異世界コンビニ

榎木ユウ

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2巻

2-3

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「ち、違うんだ! ラフレ姫っ! カンタレでもてなしとか言って勝手に女を寄越してきて!」

 えー、性病持ちの女寄越してくるなんて、外交問題どころの話じゃない気がするけど……

「カンタレでは、この病気は子供の頃……出産時に皆感染するものなので、免疫がついています。ただ、他国の者と通じた場合、たまに抵抗力の弱い人間はかかることもあるようですが、それもまれだと言われています。以前外交に行かれた第四王子はそのようなことはなかったので、まさかハクサ殿下が罹患りかんするとは思わなかったようです。この事態に、カンタレ国は我が国に大変申し訳ないことをしたと謝罪してきています」

 と、説明してくれたのはナシカさん。店長のピンクローブはフローラルに近い匂いだけど、ナシカさんのローブはどんな匂いなんですかねえ……? 

いでみますか?」
「い、い、いいですっ!」

 にっこり微笑ほほえまれたら私、どうにかなってしまいそうです……! って、心の声が届いてた!

「貴様ら、余を無視するな!」

 王子がわめいているけれど、無視というか放置というか、そもそも何を言えばいいんだ、おい。

「だって王子が感染した理由って……エッチしちゃったからなんでしょ? 好きな子がいる男として、それはどうなのかなぁと思うんだけど」
「そうだよねぇ。俺も不誠実だと思うなあ」

 ケンタがラフレ姫の横で王子を睨んでいる。意外に潔癖なんだよな、この子も。ラフレ姫はラフレ姫で氷の微笑をたたえたままだ。怖い。まじで怖い。

「あら? ハクサ殿下はどなたか好きな女性でもいらっしゃるんですか?」

 はい。爆弾投下。にっこり笑って大型来たよ。
 ケンタが、ラフレ姫を見ながらわずかに顔を引きつらせた。中学生の君にまだこの修羅場はきつかろう。
 ラフレ姫はとても綺麗な微笑を浮かべているが、全く目が笑っていない。

「ラ、ラフレ姫……!」

 思わず伸ばした王子の手を避けるように、ラフレ姫はスッと体を後ろに引くと、小首を傾げてから、第二弾投下。

「それとも世の女性、全てがお好きなのかしら? 博愛主義でいらっしゃるのね。私は一人の殿方しか愛せないし、お相手もそういう方を選ぶつもりですので、ハクサ殿下の広いお心を理解できなくて残念です。ええ、きっと一生理解できませんね」

 ハイ、死んだ──! 
 これは痛い。聞いている方も、あからさまに分かる。王子の顔は、青線以外の場所も青くなっていた。

「ではケンタ、バイト終わりにまた来ますね」

 ラフレ姫は完璧なまでに王子を無視すると、ケンタに声を掛けた。

「え? あ? う、うん! まっ、まってる!」

 ケンタ、惜しい。ここで余裕の笑みを見せられれば、なかなかだったのに。だが、そこまでのスキルを中学生に要求するのも酷だろう。
 ちゃらっちゃら、ちゃらちゃららん。
 ラフレ姫は、石化というか氷みたいに固まって動かなくなった王子をわざと避けるように通り過ぎる。そして、ジーストさんとナシカさんに軽く頭を下げてから外に出ていった。他国の家臣にも頭を下げられるんだもの、本当にラフレ姫って一般人というか一神官としての身分をきちんとわきまえている人なんだな。王子を見る限り、この世界には選民意識の強い王族もたくさんいるのだろうが、ラフレ姫には全くそれがない。私は付き合いやすいのでありがたい。
 そして、どうしてそんな素敵な女性に惚れている王子は、ここまで自分を律せないのだろう。

「王子。私の世界でもさ、どんなに性格良くても女にだらしない男には、それなりの女しか寄ってこないよ?」

 氷になった王子に話しかけると、王子がぐじぐじと弁明し始める。

「よ、余だって、好きでこんなことをしているわけでは……」
「え? でも、接待だったなら自分が拒否すれば何とかなったんじゃないの?」

 ケンタが不思議そうに王子に問いかけた。ケンタ、ワザとか? と思うほどのタイミングだ。
 王子は案の定、ケンタの追い討ちにガクリと項垂うなだれた。

「ラフレ姫に……雰囲気が似ていたんだ」

 ポツリとこぼれた呟きは、誰に聞かせるためのものだったのか。いや、聞いてはいるけど、聞きたくないし、知りたくなかったよ、そんなこと。

「ハクサ殿下のラフレ姫好きは、各国に知れ渡っていますからねえ」

 ジーストさんがフォローするようにぼやくが、そういう理由でセレクトされた女の人は可哀想だ。それにうっかり乗っちゃう王子は、怒りを通り越していっそあわれだけど。
 しーん、と、気まずい空気がコンビニ内にただよう。
 やだ、この空気、なんとかしてほしい。私が悪いわけじゃないのに、いたたまれない。
 その時、一陣の風と共に奇跡が舞い降りた。

