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2巻
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しおりを挟むプロローグ 前巻のあらすじを説明しながら、お仕事してみるよ
「いらっしゃいませー!」
元気な声と共に、ピョコンと顔を上げて、こんにちは。
お久しぶりの皆さんも、初めましての皆さんも、ようこそ! こちらは異世界コンビニ・ファンファレマート、プルナスシア中央神殿駅前店です。
何言ってるんだ、コイツ? と帰るのはまだ早い。外はまだまだ寒いですから、ホカホカの美味しいおでんであったまりませんか。ファンファレマートのおでんは地産地消。地元農家さんの美味しい大根です。あ、地元といっても、それは〝日本〟のことであって、ここ異世界〝プルナスシア〟とは違う世界の話ですけどね。
ここは、日本のものを丸ごと持ってきちゃった日本製のコンビニです。
プルナスシアは、大陸全土を覆う巨大な世界樹を中心とした世界。世界樹は元々日本の桜がトリップしたものだということは、プルナスシアの人であれば誰もが知っています。その世界樹のためにできたのが、このコンビニです。
そして、胸に輝くプレートに〝チーフ〟という冠を付けましたるが、私、藤森奏楽。二十三歳。日本人。そうです。唯一、日本とプルナスシアを繋ぐこのコンビニで働く私こそが、日本を恋しがる世界樹を鎮める〝巫女〟であるのです。〝巫女〟といっても、コンビニで普通に店員をするだけ。祝詞を唱えることもありません。
ただここに、日本人が在る。
そのことが、世界樹を安寧へと導くのです。
こう説明すると、やだ、格好いい。私、超有能! 見た目はボブカットの童顔女子だけど、口を開けばお殿様もビックリな毒舌暴言。〝無垢なるマシンガン〟とは、私のことです。
「ソラちゃん、無垢なるマシンガンとか変な二つ名、自分でつけなくていいから」
「勝手に人の自己紹介と前巻のあらすじ説明に割り込んでこないでくれます、店長?」
隣で困惑気味に私を見下ろしているガタイのいい男は、店長・小林アレイ、三十歳、独身。
このプルナスシアの神官であり、無垢なる私をここに引きずり込んだ張本人だ。いつの間にか三十歳。ますますおじさんに磨きがかかっていると思われ──
「いやいやいや、三十代、おじさんじゃないし! そんでもって前巻のあらすじとか、前巻って何? 誰もお客さんのいない店内で何の話をしているの? ソラちゃん、怖いよ……!」
「いやだ、店長。目の前にお客さんがいるの見えないんですか?」
私がバーコードリーダーを手にレジ前を見れば、店長がギョッと目を見開いて同じ方向を見つめる。
「誰もいねえよ」
ポツリと突っ込むと、「ソラちゃん!」と店長の返す声。一瞬、信じかけていただろうお前。
「三十路にもなって、幽霊を信じるとか……」
「幽霊を信じるのに三十路も二十歳も関係ないでしょ? というか、三十歳になったのは確かだけど、ソラちゃん、せめてお祝いの言葉ぐらい言ってよ!」
「はいはい、おめでとうございます」
「それだけ!? もっと、他にっ……ホラ! 胸の内からあふれる言葉を──!」
胸を広げて大げさなジェスチャーをする店長から、スッと私は離れる。
「何言わせたいのか分かりたくもないから、無駄な胸筋、押し付けないでください。暑苦しい」
「……ソラちゃん!」
打ちひしがれる店長がレジカウンターに突っ伏すのはいつものことなので、放っておく。
ちゃらっちゃら、ちゃらちゃららん。
景気よく流れるのは、聞き慣れた電子機械音。本当のお客さんが入店してくるのだ。
「さて、前巻のあらすじも終わりましたし、そろそろ本編に入りますか」
「だから、誰に説明……!」
そんなの分かり切っていることだろうが。私はにっこりと微笑んで、今度こそ本物の挨拶をする。
「いらっしゃいませー!」
ファンファレマート、プルナスシア中央神殿駅前店にようこそ!
うん、この店名、長いな!
