異世界コンビニ

榎木ユウ

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3巻オマケ

ジグの心

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「よお、どうだ調子は?」
「あ、ジグ……」
 ずいぶんと青ざめた顔の旧友の顔を見る為に、彼の仕事部屋という名の隔離場所へと顔出しした。
アレイの顔は随分青白い。
 ここ数日、というか、一連の出来事が始まってから、あまり寝ていないのだろう。

 今日も、神殿の連中と、したくもない結婚式の打ち合わせをしていたようだ。
 本人はひたすら拒絶しているが、神殿の連中は耳を貸さない。
 それでもアレイが逃げ出さないのは、ギリギリまで説得を試みたいからと、今逃げ出しても採算が取れないことを分かっているからだ。
 チャンスは一度きり。それも皆が気を取られている隙の方が確実だ。

 しかし、それでも、もう決まっているならば早い方がいいのではないかと思ってしまうのも、友人としての思いやりだ。
「いっそのこと、明日にでも行けばいいんじゃねえのか?」
 ジグがせっつけば、本人は苦い顔をする。

「できれば、母親だけでも説得したいんだ──」
「あれが一番無理だろうが」
 アレイの母親が、アレイに固執する姿は、昔から見てきた。
 息子に固執する姿は、あまり母親との縁がなかったジグには異常にしか見えなかった。
 
 アレイは深く溜息を漏らすと、
「ソラちゃんをあまり悲しませたくない」
と呟いた。

「ああ──」
 なんとなくは分かる。アレイからも話を聞いていたし、ソラは家族想いが強い人間だ。
 自分の家族を大切にするように、相手の家族のことも思いたい。
 そんなお人好しな一面もあることを、ジグも分かっていた。

 だから、駆け落ちするにしても、母親に少しは納得して貰いたいのだろう。
 ソラの為にも……。

「まあ、無理だろうな」
 容赦なく言えば、アレイはガクリと肩を落とした。

「ソラちゃんに会いたい……」
 珍しく弱り切った昔馴染みの言葉は敢えて流して、ジグは持ってきた酒を準備する。

「少しぐらい深酒して、今日は寝ろ。睡眠が足らないから頭も働かねえんだ」
「脳筋のジグにいわれたくない」
「あ゛?」
 ジグが凄めば、アレイは慌てて目を逸らし、酒を飲むための酒杯を準備し始める。

 その後ろ姿を眺めながら、ジグは深く息を吐く。なるべく溜息と気取られない様に。

(なあんか、いやな予感しかしねえんだよなあ……)
 それでも自分は自分の職務を全うするだけだ。ギリギリまで──。


 その日飲んだ酒は、ちっとも酔えるものじゃなかった。
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