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3巻
3-3
しおりを挟む「本当にベタ惚れだな」
「もちろん。墓まで連れていく所存です」
「キモッ。墓までとか何それ」
「そ、それは、最期までソラちゃんと一緒に居たいっていうかぁ……」
もじもじとローテーブルに〝の〟の字を書かれても困ります。おしぼりで、その〝の〟の字を全て消してやる。
「それで四賀さん、今日はどういったご用件なんですか?」
「ええっ! 無視? 無視なの?」
店長が軽くショックを受けているが、デレデレに付き合い続けられるほど私はバカップルにはなれない。そんなことより本題が気になる。
なんとなく嫌な予感はしていたのだ。わざわざ店長より偉いハーフの人が、こうして店長を迎えに来て、しかも私を同席させるなんて──
「お前の日本永住申請な、撤回になったわ」
あっさりと告げられた宣告は、私の予想の範囲内だった。まあ、そうだよね。私も同席させるなら、店長絡みのことでしょうよ。
だけど店長は、「えっ?」と思いがけないことを聞いたと言わんばかりの顔で固まる。
「申請、下りたはずですが」
「それが却下になったんだ。どうやって日本に来たのか分からないんだが、ハーフの男が一人、日本で暮らしていることが判明してな」
「そんなバカな」
店長が目を見開いて呟くと、四賀さんは「まあ、あり得ないはずなんだがなあ」と首を鳴らしながら続ける。
「この前、本人と対面してきたんだ。〝場〟にいるだろう? ギリギンテ。コンビニに押し入ったら、ギリギンテに呑まれて、いつの間にか日本に来ていたらしい」
あれぇ……?
なんとなく――なんとなくだが、うっすらと覚えがある。確か、コンビニにたまに現れる強盗のオッサンが、ボウちゃんに触手プレイかまされながら、呑まれていったような……
「ギリギンテに呑まれた人間は、警邏駐屯所に飛んでいったはずです」
「そのはずだったんだが、野良ハーフだったみたいでな。気が付いたら日本に飛んでいたらしい」
「野良ハーフ?」
なんだそれ? と思ったら、店長が説明してくれた。
ごく稀に、召喚しなくても、日本人がプルナスシアに落ちることがあるらしい。その原因は未だ不明だが、その人の持つ〝桜〟の記憶に世界樹が強く反応するので、来たことは分かるそうだ。
ただ、小さな子供がプルナスシアに落ちた場合、〝桜〟の記憶があまりないため、世界樹の反応が薄いらしい。そういった子供は、神殿に保護されず、自分が日本人だということも知らずにプルナスシア人として生活する。そして、その日本人の次代が誕生すると、その子は神殿の管理外のハーフ……つまり野良ハーフになるのだそうだ。
「野良猫みたいですね。もっといい呼び方ないんですか?」
「プルナスシアでは違う呼び方があるんだけど、日本では当てはまる言葉がないんだよ」
「まあ、いいですけど。で、その野良ハーフさんがボウちゃん経由で日本に来てしまったのは何故なんですか?」
店長の説明後、四賀さんに確認すると、彼はコクリと深く頷く。
「ハーフだってことと、ギリギンテが世界樹から作られているので力が強かったこと、あとは本人の魔力量が比較的多かったからなど、色々な要因が奇跡的に働いたらしい。まあ、普通はあり得ないんだけどな。で、それを前提に、お前の申請が却下になった」
「何故? 四賀さんとそのハーフの人を含めても、今日本にいるのは二人だ。永住申請は三人までならOKでしょう」
ハーフの人なら誰でも日本に来られるが、そのまま永住できる人数は制限されている。しかも神官のみ。日本とプルナスシア、二つの世界を繋いでいるのは、世界樹だ。そして百年というサイクルで日本の様々な時代と接続している。二つの世界の時間軸は常に同じではないのだ。そのため、互いの世界に干渉し過ぎて混乱しないよう、プルナスシア人の移住を制限しているらしい。
スズカさんや店長のお母さんであるハナエさんは日本人だが、今の日本とは違う時代で生きていた人たちだ。ちょうどスズカさんがプルナスシアに行く頃に、百年に一度の〝時空の歪み〟が起きたらしい。いつの時代に生きていたのかは、二人とも記憶がなくなってしまったため、本人たちも分からない。覚えていても、プルナスシアに住む日本人は、それを同じ日本人には言えない仕組みになっている。口に出しても、その部分だけが相手に聞こえないのだ。つくづく不思議だが。