1 勇者のおかんが異世界でコンビニ店員
「今日、ドンゴ八号神官が来るから」
店長がポツリとそう言ったのは、十二月に入ったばかりのある日のことだった。
「あ、そうですか」
「まあ、ソラちゃんはあまり関係ないと思うけど。来たら事務室に案内してね」
「了解です」
今日の店長は少し真面目モードだ。それもそのはず。ドンゴ八号神官は、勇者ケンタをプルナスシアに召喚した人だからだ。
ケンタは私と同じ日本人。勇者としてプルナスシアに召喚されてしまった十五歳の少年だ。世界樹から勇者としての力をもらえる代わりに、日本にいた時の記憶を少しずつ吸い取られていくという悲劇の運命を背負っている。勇者でいられる期間は一年間。つまり一年で記憶を失うのだ。
一方、〝巫女〟の私は、コンビニからプルナスシアに出られないが記憶を失うことはないし、日本に戻れる。しかし、プルナスシアに召喚されてしまったケンタは二度と戻れない。
その原因を作ったのが、先ほど店長が名前を口にしたドンゴさんという人だ。そんな人がどうして今日、コンビニに来るのかといえば、理由は一つしかない。
私は、そのきっかけと思われる人に目を向ける。
「ソラさん、この棚ってこれで大丈夫かしら?」
しっとりとした声で、レジ前の棚をクリスマス仕様に変えていた女性がこちらを振り返る。
新しい店員のミサオさんだ。御年四十一歳。おばちゃん……と言ってはいけない雰囲気の、ほっそり美人は今日もはんなりした雰囲気を醸し出し、微笑んでいる。
「バッチリです」
「このケーキ、食べられないのに、クリームがリアルよねえ」
棚の一番上に飾られたプラスチックケース内のケーキを眺めながら、ミサオさんがそう言った。彼女は何故か、ケーキの上で背中合わせに佇む青いサンタと赤いサンタを見つめている。その様子はやけに熱っぽいし、色っぽい。
四十一歳でその色気ダダ漏れってどうなの? と思わなくもないが、旦那さんも四十六歳には見えないほど若々しくて、ダンディ。夫婦揃って素敵なご夫婦なのだ。
そんなミサオさん、パッと見はセレブ妻って感じなのに──
「ああ、きっとこのサンタさん同士はケンカップルで、この後、クリーム塗れの仲直りをするのね」
「……」
私の隣で真面目な顔をした店長が、よせばいいのに、ミサオさんに声を掛ける。
「あのぉ、ミサオさん。そのサンタ、どちらも男ですけど……」
「あら? 男同士でも恋愛は自由でしょ? サンタ同士って何だか萌えません? ああ、でもそれより、店長がジグさんと絡んでくれた方が嬉しいんだけど」
うっとりしながらミサオさんの口から紡がれた言葉に、店長がピシリと固まった。
「ミ、ミサオさん……?」
エマージェンシー! エマージェンシー! と、店長の頭の中では警告音が鳴り響いていることだろう。だけど、私は傍観を決めこむ。これは、突っ込んだ店長が悪い。その沼は底なしだ。
「そうねぇ、シチュはこのコンビニのレジカウンターなんてどうかしら? もちろん、店長はボウちゃんに絡まれて動けないの。そこを背後からジグさんがズブッと──」
「うわああああああ! ケンタ! ケンタっ! どうにかしろっ、お前の母親だろうが!!」
店長が叫びながら、店内掃除をしているケンタに助けを求める。だが、ケンタは自分の母親のことなのに素知らぬ顔だ。
「あ、俺、今掃除中なんで」
そうなんです……!
前回から、ガラリと大きく変わった点――このコンビニ、店員が増えました! 勇者の母、ミサオさん!
