていた。
が、
書類に調印する前にこれからの事を説明すると始まった室長の話は、説明というより、注意事項というか、戒めというか、今までの愚痴というのか、とにかくコンコン湧き出るように長い。リリアは途中からさっぱり理解不能という体で直立させられ、代理と監査の穴が開くような目線にさらされている。
しかも二言目には「王国の名を汚さない事」「大勢の異性、同性も含め関係を持たない事」に終始する。
簡単と聞かされて来たのに、これではスライムで家を作るよりも忍耐がいる。
「そんなに汚されたくなかったらよそを当たれ」「昼も夜もそんなに勇者のような体力ない」っと今にも叫びそうになりながらも、町でギルド生活するために我慢して聞いている。
それでも、エトレンの“誠意の泉”の画にあるがごとく止めどなく愚痴があふれてくる。
いよいよ、リリアが拳を握り、声を上げかけた時にちょうど“誠意の泉”の水が枯れた。
「それを重々理解して署名をしてください」室長がやっと言葉を切った。
「繰り返しますが、正式名は書かず、通称と家名で署名です」上目遣いでリリアを見上げながら室長が念を押す。
「それから、くれぐれも街のいかなる契約も、この管理室長の許可なく署名しないでくだい。いいですか後始末させられるのは王国だと言うことを肝に銘じてください」
リリアは、「腹立たしいが我慢、我慢。署名して勇者様になった途端、ぶっ飛ばしてやるぜ」等と思いながら、署名して、ちょっとぶっきらぼうに書類を突き返した。
書類を手に取ると室長はディルハンに声を荒げた。
「ディルハンなんです!文字が書けると報告書にあったのに、自分の名前すらまともにかけない娘ではないか!」
面食らって顔を見合わせるリリアとディルハン。それよりリリアは娘と呼び捨てられた事が煮えくり返るほど腹立たしい。
「この娘、自分の名前をリ・リ・アっと書いている」インクポットでもぶん投げそうな勢いだ。
「こちらのお方こそ、リリア様その人でございます。室長」冷静に、静かに答えるディルハン。なんで、そんな落ち着いていられるのだろう。
「この娘はモニカであろう。娼館の宿主、売春婦、娼婦モニカであろう!」机を叩き、指を差して立ち上がる室長。
「この体、肉感の罠、男をたしこむこの肉体。この国は娼婦を王宮に立ち入らせるほど落ちぶれ、この娘たるや自分の名前も書けないではないか!」魔王討伐よりこっちが先だと思うリリア。
「モニカ様は選考から落としました。こちらはウッソ村ご出身のリリア様でおられます」静かなディルハン。冷静に続ける。
「昨日の書類に書き添えましたが…」
「む… あ、あぁ… そ、そうであったか?そうであるな… そうそう… まぁ、その、これで終わりなのでディルハン、そなたが今後の段取りを行いなさい」室長が書類を手にいきなりガスが抜けたようになった。
それを聞いて、何事もなかったかのように立っていた代理人と監査人が言った。
「終わりなら、これにて失礼しますかな。勇者リリア様、ようこそルーダリア王国へ。リリア様にさらなる神のご加護がありますように」そう言うと、威厳をしるしながら二人とも部屋を出ていく。
二人の退出際の声が静かな部屋に流れ込んできた。
「やはり、室長は体型にコンプレックスがお有りなんですかな?」
「ゴルコフ殿、ちとお声が過ぎますぞ」そして豪快に笑う二人の声。

ガッシャーーーーーーーン
インクポットが破壊される音が静かな勇者管理室に響いた
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