「どうして永住申請が撤回になったんですか?」
私が問いかけると、四賀さんは「あー」となんとも言い難そう感じで答える。
「神殿側から、二人いるなら三人目は必要ないだろうと──」
「でも今回見つかったハーフの人って、正式な神官ではないんですよね?」
「神官になってもいいという話は聞いている。それに日本で結婚していて、今、妊娠中の奥さんがいるんだ」
チーン。
今、仏壇のおりんの音がした。
ご愁傷様です。という幻聴も聞こえた。
日本で妻子がいる人を、プルナスシアに返すわけにもいかないのだろう。だから、独身である店長が戻れと言われるのも頷けるが、何だかちょっとおかしくないか。
「だけど、本来三人でもいいはずなのにそう言ってきたってことは、神殿の方で何か事情があったのでは?」
そうでなければ一度通した申請を撤回することはしないだろう。神殿で何かあったから、申請が撤回された。では、何が起きたのか。
「アレイ。お前の方が年上なのに、巫女の方が随分落ち着いているぞ」
「ソラちゃんは生ハムメロンをつつきたいだけなんだっ……!」
そんな恨みがましい目で見ないで欲しい。生ハムメロンは確かにとても気になるが、まだ手を出していない。見ているだけだ。
「ああ、気付かなくて申し訳ない。どうぞ、召し上がれ」
四賀さんが近くにあった生ハムメロンのお皿をスッと差し出してくる。生ハム、ピンク色ですよ、奥さん! ジューシーなメロンに巻いて、パクリと一口。
「うまーーー」
思わず声が漏れるほどにデリシャス! B級グルメしか食べていない私には、新鮮だったね! 本当に美味しかった。
「ソラちゃん、今、真剣な話だったと思うんだけど……」
店長が、生ハムメロンに夢中な私をまた恨めしそうに見てくる。だから私は、スッと店長の口の前にフォークを差し出した。
「はい、あーん」
四賀さんの前だというのに、めちゃくちゃ嬉しそうに店長が口を開いてきたので、それをヒョイと自分の口に入れた。
「ソラちゃん……!!」
ローテーブルに突っ伏して泣き真似をする店長を見て、四賀さんがクククと笑う。
「三文コント、失礼しました」
「いや、アレイのそんな姿が見られるというのも、なかなか面白い」
「四賀さんのお話は、私たちには全く面白くないですけどね」
ああ、余計なひと言。言った後に少し後悔したが、口から出てしまったのだから仕方がない。この気の強さと口の悪さが就活に失敗した原因だと分かってはいるのだが、一矢ぐらい報いさせろ。
店長がどれだけ苦労して申請を通したかなんて私は知らないけれど、なんとなくは察している。
そういった努力を一切合財無に帰する話題を、四賀さんは持ってきたのだ。
「だからコンビニではなく、日本で、私に言いに来たんですね?」
店長がどうあがいても覆せない――そういう意図がチラチラと見えて腹立たしい。店長に話がある風を装って、実のところ、私に言いたかったのだ。
あの異世界コンビニでこのことを聞いて巫女である私が動揺しないように。
そこにあるのは神殿からの思いやりか。それともただの傲慢か。
「お話って、それだけですか?」
私は生ハム用のフォークを置いて、四賀さんと目を合わせる。今の話だけでも十分私たちにとっては手厳しい話題だ。胸騒ぎが止まらない。
四賀さんは琥珀色の液体で口を湿らせて、神殿からの最後通牒を突きつける。それは私たちにとってちっとも嬉しくない内容だった。
「アレイ。お前を指名して、キザク国の公爵令嬢との結婚の申し込みがきている」
「はあ!?」
店長は声を上げて驚く。私もさすがにそれは予想していなかった。
結婚ですか……
「神殿の一神官に、国の大貴族の令嬢なんて、そんな話……!」
「普通ならあり得ないはずなんだが、何故か、お前をご指名だ」
四賀さんが重いため息を吐く。
「嫌です。俺は、そんな結婚したくありません」
店長は当然ながらそれを突っぱねた。四賀さんも店長がそう反応することは分かっていたのだろう。
それでも結婚話が進む──その理由って何だ?
