異世界コンビニ

榎木ユウ

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3巻オマケ

姉の心

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「奏楽、帰ってくるわよね?」

 実家に遊びに来ていた李楽(りら)は母親の言葉にドキリとした。
 娘の翠にミルクを飲ませていた手を止め、思わず顔を上げれば、母親は曖昧な微笑で、もう一度、李楽に言う。

「なんだか、どこか遠くへ行ってしまうような気がしたから──」

 この母親は変なところで勘が鋭い。
 その勘の鋭さは、残念ながら父親似の自分には引き継がれなかったが、妹の奏楽には引き継がれたらしく、妹はいつも先読みに長けていた。

 その妹が今日、駆け落ちをする。
 そのことを、母は知らない筈なのに、どうしてかこのタイミングで、そのことを李楽に言ってきた。

「なんで、仕事終わったら、帰ってくるでしょ」
 今はまだ、いうわけにもいかず、李楽がそう言えば、母親は小さく溜息を漏らした。

「なんだか、遠くに行っちゃうような気がして……。どうかしているわね……」
 寂しそうな母親の顔を見ていられなくて、李楽は翠にミルクを飲ませることに集中するふりをして下を向く。
 赤子は器用に自分の両手で哺乳瓶を抑えて、んぐんぐと美味しそうにミルクを飲んでいる。

 たまにイラっとする時もあるが、我が子は可愛い。

 それでも子育ては本当に大変だ。

 成人まで育ててくれた父と母を思うと、自分が子どもをもって改めて、その偉大さに、言葉には出さずとも感謝したくなる。


(奏楽……本当にこれで良かったのかな……?)
 もっと何か手があったのではないか、と今更ながらに思うのだが、自分も家庭をもっている身では、李楽に出来ることも限られていた。

「ああ、飲み終わったのね」
 母親が気を利かせて、翠の飲んだ哺乳瓶を流しに洗いに行く。
 その後ろ姿を眺めつつ、李楽は翠を縦抱きにして優しく背中をさすってやった。

 この乳飲み子もいつかは巣立つ。

 子どもの幸せを、親になって強く願う。

 では昔、子どもだった自分や奏楽の幸せを、父や母はどう思っているのだろうか──

 そんなこと、想像でしかないが、きっと願っている筈だ。

 幸せになってほしい──と。
 願わくば、苦労の少ない人生を歩んでほしい、と。

(小林め、奏楽のこと泣かせたら、承知しない)
 心の中で、李楽は自分より年上の義弟になるべきだった男へと、悪態を吐いた。
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