中学生の子供がいるとは思えない綺麗系ママさんで、ネット掲示板で奇跡のケンタ母発見からのちに、コンビニ店員になったのだ。東京ビッグサイト前を知る生粋のオタク主腐でもある(誤字ではない)。
ということで、この親から生まれるべくして生まれたサラブレット・ケンタ。
ケンタが母親と再会した際のミサオさんの発言は名言だ。
『で? 好きな男の子、できた?』
『どうして、その記憶から消えない、俺──!』
ケンタが悶絶して膝から崩れ落ちるほどの、ツワモノかーちゃんだった。
そして、出るわ出るわ、涙なくしては聞けないケンタの黒歴史。よく、この親で真っ当に育ったな、と感心せずにはいられない。
コンビニの事務室の片隅に作られた、ケンタの思い出保管場所。そこには、ミサオさんの手によって持ち込まれたケンタのアルバムが置かれている。男の娘姿のケンタ写真集に、王子が肩を震わせていたが、ケンタは涙目で何も言えない様子だった。
『世界樹、できればこの記憶から取り上げてください……』
ケンタは、そう願ったとか願わなかったとか。そういう記憶に限ってなかなか消えないというのだから、いい思い出として大切にしなよ、と私は締めくくっておいた。
話を戻すが、この素敵主腐ミサオさんがこの異世界コンビニの店員となった結果、日本とこちらを行き来できる人が二人となり、世界樹はますます安定している。
こんなことなら初めから二人とか三人にすれば良かったのにと思わなくもない。だが、〝桜〟を思う人が増えると、日本を恋しがる世界樹に記憶ごとパクリンチョされてしまうので、人は増やせないらしい。過去に試行錯誤した結果、巫女は一人。それが日本とプルナスシア、両方の世界のバランスを保つためには丁度良いのだという。今の二人という状態は、特例中の特例なのだと店長に言われた。
その特例が認められた理由として、ミサオさんの週二回という勤務日数も関係している。この異世界コンビニが繋がっているのは、私の近所のあのコンビニだけだ。だから、隣県に住んでいるミサオさんは毎日来られるわけではない。毎回、高速を一時間飛ばしてコンビニに来ているのだ。
それもきついだろうな、と思うのだが、ミサオさんは笑いながら言う。
『自分の子供に忘れられるのは、さすがにつらいから』
そう言う時のミサオさんは、ちゃんとしたお母さんだった。そして――
「店長総受けは譲れないわ!」
こう言う時のミサオさんは、ちゃんとした貴腐人だ。本当に、ここまでオープンに好きだと明言されると、逆に気持ちがいいものですね。
「ソウウケとか何、その単語。本当に、ケンタ、お前のかーちゃんの話す言葉が、日本語と思えない……」
「奇遇ですね。俺も日本語ではないと思います」
ケンタと店長が揃って遠くを眺めていると――
ちゃらっちゃら、ちゃらちゃららん。
タイミングよく、入店音が聞こえた。
「いらっしゃいませ……あ」
「よお、ソラ」
チャッと手を上げて入店してきたのは、ジグさんだ。神殿護衛騎士という役職の偉い騎士だが、パッと見は筋骨隆々の傭兵だ。少なくとも、騎士なんて高尚な部類の人間には見えない。しかし、〝雷鳴のジグ〟という二つ名を持つ凄腕らしい。
そのジグさんに続くのは、小さいおじさん──ドンゴさんだ。以前見た時から二ヶ月も経っていないのに、随分と痩せている。
「お久しぶりです」
ドンゴさんが頭を下げると、ケンタが破顔した。
「ドンゴさん! 久しぶり!」
自分を召喚した相手だというのに、ケンタはとても嬉しそうにドンゴさんに近寄る。ドンゴさんもやんわりとした笑みを浮かべた。そういえば、この二人が一緒にいるところを見たのは最初の数回しかない。複雑な関係のはずなのに、ケンタの態度はラフレ姫や王子に対するよりも親しげで、信頼している様子が見てとれた。
「ソラちゃん、事務室使うから、しばらく一人で店番していてね」
店長がそう言って、ドンゴさんを事務室に招いた。次いで、ケンタやミサオさんも中に連れていく。ジグさんもついていくのかと思ったら、彼はおにぎりを選んでいた。どうやら話には加わらないようだ。
以前は人の少ない森の中にあったこのコンビニだが、神殿駅前店に移転してからは神官のお客さんが頻繁に訪れる。営業時間は朝七時から夜六時までと、二十四時間ではないものの、時間帯によっては混雑するので一人で対応するのが厳しい。しかし、閉店間際の今の時間なら、それほど混雑することもない。
「ドンゴさん、わざわざジグさんが連れてこられたんですね」
