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3巻オマケ
母親
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――サクラ亭
カランカラン、とドアベルの音と共に入ってくるアレイに、ジグは苦笑で返す。
「よぉ」
「あー、俺も長蔵酒で」
いつもは薄い酒から始まる友人が、今日は初っ端から強い酒であることにジグは苦笑する。
「どうした?」
「分かってて聞くかソレ。まあ、この前は助かったよ、ありがとう」
アレイがウンザリした顔でジグに礼を言ったのは、先日、店に訪れた彼の母親の件だろう。
たまたまジグがその場にいたからよかったが、いなければ彼の母親がソラに何を言ったのかは、想像に難くない。
「お前の母親、相変わらずだな」
「まあ、相変わらず……デスヨネ」
失笑するアレイは、何とも言えない顔だ。
いつも彼の母親は、彼の恋愛に口を出してくる。
三十路を過ぎたいい男が、結婚できない要因の一つだ。
アレイにとっては頭の痛いことだろう。
「あの様子じゃ、また行くんじゃねえか? どうするんだ、お前」
「そりゃ、ソラちゃんを守るよ」
迷いなく自分の恋人を選んだように呟くその顔が、苦渋に満ちていることにジグも気が付いていた。
どんな母親であっても、アレイにとっては唯一の『母』だ。
「それに……ソラちゃんもまたうちの母親に挨拶したいって言ってくれたし……」
「あー、ソラならそう言うかもなぁ……」
家族が好きで、二十歳を過ぎたというのに実家暮らしだと言うソラを、ジグは内心、世界は違えどどこか甘やかされた子供としてみてきたところもある。
しかし、その家族に対する甘さが、アレイにとっては有難いものでもあったのだろう。
自分の親に対するように、相手の親にも接したい――
そんなの夢やまやかしごとだと、ジグなら失笑してしまうが、それでもその『甘さ』が、この母親を捨てきれない男には得難い価値だと、ジグにも分かっていた。
「まあ、頑張れよ」
「うん……」
長蔵酒に口をつけながら、アレイは小さく頷く。
付き合い始めたばかりの二人には、超えなければならない問題が山ほどある。
世界が違うこと。
その最たるものがとても大きいにもかかわらず、更にのしかかるであろう問題に、ジグは幼馴染の幸せを、口に出さずとも強く願わずにはいられなかった。
カランカラン、とドアベルの音と共に入ってくるアレイに、ジグは苦笑で返す。
「よぉ」
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「どうした?」
「分かってて聞くかソレ。まあ、この前は助かったよ、ありがとう」
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たまたまジグがその場にいたからよかったが、いなければ彼の母親がソラに何を言ったのかは、想像に難くない。
「お前の母親、相変わらずだな」
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いつも彼の母親は、彼の恋愛に口を出してくる。
三十路を過ぎたいい男が、結婚できない要因の一つだ。
アレイにとっては頭の痛いことだろう。
「あの様子じゃ、また行くんじゃねえか? どうするんだ、お前」
「そりゃ、ソラちゃんを守るよ」
迷いなく自分の恋人を選んだように呟くその顔が、苦渋に満ちていることにジグも気が付いていた。
どんな母親であっても、アレイにとっては唯一の『母』だ。
「それに……ソラちゃんもまたうちの母親に挨拶したいって言ってくれたし……」
「あー、ソラならそう言うかもなぁ……」
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しかし、その家族に対する甘さが、アレイにとっては有難いものでもあったのだろう。
自分の親に対するように、相手の親にも接したい――
そんなの夢やまやかしごとだと、ジグなら失笑してしまうが、それでもその『甘さ』が、この母親を捨てきれない男には得難い価値だと、ジグにも分かっていた。
「まあ、頑張れよ」
「うん……」
長蔵酒に口をつけながら、アレイは小さく頷く。
付き合い始めたばかりの二人には、超えなければならない問題が山ほどある。
世界が違うこと。
その最たるものがとても大きいにもかかわらず、更にのしかかるであろう問題に、ジグは幼馴染の幸せを、口に出さずとも強く願わずにはいられなかった。
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