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1巻オマケ
君の世界
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「寂しいわねぇ……」
アレイの母は、とても幸せそうに微笑む人なのに、どうしてかそれが口癖だ。本人もそれがどうしてなのか分かっていない。ただ、何かを惜しんで「寂しいわね」と呟く。
母は異世界人だ。この世界の生まれではない。どうしてこの世界に来たのかと父に問えば、父は淡い桃色の貫頭衣姿で寂しそうに微笑むだけだった。
大人になって、母が失ったものが何だったのかを知った。
そして自分がいかに稀有な存在であるのかも──。
「地元で就職したいんです。家族と離れたくなくて」
大学も卒業しようとする少女の言葉に、アレイは思わず目を見張った。その歳位であれば、親元から離れて自立したいと思うだろうに、まだ親離れできていないのかと思ったが、少女の言葉は違った。
「自分が生きてきた場所も、自分の一部だから」
離れることで得られるものよりも、離れないことで維持していきたいと思う心の方が強いんです、とも彼女は続けて言った。とても自然で気負うこともなく、彼女が家族も、自分の住んできた町も、愛していることを語っていた。衒いなく自分の居場所を示す彼女を見たとき、母親が亡くしたものが何だったのか、分かった気がして。
この子にしよう──とアレイは思っしまった。
自分というものを持っている女の子。
自分にとって何が大切かを知っている女の子。
彼女が自分の世界を愛すれば愛する程、アレイの世界もまた、安定する。
彼女の存在が、アレイの心を安定させる。
彼女の存在が、アレイの世界を安定させる。
「また、けったいな巫女、連れてきたな。あれで大丈夫なのか?」
幼馴染を巫女の護衛に選出した時、彼は巫女である彼女を判じてそう言った。
「大丈夫、あの子は強いから」
母のように、自分たちを愛しているといいながらも、時折どうしようもなく耐えられない、今は忘れてしまった何かの孤独を孕ませるような覚悟は、絶対、させない。
「例え好きになったとしても、私はあっちの世界の全部を捨ててこっちで住むのは無理です」
きっぱりと、あの子にそういわれた時、ホッとする気持ちもあったくせに、どこかで少し切ない気持ちも湧き出てしまったのは何故だろうか。
そうして欲しくて彼女を選んだのは自分だったのに、彼女だけを異世界の、小さな箱の中に閉じ込めたのは自分なのに、自分が本当に彼女を閉じ込めたかったのはどこだったのか。
「さあ、どうする?」
勇者の力は圧倒的で、世界樹の根を自由に操る力は、この世界の人間にはない。異世界から来た人間だけが、僅かな間使うことができる奇跡の力。
あの子と違い、不遇の出来事でこちらに来てしまった少年には、確かに罪はない。
だけど、だからとっ言って彼女をこちらの世界に連れてきていい理由もないのだ。
「ソラちゃん、帰るんだ! 元の世界に帰るんだ!」
この少年の苦しみは、こちらの世界の人間が背負えばいい事。同じ世界だったという理由だけで、彼女が背負う必要はない。
守られた結界の中、こちらを見つめてくる彼女に、切に願う。
来るな、帰れ。
例えそれが今生の別れでも、アレイには構わないと思えた。
彼女に母と同じ……いや、それ以上の脊梁を背負わせるつもりはない。
(だから帰って。ソラちゃん……!!)
声にならない声で、アレイは彼女に切に願った。
アレイの母は、とても幸せそうに微笑む人なのに、どうしてかそれが口癖だ。本人もそれがどうしてなのか分かっていない。ただ、何かを惜しんで「寂しいわね」と呟く。
母は異世界人だ。この世界の生まれではない。どうしてこの世界に来たのかと父に問えば、父は淡い桃色の貫頭衣姿で寂しそうに微笑むだけだった。
大人になって、母が失ったものが何だったのかを知った。
そして自分がいかに稀有な存在であるのかも──。
「地元で就職したいんです。家族と離れたくなくて」
大学も卒業しようとする少女の言葉に、アレイは思わず目を見張った。その歳位であれば、親元から離れて自立したいと思うだろうに、まだ親離れできていないのかと思ったが、少女の言葉は違った。
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離れることで得られるものよりも、離れないことで維持していきたいと思う心の方が強いんです、とも彼女は続けて言った。とても自然で気負うこともなく、彼女が家族も、自分の住んできた町も、愛していることを語っていた。衒いなく自分の居場所を示す彼女を見たとき、母親が亡くしたものが何だったのか、分かった気がして。
この子にしよう──とアレイは思っしまった。
自分というものを持っている女の子。
自分にとって何が大切かを知っている女の子。
彼女が自分の世界を愛すれば愛する程、アレイの世界もまた、安定する。
彼女の存在が、アレイの心を安定させる。
彼女の存在が、アレイの世界を安定させる。
「また、けったいな巫女、連れてきたな。あれで大丈夫なのか?」
幼馴染を巫女の護衛に選出した時、彼は巫女である彼女を判じてそう言った。
「大丈夫、あの子は強いから」
母のように、自分たちを愛しているといいながらも、時折どうしようもなく耐えられない、今は忘れてしまった何かの孤独を孕ませるような覚悟は、絶対、させない。
「例え好きになったとしても、私はあっちの世界の全部を捨ててこっちで住むのは無理です」
きっぱりと、あの子にそういわれた時、ホッとする気持ちもあったくせに、どこかで少し切ない気持ちも湧き出てしまったのは何故だろうか。
そうして欲しくて彼女を選んだのは自分だったのに、彼女だけを異世界の、小さな箱の中に閉じ込めたのは自分なのに、自分が本当に彼女を閉じ込めたかったのはどこだったのか。
「さあ、どうする?」
勇者の力は圧倒的で、世界樹の根を自由に操る力は、この世界の人間にはない。異世界から来た人間だけが、僅かな間使うことができる奇跡の力。
あの子と違い、不遇の出来事でこちらに来てしまった少年には、確かに罪はない。
だけど、だからとっ言って彼女をこちらの世界に連れてきていい理由もないのだ。
「ソラちゃん、帰るんだ! 元の世界に帰るんだ!」
この少年の苦しみは、こちらの世界の人間が背負えばいい事。同じ世界だったという理由だけで、彼女が背負う必要はない。
守られた結界の中、こちらを見つめてくる彼女に、切に願う。
来るな、帰れ。
例えそれが今生の別れでも、アレイには構わないと思えた。
彼女に母と同じ……いや、それ以上の脊梁を背負わせるつもりはない。
(だから帰って。ソラちゃん……!!)
声にならない声で、アレイは彼女に切に願った。
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