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2巻
2-2
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「ドンゴさん、ケンタ付きになれてよかったですね」
「ケンタは最初からドンゴ八号神官のことを信頼していたから。ケンタもこれで少しは楽になれるといいけど」
「どうしてケンタは、自分を召喚した人間を信頼できるんですかね?」
疑問を投げかければ、店長がちょっぴり困ったように笑った。
「ドンゴ八号神官はスクラント国の神官だったせいか、あまり神殿寄りの性格じゃなかったから」
「どういう意味ですか?」
「神殿の人間は、あまり本音を出さない」
ちょっと意外だ。私のよく知っている神官は、店長と、ラフレ姫というナナナスト国のお姫様の神官で――店長はちょっとアレだが、二人とも誠実な人だと思う。
「ほら、ソラちゃんのことをケンタに隠していたしね」
「ああ……」
でもそれは、止むに止まれぬ事情があったからだ。だけど、それがケンタには不誠実に見えたのかもしれない。
「ドンゴ八号神官はそのあたりが他の神官とは違っていてね。情報を漏らしはしなくても、ケンタに対して正直に接していたんだと思うよ」
なんだかそれも切ない話だな。一番信頼できる相手が、自分を召喚した相手だなんて。一番憎んでもいい相手だろうに、その相手が誰よりも自分のことを考えてくれているというのは、本当に複雑だろう。
色んなことに思いを馳せていたら、そっと手を繋がれた。油断も隙もないな。ムッとして横を見上げると嬉しそうな店長の顔が見えて、私は俯く。
なんだかなぁ……!
その後は二人とも無言で歩いた。家の傍まで来ると、店長はようやく手を放した。時間にしたらわずか数分の遠回り。だけど、じっとりと手に汗が滲んでいた。これくらいで緊張するとか、本当に私の恋愛偏差値低いな。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
コンビニへ戻る店長の背中を見つめながら、私は、「はあ……」と、重いため息を吐く。緊張だけではない。少しの失望も込めて。
なんだかなぁ……!
どうなりたいのか。どうしたいのか。
そんなの私だって分からないが、一つだけ言えることがある。
藤森奏楽、二十三歳。クリスマス月間ですが、まだフリーです。手を繋ぐことはあっても、そこから先がありません。大事なことだから、もう一度言います。
私、まだ恋人がいません。
何故なら、誰にも「付き合ってください」と言われてないからです。
コンビニの店長と、手を繋ぐだけの微妙な関係です。それって、どうなのさ!
2 異世界恋愛ってありですか?
「奏楽、就職どうするの?」
二十三歳にもなって、今、私は親の前で小さくなっていた。叱られるのを待つ子供のようだ。実際はダイニングでテーブルを囲んで夕飯をとっているだけなのだが。
目前には真顔の父と母。そしてニヤつく姉。
姉は出産後の床上げを終え、すでに自分の家に帰ったはずなのに、何故か頻繁に我が家に来る。
今日も私の隣で夕飯を美味しそうに食べつつ、ソファーで眠る姪っ子・翠ちゃんを放置中。初めての子なのに、堂々たる放置ぶりだ。まだ寝返りも満足にできないからいいが、いつかソファーから落ちるぞ。とはいえ、やること全て大雑把な姉がそれを気にするかは怪しいところだ。きっと、翠ちゃんが落ちても笑ってあやすだけだろう。強く生きろよ、翠ちゃん……!
「ちょっと、奏楽。そうやって現実逃避してないの。で、一体どうするつもりなの?」
いつもは私をからかう母の口調が、今日に限って厳しいのは、大学を出たにもかかわらず、未だ私がフリーターであることが問題になっているからだ。
「一応、チーフにはなった……よ?」
「コンビニのチーフと言ったって、アルバイトなのだろう? アルバイトのままでいいのか?」
優しい声で紡がれる父の冷静な指摘が、凄く耳に痛い。
「えっと……、その……、チーフだと時給が千円超えて……」
「だが、福利厚生は充実していないだろう? せめて健康保険や厚生年金がしっかりしているところに入ったらどうだ? 大学を卒業して一年以上経っているが、契約社員なら入れる会社はあるだろう?」
そうなんだよね。
月二十万円弱の収入だとしても、片やコンビニのアルバイト。
片や月給は十六万円前後であっても、福利厚生が手厚い契約社員。
その選択肢ならば、給料は下がっても、福利厚生がしっかりしていた方がいいと親は言う。確かに会社によっては、契約社員でも厚生年金に入れるところもあるので、現在細々と国民年金を払っている私にとっては、そちらの方が格段にいいことは分かっていた。
「それは……分かってるん……ですけど、ね」
「アルバイトなら他にもいるんでしょ?」
いるにはいるが、ケンタはすでに異世界人扱い。ミサオさんだってパートだし、隣県住まいなのでそれほど頻繁には通えない。きちんと一定の時間いられる〝巫女〟としての役目もしっかりできる日本人は、私だけなのだ。
だけど、それを親にどう説明しろっていうのさ……!
