異世界コンビニ

榎木ユウ

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3巻

3-1

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 プロローグ 世界樹の物語


 とあるところに、桜の樹がありました。小さなその樹は、〝日本〟という異世界の国から〝プルナスシア〟に落ち、この世界の中心となる〝世界樹〟になりました。大陸の端まで届くほどの根を持つ巨大な樹は、やがて〝自我〟を持ち、おのれの存在に疑問を持ちました。
 己はどんな桜だったのか。どうしてこの世界に落ちてしまったのか。
 プルナスシアには、世界樹と同様に、時折日本人が落ちてきました。世界樹は己の疑問が解決するのではと、日本人の記憶を吸い取りますが、手がかりは得られません。その日本人は、巨大な世界樹に記憶を吸い取られ、一年で日本のことを全て忘れてしまいました。
 そんな中、日本から連れてこられた〝巫女〟と呼ばれる存在だけが、世界樹の心をなぐさめました。
〝巫女〟は特別に作られた〝場〟から出ない限り、日本に戻ることができます。
 この世界で、日本に戻れる者がただ一人存在する――そのことが、少しだけ世界樹の孤独をやわらげたのです。
 巫女の帰る世界は、どんな世界なのだろう。日本とはどんなところなのだろう。
 覚えているはずの記憶は、吸い取ったたくさんの日本人の記憶の中にまぎれ、今ではどの記憶が自分のものだったのか、世界樹自身にも分かりません。
 世界樹はいつも日本のことで心がいっぱいでした。いつも日本だけを思っていました。
 しかし、プルナスシアの人間は、毎日世界樹に願うのです。
 自分の住む土地をもっと守ってほしい。もっと豊かにしてほしい。もっと美しくしてほしい。
 世界樹は、虫獣ちゅうじゅうという人に害をなす魔物を駆除していました。
 それは、たまたま根を傷つけられるのが嫌だったからに過ぎないのですが、人々は自分たちを守ってくれているのだと、世界樹をあがめるのです。
 やがて人間は世界樹の中に管車かんしゃという乗り物を通しました。そのことにより、プルナスシアの流通は大幅に改善され、様々な産業が発展しました。
 だけど、人間はどこまでも欲深く、長い歴史の中で世界樹に害をなそうとする者がたびたび現れました。自我を持つ世界樹をうとましく思ったのです。世界樹は虫獣より知恵のある人間を相手にすることが、わずらわしくてたまりませんでした。自分は巫女と共に、日本の記憶をでていたいだけなのに。
 だから、世界樹はプルナスシアで一人、おのれの力を自由に使える騎士を選びました。誰かが世界樹に害をなそうとした時、その騎士に駆除してもらうのです。
 世界樹は今日もプルナスシアの中央で、日本とのつながりを持つ〝巫女〟を側に置きながら、日本の記憶を思い出します。
 己はどんな桜だったのか? 
 その答えを、まだ世界樹自身も見つけられていません――



 1 店長のお母さんてどんな人? 


「──そろそろ、寒さもやわらいでくる三月中旬。私、藤森奏楽ふじもりそら、二十三歳には一大ビッグイベントが控えていた。あ、別に結婚とかそういう人生のなんちゃらではない。仕事上のことだ」
「ソ、ソラちゃん、俺はいつでも準備OKだから」
「店長、人のモノローグに毎回登場するの、やめてもらえませんかね? あと何の準備かとか聞きたくないから、突っ込まないよ」
「イヤイヤ! そこは是非とも突っ込んでもらわないと! 第一、モノローグって普通にバンバン会計しながら話すもんじゃないよね? 俺、客! 店長はソラちゃんでしょ!」
「ケッ。客が偉そうに!」
「アレ……お客様って大切だよね? おかしくない? その日本語、おかしくない?」
「ソラさんたち、毎回毎回、夫婦漫才からイントロ入るの、よそうよ」

 勇者兼店員でもあるケンタの冷静なツッコミから、三度目のこんにちは。
 こちらはコンビニエンスストア、ファンファレマート、異世界プルナスシア・中央神殿駅前店です。
 店長は私、藤森奏楽。ショートボブの黒髪に黒い瞳の、ピチピチ新米店長です。
 ツッコミ要員であるケンタは、一見ごくごく普通の十五歳の少年だが、実は現役勇者。プルナスシアという異世界に召喚されてしまったため、日本に帰れないという不幸な境遇ではあるものの、今日もコンビニ店員を頑張っている。

