異世界コンビニ

榎木ユウ

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2巻オマケ

姉の夫

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「いらっしゃい〜」
 居酒屋の店主の声が溌剌としている。アレイは暖簾をくぐると、自分を呼び出した相手を探した。相手はカウンターにいたので直ぐに見つかった。
「どうも」
 頭を下げると、白土はニヤリとして、
「まあ、義兄弟になるんだから気楽に」
と初っ端から遠慮のない言葉を投げてくる。白土と連絡先の交換をしたのは、ソラの家に挨拶に行った日だ。ソラがトイレだと言って席を立った隙に、ひょうひょうと連絡先を聞いてきた。因みにそれはソラの母親もそうで、アレイの携帯の番号は何故か、ソラの母と白土の知るところとなったことを、ソラ本人だけがまだ知らない。

「今日、大丈夫だったの?」
 飄々とした口調で問いかけられ、アレイは「大丈夫です」と返す。
 確か義兄は34歳というから、アレイよりは僅かに年上だ。
 一児の父でもある男は、店主から盃を貰うと、アレイに手渡す。
「ビールでなくてもいけるクチ?」
「はい、大丈夫です」
「そ。なら、この酒飲んでみてよ。マスターのお気に入りらしくてうまいよ?」
 居酒屋の店主はどう見てもおやっさんという風体なのだが、白土はマスターと呼んでいるらしく、マスターは好々爺の顔で、
「うん、飲んで飲んで」
とアレイを促す。アレイは軽く頭を下げると、白土の酌でぐいっと1杯、杯を干した。

「で、その後どうなの?」
「その後といいますと……?」
「決まってるじゃん。ソラちゃんとうまくいってんの?」
 どうやら本日の呼び出しは、そのことらしい。アレイは苦笑しながら、
「まあ、そこそこには」
と返すが、そこは義兄、分かっているらしく、
「ソラちゃんは意外にビビりだから、自分からは絶対言ってこないよ?」
なんて、アドバイスをアレイによこしてくる。
 この義兄は、ソラとアレイがまだ正式には付き合っていないことを見抜いているらしい。

「そうですね、確かに彼女からは言われてないですね……。だけど、逃がすつもりないですから」
「そうだよな。30過ぎ男の恋は切実だよな。失敗したらぶっちゃけ立ち直るまでに時間が20代の倍はかかるわな」
「……」
 実際、己も30過ぎてからソラの姉と出会い、結婚したであろう白土の言葉は思った以上に重い。

「ま、せいぜい周りから攻め込んじゃってよ。俺も姉サイドから応援するし」
「……?」
 随分好意的な白土の態度に小首をかしげると、白土はニヤっとしてから言う。
「ホラ、あの姉妹、仲がいいからさ、妹に変な旦那ついちゃってリラちゃん悲しむの、俺が嫌だし」
「俺は合格点……てことですか?」
「うん。俺的には俺より年下だし、話通じるし、何よりソラちゃんが実家からあんまり離れなくてすみそうだしね。あの子が何に躊躇っているのかちょっと不思議なくらい」

 実は、その、実家から離れなくてすむような距離どころか世界が違うことが、ソラのネックになっていることはアレイには分かっていた。それこそが二人の間を進展させにくくしていることも。
 だから、白土の勘違いは実は逆の意味で鋭かったので、内心ヒヤリとしながらも、
「頑張ります」
と言って、再び注がれた酒を干した。


──頑張らないと、な

 自分たちの間に、問題は思った以上に山積みだが、それが少しでも解消できれば勝機はあると思っている。

「結婚意識した相手に失恋するのって、目も当てらんないよぉ?」
 隣でニヤニヤとしながら言う白土に、本当にこの人は自分の味方なのだろうか──と内心少し心配になりながらも、アレイは明日の為に頑張ることにした。
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