ぐうの音も出ない私を、さらに叩き潰したのは姉だった。
「小林さんに挨拶に来てもらえば一発ジャン」
いきなり、店長の名前が出てきた。ちなみに、店長はこの〝小林〟姓でちゃんと日本に戸籍があるらしい。どうやったの? どうやって作ったの? と思わず店長を揺さぶったが、店長はニコリと笑って「さあ?」と返してきたので、日本怖い、と思った。一般市民である私の知らないところで、この国は色んな世界と繋がっているんじゃないだろうか。知りたくもないが。
しかし、今は店長の戸籍の話をしている場合ではない。何故ここで店長の名前を出す、という問題に対応しなければならない。
「挨拶?」
訝しげに姉を見る私に、姉はニヤリと笑ってから言う。
「だって店長さんだし」
だから何で挨拶? 店長が挨拶に来てどうすると思ったが、母が「まあ? まあまあまあ!」と甲高い声を上げたのでピンときた。
「何だ、就職しないのはそのつもりだったのか?」
父がわずかに眉間に皺を寄せたが、そのつもりって何のつもりだよ!
「違うっ! 私と店長はそんな関係じゃないし……!」
必死になって両手をブンブンと振ったが、姉の追撃は容赦ない。
「先月、わざわざ家まで迎えに来たじゃない」
「それは──!」
忘れるはずもない、ケンタの母親に会いに行ったあの日のことだ。くそ。わざわざ我が家に迎えになんて来るから──!
「なんだ、そんな話は聞いてないぞ。そいつは誰なんだ」
父はとても不機嫌そうだ。いや、お父さん、相手なんていないですから。あなたの娘、まだユニコーンに触れるくらい汚れなき処女ですから!
「ホラ、お父さん。ソラがこの前まで勤めていたそこのコンビニ。あそこの店長さんよ。今勤めているコンビニは、その店長さんに頼まれて異動したのよね?」
母が余計なことを言った。
我が家の近所のコンビニエンスストア。当然、父だって会社の行き帰りに立ち寄ることはある。店長が誰か思い至ったのか、父の眉間の皺がさらに深くなった。
「……随分年上じゃないか?」
「三十歳だよね?」
だから、火に油を注ぐなよ! 横から口を挟む姉をギッと睨みつけたが、姉はどこ吹く風だ。
「あら~、じゃあ、ちょうど適齢期なのね」
母がのんびりとした追い討ちをかけるので、より一層事態が収拾できなくなる。
「お、お父さん、あのね──」
父は深く息を吐くと、
「とりあえず、就職のこともあるのだし、その人が店長というなら尚更連れてきなさい」
と、最後通牒を私に突きつけてきた。
交際してもいないのに実家に招待なんて、どう考えても店長逃亡フラグしか立たない気がするんですが。
泣きたい……
※ ※ ※
「──ということで、今度の金曜休み、我が家に来いや、店長」
「え、え、えええええ?」
家族会議の晩、私は結局、店長に電話でそのことを告げた。
電話の向こうの酷く動揺した店長の声に、動揺したいのは私だと返したい。だが、それを言っては話が進まないので、極めて冷静に店長の次の言葉を待つ。
店長と電話しあうようになったのはいつからだろうか。
とりあえず、ケンタの両親を探すようになってからなのは確かだ。だけど、店長が異世界にいる時は繋がらないので、それほど電話をかけてはいない──うん、週三回だし。別に付き合ってなくてもする頻度だよね? そう思う、思えば、思いたい(願望)。
「ただ、社員にするって話をしてくれればいいので……」
チーフの肩書きが弱くなったら社員にしてくれると先に言ったのは店長の方だ。バイトから社員になる手続きがどんなものか分からないが、そのあたりは店長に丸投げするつもりだ。
第一、向こうの世界でかなり重要な役割を担っているのだから、福利厚生全般、手厚く保障してくれてもいいと思うんだ。
「ソラちゃんのお父さんって、怖い?」
「怖くはない。優しい」
「そりゃ、父親は娘に甘いよ。うわ、何着てこう」
今は日本の自分の部屋にいるであろう店長が、電話を持ちながらゴソゴソとクローゼットを漁る音がする。
家近の店舗は、結局店長がまた店長をしていた。この間までは〇号神官のレンさんが代理をしていたのだが、中央神殿での仕事が忙しくなってしまったのだ。その時丁度、私が巫女を続行することが決まったから、同じく日本に居住継続になった店長がまた務めることになった。
「ソラちゃんが巫女の間は、俺もこっちに住まいを確保してないと駄目だから」
とは店長の言。コンビニという〝場〟を提供し続ける限り、店長は日本にも定期的に滞在しなければならないそうだ。そんな様々な制約を、色々約束事があって面倒だと聞き逃していたころが懐かしい。
今は自分の役割がどんなものか分かっているし、少しでもプルナスシアについて知りたいと思っている。それは、店長自身のことをもっと知りたいという、複雑な恋愛感情が起因だったりするのだが、この単純店長はそこまで気が付きやしない。
電話の向こうの店長は、自分の服選びで頭が一杯だ。
「うわ、スーツ、クリーニング出しとかないと!」
「スーツなんかじゃなくていいよ。普通の服で来てください、店長」
「え? だって初めてお父さんと会うんだもん。印象は良くしたいよぉ!」
お前は初めて彼氏の両親に会う女の子か。
「なんか疲れたから、電話切っていい?」
「駄目。もっとソラちゃんの声聞きたい」
がう。
甘い声で囁かれて、あやうく私はスマートフォンを投げそうになるのを堪えた。この前、ようやく機種変更したばかりだというのに、うっかり壊したらどうしてくれよう。
このバカ、馬鹿、カバ。ピンクカバ!
