異世界コンビニ

榎木ユウ

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2巻オマケ

パワーバランス

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 カランカラン。
 サクラ亭のドアベルは今日も軽やかに来訪者の訪れを報せる。

「よお、筋肉」
「筋肉、こんばんは」
「筋肉、どうした?」

「……。ええと、ジグがいるのは分かるんだけど、どうしてスズカとレンもいるの? 子供どうしたの?」
 アレイが眉間に皺を寄せながら問えば、神殿でもおしどり夫婦と名高い二人は、互いに表情の乏しい顔に、僅かに笑みを浮かべる。
「俺の親に預けてきた」

「そうなんだ。で、聴きたくないんだけど、『筋肉』って俺のこと?」

「他に誰がいる、筋肉」
「自分も筋肉達磨のくせに、何言ってんだよ、ジグっ!!!」
 アレイはそう文句を言いながらもジグの横に座りながら、いつものターク酒を頼む。

「で、どうしたの、今日は二人とも?」
「今日、スズカの話をソラさんに持ち掛けて了承して貰ったんだが、その前に、筋肉のことを話題にだしたのだが、全く彼女、知らない感じだったのだが……」
 レンが訝しげにアレイを見れば、アレイはケロリとしながら、
「だって、まだ言ってないし」
と返した。その言葉に、ジグ以外の二人は絶句する。
「俺は分かっていたがな。コイツはそういうやつだ」

「筋肉……。いくらなんでも確認も取らずにそれはどうかと思うが……」
「筋肉、振られたらどうするつもりなんだ」

「ええと、色々ツッコミどころが多すぎて困るんだけど、その筋肉ってヤメテ! 本気で定着したら嫌だから。そして、そのドン引きの目もヤメテクダサイ」

「ドン引き以外の何物でもないと俺は思うけどな」
 麦芽酒を飲みながら、間に挟まれたジグが言った。

「きちんと準備してから言いたいの。もう異動になったし、きちんと言うよ」
「そういうことは異動になる前に言うべきだろうが」
「ソラちゃんの重荷になりたくないし」
「行動してから言った方が重荷だと私は思うが……」

「流石経験者は違うな」
 ジグがニヤリと笑いながらスズカに言った。
「どういう意味だ?」
 レンが不思議そうにジグに尋ねる。

「15の小僧が命がけで求婚してきたのを、渋々承諾した経験をお持ちの元巫女さんってことだろうが」
「……!!」
 レンが目を見開いてジグを見る。ジグは素知らぬ顔で麦芽酒を仰ぎ、元巫女であるスズカはククッと小さく笑ってから、
「確かに。15の子供に求婚された時は焦ったな」
と言った。

「まだ神官見習いのくせに、保証人に親のコネを最大限に使って、家買って押しかけてこられたときはどうしようかと思った」
「それは──!」
「15の子供の行動力じゃねえな」
「本当、あの時のレンの行動力は凄かったよねぇ」

「お前は黙っていろ、筋肉」
「今まさに、レン以上に重い攻撃を仕掛けようとしている筋肉が言うことではないな」
「筋肉もドッコイドッコイだぜ?」

「ちょ……! 三人そろって容赦ないっ!」

「まあ、私から見れば、子供だけ仕込んで逃げられたジグも情けないけどな」
 しれり、とスズカがジグも貶めると、ジグは嫌そうな顔をして麦芽酒を煽った。

「この4人が揃うと禄でもなさすぎる──」
 ポツリとアレイが呟いた言葉に、互いの過去を引きずり出された二人も頷くが、元巫女だけは飄々とした顔で、
「本当に、お前たち3人は、ずっと変わらないよ」
と3人に言った。

 そういうスズカが一番、変わらないが──

とは言わない。何年経っても、何十年経っても、きっとこの4人のパワーバランスは、この元巫女が一番上なのだろうな、と各々はしみじみ思いながら、今日はいつもより賑やかに酒を干した。
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