「ハクサ殿下、愛、し、て、ます」

 ラフレ姫の声が、王子の頭上から聞こえてきたのだ。

「ラフレ姫!?」

 クワッと目を見開いて、声がする方を見上げた王子。

『ラフレヒメノコエ、ヘンシュウシタ。ダマサレル。オマエ、チョロスギ』

 白いマスクを触手の先端に被せ、わざわざその口をパクパクと動かして語るはボウちゃん。

「スゲエ──声まで録音できるようになってるのかよ」

 隣でケンタが感嘆の声を上げたが、問題はそこじゃない。
 王子はわなわなと体を震えさせ、剣に手をかけると叫ぶ。

「おのれ、伝説の触手といえども火には弱いだろう! 覚悟しろ、ギリギンテ!」

 そして王子は、ボウちゃんを追いかけ始めた。左手から火がボワッと出るとか、奇術の世界だ。ていうか、ここ店内。お前は放火魔か、王子。

「あれ? 店内って魔法使えないはず……」
「王子のアレは、最近市井しせい流行はやり始めた発火棒です。左手に持っているでしょう?」

 よく見てみれば、確かに王子の左手には棒がある。

「なんであんなのこの店に持ち込んでるんだ、王子。出禁できんにするぞ、コノヤロウ」

 殺気立った私に、ジーストさんが慌てて訂正する。

「本日、王子はラフレ姫を花火に誘うつもりだったんです。アレはそのために用意したもので。カンタレ国の土産みやげが、昼間でも綺麗に見える花火だったんです」
「なんていうか……本当に残念すぎますね、王子」

 残念すぎて、よりいっそあわれになってきた。
 店内ではまだ王子とボウちゃんの攻防が続く。ボウちゃん、燃やされないだろうか。
 大丈夫かな、とハラハラした瞬間だった。

『コノ、コワッパ。ワレニカテルトオモウカ!』

 白いマスクの口が、大きくカーッ! と開いて、中から触手がチラ見えするとか怖いんですけど。
 しかも開いた瞬間、プシャーッ! って、
 何か出てきた──! 白い液体っぽいやつが……!
 王子の火はその液体で、あっという間に消えてしまう。
 謎の白い液体って何、ソレ。何、そのオプション……! 

「うわぁ……何か、店長つくりての性癖を疑うね……」

 健全中学生男子でさえドン引く性癖って、ちょっと店長、どうかと思う。
 今日もファンファレマート、プルナスシア中央神殿駅前店は平和だ……と、思いたい。



   3 コンビニに永久就職? 


 金曜日。バイト休みだったこの日の晩、店長はガチガチのスーツ姿で日本のコンビニに現れた。

「うっわ、緊張するー」

 スーツ姿の店長なんて初めて見た。神官服のピンクローブでも、コンビニ制服のピンクエプロンでもない店長は、いつもより凛々りりしく見える。肩にかかるほどの髪を後ろで束ね、背筋を伸ばして立つ姿はまさに美丈夫のようだ。おかしい、私の視力、悪くないはずなんだけどな。

「そんなに見惚みとれないでよ。惚れ直した?」

 ニヤリと得意げに笑われて、誰も惚れてないわボケと瞬殺で返した。
 それでも店長の顔は締まりない。よかった、我が家にちょくに来てもらうわけではなく、コンビニで待ち合わせにして、本当に良かった。
 店舗の方からこちらをニヤニヤと見ているバイトのミカちゃんと木村きむらくんの姿は、見なかったことにする。ええい、見るな、見るな。両こぶし握って「頑張れー!」って叫ぶなよ。
 頭の中でそう声を上げながらも、表面上は何事もなかったかのように装い、店長を見上げる。

「ん?」

 すると店長は、ホットケーキをメープルシロップ漬けにしたかのような甘い笑顔を向けてきた。スーツだから五割増しで。
 ……これ、家で鉢合わせたら、色んな意味でやばかった。
 ワンクッション、大事。

「とりあえず、店長は、私が福利厚生のしっかりした労働条件で働けますよ、ってうちの親に説明してくれればいいから。その無駄に多すぎるわけ分かんないパンフレットが詰まった紙袋は、車に戻してこい」

 白いドレスを着た女の人とブーケが表紙の雑誌とか、どこかのホテルのパンフレットとか、どう考えても今日必要ないよな? 