いつも通りでいてくれればいいのに、最近の店長はたまに変なことを言うから凄く困る。
「ソラちゃん、好きだよ」
ちゅ、とリップ音まで聞こえて、私の耳はもう真っ赤だ。そんなこと、三十の男が平気でやらないでほしい。
「ね、ね、寝るっ!」
「おやすみ、ソラちゃん」
クスクスと電話の向こうで笑っているのがムカツク。本気でムカツク。
グヌヌヌと唸ってから「おやすみ」と返して電話を切ると、私は布団を頭からひっかぶる。
まだ、耳の奥に店長の声が残っているみたいで、布団に潜ったまま、ぶるぶると頭を振った。
「私も、……すき」
すでに電話は切れているから、こんなこと言っても意味はない。それでも、誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟くと、胸が締め付けられそうになる。
情けない。どうしてあんな人を好きになってしまったんだろうと思うけれど、落ちてしまったのだから仕方がない。
「てんちょぉ……すき……」
布団の中で呟く。凄い、凄い、好き。
両想いの私たち。これで付き合っていないなんて、嘘くさいと思われるかもしれないが、実際、そうなのだ。店長は、「好きだ」とは言ってくるが、「付き合って」とは言ってはこないし、私の言葉を求めたりもしない。
薄々、互いに分かっているのかな、と思う。
私たちの間には高くて大きな壁がある。〝世界の違い〟というその壁を前にして、私は何もできずにただ見上げるだけ。
だって、好きって言って付き合ったら、キスもするし、それ以上のことだっていつかするかもしれない。だけど、そういう体だけの繋がりじゃなく、やがてもっと深い繋がりを欲しくなった時、それから、どうなるの? どこで生きていくの?
私たち──、住んでいる世界が違うのに。
※ ※ ※
電話した翌日。私は店長が我が家に来ることを、早々にケンタに白状させられた。何故なら異世界コンビニに来た店長が、スキップしながら神殿へと向かったからだ。
「だから店長、あんなに頭に花が咲いていたんだ」
グシシと意地悪く笑うケンタは、モップで床を拭きつつこちらを見ている。本日は珍しく客足が少ないのでケンタの口も軽い。
とはいえ従業員同士の私語はあまり褒められたものではないぞ、ケンタ。
「あーあ、ソラさんもいよいよ結婚かあ」
「は? 付き合ってもないのに何で結婚よ」
「え?」
「何よ?」
ケンタは目を丸くして私を凝視する。言いたいことは分かる。だけど、本当なんだから仕方がない。
「付き合って──なんて言われてないし」
「え、じゃあセフレ?」
「ヤッてもないわ、ボケ!」
そのモップでお前の頭も磨いてやろうかと睨みつける私を、ケンタは「うわー」とドン引きの顔で見ている。
「だって、結構デートしてるよね?」
「一緒に出かけたくらいでデートって言うな」
「でも、そのたびにキスはしてるんでしょ?」
お前は本当に十五歳か。
「付き合ってないのにキスなんかしませんよ。ソラさんは身持ちが固いんですぅ」
「ええー! 店長、すっげーヘタレ! ありえねぇ──!」
ケンタがそう叫んだ瞬間――
ちゃらっちゃら、ちゃらちゃららん。
いつもの入店音が耳に届いた。
「ホラ、仕事!」
まだ何か言いたげなケンタを促して、それから「いらっしゃいませー」と入り口を見遣れば、そこには見慣れた顔があった。
「あ、ラフレ姫!」
犬のように嬉しそうに駆け寄ったのはケンタだ。それでもモップで床を拭きながら、と真面目に仕事をしているのは、ちょっとだけ可愛いと思う。
「ソラさん、ケンタ、こんにちは」
今日も薄いピンク色のローブがとてもお似合いだ、ラフレ姫。淡い水色の髪も薄紫の瞳も、本当に可愛い。一度でいいからお姫様な格好のラフレ姫も見てみたいな、と思う。
そんなラフレ姫に纏わりつくケンタは、犬なら尻尾を振っていることだろう。
こちらの世界にケンタが来て、すでに三ヶ月が過ぎている。そのたった三ヶ月で、私より少しだけ高かったケンタの身長は、いつの間にか私やラフレ姫を越えてしまった。これが成長期の男の子ってやつかと思うと、甘酸っぱい気持ちになる。今のケンタのラフレ姫に対する態度を見れば尚更だ。
〝恋ではないけれど、気になる年上のお姉さん〟に対するケンタの態度は好ましい。ベタベタしすぎもせず、かと言って、からかったりする子供っぽさもない。この年頃の子には珍しい純粋な態度に、ケンタの育ちの良さが滲み出ている。
「今日、バイト終わったら遊びに行かない?」
ケンタ、まだバイト中だぞ、と言いたいところだが、最近ラフレ姫と会えていないとぼやいていたので、少しだけ大目に見てあげる。
だってあんなに嬉しそうなケンタを見ると、つい、甘やかしてしまいたくなるのだ。
一人っ子特有の人懐っこさは、ケンタの長所の一つだろう。
「そうですね、いいですよ」
対するラフレ姫は、慈愛の目でケンタを見ている。その目を見れば、間違いなくケンタが〝弟〟認定されていることが分かる。ご愁傷様だ。
「やった! デートだよ、デート!」
「はいはい、デートですね」
油断するな、ラフレ姫。ケンタも一応、男だぞ。
そんな私の内面を代弁するかのように(必要ないけど)、ちゃらっ……と入店音が最後まで聞こえないほどの勢いで駆けつけるバカ一人。
そう、キザク国第五王子ハクサ殿下だ。黙っていれば金髪碧眼の格好いい王子様なのに、残念要素が多すぎる。
「ならぬ! ならぬぞ! ラフレ姫とデートなぞ、余は許さぬ!」
「誰だお前」
王子は何故か、白いフルマスク姿で登場した。目と鼻穴と口のところだけくり抜いてある覆面マスクだ。どう見ても強盗です。それでも王子だと分かったのは、後ろにお供であるジーストさんとナシカさんがいたからだ。
体格のいい騎士がジーストさんで、近衛魔法士という魔法使いがナシカさん。ナシカさんは筋肉ムキムキ男だらけのプルナスシアでは希少な、ほっそり草食系男子だ。私のストライクゾーンど真ん中。ナシカさんが来店した時だけは、私はから揚げを増量して売ってもいいとさえ思っている。いや、いっそのこと貢いでしまおうか──と内心思う。