「うふふ。ソラさん、結婚式は日本でやってね」

 ヒョッコリと顔を出してきたのは、もう一人の店員、ミサオさん。勇者ケンタのお母さんだ。はんなりとした和風美人の四十一歳。

「大丈夫です。近場の式場のパンフレットは全て取り寄せています」
「キリッて真顔で言うな。キモイ」

 そして、私がいるレジカウンターを挟んだ正面に立ち、キモイ顔で返事をする客――元店長だから、今も〝店長〟と呼ばれている小林こばやしアレイ。
 馬の尻尾みたいに長めの髪を後ろでしばっている、三十歳。無駄に筋肉質な体格は、基本マッチョばかりの異世界人とのハーフだからで、草食男子好きの私の好みではない。
 その他にもここ〝異世界コンビニ〟は、お客さんもちょっと普通のお店と違う。
 キザク国の第五王子であるハクサ殿下に、そのお供の騎士ジーストさんと、素敵な草食系魔法使い・ナシカさん。王子がいれば、当然ながらお姫様もいる。プルナスシア一の国力を持つナナナスト国のお姫様でありながら神殿に勤める神官・ラフレ姫も、大切なお客さんだ。
 そんな異世界感溢れるお客さんが来るコンビニに、現在いるのは、店長。
 好みではないのに、コレが私の〝彼氏〟なのだ。

「第一、付き合ってまだ三ヶ月なのに、式場とか怖いから」
「三ヶ月も付き合ったら十分だと思うんだ。ああ、でもその前に体の付き合──」
「おまわりさん、この人です。今すぐ捕まえてください」

 何かとんでもないことを言いそうだったので、私はすかさず防犯ボールを片手に構えた。元野球少年団の腕前は伊達だてではない。そんな私を見て、店長がレジカウンターの向こう側で後退あとずさった。

「ホラ、早く買え」

 店長にプレッシャーを与えつつ、会計を済ませたレジ袋を手渡しする。
 これで本日の営業は終了。

「よし、準備を始めようか!」

 俄然がぜん張り切って、私は殺風景な店内を見つめた。これから店内の模様替えをするのだ。
 プルナスシアという、日本とは違うこの異世界の一大イベント、春祭り。この年に一度の大きなお祭りは、四月一日から開催され、世界樹が開花している二週間行われる。
 春祭りは、世界樹の枝の下であればどこでも行われる。当然、世界樹の幹近くにする中央神殿もだ。この中央神殿駅前にあるファンファレマートも、それに便乗させてもらうことにした。
 だから今、店内は桜づくしだ。桜チョコのお菓子から始まり、桜アイスに、桜餅。お赤飯のおにぎりも、桜と色が似ているということで仕入れを増やした。
 あと、花見には欠かせない酒類の入荷量も増やし、桜色のコスメなんかも揃えた。
 まさに店内、桜一色だ。

「まさか、ソラちゃんがこんなに春祭りに本気出すとは思わなかったなぁ」

 店長が感心したように呟くが、ボサッとウドの大木みたいに立っていないで、最後の飾りつけを手伝ってもらいたい。

「店長、その桜の花、取って」

 私が梯子はしごの上からそう指示すると、店長はさっと造花の桜を渡してくれた。

「というか、ここまで桜尽くしにしても、世界樹が安定したままって……ソラちゃんの精神状態が凄いよ……」

 店内を見上げながら、しみじみ感心して店長は言った。
 ケンタも心配そうに続ける。

「俺もそう思う。いくら〝巫女〟だからって、ここまで桜尽くしで大丈夫なの? 店内には、うちのお母さんもいるんだけど」

 というのも、このコンビニという〝場〟の中にいる日本人が、世界樹――つまり桜について深く考えたり、激しく心を乱したりすると、それに反応した世界樹が日本の記憶恋しさに、〝場〟ごと取り込んでしまうのだ。実際、このコンビニも一度パクリンチョされた。たまたま神殿そばに出てこられたからいいが、それは本当に奇跡だったらしい。だから、〝場〟にいる日本人はあまり桜のことを考えてはいけませんよ、という暗黙の了解がある。
 私は桜の造花を持ち、しばらく「うーん」と考えて外を見る。全くの異常なし。次いで梯子の上からミサオさんを見下ろす。
 ミサオさんはニコニコしながら、桜の花びらシールを貼っているところだった。こちらも全くの異常なし。

「なんにもなってないし、大丈夫でしょ」
「軽っ。店長、こんなんで本当に大丈夫なの?」
「うーん、まあ本人たちもケロッとしているし、世界樹も異常ないから大丈夫かな……?」

 店長が心配そうなケンタをなだめる。だが、桜色のローブを着た店長が一番春祭りめいていると思うんだけど、どうだろう。まあ、桜色のローブは神官の象徴なので、一年中その色なのだが。