「神殿としても特定の国と親密になることは望んでないから、なるべく断る方向で動いている。だが、お前の母親が乗り気だ」
タイミング、合わせてきたな。
今日いきなり店長母が来店した裏の理由を、ようやく理解する。縁談話が進んでいたから、いきなり別れろなんて言ってきたのか。
ああ、結婚する前から嫁姑問題とか、もう、店長のお嫁さんになれる気がしない。まだなろうとも思ってないが。
「クソババア……」
そう漏らしたのは店長だ。怒り心頭なのは、今までの母親とのやりとりがあるからだろう。
「とりあえず、申請が却下されたこと、アレイに結婚の打診が来ていること、アレイの母親もそれに乗り気だってことは覚えておいてくれ」
四賀さんは端的にまとめると、「まあ、言いたいことはこれだけだったから、少し飲んで帰るか」とその話を切り上げた。
その後は、もう一杯、ミモザとは別の綺麗な色のカクテルをご馳走になったが、こんな状態で酒の味など分かるわけもなく――
一応、四賀さんと連絡先を交換しておいた。店長は「しなくてもいいんじゃないの?」と不満顔をしていたが、そういうわけにもいかない。
多分、このダンディなオジサマとは、今後も話す必要が出てくるはずだ。
帰りは四賀さんが呼んでくれたタクシーに乗って帰ることにした。四賀さんはそのままホテルにチェックインだそうだ。
お家は本社の近くらしい。しかも奥さんと子供も日本人で、彼が日本移住一番乗りなのだということを知った。
「本当は明日、会いに行くつもりだったんだが……今日、会えてよかったよ」
四賀さんが最後にそう言って、私たちは別れた。
「ソラちゃん」
帰りのタクシーの中、店長が私の手を握ってくる。少ししか飲んでないのに、酔っているのか、この店長は。
「何?」
窓の外を眺めていた私は、店長の方を見る。店長はとても真剣な顔で私を見つめていた。
この男、タクシーの中で変なことを言わないだろうな。
身構えた私は、先手を打つことにした。
「大丈夫、アレイのこと信じてる」
信じるしかないだろうが。
他になんて言えばいい? 愛でも囁けばいいの? タクシーの中で? そんな恥ずかしいことできるか。それに、愛よりもっと確実なものが私たちの間にはある。
「五年も同じ職場で働いていたんだから、アレイが誠実なのは分かっている」
私を捨てて地位やら名誉に走ることはしない。恋人になってからは三ヶ月弱だが、それ以前の関係だってきちんと築いてきた。そうでなければ、家から近いという理由だけで、五年も同じコンビニで働いていられなかったし。
店長は私の言葉に対して、くしゃりと顔を歪める。
「俺の彼女は漢前過ぎるよ」
だからそういうセリフをサラリと言うなと……
「このまま俺の家に連れて帰りたい」
ポソリと続けて漏れた店長の本音に、「う」と思わず私は声を詰まらせる。
「明日、白土さんち泊まりに行ってくるから~」と、平気で食事中に宣言する姉がいたおかげか、我が家はそういうことには緩い。「店長の家に泊まる」と言っても、「あら、そう」で済むだろう。父は少し不機嫌になるだろうが、まあ、それは仕方のないことだ。
どうしよう? と迷っていたら、先に店長が引き下がった。
「ごめん、大丈夫。余裕は、まだ……ある」
全然余裕がありそうに見えませんけど。それでも、一瞬怯んだ私を慮ってくれるだけの余裕はあるようだった。
「ごめん……」
もうちょっと恋愛経験値稼いでおけばよかった。こういう時、なんて言えばいいのか分からない。
店長は私の頭をポンポンと叩くと、「謝ることじゃないでしょ」と笑った。
その後、また店長が手を繋いできたので、私も今度はキュッと店長の手を握り返した。そんなことだけで、ああ、私たち、恋人同士なんだな……と思ってしまう私の恋愛経験値は本当に低い。
だけど、この経験値が上がる日はそう遠くない、と感じている。
私たちはもっと深く、お互いを知り合いたい。
恋愛の神様。私の背中、もうひと押しだけしてくれませんかね?
2 店長の婚約者ってどういう人?