「ソラさん、今日は店長不在で、ツッコミ要員いないからね」
「内心思う」としつつも、実はオープンに言っている私の心の声に対し、ケンタがさり気なく返してきた。しかし、全くもってパンチがきいていない。まさかツッコミ要員として、店長を恋しく思う日が来ようとは……まあ、そんなこと本人には絶対言わないけどね。ツッコミ要員として必要だと言っても喜びそうだ。
「それは置いといて――王子、なにその顔」
「コンビニ強盗にしか見えないんだけど……」
ケンタもさすがに怪訝な顔をしている。王子はグヌヌヌと唸ってから叫ぶ。
「こ、これは、今、キザク国で流行っている仮面だ!」
「無理あるだろ、それ。どう見ても流行っているとは思えないんですが。それに、流行っているならジーストさんとナシカさんも被っていないとおかしいと思う」
私がそう突っ込めば、ナシカさんがにっこりしながら頷いてくれる。
「流行っていません」
相変わらず、スラリ体型を包んだ紫の衣装がとてもお似合いです。
隣にいる騎士姿のジーストさんだって、無駄に筋肉だけどキリリとして格好いいのに、その全てを真ん中の王子が台無しにしている。
そう言えば、ネットで男の人の間に宇宙人を挟んだ写真を見たことがある。顔も白いし、こんな感じかも。王子は体が大きいから、リトルグレイならぬビッググレイか。
そんな宇宙人を警戒するかのように、天井からシュルシュルと降りてくる存在。人間ではない。防犯カメラ触手のボウちゃんだ。別名・伝説の触手ギリギンテ。店長が防犯のために作った警備担当の触手だ。何故に触手。どうして触手。
だが、この触手こそ、このコンビニで一番使える人材(?)だ。ボウちゃんは、何本もの触手を王子の上でスタンバイし始める。王子は背後に蠢くボウちゃんにはまだ気づいていないようだ。
「王子、その覆面、取れない理由でもあるの?」
「……」
王子がサッと目を逸らした。何だ、その、後ろめたいことがある子供みたいな態度。そんな態度を取られたら、その覆面の中身、気になるじゃないか。
そっちがそういう態度なら、こっちにも考えがある。
「ジーストさん、いいですか?」
とりあえず一国の王子なので、側近であり監督責任もあるだろうジーストさんに尋ねると、彼は無言で頷いた。
いいようです。
と、いうことで──
「ボウちゃん、やっておしまいなさい!」
私の声と共に、『ガッテンダ!』と機械音のような声が──そうです、ボウちゃんは片言ながら話せるようになりました。
しかも、ある日突然、
『ソラサマ、スキ』
と話しかけられた時は、唖然とするも、その可愛さに危うく触手と恋に落ちそうになった。
「そんな機能、つけてないのに……。まさか進化!?」と店長が怯えていたけれど、そんなの今更でしょう。元は世界樹の葉やら根っこやらをベースに作られた人造植物なんだから。
大切なのは、防犯カメラ触手のボウちゃんが、毎日元気でいられることだと思うの。
『シャ──!』
「うおっ! よせっ!」
必死にボウちゃんの触手を避けようと王子は奮闘したが、ボウちゃんに敵うわけがない。ガシリと拘束された後、ズルリと白い覆面を外された。
「……」
「……」
「……」
順に、私、ケンタ、ラフレ姫の沈黙です。
もう、黙るしかないよね。
王子の顔には、無数の青い縞模様ができていた。顔全体にペイントされたのかと思ったが、塗ったわけではないようだ。スイカみたいで気色悪い。
顔はいいのに、毎回どうしてこんなにネタの宝庫なんだ、王子。
「うわ、キモイ」
後ずさりしたケンタと同じく、私も後ずさりしたくなる。
「ちょっと、伝染病? 病気持ちなら家で休んでなよ!」
「ち、違う! これは、空気感染でうつる病気ではないっっ!」
叫ぶ王子。
次の瞬間、絶対零度の冷気を纏った声が、コンビニ内の温度を一気に下げた。
「カンタレ国で有名な風土病ですわ。普通に生活するぶんにはうつりませんのよ?」
にっこりと微笑んだのはラフレ姫だ。でも、目が笑ってないし。
「ま、まさか……」
風土病って、前に聞いたことがあるけれど、それは王子の国――キザク国の風土病の話だ。
「先週、ハクサ殿下は外交でカンタレ国に行かれていたと聞きました。なかなか楽しい外交だったようですね」
「いや! 違う! 違うんだ、ラフレ姫!」
浮気男の必死の弁明に近いものがあるが、実際そんな感じだ。ラフレ姫は最後通牒を王子に突きつける。
「○○病という病気ですのよ。××××病と同じく、感染すると半年は顔にこのような模様が出てしまうんですの。感染原因は主に性的接触と言われていますわ」
ま た 性 病 か。
「ケンタは最初からドンゴ八号神官のことを信頼していたから。ケンタもこれで少しは楽になれるといいけど」
「どうしてケンタは、自分を召喚した人間を信頼できるんですかね?」
疑問を投げかければ、店長がちょっぴり困ったように笑った。
「ドンゴ八号神官はスクラント国の神官だったせいか、あまり神殿寄りの性格じゃなかったから」
「どういう意味ですか?」
「神殿の人間は、あまり本音を出さない」
ちょっと意外だ。私のよく知っている神官は、店長と、ラフレ姫というナナナスト国のお姫様の神官で――店長はちょっとアレだが、二人とも誠実な人だと思う。
「ほら、ソラちゃんのことをケンタに隠していたしね」
「ああ……」
でもそれは、止むに止まれぬ事情があったからだ。だけど、それがケンタには不誠実に見えたのかもしれない。
「ドンゴ八号神官はそのあたりが他の神官とは違っていてね。情報を漏らしはしなくても、ケンタに対して正直に接していたんだと思うよ」
なんだかそれも切ない話だな。一番信頼できる相手が、自分を召喚した相手だなんて。一番憎んでもいい相手だろうに、その相手が誰よりも自分のことを考えてくれているというのは、本当に複雑だろう。
色んなことに思いを馳せていたら、そっと手を繋がれた。油断も隙もないな。ムッとして横を見上げると嬉しそうな店長の顔が見えて、私は俯く。
なんだかなぁ……!