「もしかしたら今日、必要になるかな、と思って……」

 両指を組んでモジモジさせるな、気色悪い。

「必要にならないし。今日は親に就職のことで口きいてくれたことを話してくれればいいの。お願いだから余計なことはしないでください。お願いだから。今日だけは私も丁寧語使うから、本当、まじで、お願いします」
「大丈夫、ソラちゃんの悪いようにはしないから」
「いやいやいや、どう考えてもその紙袋の中身は私にとってのデスロードだろう」
「デスじゃないよ! バージ――」
「店長、もう帰れ。やっぱ、今日は頭が煮えていて来られないって親に説明しとくから」

 クルリときびすを返して一人で家に戻ろうとする私の腕を、ガシリと店長が掴む。

「大丈夫、うまくやるから、俺に任せて」

 自信満々の顔が憎らしい。やはり私一人で説明した方がいい気がしてきた。うん、そうしよう。

「そっちの、会社の書類の方だけ私によこせ」
「こっちは俺が持つからいいよ。ソラちゃんはこっち」

 店長は二つ持っていた紙袋のうち、結婚情報誌の入っていた袋を車に戻した。それから、コンビニのマーク付き封筒が入った紙袋を持つ。そして、もう一方の手で私の手をキュッと握ってきた。
 大きい手のくせして、握る時の力がとても優しいのは、最近知った事実で──
 思わず手を引こうとしたが、その手からのがれられない。げられる強さのはずなのに。
 店長は「ん? どうしたの?」なんて分かっているくせに聞いてきて、手をつないだまま、私をうながす。

「さ、行こうか」

 家までの道のりを今日ほど遠くなれと願ったことはない。別に手をつないでいたいからではない。目の前に積まれた問題から目をらしたいだけだ。
 だが、願ったところで遠くなるわけなどなく──

「本日はお招きいただきありがとうございます。ソラさんの勤め先の店長をしております、小林アレイと申します」

 我が家の玄関先で深々と頭を下げた店長を見て、

「誰だ、お前」

 と思わず呟いてしまったことは致し方ないだろう。
 それくらい、いつもの店長とかけ離れていた。いっぱしの社会人にしか見えない。
 母が、「奏楽の姉が出産の際はお世話になりまして」と、ニコニコしながら店長と挨拶あいさつを交わす。いつの間に用意していたのか、店長が紙袋から手土産みやげを取り出す。それを受け取りつつ、母は我が家へあがるよう促した。

「奏楽の父です」
「奏楽の母です」
「奏楽の姉の李楽りらです」
「奏楽の義兄で、李楽の夫の白土しらとです。隣が娘の翠です」

 おおいっ! 最初の二人はいて当たり前だが、あとの奴ら、私が店長を迎えに行った時は、いなかっただろうが! 

「こんな楽しいことを私が見逃すと思ったか!」

 姉がグシシシとこぶしを口元に当てて笑う。その横で義兄も同じポーズでグシシシと笑う。赤ん坊の翠にそれは無理だろうが、そう遠くない将来、そっくりポーズの親子が誕生しそうで、私はクラリと眩暈めまいを起こして倒れそうになる。だが、そんなに繊細ではないので、眩暈なんか起こせるわけもなく、リビングのソファー前でくつろぐ皆を睨みつけることしかできなかったが。
 そっと店長の横から避難しようとしたら、店長に腕を掴まれた。

「ソラちゃんはこっち」

 嬉しそうに言うな。暑苦しいわ。
 母が「粗茶ですが」と言ってお茶を出し、茶請けを食べつつ、まずは世間話からスタート。
 店長は、自分は外国の血を持っているが母が日本人で日本国籍だとか、ファンファレマートの店長をしているが実は本社の役員だとか、だから仕事が早く優秀な私に新しい店舗をお願いしているだとか……うまい具合に、真実を織り交ぜながらもぼかしつつ語る。その語り口は、とてもいつものダメ店長のものとは思えない。
 こういう時、この人はきちんとした大人なんだな、と思い知らされる。

「――それで、そちらの店舗はなかなか人が居つかないので、ソラさんに来てもらって、とても助かっているんです」

 そう店長が締めくくった時には、皆の中で私は優秀な店員に仕上がっていた。
 父と母の、感心するような目が痛い。真面目に働いてはいるけれど、そんなに自分が優秀でないことはよく分かっている。