季節が春めいてくると、皆の頭にも花が咲くらしい。
「ラフレ姫……私の名前はナニーエ・ファ・キザク・ハクサです。どうか、私に舞踏会で共に踊る許可を与えてください」
淡い水色の髪を長く垂らし、神官のピンクのローブに身を包んだお姫様が、菫色の瞳を大きく見開く。プルナスシア一の国力を誇るナナナスト国の第七王女、ラフレ姫だ。
そんな彼女に跪いて愛を乞うのは、白い鎧に金髪碧眼という見た目だけなら完璧(ただし筋肉質)の、キザク国第五王子ハクサ殿下。
ラフレ姫の白い手を取り、眩しそうに彼女を見上げる王子の顔は真剣そのものだ。いつも自分のことを『余』と言う王子が『私』と称するのも、敬語を話すのも初めて聞いた。何より、フルネームを名乗ることの意味を知っている私にとって、まさにセンセーショナルな出来事だった。
「え? プロポーズ?」
プルナスシアでは、世界樹が自分のルーツである日本に戻れないことから転じて、普段は名字を名乗らない慣習がある。あえて名字を相手に名乗るというのは、自分のルーツを明かす時――プロポーズの意味があると身をもって知ったのは、三ヶ月前のことだ。その原因を作った、王子のお兄さんである腹黒殿下のことは思い出したくない。
しかし、今度は自分ではなく、人様のプロポーズシーンを目撃するとは思わなかった。
「だが、どうしてコンビニの中でする!」
そうなのだ。今日も元気にラフレ姫がご来店と思ったら、続いてなだれ込むようにやってきたのは王子とお付きのジーストさんにナシカさん。
ナシカさん、今日も本当に素敵です……と思う暇もなく、ラフレ姫の名前を呼んだ王子は、レジカウンターの前でいきなり冒頭のプロポーズ劇を繰り広げた。
ラフレ姫は突然のことにぽかんと可愛らしい小さな口を開けた後、ポポポと顔を赤らめた。それから恥ずかしそうに私の方を見てくる。
いや、私を見られても困ります。
こういう時、ケンタがいれば面白かったのだろうが、残念ながらもう退職している。次に会えるのは四月一日以降――春祭りが始まってからだ。
「春祭りに踊る許可を求めることは、結婚の申し込みとは違います」
動揺する私に説明してくれたのはナシカさんだった。目の前にはカチンコチンに固まったラフレ姫と、王子がいる。
「春祭り最後の晩に、中央神殿で舞踏会が開かれます。それは、各国の賓客を招いて行われるとても大きな宴で、この一年で最も賑わうものとなります」
「おお……」
各国から人を招くなんて、かなり凄いことに思える。首脳会議を日本でやるようなものかな。そういう時はテレビ局がバンバン放送するし、会場付近の警備も凄いことになる。そう考えると、神殿での宴の規模が知れる。
「それは凄そう」
「そうですね。毎年のことですが、やはりこの時期の神殿が最も賑やかになります。世界樹も、幹に近いせいか、ここで見るのが一番美しいですしね」
「満開の桜かあ、いいなあ……」
思わず呟いてから、ハッとして口を閉じる。桜のことばかり考えて、世界樹に引きずり込まれたらたまったものではない。
だけど、そこはナシカさん。私の心の内を察してくれたのか、ニッコリと微笑んで告げる。
「今度、画家がこの時期の世界樹を描いた絵を持ってきましょう。あまりにも巨大すぎるので想像画になってしまいますが、全体を捉えた美しい世界樹が見られますよ」
くぅぅぅぅ、なんて気配り上手さんなんだ。
「本当にこういうところ、店長に爪の垢を煎じて飲ませたいというか、むしろ、姿と中身をナシカさんと取り換えてもらいたいというか……」
「いやいやいや! 姿と中身って全部じゃん! それ、すでに俺じゃなくてナシカさんでしょ!」
タイミングよく突っ込みながら現れた店長。
「何しに来た」
「うわ、容赦ないよ、ソラちゃん。その冷たい言い方……!」
「神官の格好ってことは、こっちに来たんですね。そうですか。私は現地妻扱いですか」
「俺が神殿に抗議しに行くと思ってもらえないことに、俺の涙は枯れることも知らずに流れていくよ……」
事務室から現れた店長は、ピンク色のローブ姿だ。神官の格好をしているとなれば、彼がここに来た理由は必然と分かる。
「ところで、これ、どうなってるの?」
私の目の前で固まっているラフレ姫と王子を見ながら、店長が尋ねる。
「王子がラフレ姫に、舞踏会とやらのダンスを申し込んでいました。名前を名乗りながら」
「ああ、もう、そんな時期か」
店長が懐かしそうに目を細める。
「この時期に名前を名乗ることは、プロポーズの意味ではないんだよね。世界樹自体も満開の花で己を主張しているということで、人間もこの時期だけは自分のルーツをオープンにしましょうということになったらしい」
「へえ。いつもと逆なんだ」
「そう。世界樹の花が満開のこの時期だけはね。でもさすがに二週間だけ習慣を変えるのは難しいから、舞踏会のダンスを申し込む時だけにしたんだ」
店長の言葉に、それはロマンチックだなあ、と思った。
「だから、未成年の男女がお付き合いを申し込むためとか、交際中の男女がプロポーズの練習をするためとかいう時に、こうして自分の名前を名乗ってダンスを申し込むんだよ」
「ふむふむ。そうして店長も、若いころは女の子に申し込んだんですね」
私の言葉に店長がギョッと目を見開いた。そして分かりやすく動揺する。
いや、あんな懐かしそうに目を細められたら、普通、何か淡い初恋の思い出でもあったのかなあと思うよね?