その後は二人とも無言で歩いた。家の傍まで来ると、店長はようやく手を放した。時間にしたらわずか数分の遠回り。だけど、じっとりと手に汗が滲んでいた。これくらいで緊張するとか、本当に私の恋愛偏差値低いな。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
コンビニへ戻る店長の背中を見つめながら、私は、「はあ……」と、重いため息を吐く。緊張だけではない。少しの失望も込めて。
なんだかなぁ……!
どうなりたいのか。どうしたいのか。
そんなの私だって分からないが、一つだけ言えることがある。
藤森奏楽、二十三歳。クリスマス月間ですが、まだフリーです。手を繋ぐことはあっても、そこから先がありません。大事なことだから、もう一度言います。
私、まだ恋人がいません。
何故なら、誰にも「付き合ってください」と言われてないからです。
コンビニの店長と、手を繋ぐだけの微妙な関係です。それって、どうなのさ!
2 異世界恋愛ってありですか?
「奏楽、就職どうするの?」
二十三歳にもなって、今、私は親の前で小さくなっていた。叱られるのを待つ子供のようだ。実際はダイニングでテーブルを囲んで夕飯をとっているだけなのだが。
目前には真顔の父と母。そしてニヤつく姉。
姉は出産後の床上げを終え、すでに自分の家に帰ったはずなのに、何故か頻繁に我が家に来る。
今日も私の隣で夕飯を美味しそうに食べつつ、ソファーで眠る姪っ子・翠ちゃんを放置中。初めての子なのに、堂々たる放置ぶりだ。まだ寝返りも満足にできないからいいが、いつかソファーから落ちるぞ。とはいえ、やること全て大雑把な姉がそれを気にするかは怪しいところだ。きっと、翠ちゃんが落ちても笑ってあやすだけだろう。強く生きろよ、翠ちゃん……!
「ちょっと、奏楽。そうやって現実逃避してないの。で、一体どうするつもりなの?」
いつもは私をからかう母の口調が、今日に限って厳しいのは、大学を出たにもかかわらず、未だ私がフリーターであることが問題になっているからだ。
「一応、チーフにはなった……よ?」
「コンビニのチーフと言ったって、アルバイトなのだろう? アルバイトのままでいいのか?」
優しい声で紡がれる父の冷静な指摘が、凄く耳に痛い。
「えっと……、その……、チーフだと時給が千円超えて……」
「だが、福利厚生は充実していないだろう? せめて健康保険や厚生年金がしっかりしているところに入ったらどうだ? 大学を卒業して一年以上経っているが、契約社員なら入れる会社はあるだろう?」
そうなんだよね。
月二十万円弱の収入だとしても、片やコンビニのアルバイト。
片や月給は十六万円前後であっても、福利厚生が手厚い契約社員。
その選択肢ならば、給料は下がっても、福利厚生がしっかりしていた方がいいと親は言う。確かに会社によっては、契約社員でも厚生年金に入れるところもあるので、現在細々と国民年金を払っている私にとっては、そちらの方が格段にいいことは分かっていた。
「それは……分かってるん……ですけど、ね」
「アルバイトなら他にもいるんでしょ?」
いるにはいるが、ケンタはすでに異世界人扱い。ミサオさんだってパートだし、隣県住まいなのでそれほど頻繁には通えない。きちんと一定の時間いられる〝巫女〟としての役目もしっかりできる日本人は、私だけなのだ。
だけど、それを親にどう説明しろっていうのさ……!