「アレ? そういえば店長、今日はこっちなんですね」

 ケンタは店長の格好を見て今更気づいたらしく、そう尋ねた。
 店長は、先日申請を出して日本に永住する許可を得た。プルナスシアの人間が日本に永住するためには、神殿の許可が必要となる。両方の世界の均衡きんこうを保つためだ。

「今日はケンタの申請書類を神殿に提出しに来たから」
「あ、すいません」

 店長の言葉に、ケンタが深々と頭を下げる。
 新年から三ヶ月。
 この短い期間で、いくつか変わったことがある。
 私が店長になったことも大きいが、一番大きな出来事はやはりケンタの進路だろう。

「魔物退治で世界を回るうちに、管車かんしゃに乗っているのが楽しくなっちゃって」

 ケンタの選んだ道は、世界樹の中を走る〝管車の運転士〟だった。

「ケンタは昔から電車が好きだったものね。いいと思うわ。お父さんも安心すると思う」

 ミサオさんは我が子の選んだ道をとても喜んで祝福していた。
 私も、ケンタが騎士や魔法士という、命の危険を伴うような職業ではなく、日本にもどこか通ずる職に就こうとしてくれることが嬉しい。

「じゃ、ソラさん。明日で最後になるけどよろしく」

 四月からケンタは、中央神殿に属する駅員養成学校に入学する。
 三年間、そこで勉強した後、実習期間を経て運転士になる。だからコンビニ店員として出勤するのは、明日で最後になるのだ。

「明日は主人も休みをもらったから、二人で来るわね」

 店内の改装が終わると、ケンタはコンビニの入り口を出てプルナスシアへ、ミサオさんは裏口から日本へと帰って行った。
 明日が最後か……なんとなく感慨深い。ちなみにミサオさんは、なかなかケンタに会えなくなるにもかかわらず、引き続きシフトを入れてくれることになった。ケンタが来られない日は手紙を書いてコンビニに置いていくそうだ。
 ケンタがプルナスシアに召喚されて、三月で半年。
 すでに記憶の半分は薄れてしまった──と苦笑しながら言った少年は、他人事のように昔の自分のアルバムを眺める日が増えている。世界樹に日本の記憶を吸い取られているからだ。
「結構、きついなぁ」とぼやいても、それでも前を見ているのは、きっとミサオさんたちの支えがあるからなのだろう。
 私も、少しでもサポートができればいいんだけどな……と思いつつ、事務室のパソコンで本日の売上を計上して、明日の発注処理を終える。異世界でありながら日本とネットもつながるこの〝場〟は本当に特別だ。
 これにて本日の業務終了。
 いつもならすぐに帰るのだが、今日はさっきからずっと背後に人がいるので、そういうわけにはいかない。

「アレイ、神殿行かないの?」

 恋人になってから、二人だけの時は〝店長〟と呼ばなくなった。年上の人を呼び捨てにするのはどうかと思ったが、店長がどうしてもと言うので、そう呼んでいる。呼んではいるけれど、〝店長〟と呼んでいた日々があまりにも長すぎて、心の中とか皆の前では、まだ〝店長〟だ。店長としては、二人の時に呼び捨てであれば、別に構わないらしい。
 クルリと椅子を回して後ろを向いた瞬間、長い腕が机の両端に置かれた。
 壁ドンならぬ机ドンなんだろうか、こういうの……
 見上げれば、至近距離に店長の顔。見慣れてきたけれど、どうにも気恥ずかしい。

「何?」

 あえて無表情を装ってそう問えば、店長は、ちゅっとひたいをかすめるキスをしてきた。そして、私の耳元に顔を寄せる。

「今度の休み、どこ行きたい?」

 甘くささやくような声に、背中が粟立あわだつ。
 普段と二人きりとで、こんなにギャップがあるのはどうかと思う。
 二人の時も、店長がしいたげられ感満載の方が、長続きする気がするんだけど……!
 私の気持ちを察知したのか、店長はでっろでろにとろけた表情で私に言う。

「大丈夫。どんな態度を取っていても、ソラちゃんが大好きっていうのが全部の根本だから」

 か、か、カエリタイ。帰らせてください……
 もうお付き合いして三ヶ月経つというのに、どうもこの店長のデロ甘に耐えられない。
 いや、ぶっちゃければ嬉しいよ? 
 自分の好きな人が、自分のことを、凄く、凄く甘やかしてくれるんだもの。嬉しいに決まっているじゃないか。だけど、天邪鬼あまのじゃくな私の一部分が、それをなかなか受け入れないのだ。