大量のおにぎりが入ったカゴをレジに突き出してきたジグさんに話しかけると、ジグさんは「ああ」と気もそぞろに返事をくれた。その視線は、カゴの中にあるおにぎり――十二月限定発売の〝生クリームメリークリスマスおにぎり〟に釘付けだ。……ファンファレマートの商品開発部、本当に一体何が目的でこれを売ろうとしているのだろうか。
自分では買わないだろうと思われるおにぎりのバーコードを、私はバーコードリーダーで読みこんでいく。
すると突然、
「申し訳ありませんでした!」
と大きな声が事務室から聞こえた。ドンゴさんの声だ。ドアがないせいかその声は良く響く。
チラリと事務室の方を横目で見ると、ドンゴさんのピンク色のローブの裾が床についているのが見えた。きっと土下座でもしているのだろう。
そんなことをするくらいなら、ケンタを召喚しなければよかったろうに──とは思えない。
ドンゴさんが何を犠牲にしてケンタを召喚したのか──日本人を召喚するためには、プルナスシアの人間を生贄として捧げる必要があると聞いたのは、まだ記憶に新しい。生贄なんてそんな酷い代償を支払ってでも、ドンゴさんの国は……ドンゴさんは、勇者を召喚したかった。そこまで彼の国は追い詰められていたのだ。
ドンゴさんが犠牲にしたのは、十三歳の自分の息子だったそうだ。
国のために、彼は自分の子供さえも差し出した。そこに非人道的だとか、非道徳だとか、私が自分の倫理を振りかざして割り込むことは偽善に思えて、憚られた。
唯一、それらを声高に非難できるとすれば、それは相手の都合で勝手に召喚されたケンタ自身だけだろう。
だけど、ケンタがドンゴさんに対してそんなことをする姿を、私は一度も見たことがなかった。ドンゴさんとの関係を、直接ケンタに聞いたことはないが、先ほどの様子からしても、互いに信頼しあっているのが分かる。きっと、二人の間に色々あったんだろうな、と思う。
「起こってしまったことは仕方ないですし、あなたが死んでも意味ないですから、せいぜい、うちのケンタのために長生きしてください」
うぉ……
思わず漏れそうになった声はすんでのところで堪えた。
そのつもりがなくても、事務室の中の声はそれなりに聞こえてくる。土下座したままのドンゴさんに対して、ミサオさんの凜とした返答は、ヒヤリと冷たい氷の刃のようだった。
「ケンタから、あなたが何を犠牲にしてきたのかは聞いています。ですが、それとこれとは別問題です。どうぞこれからはケンタのために自分を犠牲にしてください」
日頃、腐った発言が多いミサオさんが、今はドンゴさんに対して淡々と言葉を投げかけている。そこに普段感じられる親しみの色は全くない。だけど、ミサオさんらしい優しさは感じ取れた。
だって、ドンゴさんを責める言葉が一切ないのだ。それよりも、「これから」を提示する言葉は、何て優しいんだろう。
「命尽きるまでケンタ殿のために尽くします!」
土下座したままであろうドンゴさんの声が、また店内まで響いてくる。その言葉を聞いて、ケンタのためにも長生きしてよね、ドンゴさん――と思う。
「ドンゴ八号神官は、ケンタ付きになり、中央神殿に戻るそうだ」
会計を終えたおにぎりをレジ袋に入れる私に、ジグさんが言った。さっきから気になっていたのであろう生クリームおにぎりを、レジ袋から取り出している。
「そうなんですか?」
日本人を召喚した罪で、辺境で一生奴隷みたいな生活を送るのかと思ったが、随分早い温情処置だ。
ジグさんは話の途中で、生クリームおにぎりを頬張る。いつも思うけれど、レジ前で食べるという自由行動は慎んでほしいのだが。
「ケンタがそうしたいと主張したからな」
「ケンタが……」
神殿は勇者であるケンタを優遇するとは聞いていたが、一度執行された罰の軽減もアリなのか。日本人に対してかなり融通をきかせてくれるんだな。
「俺には、自分の自由を奪った人間を傍に置く坊主の心情は理解できん、ゲ──」
「げ?」
目の前でジグさんが固まった。生クリームおにぎりを半分食べた状態で。
どうした、雷鳴のジグ! 私も同意しようとした矢先に何があった。
ジグさんはレジカウンターに食べかけのおにぎりを置くと、トイレに向かって猛ダッシュしていった。
不思議に思いつつ、ジグさんの食べかけを見た私は、「ヒッ」と声を上げてしまう。
そこにあったのは、生クリームの中に埋まる〝梅干し〟だった。
わあ、白いクリームに赤い梅干しのコントラストが素敵☆――なんて思うわけあるか!
ファンファレマート、商品開発部、食べ合わせくらい考えろ──!!