ぐうの音も出ない私を、さらに叩き潰したのは姉だった。
「小林さんに挨拶に来てもらえば一発ジャン」
いきなり、店長の名前が出てきた。ちなみに、店長はこの〝小林〟姓でちゃんと日本に戸籍があるらしい。どうやったの? どうやって作ったの? と思わず店長を揺さぶったが、店長はニコリと笑って「さあ?」と返してきたので、日本怖い、と思った。一般市民である私の知らないところで、この国は色んな世界と繋がっているんじゃないだろうか。知りたくもないが。
しかし、今は店長の戸籍の話をしている場合ではない。何故ここで店長の名前を出す、という問題に対応しなければならない。
「挨拶?」
訝しげに姉を見る私に、姉はニヤリと笑ってから言う。
「だって店長さんだし」
だから何で挨拶? 店長が挨拶に来てどうすると思ったが、母が「まあ? まあまあまあ!」と甲高い声を上げたのでピンときた。
「何だ、就職しないのはそのつもりだったのか?」
父がわずかに眉間に皺を寄せたが、そのつもりって何のつもりだよ!
「違うっ! 私と店長はそんな関係じゃないし……!」
必死になって両手をブンブンと振ったが、姉の追撃は容赦ない。
「先月、わざわざ家まで迎えに来たじゃない」
「それは──!」
忘れるはずもない、ケンタの母親に会いに行ったあの日のことだ。くそ。わざわざ我が家に迎えになんて来るから──!
「なんだ、そんな話は聞いてないぞ。そいつは誰なんだ」
父はとても不機嫌そうだ。いや、お父さん、相手なんていないですから。あなたの娘、まだユニコーンに触れるくらい汚れなき処女ですから!
「ホラ、お父さん。ソラがこの前まで勤めていたそこのコンビニ。あそこの店長さんよ。今勤めているコンビニは、その店長さんに頼まれて異動したのよね?」
母が余計なことを言った。
我が家の近所のコンビニエンスストア。当然、父だって会社の行き帰りに立ち寄ることはある。店長が誰か思い至ったのか、父の眉間の皺がさらに深くなった。
「……随分年上じゃないか?」
「三十歳だよね?」
だから、火に油を注ぐなよ! 横から口を挟む姉をギッと睨みつけたが、姉はどこ吹く風だ。
「あら~、じゃあ、ちょうど適齢期なのね」
母がのんびりとした追い討ちをかけるので、より一層事態が収拾できなくなる。
「お、お父さん、あのね──」
父は深く息を吐くと、
「とりあえず、就職のこともあるのだし、その人が店長というなら尚更連れてきなさい」
と、最後通牒を私に突きつけてきた。
交際してもいないのに実家に招待なんて、どう考えても店長逃亡フラグしか立たない気がするんですが。
泣きたい……
※ ※ ※
「──ということで、今度の金曜休み、我が家に来いや、店長」
「え、え、えええええ?」
家族会議の晩、私は結局、店長に電話でそのことを告げた。
電話の向こうの酷く動揺した店長の声に、動揺したいのは私だと返したい。だが、それを言っては話が進まないので、極めて冷静に店長の次の言葉を待つ。
店長と電話しあうようになったのはいつからだろうか。
とりあえず、ケンタの両親を探すようになってからなのは確かだ。だけど、店長が異世界にいる時は繋がらないので、それほど電話をかけてはいない──うん、週三回だし。別に付き合ってなくてもする頻度だよね? そう思う、思えば、思いたい(願望)。
「ただ、社員にするって話をしてくれればいいので……」
チーフの肩書きが弱くなったら社員にしてくれると先に言ったのは店長の方だ。バイトから社員になる手続きがどんなものか分からないが、そのあたりは店長に丸投げするつもりだ。
第一、向こうの世界でかなり重要な役割を担っているのだから、福利厚生全般、手厚く保障してくれてもいいと思うんだ。
「ソラちゃんのお父さんって、怖い?」
「怖くはない。優しい」
「そりゃ、父親は娘に甘いよ。うわ、何着てこう」
今は日本の自分の部屋にいるであろう店長が、電話を持ちながらゴソゴソとクローゼットを漁る音がする。
家近の店舗は、結局店長がまた店長をしていた。この間までは〇号神官のレンさんが代理をしていたのだが、中央神殿での仕事が忙しくなってしまったのだ。その時丁度、私が巫女を続行することが決まったから、同じく日本に居住継続になった店長がまた務めることになった。
「ソラちゃんが巫女の間は、俺もこっちに住まいを確保してないと駄目だから」
とは店長の言。コンビニという〝場〟を提供し続ける限り、店長は日本にも定期的に滞在しなければならないそうだ。そんな様々な制約を、色々約束事があって面倒だと聞き逃していたころが懐かしい。
今は自分の役割がどんなものか分かっているし、少しでもプルナスシアについて知りたいと思っている。それは、店長自身のことをもっと知りたいという、複雑な恋愛感情が起因だったりするのだが、この単純店長はそこまで気が付きやしない。
電話の向こうの店長は、自分の服選びで頭が一杯だ。
「うわ、スーツ、クリーニング出しとかないと!」
「スーツなんかじゃなくていいよ。普通の服で来てください、店長」
「え? だって初めてお父さんと会うんだもん。印象は良くしたいよぉ!」
お前は初めて彼氏の両親に会う女の子か。
「なんか疲れたから、電話切っていい?」
「駄目。もっとソラちゃんの声聞きたい」
がう。
甘い声で囁かれて、あやうく私はスマートフォンを投げそうになるのを堪えた。この前、ようやく機種変更したばかりだというのに、うっかり壊したらどうしてくれよう。
このバカ、馬鹿、カバ。ピンクカバ!
