76 / 121
2巻オマケ
姉の夫
しおりを挟む
「いらっしゃい〜」
居酒屋の店主の声が溌剌としている。アレイは暖簾をくぐると、自分を呼び出した相手を探した。相手はカウンターにいたので直ぐに見つかった。
「どうも」
頭を下げると、白土はニヤリとして、
「まあ、義兄弟になるんだから気楽に」
と初っ端から遠慮のない言葉を投げてくる。白土と連絡先の交換をしたのは、ソラの家に挨拶に行った日だ。ソラがトイレだと言って席を立った隙に、ひょうひょうと連絡先を聞いてきた。因みにそれはソラの母親もそうで、アレイの携帯の番号は何故か、ソラの母と白土の知るところとなったことを、ソラ本人だけがまだ知らない。
「今日、大丈夫だったの?」
飄々とした口調で問いかけられ、アレイは「大丈夫です」と返す。
確か義兄は34歳というから、アレイよりは僅かに年上だ。
一児の父でもある男は、店主から盃を貰うと、アレイに手渡す。
「ビールでなくてもいけるクチ?」
「はい、大丈夫です」
「そ。なら、この酒飲んでみてよ。マスターのお気に入りらしくてうまいよ?」
居酒屋の店主はどう見てもおやっさんという風体なのだが、白土はマスターと呼んでいるらしく、マスターは好々爺の顔で、
「うん、飲んで飲んで」
とアレイを促す。アレイは軽く頭を下げると、白土の酌でぐいっと1杯、杯を干した。
「で、その後どうなの?」
「その後といいますと……?」
「決まってるじゃん。ソラちゃんとうまくいってんの?」
どうやら本日の呼び出しは、そのことらしい。アレイは苦笑しながら、
「まあ、そこそこには」
と返すが、そこは義兄、分かっているらしく、
「ソラちゃんは意外にビビりだから、自分からは絶対言ってこないよ?」
なんて、アドバイスをアレイによこしてくる。
この義兄は、ソラとアレイがまだ正式には付き合っていないことを見抜いているらしい。
「そうですね、確かに彼女からは言われてないですね……。だけど、逃がすつもりないですから」
「そうだよな。30過ぎ男の恋は切実だよな。失敗したらぶっちゃけ立ち直るまでに時間が20代の倍はかかるわな」
「……」
実際、己も30過ぎてからソラの姉と出会い、結婚したであろう白土の言葉は思った以上に重い。
「ま、せいぜい周りから攻め込んじゃってよ。俺も姉サイドから応援するし」
「……?」
随分好意的な白土の態度に小首をかしげると、白土はニヤっとしてから言う。
「ホラ、あの姉妹、仲がいいからさ、妹に変な旦那ついちゃってリラちゃん悲しむの、俺が嫌だし」
「俺は合格点……てことですか?」
「うん。俺的には俺より年下だし、話通じるし、何よりソラちゃんが実家からあんまり離れなくてすみそうだしね。あの子が何に躊躇っているのかちょっと不思議なくらい」
実は、その、実家から離れなくてすむような距離どころか世界が違うことが、ソラのネックになっていることはアレイには分かっていた。それこそが二人の間を進展させにくくしていることも。
だから、白土の勘違いは実は逆の意味で鋭かったので、内心ヒヤリとしながらも、
「頑張ります」
と言って、再び注がれた酒を干した。
──頑張らないと、な
自分たちの間に、問題は思った以上に山積みだが、それが少しでも解消できれば勝機はあると思っている。
「結婚意識した相手に失恋するのって、目も当てらんないよぉ?」
隣でニヤニヤとしながら言う白土に、本当にこの人は自分の味方なのだろうか──と内心少し心配になりながらも、アレイは明日の為に頑張ることにした。
居酒屋の店主の声が溌剌としている。アレイは暖簾をくぐると、自分を呼び出した相手を探した。相手はカウンターにいたので直ぐに見つかった。
「どうも」
頭を下げると、白土はニヤリとして、
「まあ、義兄弟になるんだから気楽に」
と初っ端から遠慮のない言葉を投げてくる。白土と連絡先の交換をしたのは、ソラの家に挨拶に行った日だ。ソラがトイレだと言って席を立った隙に、ひょうひょうと連絡先を聞いてきた。因みにそれはソラの母親もそうで、アレイの携帯の番号は何故か、ソラの母と白土の知るところとなったことを、ソラ本人だけがまだ知らない。
「今日、大丈夫だったの?」
飄々とした口調で問いかけられ、アレイは「大丈夫です」と返す。
確か義兄は34歳というから、アレイよりは僅かに年上だ。
一児の父でもある男は、店主から盃を貰うと、アレイに手渡す。
「ビールでなくてもいけるクチ?」
「はい、大丈夫です」
「そ。なら、この酒飲んでみてよ。マスターのお気に入りらしくてうまいよ?」
居酒屋の店主はどう見てもおやっさんという風体なのだが、白土はマスターと呼んでいるらしく、マスターは好々爺の顔で、
「うん、飲んで飲んで」
とアレイを促す。アレイは軽く頭を下げると、白土の酌でぐいっと1杯、杯を干した。
「で、その後どうなの?」
「その後といいますと……?」
「決まってるじゃん。ソラちゃんとうまくいってんの?」
どうやら本日の呼び出しは、そのことらしい。アレイは苦笑しながら、
「まあ、そこそこには」
と返すが、そこは義兄、分かっているらしく、
「ソラちゃんは意外にビビりだから、自分からは絶対言ってこないよ?」
なんて、アドバイスをアレイによこしてくる。
この義兄は、ソラとアレイがまだ正式には付き合っていないことを見抜いているらしい。
「そうですね、確かに彼女からは言われてないですね……。だけど、逃がすつもりないですから」
「そうだよな。30過ぎ男の恋は切実だよな。失敗したらぶっちゃけ立ち直るまでに時間が20代の倍はかかるわな」
「……」
実際、己も30過ぎてからソラの姉と出会い、結婚したであろう白土の言葉は思った以上に重い。
「ま、せいぜい周りから攻め込んじゃってよ。俺も姉サイドから応援するし」
「……?」
随分好意的な白土の態度に小首をかしげると、白土はニヤっとしてから言う。
「ホラ、あの姉妹、仲がいいからさ、妹に変な旦那ついちゃってリラちゃん悲しむの、俺が嫌だし」
「俺は合格点……てことですか?」
「うん。俺的には俺より年下だし、話通じるし、何よりソラちゃんが実家からあんまり離れなくてすみそうだしね。あの子が何に躊躇っているのかちょっと不思議なくらい」
実は、その、実家から離れなくてすむような距離どころか世界が違うことが、ソラのネックになっていることはアレイには分かっていた。それこそが二人の間を進展させにくくしていることも。
だから、白土の勘違いは実は逆の意味で鋭かったので、内心ヒヤリとしながらも、
「頑張ります」
と言って、再び注がれた酒を干した。
──頑張らないと、な
自分たちの間に、問題は思った以上に山積みだが、それが少しでも解消できれば勝機はあると思っている。
「結婚意識した相手に失恋するのって、目も当てらんないよぉ?」
隣でニヤニヤとしながら言う白土に、本当にこの人は自分の味方なのだろうか──と内心少し心配になりながらも、アレイは明日の為に頑張ることにした。
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。