「奏楽は評価していただいているんだな」
「う……」

 父の言葉に思わず恥ずかしくなってうつむく。見なくても、横から店長の視線がそそがれていることが分かった。
 そんなに見るな、金とるぞ。

「奏楽とはどういった関係なんですかね?」

 にっこりと笑って戦いの火ぶたを切って落としたのは、父でも母でもなかった。
 そして、姉でもなかった。
 義兄よ、何故、あなただ。
 義兄はパッと見は感じのいい優男やさおとこに見えるが、姉いわく、会社では〝ウザト〟と呼ばれてなかなか空気を読まない人らしい。らしいじゃなくて、今現在、娘婿むすめむこという立ち位置でありながらザクッと斬り込みを入れてくる時点で、空気読まないのは言わずもがな、だが。
 大雑把おおざっぱをこよなく愛する我が家の気風と、そのウザさ加減がバッチリ合ってしまったらしく、恐ろしいことに、父は実の息子のように義兄を可愛がっている。こんな爆弾発言にさえ、特に顔をしかめるわけでもなく店長の回答を待つのだから、たまらない。

「まだ、店長と店員の関係です」

 サラリと回答する店長が憎い。だけど、「まだ」って何だよ。「まだ」って。

「まあ、奏楽は若いが成人しているので、交際に関しては何も言わない。こうして挨拶あいさつに来てくれた小林さんを見る限り、信頼に足りうる方だと思う」

 父は店長をそれなりに評価してくれたようだ。そのことには安堵あんどしたが、父の言葉はそれだけではなかった。

「だが、奏楽がずっと一バイト店員としてコンビニに勤務することは、親としては容認できない。店員と言えば聞こえはいいが、実際のところフリーターであることに変わりないんだ。今後、万が一私たちに何かあって独りになっても、娘に生活できる力を持っていてほしいと思うのは、親として当然のことでしょう」

 その言葉がずしりと私の胸に重くし掛かる。親がいなくなる未来なんて、怖くて考えたくない。瞬時にそう考えてしまうくらいに、私はこの両親が大好きだ。二十代半ば近くにもなって、まだ家にいる甘ったれなことは自覚しているが、だからこそ、余計に父の言葉が耳に痛かった。
 父はさらに続ける。

「今はそれでいいかもしれない。だが、生活基盤を築くことをおろそかにしてもらっては困るんだ」

 それはつまり、目先の幸せのために楽な方へ進もうとするなという、父の訓告だった。
 父は寡黙かもくな人ではない。時に辛抱強く、時に優しく、姉や私をさとしてくれることが多々ある。今もそうだ。
 決してコンビニの店員が悪いと言っているわけじゃない。
 そこから先の生活も、きちんと一人でできるようになるのか。私の自活を問うているのだ。

「それに、女性社員が、男女関係のもつれで退職するのを何度か見ているのでね。職場恋愛というものにあまりいいイメージがないんだ」

 父が嘆息しながらそう言った。
 ピシリと固まるのは私だけだ。
 しょ、職場恋愛? 職場恋愛って、私と店長のこと? そうか……はたから見れば店長と店員で、同じ勤め先だから当然、職場恋愛ってことになるのか。いや、まだ付き合ってないけど。手はつなぐけど、清い関係ですから! 

「お、お父さん……」

 口を挟もうとした私を、店長が手で制する。そして、父に向かって低く落ち着いた声で、

「確かにおっしゃる通りです」

 と同意した。

「店長……?」
「私と付き合っている間は、ソラさんは楽しいかもしれない。しかし、万が一別れた場合、コンビニで働きづらくなること、転職しようと思っても、彼女の年齢次第では次の就職先が見つかりにくくなることを危惧きぐされていらっしゃるんですよね?」

 付き合ってないし。
 シリアスシーンなのに、思わず心の中でそう突っ込んでしまった。
 だけど、言葉に出すのは我慢して、店長の横顔を見上げる。
 キリリとしている顔に一瞬、頬を赤らめてしまった。が、目の端で、それを見た姉がニヤニヤしているのは見逃さなかった。くそ、私の内面、姉にまる分かりか!