いつも通りでいてくれればいいのに、最近の店長はたまに変なことを言うから凄く困る。
「ソラちゃん、好きだよ」
ちゅ、とリップ音まで聞こえて、私の耳はもう真っ赤だ。そんなこと、三十の男が平気でやらないでほしい。
「ね、ね、寝るっ!」
「おやすみ、ソラちゃん」
クスクスと電話の向こうで笑っているのがムカツク。本気でムカツク。
グヌヌヌと唸ってから「おやすみ」と返して電話を切ると、私は布団を頭からひっかぶる。
まだ、耳の奥に店長の声が残っているみたいで、布団に潜ったまま、ぶるぶると頭を振った。
「私も、……すき」
すでに電話は切れているから、こんなこと言っても意味はない。それでも、誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟くと、胸が締め付けられそうになる。
情けない。どうしてあんな人を好きになってしまったんだろうと思うけれど、落ちてしまったのだから仕方がない。
「てんちょぉ……すき……」
布団の中で呟く。凄い、凄い、好き。
両想いの私たち。これで付き合っていないなんて、嘘くさいと思われるかもしれないが、実際、そうなのだ。店長は、「好きだ」とは言ってくるが、「付き合って」とは言ってはこないし、私の言葉を求めたりもしない。
薄々、互いに分かっているのかな、と思う。
私たちの間には高くて大きな壁がある。〝世界の違い〟というその壁を前にして、私は何もできずにただ見上げるだけ。
だって、好きって言って付き合ったら、キスもするし、それ以上のことだっていつかするかもしれない。だけど、そういう体だけの繋がりじゃなく、やがてもっと深い繋がりを欲しくなった時、それから、どうなるの? どこで生きていくの?
私たち──、住んでいる世界が違うのに。
※ ※ ※
電話した翌日。私は店長が我が家に来ることを、早々にケンタに白状させられた。何故なら異世界コンビニに来た店長が、スキップしながら神殿へと向かったからだ。
「だから店長、あんなに頭に花が咲いていたんだ」
グシシと意地悪く笑うケンタは、モップで床を拭きつつこちらを見ている。本日は珍しく客足が少ないのでケンタの口も軽い。
とはいえ従業員同士の私語はあまり褒められたものではないぞ、ケンタ。
「あーあ、ソラさんもいよいよ結婚かあ」
「は? 付き合ってもないのに何で結婚よ」
「え?」
「何よ?」
ケンタは目を丸くして私を凝視する。言いたいことは分かる。だけど、本当なんだから仕方がない。
「付き合って──なんて言われてないし」
「え、じゃあセフレ?」
「ヤッてもないわ、ボケ!」
そのモップでお前の頭も磨いてやろうかと睨みつける私を、ケンタは「うわー」とドン引きの顔で見ている。
「だって、結構デートしてるよね?」
「一緒に出かけたくらいでデートって言うな」
「でも、そのたびにキスはしてるんでしょ?」
お前は本当に十五歳か。
「付き合ってないのにキスなんかしませんよ。ソラさんは身持ちが固いんですぅ」
「ええー! 店長、すっげーヘタレ! ありえねぇ──!」
ケンタがそう叫んだ瞬間――
ちゃらっちゃら、ちゃらちゃららん。
いつもの入店音が耳に届いた。
「ホラ、仕事!」
まだ何か言いたげなケンタを促して、それから「いらっしゃいませー」と入り口を見遣れば、そこには見慣れた顔があった。
「あ、ラフレ姫!」
犬のように嬉しそうに駆け寄ったのはケンタだ。それでもモップで床を拭きながら、と真面目に仕事をしているのは、ちょっとだけ可愛いと思う。
「ソラさん、ケンタ、こんにちは」
今日も薄いピンク色のローブがとてもお似合いだ、ラフレ姫。淡い水色の髪も薄紫の瞳も、本当に可愛い。一度でいいからお姫様な格好のラフレ姫も見てみたいな、と思う。
そんなラフレ姫に纏わりつくケンタは、犬なら尻尾を振っていることだろう。
こちらの世界にケンタが来て、すでに三ヶ月が過ぎている。そのたった三ヶ月で、私より少しだけ高かったケンタの身長は、いつの間にか私やラフレ姫を越えてしまった。これが成長期の男の子ってやつかと思うと、甘酸っぱい気持ちになる。今のケンタのラフレ姫に対する態度を見れば尚更だ。
〝恋ではないけれど、気になる年上のお姉さん〟に対するケンタの態度は好ましい。ベタベタしすぎもせず、かと言って、からかったりする子供っぽさもない。この年頃の子には珍しい純粋な態度に、ケンタの育ちの良さが滲み出ている。
「今日、バイト終わったら遊びに行かない?」
ケンタ、まだバイト中だぞ、と言いたいところだが、最近ラフレ姫と会えていないとぼやいていたので、少しだけ大目に見てあげる。
だってあんなに嬉しそうなケンタを見ると、つい、甘やかしてしまいたくなるのだ。
一人っ子特有の人懐っこさは、ケンタの長所の一つだろう。
「そうですね、いいですよ」
対するラフレ姫は、慈愛の目でケンタを見ている。その目を見れば、間違いなくケンタが〝弟〟認定されていることが分かる。ご愁傷様だ。
「やった! デートだよ、デート!」
「はいはい、デートですね」
油断するな、ラフレ姫。ケンタも一応、男だぞ。
そんな私の内面を代弁するかのように(必要ないけど)、ちゃらっ……と入店音が最後まで聞こえないほどの勢いで駆けつけるバカ一人。
そう、キザク国第五王子ハクサ殿下だ。黙っていれば金髪碧眼の格好いい王子様なのに、残念要素が多すぎる。