「ソラちゃん……」

 店長が顔に唇を寄せてくる。ここ、職場! と思っているのに、うまく拒否できない。

「んっ……」

 後頭部に片手が回されて、うなじの辺りを撫でられた。ビクン、と跳ねる体を椅子に押し付けられたまま、キスが深くなる。
 何もかも初めてな私にとって、当然そういうキスも初めてで――店長の経験豊富さが面白くないと思う半面、そりゃ三十歳になるまで何もないわけがないということも理解している。

「……、ん……、っ……!」

 トントンと店長の胸を押したが、ローブの上からでも分かるガッシリした胸筋は当然ながらビクともしない。
 店長の、後頭部に回っていた手が背中に下りてくる。そして、額を合わせたまま彼が聞いてきた。

「今度、俺の家、泊まる?」

 サラリと問われた内容に、ピシリと固まる。

「その……あの……」

 体調的には大丈夫だが、精神的には全く余裕がない。そんな私の動揺を分かっていながら、ニヤニヤと見下ろす店長が憎たらしい。

「ん? なあに?」

 どさくさにまぎれてもう一度キスでもしそうな勢いの店長に、ひえぇぇ……と目を閉じた瞬間──

『そこまでにしておきな、筋肉』

 シャキーン! 
 店長の頸動脈けいどうみゃくに鋭い刃が当てられた。
 今度は店長がピシリと固まり、ソロソロと両手を上げて〝降参〟のポーズを取る。

『そんなうるんだ目をしてはいけない。ソラ様』
「ボウちゃん──!」

 白い覆面マスクをかぶり、その口元から触手を覗かせるのは、ボウちゃん〝改〟だ。
 このコンビニのマスコットキャラである、触手。何故か触手。グロテスクだけど、防犯にも、こんな時にも臨機応変に対応してくれる素晴らしい存在だ。
 以前はコーヒーが苦手だったのだが、それを克服したボウちゃんは、何故か毎日コーヒーを飲むようになった。そして日に日にワイルドになっていき、今はダンディな触手へと進化を遂げた。
 今ではカタコトどころではなく、流暢りゅうちょうに話せるほどの進化っぷりだ。
 ボウちゃんは刃に変えていた触手の先を元に戻してから、乱れた私の髪を器用に撫でた。防火コーティングされたつるりと黒い触手が、冷たくて気持ちがいい。

『お前も三十過ぎてんなら、少しは大人の余裕を見せろ』
「……ええと、君、触手だよね。触手だよねっ!?」

 店長がボウちゃんに問いかけるが、ボウちゃんは白面はくめんマスクを傾けながら、呟く。

『昔のことは忘れた』
「格好いいっ……!」

 ボウちゃんが触手じゃなければ、私、惚れていた。ていうか、現在進行形で惚れそうだ。ヤバイ。

「ソラちゃんっ! 触手だから! 顔、赤らめないでっ!」

 青ざめる店長。さっきまでの色気ダダ漏れテンションは、見事にボウちゃんによって払拭ふっしょくされてしまっている。

「さっさと神殿行ってきなよ、店長」

 手で追い払う仕草をすれば、店長がショックを受けた顔をする。だが時間が押しているのだろう、「戻ったら電話するから……」と言って、名残なごり惜しそうにコンビニを出て行った。
 私はいつの間にかずれ落ちたエプロンの肩ひもを直しながら、ボウちゃんに礼を言う。

「ボウちゃん、ありがとうね」
『女に対して余裕があってこそ男だから』

 ボウちゃんは白面マスクをクイッと傾けてから、ニヒルに笑った。笑ったと言うか、白面マスクの口角を触手で見事に操作している。
 この白面マスクは、ボウちゃんが王子から〝褒賞〟として下賜かしされたものだ。
 数ヶ月前、王子は性病を隠すために白いマスクをかぶっていたのだが、ひょんなことからボウちゃんが頭に生えたことで性病が完治したのだ。
 え? 宿主の性病とか吸収して大丈夫なの? 本当に大丈夫なの? と思ったが、そこにはあえて触れない。ボウちゃんが元気ならそれでいいかな……って。
 ボウちゃんは王子からもらった白面マスクを気に入ったらしく、常にこれを身に付けている。
 たまにお客さんがそれに気づいてビクリとするが、慣れれば可愛いもので、気にならなくなるらしい。