閑話休題。
その後、ジグさんはなかなかトイレから戻ってこなかったのだが、そのあたりはそっとしておいてあげた。むしろ、こんな商品を出してすみません、と謝りたいくらいだ。
それからしばらくして、店長たちが事務室から出てくる。ドンゴさんは、かすかに目を赤くさせていた。
「それでは、これからは神殿の方でよろしくお願いします」
そう言ってドンゴさんは深々と頭を下げた。その背後に立つのは、虫の息のジグさん。浅黒い顔が、今は土気色だ。ジグさん、冗談抜きで梅干しが苦手だったんだな、と少し可哀想になった。
「うん、俺もドンゴさんがいた方が落ち着くから助かるよ!」
溌剌とした笑顔のケンタを、その隣にいるミサオさんが苦笑いしながら見つめる。息子を奪われた形のミサオさんにとって、ドンゴさんは決して許せる相手ではないだろうに、それでもケンタの気持ちを優先するミサオさんは、素敵なお母さんだなと思った。
「あと十年ドンゴさんが若ければ、ケンタ攻めでちょうどよかったのに……」
訂正。本当、ミサオさん、生粋の〝主腐〟だな……
「じゃあ、ジグ。ドンゴさんを神殿まで送って行ってよ。って、何でそんなに顔色悪いんだ?」
店長が、ジグさんの土気色の顔を見て不思議そうに尋ねた。
「ちょっと、な……」
言っちゃってもいいんですよ、ジグさん。このコンビニのおにぎり、おかしいって!
だけどジグさんは何も言わず、ヨタヨタとドンゴさんを連れて帰る。どんなに調子が悪くとも護衛騎士の職務を全うするジグさんの姿に、私は心をこめて来店の謝辞を述べる。
「ありがとうございましたー」
ちゃらっちゃら、ちゃらちゃららん。
「どうしたの、これ?」
退店音と共に帰る二人を私が見届けていると、店長がジグさんの残していったおにぎりに気がついた。
「ジグさんが食べられないみたいなので、店長への差し入れに置いていくそうです」
「あ、この新発売、美味しいよね!」
店長が生クリームおにぎりを手にして言った。
「中の梅干しとのハーモニーが今までにない味だった! ファンファレマートの商品開発部って凄いと思うよ」
一瞬、冗談かと思ったのだが、本当にそう思っているらしい。きっと店長のような味覚の人が商品開発部にいるんだろうな……
そうこうしているうちに、気がつけば閉店時間を過ぎていた。
「じゃ、そろそろ時間なんで私上がりますね」
「あ、送ってく!」
サラリと吐かれた公私混同の言葉に、不覚にも一瞬自分の頬に赤みが差した。ニヤッとケンタとミサオさんが笑いだすのがいたたまれない。
「は? なんで店長が一店員を送ってくんですか? まだケンタとミサオさんが残っているじゃないですか」
二人を放置するつもりなのかと問えば、店長がはにかんで言う。
「ちょっとあっちのコンビニに用があるから、そのついで」
「私はついでか」
「あら、ヤキモチ? うふふふ」
ミサオさんが心底楽しそうに笑うので、私は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ヤキモチじゃないし!」
すると、ケンタがヒューと口笛を吹いた。やめろ、その中学校の教室みたいなノリ。私の顔も一層赤くなる。今までほんのりシリアス風味だったのに、一転して恋愛モードとか、本当に忙しいな!
「こ、公私混同はどうかと思います……!」
それを言うのが精一杯な私に、ケンタがニヤニヤしながら店長への援軍を出す。
「ソラさん家、近いんでしょ? 俺もお母さんと話したいことがあるから、少しの時間なら店長、出かけても大丈夫だよー」
「うん、それじゃ閉店作業よろしくね」
そう言うと、店長は私の帰宅準備が整うのを待って、コンビニの裏口から外に出た。
キンと冷える十二月の夜の空気。
異世界コンビニは裏口ドアが出入り口なので、そこから一歩出れば、家近のコンビニの裏口だ。今ではすっかり慣れてしまったが、この仕組み、よくできているなとしみじみ思う。
「うわ、こっちも冷えるね」
店長の口から出る息も白い。外は本当に寒かった。
「そうですね。じゃ、お疲れ様です」
「送ってくって言ったでしょ?」
苦笑いしながら繰り返された言葉に胸が騒ぐ。心臓がバクバクしているのを、私はマフラーに顔半分を埋めることで誤魔化す。
「こっちから帰ろうか」
店長が私の背中にさりげなく手を回して促したのは、家に向かう遠回りの道だ。国道沿いを歩けばすぐに我が家なのに、わざわざ裏手から行くなんて、どういうつもりだ。
無駄な遠回りをすると、沈黙が長引いていたたまれなくなる時間ができる。しかたなく、とりとめない会話として思いついたのは、先ほどのドンゴさんのことだった。
応援ありがとうございます!
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