「ならぬ! ならぬぞ! ラフレ姫とデートなぞ、余は許さぬ!」
「誰だお前」
王子は何故か、白いフルマスク姿で登場した。目と鼻穴と口のところだけくり抜いてある覆面マスクだ。どう見ても強盗です。それでも王子だと分かったのは、後ろにお供であるジーストさんとナシカさんがいたからだ。
体格のいい騎士がジーストさんで、近衛魔法士という魔法使いがナシカさん。ナシカさんは筋肉ムキムキ男だらけのプルナスシアでは希少な、ほっそり草食系男子だ。私のストライクゾーンど真ん中。ナシカさんが来店した時だけは、私はから揚げを増量して売ってもいいとさえ思っている。いや、いっそのこと貢いでしまおうか──と内心思う。
「ソラさん、今日は店長不在で、ツッコミ要員いないからね」
「内心思う」としつつも、実はオープンに言っている私の心の声に対し、ケンタがさり気なく返してきた。しかし、全くもってパンチがきいていない。まさかツッコミ要員として、店長を恋しく思う日が来ようとは……まあ、そんなこと本人には絶対言わないけどね。ツッコミ要員として必要だと言っても喜びそうだ。
「それは置いといて――王子、なにその顔」
「コンビニ強盗にしか見えないんだけど……」
ケンタもさすがに怪訝な顔をしている。王子はグヌヌヌと唸ってから叫ぶ。
「こ、これは、今、キザク国で流行っている仮面だ!」
「無理あるだろ、それ。どう見ても流行っているとは思えないんですが。それに、流行っているならジーストさんとナシカさんも被っていないとおかしいと思う」
私がそう突っ込めば、ナシカさんがにっこりしながら頷いてくれる。
「流行っていません」
相変わらず、スラリ体型を包んだ紫の衣装がとてもお似合いです。
隣にいる騎士姿のジーストさんだって、無駄に筋肉だけどキリリとして格好いいのに、その全てを真ん中の王子が台無しにしている。
そう言えば、ネットで男の人の間に宇宙人を挟んだ写真を見たことがある。顔も白いし、こんな感じかも。王子は体が大きいから、リトルグレイならぬビッググレイか。
そんな宇宙人を警戒するかのように、天井からシュルシュルと降りてくる存在。人間ではない。防犯カメラ触手のボウちゃんだ。別名・伝説の触手ギリギンテ。店長が防犯のために作った警備担当の触手だ。何故に触手。どうして触手。
だが、この触手こそ、このコンビニで一番使える人材(?)だ。ボウちゃんは、何本もの触手を王子の上でスタンバイし始める。王子は背後に蠢くボウちゃんにはまだ気づいていないようだ。
「王子、その覆面、取れない理由でもあるの?」
「……」
王子がサッと目を逸らした。何だ、その、後ろめたいことがある子供みたいな態度。そんな態度を取られたら、その覆面の中身、気になるじゃないか。
そっちがそういう態度なら、こっちにも考えがある。
「ジーストさん、いいですか?」
とりあえず一国の王子なので、側近であり監督責任もあるだろうジーストさんに尋ねると、彼は無言で頷いた。
いいようです。
と、いうことで──
「ボウちゃん、やっておしまいなさい!」
私の声と共に、『ガッテンダ!』と機械音のような声が──そうです、ボウちゃんは片言ながら話せるようになりました。
しかも、ある日突然、
『ソラサマ、スキ』
と話しかけられた時は、唖然とするも、その可愛さに危うく触手と恋に落ちそうになった。
「そんな機能、つけてないのに……。まさか進化!?」と店長が怯えていたけれど、そんなの今更でしょう。元は世界樹の葉やら根っこやらをベースに作られた人造植物なんだから。
大切なのは、防犯カメラ触手のボウちゃんが、毎日元気でいられることだと思うの。
『シャ──!』
「うおっ! よせっ!」
必死にボウちゃんの触手を避けようと王子は奮闘したが、ボウちゃんに敵うわけがない。ガシリと拘束された後、ズルリと白い覆面を外された。
「……」
「……」
「……」
順に、私、ケンタ、ラフレ姫の沈黙です。
もう、黙るしかないよね。
王子の顔には、無数の青い縞模様ができていた。顔全体にペイントされたのかと思ったが、塗ったわけではないようだ。スイカみたいで気色悪い。
顔はいいのに、毎回どうしてこんなにネタの宝庫なんだ、王子。
「うわ、キモイ」
後ずさりしたケンタと同じく、私も後ずさりしたくなる。
「ちょっと、伝染病? 病気持ちなら家で休んでなよ!」
「ち、違う! これは、空気感染でうつる病気ではないっっ!」
叫ぶ王子。
次の瞬間、絶対零度の冷気を纏った声が、コンビニ内の温度を一気に下げた。
「カンタレ国で有名な風土病ですわ。普通に生活するぶんにはうつりませんのよ?」
にっこりと微笑んだのはラフレ姫だ。でも、目が笑ってないし。
「ま、まさか……」
風土病って、前に聞いたことがあるけれど、それは王子の国――キザク国の風土病の話だ。
「先週、ハクサ殿下は外交でカンタレ国に行かれていたと聞きました。なかなか楽しい外交だったようですね」
「いや! 違う! 違うんだ、ラフレ姫!」
浮気男の必死の弁明に近いものがあるが、実際そんな感じだ。ラフレ姫は最後通牒を王子に突きつける。
「○○病という病気ですのよ。××××病と同じく、感染すると半年は顔にこのような模様が出てしまうんですの。感染原因は主に性的接触と言われていますわ」
ま た 性 病 か。
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