『あ、ソラ様』

 ボウちゃんが自分の持ち場に戻りつつも、何かに気づいたようにこちらを向く。

「何?」
『付き合い始めの男っていうのは、みんなあんなだから、不安にならなくてもいいですよ?』
「──!!」

 私は真っ赤になって、何も言えずに固まってしまう。そんな私を見て、フッとマスクの口元をゆがめたボウちゃんは、シュルシュルと自分の持ち場に戻って行った。
 私は頬のほてりを手で冷やしながら、「ボウちゃん恐るべし」と呟く。
 付き合って三ヶ月。
 最近、不安に思っていることは、店長がちょっと押せ押せだってこと。もちろん、成人男女が付き合って、何をするかなんて分かってますよ? 何がナニかなんて言わせるな! 
 こちとら、処女だ! 
 そうです。まだユニコーンにも触れられる清き乙女であります。
 顔を合わせればいつも「泊まりに来ない?」と積極的な店長に、私はなんて返せばよいのか、毎回戸惑ってしまう。ミサオさんが貸してくれた薄い本――同人誌は、男同士だし、玄関開けたらすぐにエッチするので、ちっとも参考にならなかった! 
 こういう時、一体どうなったら、ああなるのさ! 
 藤森奏楽。もうすぐ二十四歳。彼氏います。まだ清らかなお付き合いです。
 奥手ですみませんね! 


     ※ ※ ※


 ケンタのお父さんは、のっけからテンションが高かった。
 眼鏡をかけたダンディな四十六歳のおじ様は、本日はラフなシャツとジーンズ姿だ。アラフィフに片足突っ込んでいても、ジーンズ姿は格好いい。と、胸キュンしたのは内緒だ。
 ケンタのお父さん──ケイイチさんは、事務室から店内に入ってくるなり、ケンタの横でおにぎりを選んでいたジグさんの肩をポンポンと叩き、懐かしそうに頷いた。

「ケンタ、随分大きくなったな……」
「いや、それジグさんだから。お父さん、違いますよー!」

 ジグさんは、このコンビニを護衛している神殿護衛騎士だ。相変わらず騎士なんて肩書きよりも〝傭兵ようへい〟という言葉の方が似合いそうな風体ふうていだ。右目の銀色の眼帯が、彼のワイルドさを更に強調している。
 私のツッコミに、ジグさんは目を細めてニヒルに笑いながら言う。

「親父……、久しぶりだな」
「おい、どう見てもジグさんの親父じゃないのに、話に乗るな!」
「ケイイチさん×ジグさんっ……。きぃやあああああ!」
「ミサオさんっ! おかしいよ! 自分の亭主なのにBLイケるのかよ! そんでもって、何でミサオさんのカップリングはいつも受けがゴツイんだよっ!!」

 お客さん! お客さんの中にツッコミ要員はいらっしゃいませんか! って、何度目の呼びかけだ。そして父親とジグさんのやりとりを冷めた目で見ている息子。

「ケンタ、いい加減、あの人たち止めなよ」
「いや……もう、すっかり忘れちゃってるんだけど、これが俺の親なのかって思うと、悲しくないのに涙が……」
「……」

 私は無言でケンタの肩を叩いた。強く生きろ、ケンタ。
 ひとしきりやって満足したのか、ケイイチさんはようやくケンタの方を向いた。

「おや、私の息子ケンタじゃないか」
「ワザとらしいな、お父さんっ!」

 ケイイチさんは、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべ、ケンタの頭をクシャリと撫でた。
 今はまだケイイチさんの方が背が高いが、その内、ケンタもケイイチさんくらいに伸びるのだろう。
 ケンタはクシャリと撫でられた手を払いのけることなく、うつむいたままポツリと言う。

「久しぶり」
「ああ」

 少ない会話ながらも心を通い合わせる親子の情に、胸がじんとする。だが、彼らの妻であり母でもあるミサオさんは、こんな感動シーンなのに一味違った。

「ああ、でも、店長も加えて……」
「ミサオさん、せっかくの感動の対面なので戻ってきてくださいよ」
「うふふ。久しぶりだから、私の妄想もみがきがかかっちゃったわ」

 ミサオさん……バイト中は、かなりの確率で妄想していますよね? 仕事の手を止めないから何も言いませんが、たまにお客さんの尻をガン見するのはよした方がいいと思う。マジで。

「あら。私にとって最高のお尻はケイイチさんなのよ?」

 そういうノロケはいらないです。ハイ。

「ソラさんだって、店長のお尻が一番でしょ?」

 そういうフリもいらないんですよ。勘弁してください。

「俺の尻が一番だがな」
「まあっ!」

 ジグさん、会話に入ってくるのに、そのセリフ選びはどうかと思うよ。
 ほら、ミサオさんの目が爛々らんらんと輝き始めているし。

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