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3巻オマケ
その種は芽吹かない
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「私、店長と付き合うことになった」
久しぶりに会った小学校時代の女友達が、照れながら報告してきたとき、及川はすんなり
「おめでとう」
と彼女を祝福した。
相変わらず色気も素っ気もないと思っていた彼女は、ほんのりと頬をピンクに染めて
「ありがとう」
と及川に返した。
その瞬間に、一瞬だけ感じた寂寥は、深く自分の心の中、奥深くに沈めこむ。
「藤森、可愛くなったなあ!」
同窓会の折、トイレへと向かった及川に話し掛けてきた同窓生に、及川は苦笑する。
「でも中身は相変わらずだぞ。口汚ぇし」
「そうか? でも俺、チッコイのがキャンキャン吠えるの、犬みたいで好きだなあ」
デレリと笑った同窓生は、罪な言葉を及川に投げつける。
「あ、でもお前ら二人でいるってことは付き合ってたりすんの?」
「違ぇよ。会社が同じなんだよ」
コンビニだと言うと、遊びに行くと言われかねないので適当にそう言った。
そしてすぐさま、
「だけど、アイツ、彼氏いるぞ。相手三十路だからすぐ結婚するんじゃね?」
と付け足す。
「マジで? うおー、失敗した。唾つけとけばよかった!」
ガクリと項垂れる同級生に、「まあ、他にも色々フリーの子、いるんじゃね?」と適当に返して会場に戻る。
「及川昴、遅かったね。うんこ?」
「お前、ほんと、最低」
藤森奏楽は相変わらず口汚い。
これを聞けば先ほどの同窓生もすぐに冷めただろうにと思いつつも、及川は彼女の隣で酒を飲む。
自分にも彼女はいるし、互いの間にあるのは友達の気安さだ。
「あー、お前の隣、落ち着くわー」
「私も気を使わないから楽でいいよ」
にへらと、警戒心の全くない顔でそう返され、及川はフイと目を反らして酒を飲む。
脳裏に描かれるのは、彼女の恋人である長髪の男だ。
役職的にはかなり上の人間なのだと、実はあの後及川は知った。
藤森奏楽はただの店長だと思っているようだが、ゴリ押し人事で藤森奏楽を社員に出来るなんて、考えればそれほど力があるというはずなのに、彼女はそんなことには頓着しない。
底が浅いのではなく、あるがままの相手を受け入れているのだろう。
そこに藤森奏楽の良さがある。
(まあ、俺にとってはそれだけだけどな――)
あわよくばなんて全く思えない相手だ。昔なじみの話しやすい女友達。
相手にとってもそのはずで、及川はそのポジションを気に入っている。
「まあ、何かあったら助けてやるよ、友達のよしみで」
うっかり漏らした言葉に対しては、チクリと藤森奏楽に「彼女に言いなよ」と釘を刺されてしまい、及川は失笑する。
(そこまでしてやる女友達なんて、お前位なんだけど)
言わない言葉は、言えない言葉だ。
芽生えさせてはならない気持ちがあることを及川昴は知っている。
そして、その芽が芽吹かないことも、及川昴は知っているのだ。
久しぶりに会った小学校時代の女友達が、照れながら報告してきたとき、及川はすんなり
「おめでとう」
と彼女を祝福した。
相変わらず色気も素っ気もないと思っていた彼女は、ほんのりと頬をピンクに染めて
「ありがとう」
と及川に返した。
その瞬間に、一瞬だけ感じた寂寥は、深く自分の心の中、奥深くに沈めこむ。
「藤森、可愛くなったなあ!」
同窓会の折、トイレへと向かった及川に話し掛けてきた同窓生に、及川は苦笑する。
「でも中身は相変わらずだぞ。口汚ぇし」
「そうか? でも俺、チッコイのがキャンキャン吠えるの、犬みたいで好きだなあ」
デレリと笑った同窓生は、罪な言葉を及川に投げつける。
「あ、でもお前ら二人でいるってことは付き合ってたりすんの?」
「違ぇよ。会社が同じなんだよ」
コンビニだと言うと、遊びに行くと言われかねないので適当にそう言った。
そしてすぐさま、
「だけど、アイツ、彼氏いるぞ。相手三十路だからすぐ結婚するんじゃね?」
と付け足す。
「マジで? うおー、失敗した。唾つけとけばよかった!」
ガクリと項垂れる同級生に、「まあ、他にも色々フリーの子、いるんじゃね?」と適当に返して会場に戻る。
「及川昴、遅かったね。うんこ?」
「お前、ほんと、最低」
藤森奏楽は相変わらず口汚い。
これを聞けば先ほどの同窓生もすぐに冷めただろうにと思いつつも、及川は彼女の隣で酒を飲む。
自分にも彼女はいるし、互いの間にあるのは友達の気安さだ。
「あー、お前の隣、落ち着くわー」
「私も気を使わないから楽でいいよ」
にへらと、警戒心の全くない顔でそう返され、及川はフイと目を反らして酒を飲む。
脳裏に描かれるのは、彼女の恋人である長髪の男だ。
役職的にはかなり上の人間なのだと、実はあの後及川は知った。
藤森奏楽はただの店長だと思っているようだが、ゴリ押し人事で藤森奏楽を社員に出来るなんて、考えればそれほど力があるというはずなのに、彼女はそんなことには頓着しない。
底が浅いのではなく、あるがままの相手を受け入れているのだろう。
そこに藤森奏楽の良さがある。
(まあ、俺にとってはそれだけだけどな――)
あわよくばなんて全く思えない相手だ。昔なじみの話しやすい女友達。
相手にとってもそのはずで、及川はそのポジションを気に入っている。
「まあ、何かあったら助けてやるよ、友達のよしみで」
うっかり漏らした言葉に対しては、チクリと藤森奏楽に「彼女に言いなよ」と釘を刺されてしまい、及川は失笑する。
(そこまでしてやる女友達なんて、お前位なんだけど)
言わない言葉は、言えない言葉だ。
芽生えさせてはならない気持ちがあることを及川昴は知っている。
そして、その芽が芽吹かないことも、及川昴は知っているのだ。
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