「ソラさんのお父さん」

 店長がスッとテーブルから離れた。そして居住まいを正してから、正座した両ひざに乗せていた手をリビングのマットにつくと、顔だけを父に向けた。
 え? え? え? 
 母が期待に満ちた目で店長を見る。父は義兄が挨拶あいさつに来た時のような緊張した面持おももちだ。姉の目は三日月の形となり、決定的瞬間を今かと待ち構え、義兄に至っては翠ちゃんを撮影するために買ったはずのビデオカメラで店長を撮影し始めた。姉夫婦、酷い。本当に、酷い。
 そんな中、堂々とした様子で店長は、スウッと息を吸い込むと言う。

「──ソラさんを……」

 ちょ、待っ……何? 私たち付き合ってもないよ! 何を言う気なの!?

「〝店長〟にしたいのですが」

 ……
 …………
 ………………
 ポカーン。
 まさにそんな擬音が合うと言っていいほど、皆、口をパカリと開けている。
 恥ずかしいことに、私も、父も、母も、姉も、皆、その言葉は予想していなかった。
 ただ、義兄だけがカメラを構えたまま、ニヤリと意味深に呟く。

「外してきたなぁ」

 今、凄く、「ウザト」の意味を理解した。


     ※ ※ ※


「よう、ソラ。お前、この店の店長になるんだってな!」

 嬉しそうに話しかけてきたのは、ジグさんだ。赤髪短髪のゴツゴツマッチョは、そのいかつい体つきに相応ふさわしいデリカシーのなさを備えている。

「いらっしゃいませ、雷鳴のジグさん。今日は梅干しおにぎりがオススメです。というか、梅干しおにぎりしか雷鳴のジグさんには売りません」

 ジグさんの嫌がる二つ名を連呼しながらそう言うと、ジグさんは心底嫌そうに顔をしかめた。

「私が店長になったあかつきには、この店舗のおにぎりは全部梅干しにしてやる」

 ジグさんがグッと言葉を詰まらせる。すると、私の横でレジ脇に置いてあるおでんの種を足していたミサオさんがクスクスと笑った。

「でも、店長になれるから、コンビニ勤め継続できるんでしょ?」

 冷静なミサオさんの言葉に返す言葉もない。
 あの我が家での店長の意味不明発言は、真実、私がこちらの店長になるということだった。
 店長が父に提示したのは、店長としての給与などの勤務条件について書かれた書類。私の働きぶりに感心した店長が本社と掛け合い、店長として正社員雇用する旨を取り付けてきた──と、隣で堂々と説明する店長を、私はポカンと眺めているしかできなかった。
 そういうことは、先に私に言えよ! 
 結局、父も母も、店長の話に納得してしまって、その後は私の店長就任の祝いとかで出前のお寿司が頼まれた。一体全体、どういうことなんだ……! 
 丸く収まったのは良かったけれど、勝手に店長昇任というのはあんまりじゃないか、という思いは私の中で未だにくすぶっている。
 それを、ジグさんは勝手に解釈したらしい。

「なんだ、アレイと離れちまうから寂しいのか?」

 ニタニタと意地悪く聞かれた。
 そう、私がここの店長になるということは、店長が日本の店舗専任に戻るということなのだ。今年中に店長の仕事を教わり、来年からは、私がこの異世界コンビニの店長になる。

「とりあえず、今までの業務に店長業務が加わるだけだから」

 サラリと店長は言ったが、その店長業務が大変なのだ。プルナスシアの売り上げも本社に報告する必要があるらしく、今まで発注したことはあれど、そういった店舗運営にはノータッチだったので、一から覚えなくてはならない。

「別に、今までだって店長はあっちの店の店長だったし……」

 たまにプルナスシアの店にも顔出ししていたが、店長は基本日本の店舗にいたので、あまり今と変わらない。ただ今度からは、店長として店を任されてしまうというだけ──なのだが、それって、給料が跳ね上がるぶん、凄く責任が重くなるってことなんだよなぁ……
 巫女という役割の方が大切だから、そんなに重く受け止めなくていいよなんて店長は言うけれど、何の心構えもさせずに店長どうぞって、物じゃないんだからどうかと思うのだが。

「ソラ。心の声、ダダ漏れだ。お前、本当にストレスたまってるんだな」

 ポンポンとジグさんの大きな手が私の頭を叩いてくる。店長とは全く違う硬い手に叩かれるまま、私は項垂うなだれた。

「でも、きちんと店長研修だってあるんでしょ? なら大丈夫じゃない」

 ミサオさんもそうフォローを入れてくれた。

「そうなんだけど……勝手に色々動かれると不満っていうか……」

 もう少し、私に話してくれてもいいじゃないかと思うのは、絶対我儘わがままじゃないよね? 
 そう思っていたら、ミサオさんがニマニマしつつ、「ヤダ、カワイイ」とボソリとこぼした。

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