「スズカさんに申し込んだんでしょ?」
元巫女でもあるスズカさんは、店長の幼なじみである〇号神官のレンさんの奥さんだ。そして、店長の初恋の人でもある。……ということで、分かりやすくビクリと動揺ありがとうございます。
「お、俺だけじゃなく、レンも申し込んだ」
いつもとは違うぶっきらぼうな声で言われても。
しかも、そんなことをご丁寧に白状しなくてもいいのに、こういう時の店長は残念なくらい素直だ。
「まあ、淡い初恋のいい思い出でしょ?」
私がニッコリ笑顔で言うと、店長は感極まったように「ソラちゃん」と言いながら両手を広げる。私はすぐさまナシカさんの方へと逃げた。レジカウンター越しではあったが。
店長は広げた手を所在なさげにワキワキしている。ワキワキすんな。
そんな店長と私を見ながら、ナシカさんがクスクスと笑う。
「お二人が仲良くされていて安心しました」
「でも、キザク国的には困るんじゃないですか?」
キラーパスは得意です。ナシカさんに当たる気はないけれど、私と店長の仲に横槍を入れてきたのは他でもない王子の国、キザク国だ。
ナシカさんも私が言いたいことに気づいたのだろう。
「我が国でも、一介の神官に公爵家の令嬢を嫁がせることについて異論を唱えている者もいますよ。ハクサ殿下も反対派です」
意外なところで味方を得た。
ふと王子の方を見れば、王子はまだ固まっているラフレ姫をただひたすら見つめている。
「あれ、絶対、ラフレ姫可愛いなあ……って見惚れているだけですよね?」
「あんなに長い間、目が合うことなんてないので、大目に見てあげてください」
「いつもはすぐにラフレ姫から目を逸らされますから」
ナシカさんの横からジーストさんが苦笑で言った。
付け加えられた言葉に、王子の不憫度アップ。
だから、今回ばかりは王子に援護射撃を送ることにした。
「ラフレ姫。一年に一度のお祭りなんだから、元婚約者のよしみで踊ってもいいんじゃないかな? 別にプロポーズじゃないんだし」
国賓たちの舞踏会がどんなものかは知らないけれど、こうして王子が堂々と申し込めるのなら、国家間の問題も起こらないんだろう。第一、ナシカさんとジーストさんが止めていない。
ラフレ姫はハッと我に返ると、菫色の瞳に困惑と恥じらいを浮かべながら私を見た。それからコクリと小さく頷いて王子を見下ろし、震える声で言う。
「ハン・ファ・ナナナスト・ラフレ、謹んでお受けいたします」
「ありがとう、ラフレ姫!」
立ち上がり感極まって抱き付こうとした王子を止めたのは、ジーストさんだった。さすが分かってらっしゃる。
「はいはい、ハクサ殿下。未婚の姫君に抱き付こうなんて、国際問題になりますからやめてくださいね」
「くっ、ジースト!! おのれぇぇぇ……!!」
悔しそうな王子を見ながら、ラフレ姫が嬉しそうに――本当に嬉しそうに微笑んだ。大口開けて笑うわけではなかったけれど、それでもラフレ姫が心の底から喜んでいることだけは感じとれた。
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